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また来年も

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 触れた柔らかな唇。ゆっくりと目を閉じてさらに、もう一度、触れれば口先にふんわりした熱を感じた。けれど柔らかな感触を堪能しようと、さらに踏み出したら、突然頬にぺしんと衝撃が走る。

「みゃっ!」

「にゃむ、酷いよ。いまいいところだったのに」

 深く唇を合わせようとしたところで、横っ面に猫パンチを食らわされた。なおも繰り出される攻撃に、ため息をつけば、志織は吹き出すように笑う。
 けれど抱きかかえた愛猫を、ぎゅっと腕に閉じ込めて、三度目のキスを唇にくれた。

 それに機嫌が上向いた雄史は、誘われるままに手を伸ばし、彼の頬を撫で、髪を撫でる。引き寄せるように力を込めれば、口づけが深くなった。
 何度も触れてついばむと、舌先で舐めてその先を請う。

 そしてうっすらと開かれたそこに舌を滑り込ませて、角度を変えながら口内を優しく撫で上げた。次第に舌先に唾液が絡んでぴちゃりと水音がする。

「んっ、ゆ、う……し」

 片隅でとんと小さな足音がした。彼に手を離された彼女は足元で文句を言っているけれど、それは無視をしてさらに深く押し入った。すると震えた指先がシャツを握ってくる。

「志織さん、可愛い」

 口の中を散々に貪ってから唇を離せば、欲に濡れた瞳に見つめ返された。口元が唾液で濡れてひどくいやらしく見える。
 その表情に雄史は無意識に、ニヤリと口の端を持ち上げてしまい、気づいた志織に眉を顰められた。

「ごめんなさい、志織さんのそういう、ちょっとえっちな顔、好き」

 恥じらって視線を落とす彼をなだめるように、指先で頬を撫でて、鼻先にもキスをする。そうすると持ち上がった瞳が、縋るみたいにまっすぐに見つめてくる。それがたまらなく胸を熱くさせた。

「俺、最初から志織さんの好きの可能性に入ってたんですね。良かった」

「……雄史、俺がなんの下心もなく、優しくしたと思ってるのか?」

「え、あ、えっと、……あっ! それって、もしかして、いや、もしかしなくても、あの優しさって下心?」

「まさか本当に、手に入るとは思っていなかったんだけど、人生なにが起こるかわからないもんだな」

 しみじみと呟き、至極嬉しそうに笑うその顔に、頬が熱くなって耳にまで熱が移った。初めて目が合った時、じっと見つめ返されたのは、そういう意味があったのか。
 けれどそう思うと、雄史の心に照れくささと、嬉しさがいっぺんに押し寄せてくる。

「あの、俺の、どんなところを、気に入ってくれたんでしょう?」

「うーん、見た目?」

「えっ? それだけ?」

「あとは、まっすぐで素直そうなところ? 優しくて笑った顔が可愛いところ」

「格好いいところはないんですか?」

「……っ、あるよ。……たくさん」

「たくさんとか、嘘ですよね? なんかすごい笑いこらえてる」

 肩を震わせている志織に疑いの眼差しを向けると、こらえきれなくなったのか思いきり笑われた。それはもう盛大に。
 そんな反応に思わずムッとしてしまいそうになるけれど、彼の笑顔を見ていると、その気持ちも急速にしぼんでいく。

「笑い過ぎですよ。……でも、俺も志織さんが笑ってるところ、可愛くて好きです。見てるとすごい胸が温かくなります」

「いや、やっぱり俺に可愛いは、あんまり」

「似合わないとかないです。だってすんごく可愛いですもん。俺、初めて志織さんが笑った顔を見た時から、可愛いなって思ってました」

「えっ?」

「志織さんって、可愛いですよね」

 笑い過ぎで涙目になっていた顔に、驚きの表情が浮かぶと、頬が真っ赤に染まった。見る間にシャツの隙間から見える首筋まで赤くなって、こちらを向いていた目が泳ぐ。
 今度は雄史が吹き出すように笑ってしまった。

 じっと見つめれば、恥ずかしさが増してきたのか、顔をそらそうとする。それを追いかければ、身体ごと逃げ出そうとした。

「可愛い」

「……もう、言うな」

「駄目です。だって可愛い」

「雄史こそ、見た目、だけじゃないのか?」

「え? なんですか?」

 完全に背を向けられてしまったが、後ろから腕を回して顔をのぞき込むと、耳が赤くなっているのがわかる。さらにそこへ唇を寄せれば、大げさなくらい肩が跳ね上がった。

「俺のどこが、良かったんだよ」

「志織さんのいいところ? えーっ、いっぱいありすぎる。優しくって格好良くって、気遣いができて、可愛くて、料理が上手でしょ。ケーキもおいしいし、猫好きなところも可愛いし、性格も可愛いし、見た目も可愛いし、いいところが多すぎて、好きにならないほうがおかしい!」

 実際のところは、彼の見た目であるのは確かだったけれど、それでだけではなかった。それは優しいとか格好がいいとか、言葉で伝えるには少し難しい。
 人としてまっすぐであるところ、思いやりがあり人を労れる器量があるところ。

 自分にないものを持っていたからこそ、雄史は惹かれた。正しく言えば、羨望や憧れが先だったけれど。
 だがたとえ下心があったのだとしても、初めて会った人物にあそこまで心を砕ける人は、そういないだろうと思える。

「も、もう……いい」

「んふふ、照れてる志織さん、たまんない」

「雄史、放せ」

「嫌です。ちゃんと好きだって、信じてくれるまで離さない」

「信じてる。信じてるから」

 ぎゅっと力を込めて抱きしめて、背中にぴったりとくっついたら、微かに胸の音が伝わってきた。少しばかり忙しない音。
 自分の言葉、行動一つに翻弄されるそれがひどく愛おしい。

 ぬくもりにすり寄って、雄史はしばらくその音に耳を傾けていたが、ふいに空気を壊すような情けない音が響いた。

「すごい音」

「んー、そういやご飯まだでした。志織さんとクリスマスって浮かれてて、すっかり忘れてました」

 緊張で固まっていた身体から力が抜けて、その身体越しに笑っているのを感じる。なんだか笑われてばかりだと思うけれど、本能には逆らえない。
 回していた腕を軽く叩かれて、渋々雄史は一歩後ろへ下がった。

「もう日付も変わりそうだな。気づかなくて悪かった。なにか作ってやるよ」

「ぜひお願いします」

「ツリーはほぼ完成か?」

「はい、電源を入れてみましょうか」

「うん」

「あっ! こらこら、にゃむ、ちょっとそこどいて」

 早速とツリーを振り返ると、ふて腐れたにゃむが、床の段ボールに八つ当たりをしているところだった。その小さな身体をよけて、雄史はイルミネーションのプラグをコンセントに差し込んだ。

 するとぱっと色とりどりの光が灯り、ツリーがピカピカと瞬き始める。

 照明の光を少し絞れば、途端にクリスマスの雰囲気が増して、気持ちが盛り上がった。隣にある手をぎゅっと握り、しばしそれを二人でまじまじと見つめる。

「ツリーを飾り付けるなんていつぶりかな。いいですね、季節感があって」

「一人暮らししてると、普通ツリーなんて飾らないよな」

「また来年も、俺が飾りますね」

「……ああ、そうだな」

 抜け目なく来年の約束を取り付けたら、ほんの少し驚いた顔を見せたあと、愛しの人はふわっと綻ぶように笑う。
 それは見ているだけで、ひどく胸が高鳴ってしまうほど可愛くて、好きの気持ちを噛みしめると、見つめてくる彼に、もう一度だけキスをした。
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