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告白
03
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ゆるりと口角を持ち上げ、にやりと悪い笑みを浮かべた片平に顔が引きつる。そしてそれと共に背中を冷たい汗が伝ったような気がした。
「なにその反応。怪しい、藤堂優哉が気になるの?」
「え? あ、それはちょっと色々あって」
「ふぅん。そう、色々って?」
ぐっと顔を寄せてくる片平を避けながら椅子を後退させると、面白くなさそうに彼女は肩をすくめる。
「西やんって優哉となんかあったの?」
「え? いや、えーと、なにかあったというか。どんな子だったかなぁと」
首を傾げる三島の頭に軽く触れ、つられたように僕も思わず首を傾げてしまった。
「弥彦、教えてあげれば? 同じクラスでしょ」
「こら片平、いつまで見てるんだ! 勝手に見るんじゃない」
いまだにしゃがんでいる三島を見下ろしながら、片平は机に置いていた青いファイルを手に取りその内容を繁々と読んでいた。
慌ててそれを取り上げると、片平は目を細めて小さく口を尖らせる。可愛らしい仕草だが彼女がやると、どうにもなにか含みがあるような気がして冷や汗が出る。
「で、先生は優哉のなにが知りたいの?」
「俺で答えられることならなんでも聞いていいよ!」
結局そのまま成り行きで藤堂のことを三島から聞くことになり、自分を囲うように寄せられた二つの椅子に片平と三島が腰かけた。途端に狭い空間がさらに窮屈に変わる。
「この部屋って狭いよね。もっと広い準備室用意してもらったら?」
僕の心情を読み取ったかのように、片平が辺りを見回しながら眉を寄せた。
スチール製の本棚が部屋の半分を占めるこの部屋は、僕が現在使用している机とその後方。扉までの床面積しかない。精々三畳程度だろう。
「まあ、確かに狭いけど、使うのは自分くらいだからな。もともと書庫だったものを、わざわざ使わせてもらってるから贅沢は言えない」
「蔵書に囲まれるのが幸せなんて暗いわね」
ぽつりと呟く言葉に棘がある彼女は、可愛い仔羊の皮を被った悪魔だと思わずにいられないのは僕だけだろうか。まったく悪い子ではないのはわかっているのに、相変わらず嫌な汗が出る。
「そうかなぁ、古典の先生らしいんじゃない?」
肩を落とした僕をフォローするように三島がそう言って笑った。本当にこの二人はうまくバランスが取れていると感心してしまう。
「そうそう、優哉だけど」
「え、ああ」
思い出したように話し出した三島に対し、僕は思わず肩を跳ね上げ間抜けた声を上げた。いまその名前は色んな意味で心臓に悪い。考えろと言われるとやたらと意識し過ぎる。
「頭はいいけど全然偉そうじゃないし、口数は多くないけどすごく気さくだから友達も多いほうだし、優哉はいいやつだよ。ああ、女子にも人気あるみたいで結構そんな噂も聞くかな」
満面の笑みで三島がそういうのだから、彼は本当にいいやつなのだろう。どうやら先に持った第一印象からかけ離れたところはないようだ。
「ふぅん、やっぱりモテるんだな」
「あいつは一見、王子だけどね。先生あんまり見た目に騙されないほうがいいわよ」
小さな僕の呟きに片平が再びにやりと笑い目を細めた。口元に手を当てて笑う片平の目は、なにかを楽しむような色が浮かんでいる。
「な、なんだそれは」
意味深な笑みがやたらと気になる。勘のよさそうな片平ではあるが、藤堂に告白されたことまでわかりはしないだろう。しかしそう思うのだが、彼女の笑みは底がまったく見えない。
「そのうちわかるでしょ? ああ、でも先生鈍そうだもんね。気づいたらトラップに引っかかってそう」
「う、うるさい! 誰が鈍いだ。変な予言をするな」
相変わらず口元に手を当てて笑いを堪える片平の姿に背筋が冷える。どこまで見透かされているんだろうか。なんだかやけに心臓の鼓動が速くなってきた。
「それにしても、三島だけじゃなくて片平も藤堂に詳しいのか」
「ああ、あのね。俺たちご近所さんなんだ。俺とあっちゃんほど長くないけど、優哉もかなり長い付き合いなんだよ」
「え? 三人とも幼馴染み?」
三島の言葉に思わずあ然としてしまう。品行方正を絵に描いたような藤堂と、やんちゃな印象が強い二人ではどう並べてもバランスが悪い気がした。
「意外だった?」
「ああ、ちょっとびっくりした」
「だよね、よく言われる」
素直に答えた僕を見て、三島は肩を揺らして笑う。知らない人は大体みんな驚くんだと聞かされて、ほっと息をついてしまった。
「ねぇ、先生。優哉のこと知りたかったらいくらでも教えてあげる。けど人に聞くよりも本人と向き合ったほうがわかるんじゃない?」
