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波紋
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いつも当たり前にあることがないと、途端に不安になる。そしてそれがいつまでも気になってしまい、落ち着かない自分にまた嫌悪してしまう。
初めて電話をしたあの晩。また連絡しますと言った藤堂から連絡はなかった。もしかしたらなにか急用の電話だったのかもしれない、そう思うものの。あれから三日経ち、藤堂から直接なんの連絡もないことが不安でたまらなかった。
一日過ぎた頃、毎日メールをくれていた藤堂からなにも連絡がないことに気づき、彼の教室へ行ってみた。けれどそこに藤堂はいなくて、三島がすなまそうな顔をして出迎えてくれた。休み時間になるとすぐにどこかへ行ってしまうのだという。
三島自身もまったく事情を聞いていないらしく、ただただ、ごめんと謝られるばかりで、さらに不安が募った。
もちろん以前の二の舞ですれ違うのは嫌だったから、さすがの僕もなにかあったのかと藤堂にメールを打った。けれどその返事すらいまだない。このままずっと音信不通になったらと思うと、情けない話だが気がおかしくなりそうだ。
「……か、おいっ、西岡?」
「え?」
突然、肩を揺さぶられて大げさなほど身体が跳ね上がった。慌てて声がしたほうへ振り返れば、同じように驚いた表情で飯田が僕を見下ろしていた。一瞬なにが起きたのかわからず周りを見渡すと、そこはどこか慌ただしさを感じさせる職員室だった。どうやら僕は自席で、またぼんやりと考え込んでしまっていたようだ。
「大丈夫か? どっか調子悪いなら言えよ」
「悪い、ちょっと考えごとしてた」
「ならいいけど」
「なに?」
肩をすくめて息をつく飯田に苦笑いを浮かべ、はぐらかすよう僕は問い返した。
「あ、ああ。そうそう、午後の懇談会で使う資料は揃ってんだけど。出席者名簿ないんだけど」
「ん? それまだ来てないのか」
今日は創立祭当日。
生徒たちも参加する午前の催し物が終わったあと、昼食を挟み保護者や学校関係者たちと懇談会がある。それは午前中参加した人たち全員が参加するものではなく、希望する一部の保護者と関係者のみだ。なのでその事前チェックのために、資料と創立祭名簿が必要だった。
「おかしいな。生徒会のほうで用意してるはずなんだけど、八時までには持ってくるって」
ふと机上の時計を確認すれば、針は八時半をさそうとしているところだった。
「それは確かにおかしいな」
常日頃、仕事に関してはきっちりしている峰岸率いる生徒会が、こういったことで時間に遅れるのは珍しい。首を傾げる飯田につられ僕もまた首を捻っていると、勢いよく近くの戸が引かれ聞き馴染みのある声が響いた。
「しっつれいしまーすっ」
声と共に駆け寄ってくる足音を振り返ると、息を切らせた野上が分厚い封筒の束を僕へ差し出しへらりと笑った。
「ごめんねニッシー。ちょぉ遅刻でギリギリアウト」
「……野上、日本語がおかしいぞ」
「あはは、なんかもう力尽きた」
差し出された封筒を受け取れば、野上は床へ手をついてしゃがみ込んだ。
「なにかあったのか?」
ヨレヨレという言葉がぴったりなくらい、憔悴している野上の様子に思わず目を見張ってしまう。
「んー、印刷機が途中で機嫌損ねちゃってさ。マジ焦ったんだけど、会長の器用さで復活してとりあえず必要分は印刷してきましたっ」
「まったく言ってくれれば職員室のコピー機使えたのに、ご苦労さん」
顔や手のあちこちにインクをつけている野上の頭を撫でてやれば、またへらりと笑ってのそのそと立ち上がった。
「コピー機は経費かかるから駄目だって会長が言うからさ」
「そっか朝から大変だったな。終わったらジュースでもおごってやろう」
「マジ? ラッキー、んじゃ残りの予備分ができたらまた来るから」
