はじまりの恋

葉月めいこ

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 藤堂に触れられると幸せだしドキドキもする。でもそれと同じように藤堂もそう思っているなんてことは、実際のところあまりよく考えていなかった。それにそういう意味で僕に触れたいと考えているなんてことは、なに気なく傍にい過ぎて、それだけで満たされてしまって、何度言われても僕はうっかり忘れてしまう。
 大体いつもなに食わぬ顔をして笑っているから、その笑みに誤魔化されてしまうのだ。僕とは違って滅多に慌てたり、取り乱したりしてなにかをしでかすなんて、ほとんどすることもないし。だから僕は変に安心して近づき過ぎたんだ。
 まさか藤堂が困っている理由がこんなことだなんて思いもよらなかった。元々色恋に僕が疎いから余計に負担をかけていたのかもしれない。でも藤堂が望むことは叶えてあげたいとは思う。けれどそうは思ってもあんな目で見つめられて、触れられたら恥ずかし過ぎて本当に羞恥で死にそうな気分になる。
 普段の藤堂はキスする時に髪や顔によく触れたり、撫でたりすることはあるが、それ以上のことはそんな素振りも見せないから、余計に免疫がなくて戸惑ってしまうのだ。

「なぁ、藤堂」

 だからどうしたら藤堂が望んでることを叶えられるか、ない知恵を絞り考えた末。つい飲めないお酒に逃げてしまった。そうしたらお酒の勢いを借りてなんとかなるような気がして。でも予定外に飲み過ぎて、頭がくらくらして前後不覚になってしまうという体たらく。
 だがいまなら触れられても、逃げずにいられるような気がした。酔いのせいで恥ずかしさとか、そういったものが麻痺している。

「藤堂、触って?」

 自分でも驚くくらい甘えを含んだ声が出た。
 浴衣を肩まではだけさせ、誘うように藤堂に近づいた。でもそんな僕を見て藤堂は驚きをあらわにして固まっているだけだ。確かに普段の僕ならばこんなこと口が裂けても言わないし、こちらから迫るなんてことしないけど。でもいまは触れて欲しくて仕方ない。
 ゆっくりと近づき、ベッドの端に腰かける藤堂の肩を押してベッドに倒すとその上に跨がる。しかし僕を見上げる藤堂は微動だにしない。なにもしてくれないのがもどかしい。藤堂の反応がじれったくて、身を屈めると藤堂の唇にキスをした。
 そっと口内に舌を滑り込ませ、いつも藤堂がするように舌をすり合わせ絡める。けれどそれでも藤堂はなんの反応も見せず、応えてくれない。我慢できなくて覆い被さるように抱きついたら、拒むように両肩を押し返された。

「なんでだよ、いや?」

 不満をあらわにして口を引き結んだら、藤堂の顔が困惑したものに変わる。いつものように優しく髪を梳いて撫でられるけど、その手にすり寄ったらすっとその手は離れていった。
 心の中でくすぶる気持ちがもどかしくて、離れていく手を掴んではだけた浴衣の裾から伸びた自分の素足にその手を誘った。さすがにそれには藤堂も肩を跳ね上げる。そして再び離れていこうとする藤堂の手を僕は強く掴んで、それを肌の上を滑らすように触れさせた。制止の声がかかるけれど、ほとんどいまの僕には聞こえていなくて、なんとかして藤堂をその気にさせたくて必死だった。

「触ってくれなきゃ、いやだ」

 涙声の甘ったるい誘うような声音。まさか自分の口からそんな声が出るなんて思いもよらなかった。でも一度火がついた気持ちは止められなくて、唇を何度も重ねる。無意識に腰をすり寄せると、藤堂の表情はうろたえたような困惑に変わった。
 自分でも変な方向に開き直ってしまっているのは、なんとなく頭の隅で感じてはいるけれど、どうしても抑えきれない感情の行き場がなかった。相手にしてもらないことが悲しくて、思わず泣きそうになったら慌てた藤堂に抱きしめられる。そしてため息交じりのキスをされた。
 優しく触れるだけのキスは次第に深くなり、差し出した舌を絡め取られて、その行為に溺れるように藤堂にすがりつく。何度も何度もそれを繰り返すうちに、少しずつ心が満たされていく気がした。首筋や胸元を這う指先と唇、そして浴衣の帯を解かれる感覚に肩が震える。


 落ちていた意識が浮上する瞬間、脳裏をよぎった映像に思わず叫び声に似た声が出た。弾かれるように思いきり身体を起こして、慌てて周りを見渡せば、窓から朝の柔らかい光が部屋の中に降り注いでいた。

「……いまの、夢? だよな?」

 もそもそと布団を剥いで起き上がると、ついベッドの上で正座をしてしまった。下を向き確認をすれば、浴衣は乱れもなくしっかり着ている。しかし夢にしてはあまりにもリアルな気がして、鼓動が早くて顔が熱い。

「う、ってか……頭、痛い」

 現実を取り戻してふと我に返ると、グラグラとする頭に激痛が走る。思わず頭を抱えてその場にうずくまれば、少し離れた場所から微かに物音が聞こえた。

「佐樹さん目が覚めたの? 二日酔い平気?」

 片手に小さなビニール袋を下げた藤堂が寝室を覗くようにして顔を出す。どこかへ出かけていたのか、藤堂はもう私服に着替えていた。そんな彼の姿を見た瞬間、夢での出来事が頭に浮かび、一気に熱が顔に集中して焦りを感じる。

「もしかして、熱でもありますか?」

 そんな僕を見て藤堂は心配そうな表情を浮かべて近づいてきた。

「な、ないっ」

 額に触れた藤堂の手に心臓が跳ね上がる。そわそわする僕の様子に藤堂は不思議そうな顔で首を傾げた。まさかあんな夢を見たとは口が裂けても言えない。っていうか、本当に夢だったんだろうか。酔っ払って本気でなにかしでかしたんじゃないかと心配になってくる。

「藤堂」

「なんですか? あ、はいこれ、スポーツドリンク。二日酔いの時は身体に水分が足りてないからちゃんと飲んでくださいね。あとこっちは二日酔い用のドリンク剤」

「あ、うん」

 手渡された飲み物を見下ろし、口にしかけた言葉が喉奥で止まってしまった。ベッドの端に腰かけ、こちらを見ている藤堂の態度は至って普通だ。いや、しかしなに食わぬ顔でこちらに隙を見せないのも藤堂だ。ここははっきりと聞かなくては駄目だろう。

「藤堂っ」

「どうしたんですか?」

 いきなり声を上げた僕に腕を掴まれ、藤堂が目を丸くして驚きをあらわにする。突然迫るように近づいた僕に対し、若干藤堂は及び腰だ。

「き、昨日のことなんだけど」

「え? 昨日、ですか」

 一瞬だけ藤堂の目が泳いだのを見て、急に胸の辺りがざわざわした。
 なにかやってるかもしれないという不安が押し寄せてくる。あれは本当に夢だったのだろうか。
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