はじまりの恋

葉月めいこ

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夏日

16

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 車で一時間ほど、電車なら二時間弱だろうか。今日の目的地、自然森林公園に到着した。駐車スペースに車を停めて降りると、入り口付近に写真部の生徒たちの姿が見える。その中の一人、片平が僕らに気がついて走り寄ってきた。

「西岡先生おはよう!」

「ああ、おはよう」

「月島さんもおはようございます。今日はよろしくお願いします!」

「うん、よろしくねぇ」

 深々と頭を下げた片平に渉さんは微笑ましげに目を細めていた。

「あ、えっと」

 顔を上げた片平が運転席から出てきた瀬名くんを見て首を傾げる。黙々とトランクから荷物を取り出しこちらには目もくれない彼に、さすがの片平も戸惑っているようだ。

「あ、あれは荷物持ちくん」

 目を瞬かせる片平の視線に、渉さんは僕に紹介したのとまったく同じ答えを返す。

「片平、彼は瀬名くん。渉さんの仕事関係の知り合いだって」

「そうなんだ。瀬名さーん、よろしくお願いしまぁす!」

 離れた場所にいる瀬名くんに向かって片手をぶんぶんと振って、片平は大きな声で挨拶をする。そしてその声に少し驚きながら顔を持ち上げた瀬名くんは小さく頭を下げた。

「あ、あのね先生」

「ん?」

「部員と部外のメンバーは揃ったんだけど、北条先生が遅れてて。もう少しで着くとはメール来たんだけど、どうしよう」

「北条先生まだなのか」

 腕時計に視線を落とすともうすぐで九時になる。今日、部活動を行う自然森林公園の入園時間は九時からだ。まだ遅くなるようであれば先に生徒たちだけでも中に入れてしまってもいいが、どうしたらいいだろうか。
 しかし片平と二人、顔を見合わせて思案していると、勢いよく走ってきた白い車がすぐ傍の駐車スペースに急停車した。その勢いに驚いて目を丸くすれば、後部座席から慌ただしく北条先生が顔を出した。

「やあ、すいません。学校に必要なものを忘れて取りに行っていたら時間を食ってしまって」

「え?」

 大きな鞄とカメラをぶら下げた北条先生の急な登場にも驚いたが、僕と片平は反対側の後部座席から現れた人物のほうにひどく驚いた。驚きに目を見開く僕の隣で、片平の顔がものすごい険しいものになっていく。

「なんであんたがいるのよー!」

 叫び声にも似た片平の声に、その人物はのんきに手を挙げひらひらと振ってみせる。そして機嫌のよさげな笑みを浮かべてこちらまで来ると、呆然としている僕を遠慮もなく抱きしめた。

「センセ、おはよ。今日も可愛いな」

「み、峰岸。なんで」

「ん? だってなんか面白そうだろ、今日」

 僕の肩に手を置いたまま腕を伸ばし、戸惑っている僕の顔を至極楽しそうに見ると、峰岸は満面の笑みを浮かべた。
 その笑顔は陽射しを受けてかなり眩しいほどだ。藤堂もそうだが、やはり峰岸も私服になると高校生らしさがない。というか微塵もない。VネックのTシャツに細身のデニムにスニーカー。シンプルないでたちなのに、なぜこうも目立つんだ。

「す、すみません」

「え?」

 存在感のあり過ぎる峰岸に隠れて気がつかなかったが、後ろには申し訳なさそうに小さくなっている間宮の姿があった。後部座席に北条先生に峰岸、となると運転手はコイツか。

「間宮お前なぁ、なんか峰岸に弱みでも握られてんのか?」

「ははは」

 乾いた笑い声を上げる間宮にがっくりと肩が落ちた。これは絶対なんか握られているに違いない。

「まあ、二人に途中で拾ってもらったおかげで俺も間に合えたわけだし、大目に見てくださいよ西岡先生」

 朗らかに笑う北条先生に返す言葉も見つからなくて苦笑いを浮かべてしまった。確かにここへ来てしまった彼らを追い返すこともできない。それに入り口に集まった人数はおそらく二十四、五人くらいはいる。まあ、一人二人増えたところで今更そんなに変わりもないだろう。

「マミちゃんの入園料は部費から出してもいいけど、あんたは自腹だからね」

「なんだよケチくせぇな、あずみちゃん」

「い、やーっ、名前で呼ぶなキモイうざい」

 逃げ出すように走り出した片平のあとを、峰岸はにやにやと笑いながらのらりくらりとついて行く。増えるのはいいが、今日は予想以上に気合いを入れていかないといけない気がしてきた。
 しかし突然の峰岸の登場に生徒たちは驚きと歓喜で浮かれ、会長っ、峰岸先輩っ、とあっという間に峰岸を取り囲んでいる。粗暴で横暴で傍若無人そうに見えて、実のところ懐深くて気配り上手な峰岸は、生徒からの人気はかなり高いのだ。伊達に生徒会長をやっていない。
 そんな和やかな雰囲気に笑みを浮かべながら、北条先生と間宮も生徒たちと合流した。

「佐樹ちゃん」

「ん?」

「相変わらず、佐樹ちゃんってイケメンホイホイだね」

「渉さんっ、それやめて」

 事の成り行きを黙って見ていた渉さんの言葉でますます肩が落ちて、頭も落ちた。大学の頃だったか、周りの人たちにそう言われたのを思い出した。これは偶発的なことだ。僕のせいじゃない、はずだ。

「佐樹ちゃんはほんと昔から変わらないよねぇ」

「成長がないみたいな言い方しないでくれよ」

「そういう意味じゃないってば。色んな人に愛される希有な存在だなぁって」

「でも僕の本性を知ったら引かれるぞ。気が利かないし、物事疎いし」

「そう? 俺はそういう佐樹ちゃんでも好きだよ。むしろそういうところが可愛い」

 黙っていても見目がいい渉さんに満面の笑みを向けられると、どうしても照れくさくなる。それに昔からこうして甘い言葉を囁くし、臆面なく好きだと言葉にしてくる。でも僕は何度も何度もそうやって言葉にされてきたのに、その内側にある気持ちに気がつかなかった。
 いま思えば、どうして気がつかなかったんだろうとさえ思う。いつだって渉さんはまっすぐに僕を見ていたのに。

「ほら、みんな待ってるからそろそろ行こう」

「あ、ああ、うん」

 でも気がつかなくてよかったのかもしれない。もし気づいてしまったら、きっといまみたいに関係を保ってはいられなかった。いまだからこそ渉さんの気持ちを受け止められたんだと思う。
 それに僕は目の前にあるこの笑顔がなくなるのが惜しいと感じた。気持ちを受け止められないのにずるいと思ったけれど、それでも彼の隣は居心地がいいからこの先も変わらずいてくれたらいいなって思った。
 そんな僕の我がままに頷いてくれた渉さんには感謝をしなければいけない。僕はいつでも人の優しさに救われている。
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