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新・番外編

ランドルフside ~愛しの弟へ~

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「おや? ランドルフ様、楽しそうにされてますけど、どなたからの手紙です?」

「ああ、エレンだ。変らず元気でやっているようだ」

「エレン様でしたか。冒険者になったと聞いた時は驚きましたけど、ライアスと結婚したというのにはもっと驚きましたね」

 もうこの家にはいない私の大切な弟。
 あのクソ……ん゛ん゛っ、クリストファー殿下に婚約破棄をされて、エレンは自ら勘当と国外追放を願い出てリッヒハイムへと渡った。
 以前は手の付けられない我儘放題な奴だったが、あの一件以来人が変わったように大人しくなった。あの家族会議の時は信じられない気持ちしかなかったが、その後もあの時に見せた覚悟を裏切ることはなかった。
 今までのことを猛省したのだというのが手に取るようにわかる。ライアスが一緒だとはいえ、泣き言も言わず平民としての生活をしっかりと歩んでいたのには驚かされた。あの子はこんなにも強かったのかと。

 そして今まで私がエレンに対し、口うるさく言っていたことが間違いだったんじゃないのかと思うようにもなった。
 そもそもあの子があんな風に荒れた性格になってしまったのは、クソ……クリストファー殿下のエレンに対する態度に目に余るものがあったからだ。

 私はエレンにその性格や態度を改めるように言いはしたが、あの子の気持ちに寄り添ったことはなかったと思う。あのクソ……クリストファー殿下に長年あのようにされては、優しいあの子もああなるほかなかったのだろう。だからといって、エレンが行ってきたことは許せることではなかったし、私も公爵家のことを考えればああするしか方法が思い浮かばなかったのだが。

 だけどエレンが公爵家から離れた後、もっとあの子の話を聞いてあげればよかったのでは、と後悔の念に駆られた。辛い、苦しい気持ちのやり場がなく、あのように荒れたのだと今ならばわかる。その時の気持ちを聞いてやり救いあげていれば、こんな最悪な状況にはならなかったかもしれない。
 今のエレンを見ているとそう思わずにはいられないのだ。

 エレンは自らの罪を悔い改め、平民へと落ちた。なのにあのクソ……もうクソでいいか。まごうことなきクソだからな。あのクソ王子は変わることなく問題ばかりを起こしていた。自分勝手で傲慢で非常識で馬鹿でクズで、救いようのないクソ野郎だ。
 あの婚約破棄の場にいた口の軽い貴族たちのおかげで、平民たちにもあっという間にエレンとクソ王子のことは広まった。平民はおもしろおかしく『我儘息子と傲慢王子』と揶揄し噂話に興じる。

 だから私はその噂を利用することにした。
 我儘息子は可哀そうな人だったんだ、傲慢王子に振り回され浮気をされ捨てられた。我儘なんかじゃなく、愛する人を取り戻そうと奮闘していたんだ、と。
 するとどうだ。平民は一気にエレンの味方になった。傲慢王子は酷い奴だ、公爵家の息子が可哀そうだ、と。そのおかげで王家への不信が高まった。あんな奴が王族だなんてこの国は大丈夫なのか、と不安が不安を呼び、貴族も王家も無視出来ない状況になった。
 そして更にクソ王子はリッヒハイムの王太子にとんでもないやらかしをする。あの男爵家の馬鹿と一緒に。それを知った時は笑いが止まらなかった。

 だがあのクソ王子はエレンを連れ戻そうと脱走し、ソルズの街であの子を孤立させようと仕向けた。王家にエレンの移住先を伝えたことが仇になってしまった。
 だがあの子はそれでやられることはなく、いつの間にかリッヒハイムの王太子と知り合っていてその問題を解決した。その後、ライアスと共にスタンピードの鎮圧にも尽力する。

 本当にすごい子だ、エレンは。逆境であってもそれを乗り越えてきた。
 クソ王子のやらかしの一件で、父上は王家からエレンへの援助を堂々と行うことを認めさせた。その際にエレンを呼び戻そうとしていたが、私はそれを止めた。あの子は自分で選んだ道をきちんと歩んでいる。それをこちらの都合で止めてしまうのは違うと思ったのだ。

 そして結婚式には家族総出で出席出来た。それだけじゃなく、エレンが自ら手料理を振舞ってくれ、それもとても美味しかった。
 平民として生きていけるのか、私たちはそれが心底心配だったが全くの杞憂だったのだ。それに生き生きとしていて楽しそうで。あれが本来のあの子の姿なんだと、嬉しく思うのと同時に私たちの手を離れて巣立っていったのだと寂しくも思った。

 だが苦労させるつもりは微塵もない。あの子はもう立派に生きていけるが、より安定した生活を送れるよう援助するつもりだ。貴族と同程度というわけにはいかないが、それなりに近しい環境を与えてやりたかった。それがあの子への罪滅ぼしになると思って。
 
