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日常
Feeling04
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現に、いつも峰岸のことを邪険に扱って怒ってはいるけれど、一度も突き放すようなことはしなかった。険悪に見えても藤堂は嫌ってはいないんだと思う。どこかで仕方ないなと思っているのかもしれない。
「い、いきなり、変に冷静な分析しないでください」
じっとまっすぐに見つめたら、ついには頭を抱えて俯いてしまった。そんな藤堂の顔を覗けば、それを阻むように胸元へ顔を押し付けられてしまう。
「なあ、どうだった?」
「……」
押し黙る藤堂の胸元からは忙しない心音が聞こえる。戸惑いなのか、焦りなのかはわからないが、その音にしばらく耳を傾けた。
「最初に言ったことは忘れないでくださいね」
「ん、わかってる」
「……思ったことは、ありました」
ぽつりと小さな声で呟いた藤堂の言葉に、ふぅんと相槌を打ったきり、僕は口を閉ざした。けれど傷ついたと言うわけではなく、なんとなく納得したというのが正しい気がした。
だからただ――確かめたくなっただけなんだ。
「佐樹さん?」
「ん、ああ。悪い、怒ってるわけじゃなくて。お前たち見てると水と油だろ? よくずっと一緒にいたなって思ってたから、納得した」
窺うような藤堂の声に顔を上げれば、困惑した眼差しがじっとこちらを見ていた。
「あれは、あいつがなにかと佐樹さんに構うからであって」
「ん、わかった」
「なにがですか」
暗い顔をしていた僕が、急に笑みを浮かべたことで、ますます藤堂の表情が戸惑ったように強張る。そんな彼の反応に僕はつい苦笑いをしてしまった。
「いまは藤堂の優先順位。一番は自分なんだってわかった」
けれど、多分以前は峰岸だったのではないかと思う。僕が藤堂の隣に立つまでは――そうでなければ、お互いの想いを知ったまま長く一緒にはいられない。そして峰岸が手を離さなければ、きっと藤堂はここにはいなかった。それを思うとたまらなく胸が痛い。
その痛みが自分に対してのものなのか、峰岸へのものなのかはわからない。でも僕は、どうしても確かめたかったのだ。
「いい、もう満足した」
「佐樹さん。一人で完結しないでください」
「知りたかっただけだ。お前の一番がいま、本当に自分なのか」
馬鹿馬鹿しいと笑われても構わない。これだけ想いを与えられて、まだ信じられないのかと罵倒されてもいい。
「……過去はいらない。だからいまのお前は、自分だけのものだって、確かめたかったんだ」
藤堂を想う自分の気持ちはもう心から溢れて、どうしようもないところまで来ている。だから何度も何度も確かめても、きっと足りない。またいつか同じことを彼に問いかけてしまう。
一分一秒先の藤堂の気持ちを確かめてしまう。
「女々しくて情けないけど。お前じゃないと駄目なんだ。だから」
はじまりからそうだった。なぜそんなに追いつめられてしまうほど、彼の気持ちが欲しいのかがわからない。でもどれだけ一緒にいても不安が過ぎる。
多分どこかで恐れている。置いていかれるのが、怖い。手が届かなくなるのが怖くてたまらない。
「落ち着いて、ちゃんと聞いてください。そして絶対に忘れないでください。俺が愛してる人は、昔もいまもこの先も佐樹さん、あなただけです。それ以外なんてないんです」
「……ん、ありがとう」
そう言って優しく抱き締められたら、もう言葉なんて見つからない。ひたすら頷いて泣くしかできない。
「大丈夫ですよ。あなたは俺のすべてです」
しばらく時間を忘れて藤堂の胸元に顔を埋めていると、その向こうから鈍い音が数回聞こえてきた。
「お取り込み中悪いけど」
微かに聞こえるその声に気づき、藤堂が寄りかかっていた扉から退けば、軋んだ音を立ててそれはほんのわずかに開いた。
「ジイさんがそろそろ戻れってよ。ミキティじゃ使えねぇってブツブツ言ってるぜ」
細く開いた隙間から聞こえる峰岸の声に、藤堂は肩をすくめて小さく笑う。
「俺、もう行きますね」
「悪い、仕事をサボらせた」
「大丈夫」
言い募ろうとした僕の口を唇で塞ぎ、やんわりと微笑んだ藤堂は、髪を撫で静かに離れていった。開いた扉の隙間から射し込んだ光に一瞬目が眩む。
「ちゃんと送れよ」
「わかってる。さっさと行け」
峰岸に追い立てられながら去っていく藤堂の後ろ姿を見ていると、ふいに光を遮るような影が落ちる。
「センセ、目が赤い。泣かされたのか」
「ち、違う」
僕の顔をじっと見ていた峰岸が、指先で目の縁をなぞり眉をひそめた。慌ててその手を払えば、なぜか小さくため息を吐かれる。
「泣かされたら言えよ。叱ってやる」
「馬鹿なこと言うな。藤堂はそんなことしない」
「だろうな。あいつセンセにべた惚れだし。つうか盲目だぜほんとに」
顔をしかめた僕に、楽しげな笑みを浮かべ峰岸は片頬を持ち上げる。
「いまも昔もあいつの一番はセンセだけだ。だから、俺はそんなあいつとセンセのあいだに割り込んで楽しく過ごすから、気にすんな」
「は?」
「俺は二人とも、好きだって言ったろ? 両方構えて一石二鳥だ」
あ然としている僕に、わざとらしく片目をつむると、峰岸はニヤニヤと含み笑いをしながら、扉の向こうへ消える。そして慌てて僕が扉を開けば、峰岸は目を細めにやりと笑った。
