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つかの間の休息を
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リトの誘拐事件は、獣人の統治反対派への調査が本格的に始まる寸前の事態であった。そのため内部に情報を流している者がいる可能性を考えて、徹底調査が始まった。
調査と並行し、リトを誘拐した獣人への取り調べも進み、国に非登録の獣人たちによる暗躍も徐々に明らかにされ始める。
男の首輪はスキルで錬成されたものらしく、ロヴェの計らいで無事に取り外されたらしい。
話を聞いたリトは心底ほっとして、何度も礼を告げてしまったほどだ。
「リト、あの男をどうしたい?」
「え?」
「彼の処遇は君に任せる。取り調べが終わって現在は王宮の治療院にいるから、一度会いに行くといい」
朝食後のお茶をしている際、ロヴェに突然問われて驚きでリトは目を丸くした。
番が特別気にかける男など遠ざけてしまうのでは、と想像していたのであまりにも意外すぎる。
「いいんですか?」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます!」
「だが俺のことも忘れてくれるな」
酷い罰を受けるのでは、と心配していたので素直に喜びすぎたのか。ほんの少し眉尻を下げたロヴェが、腰に回した腕に力を込めてすり寄ってくる。
寂しさを隠さない様子が可愛らしくて、リトは大きな体を抱きしめ返すと頬に口づけも贈った。
「もちろんです。僕はロヴェが一番ですよ。でもなぜ僕に任せようと思ったんですか?」
「それは彼に会えばわかると思う」
「そうなんですね。じゃあ、あとで少しだけ顔を見に行っても?」
「出かける準備を済ませたらな」
「はい!」
祝祭は無事に何事もなく終了し、慌ただしい日々は一段落した。
いまは色々と忙しい最中ではあるけれど、だからこそロヴェを連れ出して欲しい、とベルイにお願いされたのはついこのあいだ。
ならば約束の遠乗りに行こうと思い立ち、ロヴェを誘ったのが昨夜、二人でベッドに入ったあとだった。
国としての粛正を大々的に行うため、少し気を張って疲れている印象を受けていたので、気分転換になればいい。
「リトは馬に乗ったことは?」
「えーと、ロバくらいなら」
「……っ、そうか、ロバか」
「笑わないでください!」
笑いをこらえて肩を震わせるロヴェの頬をつまめば、謝罪と共に頬やまぶたに口づけを返される。
彼のご機嫌取りは正直なところ嬉しいものの、わざとリトがツンと顔をそらしてみせたら膝の上に抱き上げられた。
「君への乗馬の手ほどきは次回だ。今回は俺の馬で行こう」
「ロヴェの馬は大きそうですね」
「そうだな。普通の馬は俺に怖がってしまうから軍馬だ。長い付き合いだからあいつも君を気に入るだろう」
「楽しみです」
「俺も楽しみだ。もう少しゆっくりしていたいが、彼に会いに行くなら準備をするといい」
やんわりと微笑んだロヴェに顎をすくわれ、チュッと小さな口づけをもらう。
口元がにやけてしまうけれど、すぐに離れていこうとするので今度はリトから近づいて、もう一度唇を触れ合わせた。
「悪戯な子猫だな」
「ふふ、じゃあロヴェまたあとで」
「ああ、あとでまた」
機嫌良さげなロヴェを見送ったあとは、遠乗りへ出かける準備を済ます。
と言ってもリトが必要な準備はほとんどなく、急遽あつらえた衣装の調整くらいだ。重要と言えるのはようやく出来上がったと今朝、渡された耳飾りのほうだろう。
「すごく綺麗。ロヴェの瞳の色と一緒だ」
小ぶりで邪魔にならない仕上がりの耳飾りは、鏡越しでも美しい黄金色が煌めいて見える。
耳たぶで光を反射するたびにキラリと輝き、リトは思わずうっとりとした。
「リトさまが陛下の瞳がお好きだと知ってその色にされたようですね。スキルを込めると色が変わるのですよ」
「へぇ、以前の首飾りも似たような色だったから、探知系?」
「これを身につけていれば、いざというときに陛下はすぐに、リトさまの居場所を把握できますよ」
「そっか、じゃあいつでも僕を感じてもらえるね」
あの日からロヴェはそわそわとした態度をよくするようになった。
リトが言付けなく席を外したり、予定外の行動をしたりすると、顔を合わせた途端にあからさまにほっとする。
