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決別
08
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バスに揺られて少し移動した先にある広い霊園は、郊外と言うこともありとても静かだ。
優しい風に吹かれてさわさわと揺れる木の枝と木の葉。その下では綺麗に整備された石畳が長く続く。久しぶりに来たこの場所は当たり前だがなにも変わらなくて、あれからどれくらい時間が過ぎたのか、時々わからなくなる。でも今日はいつもとは違う。一人ではないということが、これほどまでに気持ちの変化をもたらすのかと思うほど、気持ちは穏やかだった。
でも墓石の前に来ると自然と背筋が伸びる。命日に彼女のご両親が来ているのは間違いないので、お墓は綺麗なものだったけれど。やはり気持ち的にはお墓とその周りを簡単にでも掃除をして、礼は尽くしたいと思った。
「そういえば、佐樹さんのところに入ったわけじゃないんですね」
花を生けている僕の後ろで藤堂がぽつりと呟いた。
「ああ、向こうのご両親のたっての願いで実家のお墓に入れたんだ。それに僕もまだ若かったし、先があるだろうから次の奥さんが可哀想だってさ」
「なるほど」
「あ、次はないぞ」
また独り言みたいに小さく呟く藤堂を慌てて振り返れば、少し驚いた顔をされた。けれど僕の顔を見た藤堂はゆるりと口角を上げて目を細めると、満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫です。次には渡しません」
「……」
至極機嫌のよさげな藤堂の顔は、半分は間違いなく取り乱した僕へのからかいだ。でもそれをわかっていても、そんなことを言われてはさらに取り乱してしまう。手にした線香をバラバラと落としてしまい、あたふたしていると藤堂の手が両肩に触れた。
「ほら、佐樹さん落ち着いて」
「お前が悪い」
隣にしゃがみ、落ちた線香を拾い集める藤堂の横顔を睨んだら、ふいに振り返った顔がこちらに近づいた。
「ストッ……プ」
まさかこんな場所でされるとは思わなかった。触れられた唇を手のひらで覆い俯いたら、肩を抱き寄せられた。そして傾いた藤堂の頭が僕の肩に寄りかかる。寄り添うその微かな重みがひどく温かいと感じた。
「お前は今日、何回目だと」
「佐樹さん」
照れ隠しに藤堂の身体を押し戻そうとしたが、さらに強く肩を抱きしめられそれは適わなかった。こちらを見る目に言葉も途切れていく。
「好きだよ」
耳元で優しい声が愛を囁きかける。でもその言葉に僕は返す言葉をすぐに見つけることができなかった。嬉しくて幸せで堪らないのに、声が出なかった。
「……」
「俺は佐樹さんを置いていなくなったりしないから、これからもずっとこうして傍にいさせてください」
こんな時にそんなことを言われたら、どうしたらいいかわからなくなる。ここに来るたびに寂しくて切なくて、後悔ばかりで。やりきれない気持ちばかりが膨れ上がって、時間が巻き戻ったらどれほどいいか、自分が代わりにいなくなってしまえばどれほどよかったかと、そればかり考えていた。
それなのにこんなにも容易く、僕の欲しかった言葉をくれる藤堂の存在が大きくて、ずっとぐるぐると悩み続けて、鬱屈としていたはずの感情がいとも簡単に晴れていく。
喉が詰まってひどく熱い。堪えようとするほどに込み上がってくる感情に涙が溢れた。ボロボロとこぼれ落ちる涙を拭いもせずに、僕は馬鹿みたいに何度も頷いた。
「うん、傍にいて……お願いだから、どこにも、行かないでくれ」
これからもずっと傍にいたい。愛した人と離ればなれになって会えなくなったりするのはもう嫌だ。二度とそんな想いはしたくない。
「俺はずっとここにいるから」
優しい囁きに止まらない涙。藤堂の首元へ腕を伸ばして抱きつけば、そっと背を抱きしめ返してくれた。寄せられた頬が僕の涙で濡れる。それでも決して離さずにいてくれる力強い腕にひどく安堵した。
「もう僕には、お前しかいない」
これはもしかしたら藤堂を縛り付ける言葉なのかもしれない。なにごともなく平凡に生きて人生を歩いていったら、先にいなくなるのは僕のほうだ。それ以前に、藤堂はまだ若い。これからの道の妨げに、僕はなってしまったりしないだろうか。そんな迷いも確かにある。
でもそんな先を怖がって藤堂を手放したくない。こんなに好きなのに、こんなに誰かを好きだと思えたのは初めてなのに、この感情を押し殺してしまいたくはない。
「俺以外は、絶対に許さないから」
「藤堂?」
涙で濡れた僕の頬やまつげを拭う指先は優しいのに、その言葉はいままでで一番力強い。
「ずっと俺だけを見ていて、ほかのものになんて目移りしたら許さない」
