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おいしいご飯ではじまるニューイヤー
初詣デート
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あれからしばらくにゃむと雄史の、攻防戦が繰り広げられた。どちらが志織にキスをするか。そしてしたあとは奪い返されないように、大騒ぎだった。
猫相手によくそんなに本気に、と思いもするが、その様子が微笑ましくて可愛く思えた。新年早々から、志織は癒やされた気分だ。
とは言えど、日付が変わってからもう随分と過ぎた。この様子ではあとどれくらい続くか、わからない。
「ほら、もう行くぞ。にゃむ、留守番を頼んだぞ」
「なぁ、なぁ」
「お留守番、だ。帰ってきたら留守番賃をやるから、いい子にしていろよ」
足元にすり寄って、遮ってくるにゃむの小さな頭を撫でる。
それでもにゃーにゃーと泣き止まない。ほかならぬ雄史と二人で出掛けるのが、気に入らないのだろう。
いまにも噛みつかんばかりだったので、ひょいと抱き上げると、部屋に戻して完全に戸を閉めた。向こうからカリカリと音がするが、志織はそのまま玄関へと向かう。
「まだ文句、言ってますけど」
「そのうち諦めて寝るから大丈夫だ」
心配そうな顔をする雄史は、結局はライバルにも優しい。けれど頭を撫でて志織が促すと、彼はあと追って階段を下りてきた。
階段を下りると店舗に出る。
店は四日まで冬休みで、先日雄史が手伝ってくれて大掃除をした。これまで一人でこなしていたので、かなり早く終えることができた。
その分だけ料理をする時間が増えて――そのせいで、彼の体重が増えたのかもしれない。
ふと思い当たった考えに志織は小さく唸る。食べ過ぎと言っていたのは、食べさせ過ぎていた、からかもしれないと。
よく食べるからといって、作り過ぎは良くない。雄史の性格では残さず食べる。
「志織さん?」
「いや、なんでもない。行こうか」
足を止めていた志織に、扉を開いた雄史が振り向く。じっと見つめてくる視線に、笑みを返して止まっていた足を踏み出した。
けれど隣に並ぶとこちらを窺うような顔をする。余計な心配をかけた気がして、志織は隣にある手を握った。
「えっ、あ、……あったかいです」
「うん」
静かな商店街をそのままゆっくりと歩く。家が店舗、というところはわりと多く、深夜の時間帯だけれど明かりがこぼれていた。
中には志織たちのように、初詣へ出掛ける家族もあるだろう。
「神社って隣駅のあそこですか?」
「そう、商売繁盛の御利益がある。この辺りの人はほとんど行く」
「へぇ、そうなんですね。あんまり家で、新年迎えることが少なかったんで、近いのに知らなかったです」
「まあ、そういうこともあるな」
入社からいまの家に住んでいるとしたら、今年で四年目。新年をそこで迎えていないのは、実家だけでなく、彼女の家へ行っていたからか。
そんなことを思うと、少しばかり胸がモヤモヤする。しかし雄史はいまでこそ志織と付き合っているが、元は異性愛者だ。
いまが珍しいだけで、これまでが正しい。
駅に着けば繋がれた手は自然と離れていく。それが普通の対応。
やけにセンチメンタルになっている志織だけれど、これまで付き合ってきた相手とも、こんな感じだった。
どうしたって人目を気にせずにはいられない。
それはいまも昔も変わらない――だが、そうだとしても、いまだけはひどく寂しいことのように思えた。
「志織さん」
「ん?」
「電車を降りたら、手、また繋いでもいいですか?」
「え?」
「隣にいるのに、触れないの、ちょっともどかしくて。志織さんが嫌じゃなければ」
隣に座った雄史は、そわそわと辺りに視線を向けながら、指先で志織の手をつついてくる。その仕草に思わず目を見開いてしまうが、照れたように笑う顔を見ると、笑みが移った。
「あとでな」
「はいっ」
素っ気ないような物言いなのに、嬉しそうに笑う。その顔を見るだけで、先ほどまでの心のもやが晴れる。
自分の単純さに驚くけれど、彼のまっすぐさは黒く汚れた気持ちさえ、洗い流していく力があると思った。
「結構、混んでますね」
「わりと毎年こんな感じだ」
電車を降りて神社へ向かう途中。行き先が同じだろう人たちで、道が混雑している。それなりに大きい神社なので、参拝者が多いのだ。
そんな人混みに乗じて、雄史は志織の手をしっかりと握っていた。二人分の熱が混じり合って、手の平がひどく温かい。
「参拝を先に済ませますか? それとも破魔矢を返しに行きます?」
「んー、参拝が先だな。たぶんこれからまた人が増える」
「わぁ、そんなに人出が多いんですね」
「うん」