リト自身が感じている以上に、ロヴェの中で自分の存在が大きく占められていたのだと、目の前に突きつけられた気分だった。
いまはまだ愛を囁きはしないけれど、もう彼はリトを失ったら生きていけないに違いない。
王族にとって番とはそこまで大きな存在なのだと、本当の意味で知る結果になった。
「衣装の具合はいかがですか?」
「すごくいい感じです。乗馬服は初めてですが、この生地の伸縮性がすごいですね」
「こちらは戦闘服にも使われていて、非常に丈夫で機能性に優れているんです。陛下が騎士や兵士のために開発させた逸品ですよ」
くるりと鏡の前で回転すると、ミリィが満足げにパチパチと手を叩いた。
丈の短いジャケットにベストとドレスシャツを合わせ、すっきりとしたラインのズボンに、ロングブーツはとても動きやすそうである。
「今回は既製服を手直ししただけなので、次回はきちんとしたものをあつらえますね。陛下と乗馬の練習もなさるのでしょう?」
「あっ、うん。お願いします」
「さあ、時間もあまりありませんし、ダイトと治療院へ行ってきてください」
時間的に半刻ほどはゆっくり話せる時間はありそうだった。
倒れた彼を見送ってから、一度も会っていないので心配する気持ちはあれど、ロヴェの様子では粗野に扱われている可能性はない。
監視下に置くためでも、王宮の治療院に預けているだけで、対応は一目瞭然だろう。
捕虜として扱うならば、牢に収容して治療でもおかしくないのだ。
治療院は王宮の敷地の中でも緑が多く日当たりのいい場所にある。
傷を癒やす者への配慮が感じられ、この国を支える者たちに対する敬意がにじみ出ている気がした。
「番さま、お待ちしておりました」
「お時間をいただいて申し訳ありません、院長」
担当医に事前に話を聞きたいと申し出ていたが、まさか院長が直々に診ているとは思わず、案内された先でリトは驚いてしまった。
だがそんな反応は予想済みだったのだろう。老齢の院長は優しく微笑みながら椅子を勧めてくれる。
「彼の診察や治療につきましては、すでに陛下へ報告は済んでおります。番さまには少々お心を痛める内容かもしれませんが」
「聞かせてください」
「かしこまりました」
しっかりと前を向き、言葉を促したリトに深く頷いた院長が話してくれた彼の状態は、想像を絶する内容ばかりだった。
「彼があのまま保護されずにいた場合、半年、長くても一年ほどの命でした。話では同じ境遇にいた獣人たちの中でも、最年長で一番長く生かされていたようです」
「あれだけのスキル、自然ではないですよね」
「はい。スキル持ちの魔力の心臓部――魔力の出入り口は通常、身体の限界を超えないよう出力が調整される仕組みになっています。しかし彼にはその調整する機能がありませんでした。だというのに器用すぎたゆえに、高度なスキルばかりを身につけさせられていたようです」
「外部からのなんらかの手が加えられているって意味ですよね。常に魔力を全放出しているから、身体が耐えきれずに長生きができない。生かされてたというのも人為的ですよね」
(あの人にとってあれが最後の賭けだったのかもしれない。自分の先が長くないから、あとに残される、これから生まれる子たちが道具にされ続けないように)
この事実を知ったロヴェはどれほど胸を痛めただろうか。
ルダール伯爵家は二代ほど前まで、忠誠心の厚い臣下だったと聞いた。
先代から他国の人族に影響を受け始めた兆しを感じ取っていたが、ここまで根深い問題に発展してから明るみに出る結果となった。
今代の当主は爵位を相続して十七年ほどで、ロヴェの至らなさが原因ではないと明白ではあるものの、責任は感じているはずだ。
(もしかして成人前のロヴェを襲撃した犯人も、ルダールだったんじゃ)
憶測で判断してはいけないと理解しながらも、リトは膝の上で手をきつく握りしめた。
「番さま、大丈夫ですか?」
「すみません。大丈夫です。彼は治療を行えば普通に生活していけますか?」
「はい。努力次第で回復し、人並みに生きられるでしょう。失われた機能については陛下が補助する装身具を作ってくださるそうです」
「良かった」
「おや、どうやら彼が目を覚ましたようですね。会いに行かれては?」
いまは身体が回復期で寝ている時間が多いらしく、院長は頃合いを見計らってくれていたようだ。
