はじまりの恋

葉月めいこ

文字の大きさ
上 下
53 / 249
日常

Feeling04

しおりを挟む
 現に、いつも峰岸のことを邪険に扱って怒ってはいるけれど、一度も突き放すようなことはしなかった。険悪に見えても藤堂は嫌ってはいないんだと思う。どこかで仕方ないなと思っているのかもしれない。

「い、いきなり、変に冷静な分析しないでください」

 じっとまっすぐに見つめたら、ついには頭を抱えて俯いてしまった。そんな藤堂の顔を覗けば、それを阻むように胸元へ顔を押し付けられてしまう。

「なあ、どうだった?」

「……」

 押し黙る藤堂の胸元からは忙しない心音が聞こえる。戸惑いなのか、焦りなのかはわからないが、その音にしばらく耳を傾けた。

「最初に言ったことは忘れないでくださいね」

「ん、わかってる」

「……思ったことは、ありました」

 ぽつりと小さな声で呟いた藤堂の言葉に、ふぅんと相槌を打ったきり、僕は口を閉ざした。けれど傷ついたと言うわけではなく、なんとなく納得したというのが正しい気がした。
 だからただ――確かめたくなっただけなんだ。

「佐樹さん?」

「ん、ああ。悪い、怒ってるわけじゃなくて。お前たち見てると水と油だろ? よくずっと一緒にいたなって思ってたから、納得した」

 窺うような藤堂の声に顔を上げれば、困惑した眼差しがじっとこちらを見ていた。

「あれは、あいつがなにかと佐樹さんに構うからであって」

「ん、わかった」

「なにがですか」

 暗い顔をしていた僕が、急に笑みを浮かべたことで、ますます藤堂の表情が戸惑ったように強張る。そんな彼の反応に僕はつい苦笑いをしてしまった。

「いまは藤堂の優先順位。一番は自分なんだってわかった」

 けれど、多分以前は峰岸だったのではないかと思う。僕が藤堂の隣に立つまでは――そうでなければ、お互いの想いを知ったまま長く一緒にはいられない。そして峰岸が手を離さなければ、きっと藤堂はここにはいなかった。それを思うとたまらなく胸が痛い。
 その痛みが自分に対してのものなのか、峰岸へのものなのかはわからない。でも僕は、どうしても確かめたかったのだ。

「いい、もう満足した」

「佐樹さん。一人で完結しないでください」

「知りたかっただけだ。お前の一番がいま、本当に自分なのか」

 馬鹿馬鹿しいと笑われても構わない。これだけ想いを与えられて、まだ信じられないのかと罵倒されてもいい。

「……過去はいらない。だからいまのお前は、自分だけのものだって、確かめたかったんだ」

 藤堂を想う自分の気持ちはもう心から溢れて、どうしようもないところまで来ている。だから何度も何度も確かめても、きっと足りない。またいつか同じことを彼に問いかけてしまう。
 一分一秒先の藤堂の気持ちを確かめてしまう。

「女々しくて情けないけど。お前じゃないと駄目なんだ。だから」

 はじまりからそうだった。なぜそんなに追いつめられてしまうほど、彼の気持ちが欲しいのかがわからない。でもどれだけ一緒にいても不安が過ぎる。
 多分どこかで恐れている。置いていかれるのが、怖い。手が届かなくなるのが怖くてたまらない。

「落ち着いて、ちゃんと聞いてください。そして絶対に忘れないでください。俺が愛してる人は、昔もいまもこの先も佐樹さん、あなただけです。それ以外なんてないんです」

「……ん、ありがとう」

 そう言って優しく抱き締められたら、もう言葉なんて見つからない。ひたすら頷いて泣くしかできない。

「大丈夫ですよ。あなたは俺のすべてです」

 しばらく時間を忘れて藤堂の胸元に顔を埋めていると、その向こうから鈍い音が数回聞こえてきた。

「お取り込み中悪いけど」

 微かに聞こえるその声に気づき、藤堂が寄りかかっていた扉から退けば、軋んだ音を立ててそれはほんのわずかに開いた。

「ジイさんがそろそろ戻れってよ。ミキティじゃ使えねぇってブツブツ言ってるぜ」

 細く開いた隙間から聞こえる峰岸の声に、藤堂は肩をすくめて小さく笑う。

「俺、もう行きますね」

「悪い、仕事をサボらせた」

「大丈夫」

 言い募ろうとした僕の口を唇で塞ぎ、やんわりと微笑んだ藤堂は、髪を撫で静かに離れていった。開いた扉の隙間から射し込んだ光に一瞬目が眩む。

「ちゃんと送れよ」

「わかってる。さっさと行け」

 峰岸に追い立てられながら去っていく藤堂の後ろ姿を見ていると、ふいに光を遮るような影が落ちる。

「センセ、目が赤い。泣かされたのか」

「ち、違う」

 僕の顔をじっと見ていた峰岸が、指先で目の縁をなぞり眉をひそめた。慌ててその手を払えば、なぜか小さくため息を吐かれる。

「泣かされたら言えよ。叱ってやる」

「馬鹿なこと言うな。藤堂はそんなことしない」

「だろうな。あいつセンセにべた惚れだし。つうか盲目だぜほんとに」

 顔をしかめた僕に、楽しげな笑みを浮かべ峰岸は片頬を持ち上げる。

「いまも昔もあいつの一番はセンセだけだ。だから、俺はそんなあいつとセンセのあいだに割り込んで楽しく過ごすから、気にすんな」

「は?」

「俺は二人とも、好きだって言ったろ? 両方構えて一石二鳥だ」

 あ然としている僕に、わざとらしく片目をつむると、峰岸はニヤニヤと含み笑いをしながら、扉の向こうへ消える。そして慌てて僕が扉を開けば、峰岸は目を細めにやりと笑った。

「恋愛には障害がつきものだろう?」

 その笑顔が冗談なのか、本気なのかはわからないが、間違いなく彼の猫じゃらしになったような気はする。


[Feeling / end]
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。 そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…? 【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】 ※攻め視点で1話完結の短い話です。 ※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...