じっとこちらを見ていた片平が小さく首を傾げる。投げかけられた言葉があまりにも的を射るので、僕は思わず言葉を詰まらせてしまった。
「……向き合うって、なにを、どうしたらいいんだ」
「なにって、コミュニケーション」
「え? コミュニケーションって、そんな簡単に言われても」
初めて知る相手なのだから、コミュニケーションは当たり前だと思う。しかしそれをどう解決したらいいのかがわからないのだ。いまの悩みはまさにそこなのに、戸惑う僕をよそに立ち上がった片平はにこりと笑った。
「知りたいんでしょ? だったら歩み寄らなくちゃ、ね」
そう言って可愛らしく首を傾けた片平が、これまた可愛らしく片目をつむる。
「あ、ねぇ弥彦もう帰ろう。今日の晩ご飯はオムライス」
あ然としている僕などお構いなしの片平は三島の袖を小さく引いた。それに気づくと腕時計に視線を落とした三島が慌てた様子で立ち上がる。背の高い三島を思わず僕はつられるように見上げてしまう。
「そうだった! おばちゃんのオムライス。卵を買って帰らないと! 西やんまたね? 優哉のこと知りたかったらいつでも聞いて」
「あ? ああ」
嵐のように過ぎ去る二人の背中を視線で追いながら、呆気に取られたまま片手を上げた僕は瞬きを繰り返した。相変わらず登場も突然ならば去り際も突然だ。
けれどぴしゃりと閉じられた戸をしばらく見つめていると、再びそれが開く。
「……?」
不思議に思い首を捻れば、ひょっこりと片平が顔を出す。そして無言でこちらへ歩いてくると、満面の笑みを浮かべたまま僕の手を取り、薄っぺらなものをその上に乗せた。
「じゃあ、西岡先生、頑張って!」
わけもわからず目を丸くする僕などやはりお構いなしに、片平はそう言うと再び戸の向こうへ消えていった。
「なにを頑張る?」
過ぎ去った嵐のあとに取り残された僕は、なぜか急に疲れが押し寄せて、大きなため息をついてしまった。そして手のひらに残されたものを見下ろし再び首を傾げるのだった。
「名刺?」
手のひらにはなぜか名刺が一枚乗せられていた。
「藤堂とこれとなにか関係あるのか?」
不可解な片平の行動に首を捻るばかりだが、どうにも言葉の端々から嫌な予感がする。
「付き合い長いってことは知ってるのか?」
いやいや、と悪い予感を払い首を振ると、僕は深呼吸と共に机に向き直った。とりあえず仕事に集中しよう。机に積み上がったプリントの束を見ながら、僕は大きく息を吐き出した。
今日は残業決定だ。
「なにその反応。怪しい、藤堂優哉が気になるの?」
「え? あ、それはちょっと色々あって」
「ふぅん。そう、色々って?」
ぐっと顔を寄せてくる片平を避けながら椅子を後退させると、面白くなさそうに彼女は肩をすくめる。
「西やんって優哉となんかあったの?」
「え? いや、えーと、なにかあったというか。どんな子だったかなぁと」
首を傾げる三島の頭に軽く触れ、つられたように僕も思わず首を傾げてしまった。
「弥彦、教えてあげれば? 同じクラスでしょ」
「こら片平、いつまで見てるんだ! 勝手に見るんじゃない」
いまだにしゃがんでいる三島を見下ろしながら、片平は机に置いていた青いファイルを手に取りその内容を繁々と読んでいた。
慌ててそれを取り上げると、片平は目を細めて小さく口を尖らせる。可愛らしい仕草だが彼女がやると、どうにもなにか含みがあるような気がして冷や汗が出る。
「で、先生は優哉のなにが知りたいの?」
「俺で答えられることならなんでも聞いていいよ!」
結局そのまま成り行きで藤堂のことを三島から聞くことになり、自分を囲うように寄せられた二つの椅子に片平と三島が腰かけた。途端に狭い空間がさらに窮屈に変わる。
「この部屋って狭いよね。もっと広い準備室用意してもらったら?」
僕の心情を読み取ったかのように、片平が辺りを見回しながら眉を寄せた。
スチール製の本棚が部屋の半分を占めるこの部屋は、僕が現在使用している机とその後方。扉までの床面積しかない。精々三畳程度だろう。
「まあ、確かに狭いけど、使うのは自分くらいだからな。もともと書庫だったものを、わざわざ使わせてもらってるから贅沢は言えない」
「蔵書に囲まれるのが幸せなんて暗いわね」
ぽつりと呟く言葉に棘がある彼女は、可愛い仔羊の皮を被った悪魔だと思わずにいられないのは僕だけだろうか。まったく悪い子ではないのはわかっているのに、相変わらず嫌な汗が出る。
「そうかなぁ、古典の先生らしいんじゃない?」
肩を落とした僕をフォローするように三島がそう言って笑った。本当にこの二人はうまくバランスが取れていると感心してしまう。
「そうそう、優哉だけど」
「え、ああ」
