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祝祭が近づく船着き場

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 宿屋から船着き場までは、目と鼻の先と言っていいかもしれない。二階の窓から船が出入りしている様子が遠目にわかるほどだ。

 昼時になると宿泊者だけでなく、船着き場で働く者が食堂にやってくるのはそれゆえでもある。もちろんほかにも飲食できる店はあるけれど、近くて味が良い上に値段も手頃であれば、人が集まるのも道理。

 今日は朝から天気も良く気温が高めなので、リトは着古した薄手のコートを羽織ってから自室を出た。
 道行く人たちはリトと比べるとしっかり着込んでいるが、身軽なほうが気分も軽くなるので、ひんやりとした風を感じながら船着き場にある組合事務所へ向かう。

 いまの時間はまだタットがそこにいるはずだ。
 丁度良い機会なので祝祭の予定について話に行く。ハンナはタットの予定に合わせる形で問題ないと言っていた。

 あの時、至極軽く言っていたけれど、生誕祭の時期は一年で一番忙しいのだとか。確かによく考えてみれば期間中ひっきりなしに出入りがある場所だ。
 人の手はいくらあってもいい。

「あれ? 今日ってなにか催しがあるのかな?」

 船着き場と街の境目は高い塀で区切られている。
 船での不法入国もあり得るので、船着き場の駐在所には国が派遣した兵士が常におり、数カ所ある出入り口には門番も立っているのだが、今日はいつもよりその数が多い気がした。

 出入りの制限はしていないけれど身分証を確認しているので、点検は厳しいように見える。
 ロザハールに住む者は国が発行した身分証を必ず携帯しており、外部から来た者は入る前に仮の身分証が渡されるのだ。

 リトは王都に移ってから初めて身分証を手にした。
 本来は子が生まれたら国に登録するのだけれど、祖母のパルラは届け出をしていなかったようで、役所の人にひどく驚かれた。

 とはいえ高齢で北の僻地に住んでいただけでなく、すでに亡くなっているのでお咎めは無しで済んだ。

「おはようございます」

「ああ、リトくん。おはようございます」

「なんだか外は検問みたいな雰囲気でしたね」

 組合事務所へ入り挨拶をすると、受付のカウンターにいつもいる青年が、にこやかな笑みを返してくれた。
 外同様にどこかざわついた事務所内を見渡しながらリトが問えば、彼は「ああ」と納得したように頷く。

「祝祭が近づき、他国の貴賓も入国され始めたので警備強化だそうです。街の入り口もこんな感じだと思いますよ。リトくんは初めての経験だから驚くのも無理はないです」

「なるほど、だから今日も白の騎士団が街中を歩いてるんですね」

「え? 白の騎士団がですか? うーん、そんな話は聞いていないけどな」

 ここに来るまでのあいだに数組の騎士を見かけたが、リトの言葉に青年は困惑した表情を浮かべた。
 確認のためか、彼が近くにいた同僚に問いかけても返事は同じだった。

「僕の見間違いだったかもです」

 彼らの反応を見て、リトは以前街中で見かけた時も通り過ぎる人は、騎士たちを気に留めていなかったのを思い出す。
 もしかしたら認識阻害のスキルが使われていたのかもしれない。

 なぜ自分だけが見えたのかは謎だけれど、余計な発言をするのは良くないだろうと、リトは誤魔化すことにした。

(まだロヴェは騎士団に追われているんだろうか。心配だな)

 事務所は船でやって来た人たちの入国審査も行う。書類に不備があれば、この船着き場から街へ移動するのも不可能で、書類を揃え審査に通るか引き返すかの方法しかない。

 街の入り口も似たようなものだ。
 王国民の証明、もしくは入国証明書を持っていない者は王都に立ち入れない。

 騎士に追い回されているのならば、不法滞在という可能性がある。
 こうして人の出入りが多いと紛れやすいだろうが、前回のように白の騎士団が隠密に動くほどの人物ともなると、簡単な話ではない。

「リト、こんな早くにどうした?」

「あっ、タット! 君に用があって」

「俺に?」

 しばらく受付で談笑していると、事務所の奥からタットが姿を現した。気づいてすぐに傍まで来てくれたので、リトは早速祝祭の件を伝える。

「ふぅん、そっか。なぁ、俺の休みって」

「なんだよ、ター坊はついにりっちゃんと付き合いだしたのか?」

「バカ、ちげぇよ。祝祭はただの観光案内だ」

 タットがカウンターを振り向くと、そこにいた職員たちがニヤニヤとしている。先ほども似た表情を見たばかりのリトはたじろぐが、タットは面倒くさそうに一蹴した。

「こいつは駄目なんだよ」

「なにが駄目なんだよ」

「わかんねぇけど。なんか駄目なんだよ。とにかくそんなのどうでもいいだろ! 勤務表を寄こせ」

 周りにツッコミを入れられて、曖昧な返事をするタットに皆、ブーブーと文句を言うものの無視をされ、それ以上からかうのをやめたのか仕事へ戻っていった。
 勤務表に視線を落とすタットの横顔を見ながら、リトは不思議そうに首を傾げる。

