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16 おかげさまで目が覚めた

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 (クロヴィスside)


 防音魔法を二重に掛けた部屋で、三人の男たちはアルベルティーヌ救出に向けての調査の段取りを行っていた。

 「──というわけだ。軍務に知られないように動かねばならんし、かなり面倒なことを頼むが……アルノー、お前は信用できるしこの件に関しては誰よりも一番適任だ。巻き込んでしまってすまないが、どうか宜しく頼む」
 「いえ!僕は殿下に頼られて嬉しいです!絶対にお役に立ってみせます!」


 アルノー・ポートリエ、23歳、侯爵家次男。
 海に面した貿易で栄える領都ポートリエを治めるアーヴル侯爵家の次男で、その出自を生かし近衛騎士団情報部の貿易・運輸・密輸等の担当。

 頭が良く、魔力も高く隣国シュメルに留学して高等魔術科を出ている。流通や貿易だけでなく、魔法や魔術、隣国シュメルにも精通している。
 そして、密輸入と切り離せない、違法植物や違法薬物についてもそれなりに知識のあるエキスパートである。

 何よりもアーヴル侯爵家は、代々温厚で平和主義の経済閥に属する家系なので、軍閥の家系とはどちらかと言うと折り合いが悪い。
 今回は軍閥の高位貴族に知られないように動かねばならないという面倒な制約付きの調査なので、彼はうってつけの人材だった。


 そんなアルノーにクロヴィスが依頼した調査は主に二点。

 マニエ家にバレないよう現地に赴き、マニエ家の別邸の敷地内にある隠蔽魔法についての分析をすること。
 そして、それがシュメルの魔法であった場合はマニエ家とシュメルの魔術師との繋がりについて調べること。

 あとは現地に赴いてみて、マニエ家で何を研究しようとしていたのか、栽培されている違法植物についての調査。
 これについてはアルノーも本職ではないので、分かる範囲で構わないという依頼だ。


 ────


 「そういえばクロヴィス、話は変わるが帳簿で気になることがあった」

 そう言うと、エリクは三年分の帳簿と、王宮に提出された帳簿の写しのコピーを机に広げた。


 「これがマニエ家の本邸にあった帳簿、これが提出された写し。本邸に保管されている方にはメモ書きが消されているけど、写しの方は消し忘れたのかメモ書きが残っていたんだ」

 エリクは指で帳簿の上に丸を描きながら、俺たちに説明する。

 「一昨年の分までは、別邸への送金の履歴の中に薬草研究費という名目で60万送られているんだ。で、同じ欄が去年は同じ薬草研究費という名目だけど、その横に軽く《ベル食費・服飾費》って鉛筆書きのような薄いメモ書きと費用配分だろう数字が残されている」


 「──筆跡的に女性の字ってことは、帳簿を管理しているのはデボラで間違いないだろうな……?」

 「……これだとまるで、見つからないようにこっそりとアルベルティーヌ嬢にきちんと予算をつけていた感じに見えてしまうのですが……?」


 エリクは頷くと、俺の顔を見て問いかけた。

 「クロヴィス、お前が聞いた別邸の使用人の会話、あと鳥に聞いたデボラの言葉、もう一度思い出してみろよ」

 「しっしっ!あっちに行きな!」
 「違う。その次の会話のはずだ」

 その次……?

 「本邸から『死なれたら困るからちゃんと食べさせろ』『風邪を引かれて死なれても困るから衣服を着せてやれ』って言われてるけどさあ、あんなガリガリじゃあそのうち野垂れ死ぬわよ!母親も病弱だったんだし!」

 ──ちゃんと食べさせろ、衣服を着せてやれ……

 「イイ?トリタチ、イッショニイテヤルノヨ?」

 ──(おそらく別邸に追いやったアルベルティーヌと)一緒にいてやるのよ……


 「この少しだけちぐはぐな帳簿と、クロヴィスから聞いて引っかかっていたセリフと、今の時点で俺が調べたマニエ家についてを組み合わせての、あくまで現時点での俺の推測だが……デボラは何らかの意図で、あえてアルベルティーヌ嬢を別邸に軟禁しているのかもしれない。軟禁というか匿ってるんじゃないか?」

 「「なんだって……」」

 「アルベルティーヌ嬢の話だと、三年経ってある日いきなりデボラは虐め出したんだよな?いきなりって何か引っ掛からないか?それに、別邸の使用人は街での羽振りが良すぎる。アルベルティーヌ嬢の予算、あるいは別邸の管理費も着服している可能性が高いだろうな」

 ──デボラが完全に敵だと認識して調査すると、何か大事なことが見えなくなるかもしれないぞ……


 エリクの言う推測があながち間違いではないような気がした。

 そして、アルベルティーヌ可愛さに冷静さを欠き、デボラを完全に敵だと決めつけて行動しようとしていた自分が恥ずかしかった。


 「──近衛騎士団情報部、そして密偵の基本は第三者の目線で、冷静に物事を見極めること……だよな。おかげで目が覚めた。エリクありがとう」

 「はいはい、どういたしまして。さて、きりきり仕事するぞ!」
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