思い出したように話し出した三島に対し、僕は思わず肩を跳ね上げ間抜けた声を上げた。いまその名前は色んな意味で心臓に悪い。考えろと言われるとやたらと意識し過ぎる。
「頭はいいけど全然偉そうじゃないし、口数は多くないけどすごく気さくだから友達も多いほうだし、優哉はいいやつだよ。ああ、女子にも人気あるみたいで結構そんな噂も聞くかな」
満面の笑みで三島がそういうのだから、彼は本当にいいやつなのだろう。どうやら先に持った第一印象からかけ離れたところはないようだ。
「ふぅん、やっぱりモテるんだな」
「あいつは一見、王子だけどね。先生あんまり見た目に騙されないほうがいいわよ」
小さな僕の呟きに片平が再びにやりと笑い目を細めた。口元に手を当てて笑う片平の目は、なにかを楽しむような色が浮かんでいる。
「な、なんだそれは」
意味深な笑みがやたらと気になる。勘のよさそうな片平ではあるが、藤堂に告白されたことまでわかりはしないだろう。しかしそう思うのだが、彼女の笑みは底がまったく見えない。
「そのうちわかるでしょ? ああ、でも先生鈍そうだもんね。気づいたらトラップに引っかかってそう」
「う、うるさい! 誰が鈍いだ。変な予言をするな」
相変わらず口元に手を当てて笑いを堪える片平の姿に背筋が冷える。どこまで見透かされているんだろうか。なんだかやけに心臓の鼓動が速くなってきた。
「それにしても、三島だけじゃなくて片平も藤堂に詳しいのか」
「ああ、あのね。俺たちご近所さんなんだ。俺とあっちゃんほど長くないけど、優哉もかなり長い付き合いなんだよ」
「え? 三人とも幼馴染み?」
三島の言葉に思わずあ然としてしまう。品行方正を絵に描いたような藤堂と、やんちゃな印象が強い二人ではどう並べてもバランスが悪い気がした。
「意外だった?」
「ああ、ちょっとびっくりした」
「だよね、よく言われる」
素直に答えた僕を見て、三島は肩を揺らして笑う。知らない人は大体みんな驚くんだと聞かされて、ほっと息をついてしまった。
「ねぇ、先生。優哉のこと知りたかったらいくらでも教えてあげる。けど人に聞くよりも本人と向き合ったほうがわかるんじゃない?」
じっとこちらを見ていた片平が小さく首を傾げる。投げかけられた言葉があまりにも的を射るので、僕は思わず言葉を詰まらせてしまった。
「……向き合うって、なにを、どうしたらいいんだ」
「なにって、コミュニケーション」
「え? コミュニケーションって、そんな簡単に言われても」
初めて知る相手なのだから、コミュニケーションは当たり前だと思う。しかしそれをどう解決したらいいのかがわからないのだ。いまの悩みはまさにそこなのに、戸惑う僕をよそに立ち上がった片平はにこりと笑った。
「知りたいんでしょ? だったら歩み寄らなくちゃ、ね」
そう言って可愛らしく首を傾けた片平が、これまた可愛らしく片目をつむる。
「あ、ねぇ弥彦もう帰ろう。今日の晩ご飯はオムライス」
あ然としている僕などお構いなしの片平は三島の袖を小さく引いた。それに気づくと腕時計に視線を落とした三島が慌てた様子で立ち上がる。背の高い三島を思わず僕はつられるように見上げてしまう。
「そうだった! おばちゃんのオムライス。卵を買って帰らないと! 西やんまたね? 優哉のこと知りたかったらいつでも聞いて」
「あ? ああ」
嵐のように過ぎ去る二人の背中を視線で追いながら、呆気に取られたまま片手を上げた僕は瞬きを繰り返した。相変わらず登場も突然ならば去り際も突然だ。
けれどぴしゃりと閉じられた戸をしばらく見つめていると、再びそれが開く。
「……?」
不思議に思い首を捻れば、ひょっこりと片平が顔を出す。そして無言でこちらへ歩いてくると、満面の笑みを浮かべたまま僕の手を取り、薄っぺらなものをその上に乗せた。
「じゃあ、西岡先生、頑張って!」
わけもわからず目を丸くする僕などやはりお構いなしに、片平はそう言うと再び戸の向こうへ消えていった。
「なにを頑張る?」
過ぎ去った嵐のあとに取り残された僕は、なぜか急に疲れが押し寄せて、大きなため息をついてしまった。そして手のひらに残されたものを見下ろし再び首を傾げるのだった。
「名刺?」
手のひらにはなぜか名刺が一枚乗せられていた。
「藤堂とこれとなにか関係あるのか?」
不可解な片平の行動に首を捻るばかりだが、どうにも言葉の端々から嫌な予感がする。
「付き合い長いってことは知ってるのか?」
いやいや、と悪い予感を払い首を振ると、僕は深呼吸と共に机に向き直った。とりあえず仕事に集中しよう。机に積み上がったプリントの束を見ながら、僕は大きく息を吐き出した。
今日は残業決定だ。
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