そっと寄せられた藤堂の額がコツンと僕の額に触れる。間近に迫った視線はまっすぐと僕の目を捉えて離さない。
優しい風に吹かれてさわさわと揺れる木の枝と木の葉。その下では綺麗に整備された石畳が長く続く。久しぶりに来たこの場所は当たり前だがなにも変わらなくて、あれからどれくらい時間が過ぎたのか、時々わからなくなる。でも今日はいつもとは違う。一人ではないということが、これほどまでに気持ちの変化をもたらすのかと思うほど、気持ちは穏やかだった。
でも墓石の前に来ると自然と背筋が伸びる。命日に彼女のご両親が来ているのは間違いないので、お墓は綺麗なものだったけれど。やはり気持ち的にはお墓とその周りを簡単にでも掃除をして、礼は尽くしたいと思った。
「そういえば、佐樹さんのところに入ったわけじゃないんですね」
花を生けている僕の後ろで藤堂がぽつりと呟いた。
「ああ、向こうのご両親のたっての願いで実家のお墓に入れたんだ。それに僕もまだ若かったし、先があるだろうから次の奥さんが可哀想だってさ」
「なるほど」
「あ、次はないぞ」
また独り言みたいに小さく呟く藤堂を慌てて振り返れば、少し驚いた顔をされた。けれど僕の顔を見た藤堂はゆるりと口角を上げて目を細めると、満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫です。次には渡しません」
「……」
至極機嫌のよさげな藤堂の顔は、半分は間違いなく取り乱した僕へのからかいだ。でもそれをわかっていても、そんなことを言われてはさらに取り乱してしまう。手にした線香をバラバラと落としてしまい、あたふたしていると藤堂の手が両肩に触れた。
「ほら、佐樹さん落ち着いて」
「お前が悪い」
隣にしゃがみ、落ちた線香を拾い集める藤堂の横顔を睨んだら、ふいに振り返った顔がこちらに近づいた。
「ストッ……プ」
まさかこんな場所でされるとは思わなかった。触れられた唇を手のひらで覆い俯いたら、肩を抱き寄せられた。そして傾いた藤堂の頭が僕の肩に寄りかかる。寄り添うその微かな重みがひどく温かいと感じた。
「お前は今日、何回目だと」
「佐樹さん」
照れ隠しに藤堂の身体を押し戻そうとしたが、さらに強く肩を抱きしめられそれは適わなかった。こちらを見る目に言葉も途切れていく。
「好きだよ」
耳元で優しい声が愛を囁きかける。でもその言葉に僕は返す言葉をすぐに見つけることができなかった。嬉しくて幸せで堪らないのに、声が出なかった。
「……」
「俺は佐樹さんを置いていなくなったりしないから、これからもずっとこうして傍にいさせてください」
こんな時にそんなことを言われたら、どうしたらいいかわからなくなる。ここに来るたびに寂しくて切なくて、後悔ばかりで。やりきれない気持ちばかりが膨れ上がって、時間が巻き戻ったらどれほどいいか、自分が代わりにいなくなってしまえばどれほどよかったかと、そればかり考えていた。
それなのにこんなにも容易く、僕の欲しかった言葉をくれる藤堂の存在が大きくて、ずっとぐるぐると悩み続けて、鬱屈としていたはずの感情がいとも簡単に晴れていく。
喉が詰まってひどく熱い。堪えようとするほどに込み上がってくる感情に涙が溢れた。ボロボロとこぼれ落ちる涙を拭いもせずに、僕は馬鹿みたいに何度も頷いた。
「うん、傍にいて……お願いだから、どこにも、行かないでくれ」
これからもずっと傍にいたい。愛した人と離ればなれになって会えなくなったりするのはもう嫌だ。二度とそんな想いはしたくない。
「俺はずっとここにいるから」
優しい囁きに止まらない涙。藤堂の首元へ腕を伸ばして抱きつけば、そっと背を抱きしめ返してくれた。寄せられた頬が僕の涙で濡れる。それでも決して離さずにいてくれる力強い腕にひどく安堵した。
「もう僕には、お前しかいない」
これはもしかしたら藤堂を縛り付ける言葉なのかもしれない。なにごともなく平凡に生きて人生を歩いていったら、先にいなくなるのは僕のほうだ。それ以前に、藤堂はまだ若い。これからの道の妨げに、僕はなってしまったりしないだろうか。そんな迷いも確かにある。
でもそんな先を怖がって藤堂を手放したくない。こんなに好きなのに、こんなに誰かを好きだと思えたのは初めてなのに、この感情を押し殺してしまいたくはない。
「俺以外は、絶対に許さないから」
「藤堂?」
涙で濡れた僕の頬やまつげを拭う指先は優しいのに、その言葉はいままでで一番力強い。
「ずっと俺だけを見ていて、ほかのものになんて目移りしたら許さない」
そっと寄せられた藤堂の額がコツンと僕の額に触れる。間近に迫った視線はまっすぐと僕の目を捉えて離さない。
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