 それが父上たちのあの大量の贈り物になるのだが。宝石や骨董品類は何かあった時に売ることも出来る。そういう資産を持たせることで、私たちは安心出来るのだ。
 だがきっとあの子はそんなものがなくても立派にやっていけるのだろう。結婚式でライアスと幸せそうに笑っていたあの姿を見てそう思った。これは私たちの勝手な押し付けだ。まぁ、金はいくらあっても困ることはないのだからこれからも送るつもりだが。
 ……とはいえ、父上たちはやりすぎだろうとは思っている。いくらあの子の住んでいる家が広くてもすぐに埋もれてしまいそうな気がしてならない……


「あ、そういえば先ほどいつもの商会の方がお見えになってましたよ」

「なに? もうそんな時間だったのか」

 今日はエレンに送る品を見ると父上たちが言っていた。私も同席して見てくるとするか。公爵家の当主となって多忙な毎日だが、エレンの贈り物を選ぶ時間くらいは確保せねば。
 腰を上げて、従者のバイロンと共に執務室を出ると「くすくす。いってらっしゃいませ」と笑う部下の声が背中に届いた。

「失礼します」

「おお、ランドルフ! お前もこっちに来て選んでくれ」

 応接間の扉をノックし中へ入れば、テーブルの上には既にたくさんの宝飾品が並べられていた。空いている席に座り並べられたものを見てみる。ネックレスにブローチ、髪飾りに指輪、カフスボタンやクラバットピンなど。もちろん宝石の等級はいい物ばかりだ。
 
「ねぇランドルフ、これなんかいいと思ってるのだけど、どう?」

 母上がブローチを指さし問いかけたので、それを手に取って見てみる。大ぶりの宝石が付いたブローチだ。輝きもよく、目を惹く品だというのがわかる。だがデザインは少々古臭く、母上が使うならば問題ないだろうがエレンが使うとなると……

「母上、エレンにはまだこれは早いかと。それよりもこちらのブローチの方がエレンの雰囲気に合っていると思います」

 私は小さな宝石が集まり花を模したブローチを手に取った。まだこちらの方が柔らかさもあり、可愛らしいエレンには似合うだろう。

「さすがランドルフ様、お目が高い。こちらはうちの工房で造られた最新の意匠で一点ものになります」

 一点もの。なるほど。それはいい。使われている宝石も等級はかなりいいし、小ぶりな宝石ながらも品格を感じられる品だ。

「ふむ。さすがランドルフだな。年若いエレンには確かにこちらの方が似合いそうだ」

「それに一点ものならそれだけ価値があるね。エレンちゃんには最高のものをあげたいからこれにしましょう」

 それから父母と共に他にも数点宝飾品を選んだ後は、日頃使えるようなものまで選んだ。バイロンの「冒険者として使えるものも喜ばれると思いますよ」という助言を受け、エレンが使うであろうローブや服、ライアスには剣を仕立てることにもなった。

「あとは最近王都に出来た菓子店の人気菓子も送りましょう! 甘い物も好きなエレンちゃんならきっと喜んでくれるから」

「そうだな。あとはエレンが好きだった茶葉をいくつかと、髪の手入れ用魔道具も最新ものが出たと言っていたな。それも送ろう」

「父上、料理長がエレンにいくつか料理を食べさせたいと言っていました。カレーのレシピのお礼のようですよ」

「おお! エレンも久し振りにあいつの料理を食べたいだろう! よし! それも一緒に送ることにするぞ!」

 なんだかんだ今回もかなりの荷物になりそうだな。またエレンからは「こんなにもたくさん送らなくてもいいですから!」と困惑の手紙が届くだろう。
 それがわかっていても、どうしても我々は送りたいのだ。離れて暮らしているから猶更。
 何かあってもすぐに手を差し伸べてやれないからな。少しでも愛しの弟が健やかに生活が出来るようにしたいのだ。

「チェスター、あとの手配は頼んだぞ」

「バイロンもチェスターを手伝ってやってくれ」

「かしこまりました、ランドルフ様」

 この執事と私の従者はもう手慣れていることだ。また手早くやってくれるだろう。これであらかた終わったな。さて、私も仕事に戻るとするか。

「バイロン、送る手はずが調ったら教えてくれ。エレンに一筆したためる。お前もライアスに手紙の一通でも送ってやれ」

「ははっ、そうですね。では今回、そうさせていただきます」

 今回はカイルのことでも書くか。エレンもカイルのことを可愛がってくれていたから様子が知れると喜ぶだろう。
 だがまずは溜まった書類の片付けからだな。公爵としてエレンに恥ずかしいところは見せられん。

 そうして足早に執務室へ戻り、エレンの困惑しながらも喜ぶ顔を想像しながら公爵家当主としての仕事を再開した。
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