部屋に訪れた医師が耳打ちすると、話を切り上げてその人へ病室の案内を頼んでくれる。礼を告げてリトは早速、彼に会いに行くことにした。
調査と並行し、リトを誘拐した獣人への取り調べも進み、国に非登録の獣人たちによる暗躍も徐々に明らかにされ始める。
男の首輪はスキルで錬成されたものらしく、ロヴェの計らいで無事に取り外されたらしい。
話を聞いたリトは心底ほっとして、何度も礼を告げてしまったほどだ。
「リト、あの男をどうしたい?」
「え?」
「彼の処遇は君に任せる。取り調べが終わって現在は王宮の治療院にいるから、一度会いに行くといい」
朝食後のお茶をしている際、ロヴェに突然問われて驚きでリトは目を丸くした。
番が特別気にかける男など遠ざけてしまうのでは、と想像していたのであまりにも意外すぎる。
「いいんですか?」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます!」
「だが俺のことも忘れてくれるな」
酷い罰を受けるのでは、と心配していたので素直に喜びすぎたのか。ほんの少し眉尻を下げたロヴェが、腰に回した腕に力を込めてすり寄ってくる。
寂しさを隠さない様子が可愛らしくて、リトは大きな体を抱きしめ返すと頬に口づけも贈った。
「もちろんです。僕はロヴェが一番ですよ。でもなぜ僕に任せようと思ったんですか?」
「それは彼に会えばわかると思う」
「そうなんですね。じゃあ、あとで少しだけ顔を見に行っても?」
「出かける準備を済ませたらな」
「はい!」
祝祭は無事に何事もなく終了し、慌ただしい日々は一段落した。
いまは色々と忙しい最中ではあるけれど、だからこそロヴェを連れ出して欲しい、とベルイにお願いされたのはついこのあいだ。
ならば約束の遠乗りに行こうと思い立ち、ロヴェを誘ったのが昨夜、二人でベッドに入ったあとだった。
国としての粛正を大々的に行うため、少し気を張って疲れている印象を受けていたので、気分転換になればいい。
「リトは馬に乗ったことは?」
「えーと、ロバくらいなら」
「……っ、そうか、ロバか」
「笑わないでください!」
笑いをこらえて肩を震わせるロヴェの頬をつまめば、謝罪と共に頬やまぶたに口づけを返される。
彼のご機嫌取りは正直なところ嬉しいものの、わざとリトがツンと顔をそらしてみせたら膝の上に抱き上げられた。
「君への乗馬の手ほどきは次回だ。今回は俺の馬で行こう」
「ロヴェの馬は大きそうですね」
「そうだな。普通の馬は俺に怖がってしまうから軍馬だ。長い付き合いだからあいつも君を気に入るだろう」
「楽しみです」
「俺も楽しみだ。もう少しゆっくりしていたいが、彼に会いに行くなら準備をするといい」
やんわりと微笑んだロヴェに顎をすくわれ、チュッと小さな口づけをもらう。
口元がにやけてしまうけれど、すぐに離れていこうとするので今度はリトから近づいて、もう一度唇を触れ合わせた。
「悪戯な子猫だな」
「ふふ、じゃあロヴェまたあとで」
「ああ、あとでまた」
機嫌良さげなロヴェを見送ったあとは、遠乗りへ出かける準備を済ます。
と言ってもリトが必要な準備はほとんどなく、急遽あつらえた衣装の調整くらいだ。重要と言えるのはようやく出来上がったと今朝、渡された耳飾りのほうだろう。
「すごく綺麗。ロヴェの瞳の色と一緒だ」
小ぶりで邪魔にならない仕上がりの耳飾りは、鏡越しでも美しい黄金色が煌めいて見える。
耳たぶで光を反射するたびにキラリと輝き、リトは思わずうっとりとした。
「リトさまが陛下の瞳がお好きだと知ってその色にされたようですね。スキルを込めると色が変わるのですよ」
「へぇ、以前の首飾りも似たような色だったから、探知系?」
「これを身につけていれば、いざというときに陛下はすぐに、リトさまの居場所を把握できますよ」
「そっか、じゃあいつでも僕を感じてもらえるね」
あの日からロヴェはそわそわとした態度をよくするようになった。
リトが言付けなく席を外したり、予定外の行動をしたりすると、顔を合わせた途端にあからさまにほっとする。
リト自身が感じている以上に、ロヴェの中で自分の存在が大きく占められていたのだと、目の前に突きつけられた気分だった。
いまはまだ愛を囁きはしないけれど、もう彼はリトを失ったら生きていけないに違いない。