長い列に並んで、手を離すかと思っていたのだが、繋いだ手は一向に離れていかない。人の目を、感じていないわけではないはずなのに、まったく気に留めていない様子だ。
「願い事は一択ですよね」
「なにかそんなに、叶えたいことでもあるのか? ダイエット?」
「えっ? 違いますよ。……志織さんと、これからも一緒にいられますように、です」
訝しげな顔をした志織に、顔を寄せた雄史は小さな声で囁く。そして得意気な顔をして笑った。
「一番、叶えて欲しい願い事です」
「そういうのは、神頼みじゃなくて、俺に言えよ」
「あっ、確かにそうですね」
本当にいま気づいた、みたいな顔で目を瞬かせる。少し抜けているというか、天然というか。それでもそんなところも愛おしい。
やんわりと微笑んだ志織は、繋いだ手をきゅっと強く握りしめた。
「おや、そこにいるのは加納くん、と高塚くん?」
参拝を済ませて人混みを抜けたところで、ふいに声をかけられる。聞き馴染みのある声に、二人で振り返ると、常連の久野がこちらを見ていた。
「明けましておめでとうございます!」
「年始早々、賑やかだね、君は」
深々と頭を下げた雄史に、久野はふっと小さい笑みを浮かべる。そして志織に目配せして、今度はニヤリと笑った。
「新年から仲がいいねぇ」
「ええ、まあ」
繋いだ手を後ろ手に隠すけれど、おそらくその前から気づいている。ここで下手な言い訳をしても、仕方がないと、志織は曖昧に笑って誤魔化した。
「あー、雄史!」
「こら、雄史さんだろ」
しばらく久野と談笑していると、バタバタと駆けてきた子が、雄史の腰にしがみついた。慌てて抱きとめる彼は少年に気づいて、顔をほころばせる。
少年の後ろから来た高校生くらいの子も、久野によく似ているところを見ると、孫かなにかだろう。
そう思い至って、野球を教えている孫は彼かと、志織はようやく気づく。随分と懐いているようで、少年の顔はひどく嬉しそうだ。
「雄史! 今日は餅つきするんだぜ! うち来いよ!」
「え? あー、今日は予定があるから、残念だけど」
「ええっ、なんだよ。来ると思ってたのに」
苦笑いを浮かべる雄史に、少年は不満げに口を尖らせる。そしてちらりと志織へ視線を向けてきた。さらにはじっと見つめられて、見つめられるほうは疑問符が浮かぶ。
「デートなら仕方ねぇな。じいちゃん、行こうぜ。雄史、またな!」
「ええ?」
あっさりと諦めて、踵を返した少年は、久野の手を引いていく。あとに残された雄史はその後ろ姿と、志織を見比べてあたふたとしていた。
猫相手によくそんなに本気に、と思いもするが、その様子が微笑ましくて可愛く思えた。新年早々から、志織は癒やされた気分だ。
とは言えど、日付が変わってからもう随分と過ぎた。この様子ではあとどれくらい続くか、わからない。
「ほら、もう行くぞ。にゃむ、留守番を頼んだぞ」
「なぁ、なぁ」
「お留守番、だ。帰ってきたら留守番賃をやるから、いい子にしていろよ」
足元にすり寄って、遮ってくるにゃむの小さな頭を撫でる。
それでもにゃーにゃーと泣き止まない。ほかならぬ雄史と二人で出掛けるのが、気に入らないのだろう。
いまにも噛みつかんばかりだったので、ひょいと抱き上げると、部屋に戻して完全に戸を閉めた。向こうからカリカリと音がするが、志織はそのまま玄関へと向かう。
「まだ文句、言ってますけど」
「そのうち諦めて寝るから大丈夫だ」
心配そうな顔をする雄史は、結局はライバルにも優しい。けれど頭を撫でて志織が促すと、彼はあと追って階段を下りてきた。
階段を下りると店舗に出る。
店は四日まで冬休みで、先日雄史が手伝ってくれて大掃除をした。これまで一人でこなしていたので、かなり早く終えることができた。
その分だけ料理をする時間が増えて――そのせいで、彼の体重が増えたのかもしれない。
ふと思い当たった考えに志織は小さく唸る。食べ過ぎと言っていたのは、食べさせ過ぎていた、からかもしれないと。
よく食べるからといって、作り過ぎは良くない。雄史の性格では残さず食べる。
「志織さん?」
「いや、なんでもない。行こうか」
足を止めていた志織に、扉を開いた雄史が振り向く。じっと見つめてくる視線に、笑みを返して止まっていた足を踏み出した。
けれど隣に並ぶとこちらを窺うような顔をする。余計な心配をかけた気がして、志織は隣にある手を握った。
「えっ、あ、……あったかいです」
「うん」
静かな商店街をそのままゆっくりと歩く。家が店舗、というところはわりと多く、深夜の時間帯だけれど明かりがこぼれていた。
中には志織たちのように、初詣へ出掛ける家族もあるだろう。
「神社って隣駅のあそこですか?」
「そう、商売繁盛の御利益がある。この辺りの人はほとんど行く」