背筋を伸ばして敬礼の真似事をすると、野上はくるりと踵を返して廊下へ飛び出していった。そんな野上の後ろ姿に、いつの間にかこちらを見ていた職員全員が微笑ましげに笑っていた。
「なんつーか、野上はほんと気が抜けるよな」
「和むだろ? 生徒会でもいいムードメーカーだよ」
呆れ半分、感心半分といった声に肩をすくめれば、確かに、と野上の去った先を見ながら飯田は吹き出すように笑った。
「じゃあこれもらっていくな」
「ああ、待たせて悪かったな」
分厚い束を飯田に引き渡し、一部だけ手元に残された名簿をめくる。
「そういえばチェックも峰岸が全部したのか」
初めて目を通すそれに思わず首を傾げてしまった。一冊だけでも充分に厚い名簿は綺麗に製本されている。
来賓と送付用の創立祭記念名簿は印刷会社に頼んだしっかりした装丁のものだけれど、学校職員分は経費削減のために、生徒会役員がすべて印刷と製本をしていた。
「印刷だけでも大変だっただろうな」
中を確認すると、午後の出席者名簿だけではなく、今回来校する全員分の名簿と創立祭自体に参加はしないが、電報などで寄稿した各人の名前や企業名も一緒にまとめられていた。
名簿の半数以上が父兄、けれどOBの名前もかなり多かった。偏差値はそれほど高くないが、意外とうちの高校は進学率も就職率もいいほうだ。有名大学や企業の名前が多い。
「これだけあれば毎日やってもなかなか終わらないはずだよな」
日が暮れるまで毎日分厚いファイルをめくっていた役員の姿が、今更ながらに思い起こされる。
「……え?」
なに気なく眺めていた懇談会の出席者名簿。けれどふいに視線が止まったその名前に、一瞬目を疑ってしまった。
「まさか、来るのか」
思いもよらないその名前にやたらと鼓動が速くなる。見覚えのある名字はうちの学校には一人しかいない。嫌な夢や予感、藤堂の音信不通が続いてまいっている自分にはかなり大きな衝撃だ。本当になにかが起きそうで背筋が寒くなった。
「おい、西岡ぁっ」
「……っ」
離れた場所から自分を呼ぶ飯田の声に、飛び上がるように立ち上がり、開いていた名簿を勢い任せに閉じる。息苦しさと共にほんの少しめまいを感じた。
初めて電話をしたあの晩。また連絡しますと言った藤堂から連絡はなかった。もしかしたらなにか急用の電話だったのかもしれない、そう思うものの。あれから三日経ち、藤堂から直接なんの連絡もないことが不安でたまらなかった。
一日過ぎた頃、毎日メールをくれていた藤堂からなにも連絡がないことに気づき、彼の教室へ行ってみた。けれどそこに藤堂はいなくて、三島がすなまそうな顔をして出迎えてくれた。休み時間になるとすぐにどこかへ行ってしまうのだという。
三島自身もまったく事情を聞いていないらしく、ただただ、ごめんと謝られるばかりで、さらに不安が募った。
もちろん以前の二の舞ですれ違うのは嫌だったから、さすがの僕もなにかあったのかと藤堂にメールを打った。けれどその返事すらいまだない。このままずっと音信不通になったらと思うと、情けない話だが気がおかしくなりそうだ。
「……か、おいっ、西岡?」
「え?」
突然、肩を揺さぶられて大げさなほど身体が跳ね上がった。慌てて声がしたほうへ振り返れば、同じように驚いた表情で飯田が僕を見下ろしていた。一瞬なにが起きたのかわからず周りを見渡すと、そこはどこか慌ただしさを感じさせる職員室だった。どうやら僕は自席で、またぼんやりと考え込んでしまっていたようだ。
「大丈夫か? どっか調子悪いなら言えよ」
「悪い、ちょっと考えごとしてた」
「ならいいけど」
「なに?」
肩をすくめて息をつく飯田に苦笑いを浮かべ、はぐらかすよう僕は問い返した。
「あ、ああ。そうそう、午後の懇談会で使う資料は揃ってんだけど。出席者名簿ないんだけど」
「ん? それまだ来てないのか」
今日は創立祭当日。
生徒たちも参加する午前の催し物が終わったあと、昼食を挟み保護者や学校関係者たちと懇談会がある。それは午前中参加した人たち全員が参加するものではなく、希望する一部の保護者と関係者のみだ。なのでその事前チェックのために、資料と創立祭名簿が必要だった。