王族にとって番とはそこまで大きな存在なのだと、本当の意味で知る結果になった。
「衣装の具合はいかがですか?」
「すごくいい感じです。乗馬服は初めてですが、この生地の伸縮性がすごいですね」
「こちらは戦闘服にも使われていて、非常に丈夫で機能性に優れているんです。陛下が騎士や兵士のために開発させた逸品ですよ」
くるりと鏡の前で回転すると、ミリィが満足げにパチパチと手を叩いた。
丈の短いジャケットにベストとドレスシャツを合わせ、すっきりとしたラインのズボンに、ロングブーツはとても動きやすそうである。
「今回は既製服を手直ししただけなので、次回はきちんとしたものをあつらえますね。陛下と乗馬の練習もなさるのでしょう?」
「あっ、うん。お願いします」
「さあ、時間もあまりありませんし、ダイトと治療院へ行ってきてください」
時間的に半刻ほどはゆっくり話せる時間はありそうだった。
倒れた彼を見送ってから、一度も会っていないので心配する気持ちはあれど、ロヴェの様子では粗野に扱われている可能性はない。
監視下に置くためでも、王宮の治療院に預けているだけで、対応は一目瞭然だろう。
捕虜として扱うならば、牢に収容して治療でもおかしくないのだ。
治療院は王宮の敷地の中でも緑が多く日当たりのいい場所にある。
傷を癒やす者への配慮が感じられ、この国を支える者たちに対する敬意がにじみ出ている気がした。
「番さま、お待ちしておりました」
「お時間をいただいて申し訳ありません、院長」
担当医に事前に話を聞きたいと申し出ていたが、まさか院長が直々に診ているとは思わず、案内された先でリトは驚いてしまった。
だがそんな反応は予想済みだったのだろう。老齢の院長は優しく微笑みながら椅子を勧めてくれる。
「彼の診察や治療につきましては、すでに陛下へ報告は済んでおります。番さまには少々お心を痛める内容かもしれませんが」
「聞かせてください」
「かしこまりました」
しっかりと前を向き、言葉を促したリトに深く頷いた院長が話してくれた彼の状態は、想像を絶する内容ばかりだった。
「彼があのまま保護されずにいた場合、半年、長くても一年ほどの命でした。話では同じ境遇にいた獣人たちの中でも、最年長で一番長く生かされていたようです」
「あれだけのスキル、自然ではないですよね」
「はい。スキル持ちの魔力の心臓部――魔力の出入り口は通常、身体の限界を超えないよう出力が調整される仕組みになっています。しかし彼にはその調整する機能がありませんでした。だというのに器用すぎたゆえに、高度なスキルばかりを身につけさせられていたようです」
「外部からのなんらかの手が加えられているって意味ですよね。常に魔力を全放出しているから、身体が耐えきれずに長生きができない。生かされてたというのも人為的ですよね」
(あの人にとってあれが最後の賭けだったのかもしれない。自分の先が長くないから、あとに残される、これから生まれる子たちが道具にされ続けないように)
この事実を知ったロヴェはどれほど胸を痛めただろうか。
ルダール伯爵家は二代ほど前まで、忠誠心の厚い臣下だったと聞いた。
先代から他国の人族に影響を受け始めた兆しを感じ取っていたが、ここまで根深い問題に発展してから明るみに出る結果となった。
今代の当主は爵位を相続して十七年ほどで、ロヴェの至らなさが原因ではないと明白ではあるものの、責任は感じているはずだ。
(もしかして成人前のロヴェを襲撃した犯人も、ルダールだったんじゃ)
憶測で判断してはいけないと理解しながらも、リトは膝の上で手をきつく握りしめた。
「番さま、大丈夫ですか?」
「すみません。大丈夫です。彼は治療を行えば普通に生活していけますか?」
「はい。努力次第で回復し、人並みに生きられるでしょう。失われた機能については陛下が補助する装身具を作ってくださるそうです」
「良かった」
「おや、どうやら彼が目を覚ましたようですね。会いに行かれては?」
いまは身体が回復期で寝ている時間が多いらしく、院長は頃合いを見計らってくれていたようだ。
部屋に訪れた医師が耳打ちすると、話を切り上げてその人へ病室の案内を頼んでくれる。礼を告げてリトは早速、彼に会いに行くことにした。
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