「へぇ、そうなんですね。あんまり家で、新年迎えることが少なかったんで、近いのに知らなかったです」
「まあ、そういうこともあるな」
入社からいまの家に住んでいるとしたら、今年で四年目。新年をそこで迎えていないのは、実家だけでなく、彼女の家へ行っていたからか。
そんなことを思うと、少しばかり胸がモヤモヤする。しかし雄史はいまでこそ志織と付き合っているが、元は異性愛者だ。
いまが珍しいだけで、これまでが正しい。
駅に着けば繋がれた手は自然と離れていく。それが普通の対応。
やけにセンチメンタルになっている志織だけれど、これまで付き合ってきた相手とも、こんな感じだった。
どうしたって人目を気にせずにはいられない。
それはいまも昔も変わらない――だが、そうだとしても、いまだけはひどく寂しいことのように思えた。
「志織さん」
「ん?」
「電車を降りたら、手、また繋いでもいいですか?」
「え?」
「隣にいるのに、触れないの、ちょっともどかしくて。志織さんが嫌じゃなければ」
隣に座った雄史は、そわそわと辺りに視線を向けながら、指先で志織の手をつついてくる。その仕草に思わず目を見開いてしまうが、照れたように笑う顔を見ると、笑みが移った。
「あとでな」
「はいっ」
素っ気ないような物言いなのに、嬉しそうに笑う。その顔を見るだけで、先ほどまでの心のもやが晴れる。
自分の単純さに驚くけれど、彼のまっすぐさは黒く汚れた気持ちさえ、洗い流していく力があると思った。
「結構、混んでますね」
「わりと毎年こんな感じだ」
電車を降りて神社へ向かう途中。行き先が同じだろう人たちで、道が混雑している。それなりに大きい神社なので、参拝者が多いのだ。
そんな人混みに乗じて、雄史は志織の手をしっかりと握っていた。二人分の熱が混じり合って、手の平がひどく温かい。
「参拝を先に済ませますか? それとも破魔矢を返しに行きます?」
「んー、参拝が先だな。たぶんこれからまた人が増える」
「わぁ、そんなに人出が多いんですね」
「うん」
長い列に並んで、手を離すかと思っていたのだが、繋いだ手は一向に離れていかない。人の目を、感じていないわけではないはずなのに、まったく気に留めていない様子だ。
「願い事は一択ですよね」
「なにかそんなに、叶えたいことでもあるのか? ダイエット?」
「えっ? 違いますよ。……志織さんと、これからも一緒にいられますように、です」
訝しげな顔をした志織に、顔を寄せた雄史は小さな声で囁く。そして得意気な顔をして笑った。
「一番、叶えて欲しい願い事です」
「そういうのは、神頼みじゃなくて、俺に言えよ」
「あっ、確かにそうですね」
本当にいま気づいた、みたいな顔で目を瞬かせる。少し抜けているというか、天然というか。それでもそんなところも愛おしい。
やんわりと微笑んだ志織は、繋いだ手をきゅっと強く握りしめた。
「おや、そこにいるのは加納くん、と高塚くん?」
参拝を済ませて人混みを抜けたところで、ふいに声をかけられる。聞き馴染みのある声に、二人で振り返ると、常連の久野がこちらを見ていた。
「明けましておめでとうございます!」
「年始早々、賑やかだね、君は」
深々と頭を下げた雄史に、久野はふっと小さい笑みを浮かべる。そして志織に目配せして、今度はニヤリと笑った。
「新年から仲がいいねぇ」
「ええ、まあ」
繋いだ手を後ろ手に隠すけれど、おそらくその前から気づいている。ここで下手な言い訳をしても、仕方がないと、志織は曖昧に笑って誤魔化した。
「あー、雄史!」
「こら、雄史さんだろ」
しばらく久野と談笑していると、バタバタと駆けてきた子が、雄史の腰にしがみついた。慌てて抱きとめる彼は少年に気づいて、顔をほころばせる。
少年の後ろから来た高校生くらいの子も、久野によく似ているところを見ると、孫かなにかだろう。
そう思い至って、野球を教えている孫は彼かと、志織はようやく気づく。随分と懐いているようで、少年の顔はひどく嬉しそうだ。
「雄史! 今日は餅つきするんだぜ! うち来いよ!」
「え? あー、今日は予定があるから、残念だけど」
「ええっ、なんだよ。来ると思ってたのに」
苦笑いを浮かべる雄史に、少年は不満げに口を尖らせる。そしてちらりと志織へ視線を向けてきた。さらにはじっと見つめられて、見つめられるほうは疑問符が浮かぶ。
「デートなら仕方ねぇな。じいちゃん、行こうぜ。雄史、またな!」
「ええ?」
あっさりと諦めて、踵を返した少年は、久野の手を引いていく。あとに残された雄史はその後ろ姿と、志織を見比べてあたふたとしていた。
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