「恋愛には障害がつきものだろう?」
その笑顔が冗談なのか、本気なのかはわからないが、間違いなく彼の猫じゃらしになったような気はする。
[Feeling / end]
「い、いきなり、変に冷静な分析しないでください」
じっとまっすぐに見つめたら、ついには頭を抱えて俯いてしまった。そんな藤堂の顔を覗けば、それを阻むように胸元へ顔を押し付けられてしまう。
「なあ、どうだった?」
「……」
押し黙る藤堂の胸元からは忙しない心音が聞こえる。戸惑いなのか、焦りなのかはわからないが、その音にしばらく耳を傾けた。
「最初に言ったことは忘れないでくださいね」
「ん、わかってる」
「……思ったことは、ありました」
ぽつりと小さな声で呟いた藤堂の言葉に、ふぅんと相槌を打ったきり、僕は口を閉ざした。けれど傷ついたと言うわけではなく、なんとなく納得したというのが正しい気がした。
だからただ――確かめたくなっただけなんだ。
「佐樹さん?」
「ん、ああ。悪い、怒ってるわけじゃなくて。お前たち見てると水と油だろ? よくずっと一緒にいたなって思ってたから、納得した」
窺うような藤堂の声に顔を上げれば、困惑した眼差しがじっとこちらを見ていた。
「あれは、あいつがなにかと佐樹さんに構うからであって」
「ん、わかった」
「なにがですか」
暗い顔をしていた僕が、急に笑みを浮かべたことで、ますます藤堂の表情が戸惑ったように強張る。そんな彼の反応に僕はつい苦笑いをしてしまった。
「いまは藤堂の優先順位。一番は自分なんだってわかった」
けれど、多分以前は峰岸だったのではないかと思う。僕が藤堂の隣に立つまでは――そうでなければ、お互いの想いを知ったまま長く一緒にはいられない。そして峰岸が手を離さなければ、きっと藤堂はここにはいなかった。それを思うとたまらなく胸が痛い。
その痛みが自分に対してのものなのか、峰岸へのものなのかはわからない。でも僕は、どうしても確かめたかったのだ。
「いい、もう満足した」
「佐樹さん。一人で完結しないでください」
「知りたかっただけだ。お前の一番がいま、本当に自分なのか」
馬鹿馬鹿しいと笑われても構わない。これだけ想いを与えられて、まだ信じられないのかと罵倒されてもいい。
「……過去はいらない。だからいまのお前は、自分だけのものだって、確かめたかったんだ」
藤堂を想う自分の気持ちはもう心から溢れて、どうしようもないところまで来ている。だから何度も何度も確かめても、きっと足りない。またいつか同じことを彼に問いかけてしまう。
一分一秒先の藤堂の気持ちを確かめてしまう。
「女々しくて情けないけど。お前じゃないと駄目なんだ。だから」
はじまりからそうだった。なぜそんなに追いつめられてしまうほど、彼の気持ちが欲しいのかがわからない。でもどれだけ一緒にいても不安が過ぎる。
多分どこかで恐れている。置いていかれるのが、怖い。手が届かなくなるのが怖くてたまらない。
「落ち着いて、ちゃんと聞いてください。そして絶対に忘れないでください。俺が愛してる人は、昔もいまもこの先も佐樹さん、あなただけです。それ以外なんてないんです」
「……ん、ありがとう」
そう言って優しく抱き締められたら、もう言葉なんて見つからない。ひたすら頷いて泣くしかできない。
「大丈夫ですよ。あなたは俺のすべてです」
しばらく時間を忘れて藤堂の胸元に顔を埋めていると、その向こうから鈍い音が数回聞こえてきた。
「お取り込み中悪いけど」
微かに聞こえるその声に気づき、藤堂が寄りかかっていた扉から退けば、軋んだ音を立ててそれはほんのわずかに開いた。
「ジイさんがそろそろ戻れってよ。ミキティじゃ使えねぇってブツブツ言ってるぜ」
細く開いた隙間から聞こえる峰岸の声に、藤堂は肩をすくめて小さく笑う。
「俺、もう行きますね」
「悪い、仕事をサボらせた」
「大丈夫」
言い募ろうとした僕の口を唇で塞ぎ、やんわりと微笑んだ藤堂は、髪を撫で静かに離れていった。開いた扉の隙間から射し込んだ光に一瞬目が眩む。
「ちゃんと送れよ」
「わかってる。さっさと行け」
峰岸に追い立てられながら去っていく藤堂の後ろ姿を見ていると、ふいに光を遮るような影が落ちる。
「センセ、目が赤い。泣かされたのか」
「ち、違う」
僕の顔をじっと見ていた峰岸が、指先で目の縁をなぞり眉をひそめた。慌ててその手を払えば、なぜか小さくため息を吐かれる。
「泣かされたら言えよ。叱ってやる」
「馬鹿なこと言うな。藤堂はそんなことしない」
「だろうな。あいつセンセにべた惚れだし。つうか盲目だぜほんとに」
顔をしかめた僕に、楽しげな笑みを浮かべ峰岸は片頬を持ち上げる。
「いまも昔もあいつの一番はセンセだけだ。だから、俺はそんなあいつとセンセのあいだに割り込んで楽しく過ごすから、気にすんな」
「は?」
「俺は二人とも、好きだって言ったろ? 両方構えて一石二鳥だ」
あ然としている僕に、わざとらしく片目をつむると、峰岸はニヤニヤと含み笑いをしながら、扉の向こうへ消える。そして慌てて僕が扉を開けば、峰岸は目を細めにやりと笑った。
「恋愛には障害がつきものだろう?」
その笑顔が冗談なのか、本気なのかはわからないが、間違いなく彼の猫じゃらしになったような気はする。
[Feeling / end]
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