「おかしいな。生徒会のほうで用意してるはずなんだけど、八時までには持ってくるって」
ふと机上の時計を確認すれば、針は八時半をさそうとしているところだった。
「それは確かにおかしいな」
常日頃、仕事に関してはきっちりしている峰岸率いる生徒会が、こういったことで時間に遅れるのは珍しい。首を傾げる飯田につられ僕もまた首を捻っていると、勢いよく近くの戸が引かれ聞き馴染みのある声が響いた。
「しっつれいしまーすっ」
声と共に駆け寄ってくる足音を振り返ると、息を切らせた野上が分厚い封筒の束を僕へ差し出しへらりと笑った。
「ごめんねニッシー。ちょぉ遅刻でギリギリアウト」
「……野上、日本語がおかしいぞ」
「あはは、なんかもう力尽きた」
差し出された封筒を受け取れば、野上は床へ手をついてしゃがみ込んだ。
「なにかあったのか?」
ヨレヨレという言葉がぴったりなくらい、憔悴している野上の様子に思わず目を見張ってしまう。
「んー、印刷機が途中で機嫌損ねちゃってさ。マジ焦ったんだけど、会長の器用さで復活してとりあえず必要分は印刷してきましたっ」
「まったく言ってくれれば職員室のコピー機使えたのに、ご苦労さん」
顔や手のあちこちにインクをつけている野上の頭を撫でてやれば、またへらりと笑ってのそのそと立ち上がった。
「コピー機は経費かかるから駄目だって会長が言うからさ」
「そっか朝から大変だったな。終わったらジュースでもおごってやろう」
「マジ? ラッキー、んじゃ残りの予備分ができたらまた来るから」
背筋を伸ばして敬礼の真似事をすると、野上はくるりと踵を返して廊下へ飛び出していった。そんな野上の後ろ姿に、いつの間にかこちらを見ていた職員全員が微笑ましげに笑っていた。
「なんつーか、野上はほんと気が抜けるよな」
「和むだろ? 生徒会でもいいムードメーカーだよ」
呆れ半分、感心半分といった声に肩をすくめれば、確かに、と野上の去った先を見ながら飯田は吹き出すように笑った。
「じゃあこれもらっていくな」
「ああ、待たせて悪かったな」
分厚い束を飯田に引き渡し、一部だけ手元に残された名簿をめくる。
「そういえばチェックも峰岸が全部したのか」
初めて目を通すそれに思わず首を傾げてしまった。一冊だけでも充分に厚い名簿は綺麗に製本されている。
来賓と送付用の創立祭記念名簿は印刷会社に頼んだしっかりした装丁のものだけれど、学校職員分は経費削減のために、生徒会役員がすべて印刷と製本をしていた。
「印刷だけでも大変だっただろうな」
中を確認すると、午後の出席者名簿だけではなく、今回来校する全員分の名簿と創立祭自体に参加はしないが、電報などで寄稿した各人の名前や企業名も一緒にまとめられていた。
名簿の半数以上が父兄、けれどOBの名前もかなり多かった。偏差値はそれほど高くないが、意外とうちの高校は進学率も就職率もいいほうだ。有名大学や企業の名前が多い。
「これだけあれば毎日やってもなかなか終わらないはずだよな」
日が暮れるまで毎日分厚いファイルをめくっていた役員の姿が、今更ながらに思い起こされる。
「……え?」
なに気なく眺めていた懇談会の出席者名簿。けれどふいに視線が止まったその名前に、一瞬目を疑ってしまった。
「まさか、来るのか」
思いもよらないその名前にやたらと鼓動が速くなる。見覚えのある名字はうちの学校には一人しかいない。嫌な夢や予感、藤堂の音信不通が続いてまいっている自分にはかなり大きな衝撃だ。本当になにかが起きそうで背筋が寒くなった。
「おい、西岡ぁっ」
「……っ」
離れた場所から自分を呼ぶ飯田の声に、飛び上がるように立ち上がり、開いていた名簿を勢い任せに閉じる。息苦しさと共にほんの少しめまいを感じた。
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