 別に範疇外と言われたのが気にかかるのではなく、本能的に自分を省くのはなぜだろうかと思った。
 昔、似た経験をした覚えがある。

 たまに隣村などにつかいに出た際、村の女性や青年に気に入られ声をかけられた。だが何度か話すうちに、居心地悪そうにした彼らは「君には手を触れちゃいけない気がする」と離れていった。

 この歳までリトに交際経験がないのは、出会いが少ないだけでなく、こういった経緯があるからだ。
 別段、彼らと付き合いたかったわけではなくとも、タットまでとなれば奇妙に思うのは仕方がない。

(ロヴェもあんな風に感じたりするのかな?)

「なぁ、リト。最終日でも、って……なに眉間にしわ寄せてんだ?」

「へっ? あっ、いや、ううん。えっと、あはは。最終日ね、いいよ!」

(なんでロヴェの反応まで気にしてるんだろう。恥ずかしい)

「最近のお前が落ち着きがないって聞いたけど。なんかあったのか?」

「僕、そんなに落ち着きなく見えてたんだ」

 おそらくタットは宿屋で働く女性たちに話を聞いたのだろう。少し前に解決したものの、彼の耳にまで話が届いているとは思わず、リトの顔に苦笑いが浮かぶ。

「この前、会った獣人さんがすごく印象的で」

「お前はほんと獣人が好きだよな。まあ、多分そういう性質なんだろう。人によって相性が大きく異なるし」

「相性?」

「そう、相性。獣人の血を濃く受け継いでるやつほど好みがうるさいんだ。獣人しか目に入らないやつとか、特定の種族じゃなきゃ駄目とか、人族にしか惹かれないとか。わりと顕著に表れるらしいぞ」

「へぇ、じゃあ僕って獣人の血が混ざってたりするのかな?」

 これまでずっと魔力無しと言われていたので、自身は混じりけのない人族なのだと思っていたリトは予想外の言葉に目を丸くする。
 獣人との繋がりがある、その可能性に目をキラキラとさせ始めたリトに、タットは呆れた様子で肩をすくめた。

「あのね、タット。僕、金色の瞳がすごく気になるんだ。これも好みとか相性なのかな?」

「は? 金色って言ったら」

「おい、タット! 時間だぞ!」

「いや、いま……くそっ。リト、仕事が終わったらそっちに行くから、時間を空けておけよ!」

「う、うん。いってらっしゃい」

 あからさまにもの言いたげな顔を向けられ、リトは目を瞬かせながら手を振り、仕事へ向かっていくタットの背中に見送った。

「金色ってなにか特別なのかな?」

 多種多様な種族がいるので獣人の瞳の色も多様なのだが、リトはこれまで出会った彼らを思い返しても、金色はロヴェ以外に見た覚えがなかった。
 宿屋にはかなりの人が集まるというのに、金色がかった瞳さえも見た記憶がない。

 国だけではなく国民性にも疎いリトには、理由を考えてもわかりようがなく、あとでしっかりタットに教えてもらおうといま悩むのはやめた。

「色々と本を読んだほうがいいかな? 今度タットに図書館の使い方を教えてもらおう」

 育った村で勉強を教えてくれる大人がおらず、リトは簡単な読み書き計算ができても、本を一冊読めるだけの知識がなかった。
 同じ年頃の人たちに比べて教養も学もないのは明白で、仕事に慣れてからと後回しにするのは悪手だと気づく。

(独り立ちするためにももっと勉強しなくちゃだよな。タットはお父さんと一緒に町へ出たあと、十四歳から一人で働いてるって聞いたし。成人年齢が十七歳って考えたら、十九歳の僕は十分に大人だ)

 タットの母であるマーサが言わなければ、村に引きこもったままだった。それも生き方ではあるけれど、外の世界を知らず、小さな世界だけで一生を終えるなど人生の損だろう。
 いま振り返ると、なぜあの村を出るという選択肢が思い浮かばなかったのか、リトは不思議でならなかった。
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