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しおりを挟むゴーン、ゴーン、ゴーン……。
街に時間を知らせる鐘が鳴る。ハッとして外を見れば陽が今にも沈もうとしていた。
「大変! 早く家に帰らなきゃ!」
私、ベティーナ・アルタマンは男爵家の長女。あと数か月すれば、この国の貴族であれば必ず通わなければならない学院へと入学することになっている。その学院の入学試験のために街の図書館で勉強していたのだけど、集中しすぎて時間が経つのも忘れていたようだ。
入学試験はその成績順でクラスが振り分けられる。少しでも上に行きたくて必死だったのだ。
急ぎ机の上に散らばった物を鞄に詰め込み早足で図書館を出る。早く家に帰って食事の用意をしなければ。
男爵家のご令嬢といえば聞こえはいいが、実際は貧乏貴族で平民と大して変わらない。メイドも通いの人が1人いるくらいだ。そのため、家のことはなんでも自分達で済ませる必要がある。
炊事、洗濯、掃除。通いのメイドは1人だけだから、そのメイド1人で全てを賄うなんて無理だ。貧乏貴族で家が小さかろうと平民に比べればそれなりに広い。たった1人でなんてそんなかわいそうなことをさせるつもりはない。うちは貧乏でもいい職場環境なのよ。
貴族令嬢にあるまじき速さで走り家へと急ぐ。本当はこんなの令嬢として「はしたない」のだけど。でも私はそんなこと気にしていられない。可愛い弟がお腹を空かせて待っているのだから。
「ただいま! 遅くなってごめんね。すぐご飯作るから」
家に着くなり鞄を自分の部屋に放り込みキッチンへと滑り込む。食材庫から野菜などを取り出し包丁でザクザクと切って急いで食事を作っていく。スープは昼に作った残りがあるからいいとして、あと2品は作った方がいいわよね。
「姉上、お帰りなさい。そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
「ダメよ。今日もいっぱい動いてお腹すいてるでしょ? お姉様頑張って美味しいご飯作るからちょっとだけ待っててね」
「うん、姉上の作るご飯美味しくて大好き。楽しみにしてるね」
かぁ~~~!! 可愛い!! うちの子可愛すぎ!! 天使よ、天使がいるわ!!
弟のヨアヒムは私の5つ下の10歳。生意気なことも言わず素直でいい子で本当にかわいいうちの天使。そして顔が良い。べらぼうに良い。
両親も私もものすごーく平凡な顔なのに、なぜか弟だけはぱっちり二重でミルクティー色のふわふわの髪の毛で、超絶可愛いのだ。
顔立ちはどうやらお爺様に似たらしい。……父よ、なぜその顔を引き継がなかったのか。あ、私もか。
「ベティーナ。今日も図書館で勉強していたのかい? 学院の入学試験が近いのはわかるが無理をしてはいけないよ」
皆で夕食を食べている時、父にそんなことを言われた。
「大丈夫よお父様。ヨアヒムの為だもの。将来いいところに就職してお金稼いでヨアヒムを支えていくの。そのためにはこんなの苦労のうちに入らないわ」
うちは領地をもたない法衣貴族だ。父は文官として王宮で働いている。その給料で家族が普通に生活出来る分はあるのだけど、学院へ通う学費なんかまで賄うのはかなり大変だ。私の学費は今までの貯金で賄えるから問題ないのだけどヨアヒムの分が圧倒的に足りないのだ。
「姉上が頑張るのは僕の為なの?」
「そうよ。貴方がちゃんと学院に通えるようにお姉様は頑張るの」
「……僕のせいで無理しなきゃいけないなんて。僕は学院に通わなくてもいいよ?」
ああ、なんて優しい子なの……。こんなにいい子に育ってくれてお姉様感激!!
お母様はヨアヒムを産んでしばらくして儚くなってしまった。だから育てたのは私といっても過言ではない。
「それはだめよヨアヒム。この国の貴族は必ず学院に通わなければならないの。それにあなたはこの家の跡取りよ。学院に通わないなんてそんなのはダメ」
全く学費が高すぎるのよ。腹が立つわ。学生は寮生活が義務づけられている。だからその分も含まれているのだろうけど……。うちみたいな貧乏貴族はその学費を捻出するのにどれだけ苦労しているか。
ま、私がお金持ちの誰かと結婚出来ればいいのだけど。こんな平凡顔がそんなところにお嫁にいくなんて無理だ。それに貴族としてのマナーは最低限だし、庭という名の家庭菜園で畑仕事までするから日に焼けている。ご令嬢であれば皆しているであろう肌や髪のお手入なんて、余裕のない私には無縁だし。
それにマナーだって貴族というより『ちょっとマナーを知ってる平民』というレベルだ。
そんな私だって昔は一応、縁談の申し込みが来ていた。同じ下級貴族の男爵家や子爵家から。
実際顔を合わせてお話させていただいた数日後、向こうからこの話はなかったことに、という手紙が送られてきた。それもすべての家から。
ひどくない!? そりゃ私の顔は見目麗しいわけでもない平凡顔よ。だけど勉強はそれなりに出来るし、結婚したら相手方の家を支えていくことは出来るわ! ……たぶん。
相手方だって同じ男爵家や子爵家だもの。上級貴族なんて無理だけど、下級貴族の家だったら問題ないはず。
……ま、断られたのは顔だけじゃなくて家が貧乏っていうのも理由の一つだとは思うけど。
世知辛い世の中よね……。はぁ…。
だから私は何としても学院をいい成績で卒業していいところに就職しなければならない。可愛い可愛いヨアヒムの為に! 結婚なんてしなくても、私は1人でなんとかしてみせるんだから!!
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