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21・幸せな時間の終わり…?
しおりを挟む「ん…」
ふいに目が覚めた。外を見ればすっかり暗くなっていた。結構寝てしまっていたようだ。
ガンドヴァが進行を始めたのを聞いた時はまだ午前中。そこからすぐにディルクとああなって…。
あの激しい行為を思い出して恥ずかしくなる。だけど同時に嬉しくて「ふふ」と笑いが漏れた。
いつの間にか服も来ていて、ディルクが着せてくれたのだとわかる。
「あれ、そういえば…」
ベッドの上には俺1人。寝室のどこにもディルクの姿が見えなかった。
「うえっ…」
探しに行こうと体を起こすと腰に鈍い痛みが走る。それを感じながらベッドから降りる。降りようとしたが。
「へ!? わわわっ!」
足に力が入らずべちゃっと倒れこんでしまった。
「…マジ?」
「殿下!?」
倒れた音が聞こえたのかディルクが慌てて部屋へ入って来た。すぐに駆け寄って俺をベッドの上へ抱き上げてくれた。
「無理しないでください。…いえ、すみません。俺のせいですね」
「あ、いや。謝るなよ。俺だって望んだことだったし、その…嬉しかったから」
少しだけまた軽くキスをしてからディルクは食事を持ってきてくれた。悲しいことに俺は動けないからベッドの上での食事だ。行儀は悪いが致し方ない。
「はい、あーん」
「は?」
え? 何これ。
「いや、自分で食べれるから…」
「俺がしたいんです。させて貰えませんか?」
おい、そんな悲しそうな顔をするな! 俺が悪いことをしたみたいになってるじゃないか! ぐぐぐ…恥ずかしいけど、ディルクがやりたいなら…。させてやるのが愛だろ!
「…ぱく。……美味しい」
顔が赤いことは自覚しながらディルクが差し出したフォークに口を付けた。美味しいと言いながらも正直味は良くわからない。
そこから俺の食べるスピードに合わせてディルクに食べさせられる。餌付けされる雛の気分だ。
食事が終わるとお茶を入れてくれてそれを飲む。その間にディルクは横で食事をとっていた。
ゆったりとした時間が流れていく。こうやって過ごせるのもあとわずかなんだよな…。今のうちに十分堪能しておかないと。
食事が終われば風呂に入る。いつもは1人で入っていたが今日はまさかのディルクと一緒だ。
「え…俺1人で入る…」
「立てないのにですか?」
「う…」
と言われてしまえば拒否も出来ない。初めてディルクと一緒に入浴だ。今日は色んな初めてが勢揃いだな。
動けない俺の為にあれこれと世話を焼くディルク。手は動かせるから自分で出来るけど、それを頑として譲らなかった。「ずっとしたかったんです」と言われてしまえば俺には何も言えない。ディルクのさせたいようにさせてやることにした。
「あ…んんっ! おい! そこはっ…あ、あん!」
髪を洗っているときは普通だったのに、体を洗う時になってディルクの手はいやらしく動き出す。息子まで優しく洗われて、数時間前に散々出したのに再び白濁を噴き出すことになった。
文句の一つも言ってやろうと思ったけど、ディルクの顔がそれはそれは嬉しそうに笑うもんだから何も言えなくなってしまった。くそ。
風呂でもいじられてぐったりとした俺は、あれだけ昼寝をしたにも関わらずすぐに寝付いた。
気が付けば朝陽が昇って気持ちのいい朝だった。
だが俺のそんな幸せな時間は無情にも終わりを告げる。
「軍議の結果が出た」
朝食を終えて部屋でのんびりしていた時だ。急に王太子殿下に宰相殿、それからヴィンセントさんにライリーさん、久しぶりに見たドミニクさんに、なんとエレンさんとライアスさんまで勢揃いで俺の部屋へやって来たのだ。
そして開口一番王太子殿下から軍議の結果を聞かされる。
「はい」
「昨日、初めてそなたが、ガンドヴァの第五王子殿下がこの離宮に滞在していることを皆に述べた。そこで出た結論だが…」
そこで王太子殿下は口を閉ざす。その様子からしてきっといい話合いではなかっただろう事が伺える。
「ガンドヴァとの全面戦争を前にして、敵国の王族を匿っていることに猛抗議が出てな。そなたの覚悟も伝えたのだが、戦争が終わるまでなど悠長なことを言っていられないとなった。…この意味がわかるか?」
「…はい。今すぐ、この命を捧げよ、とのお申し出でございますね」
「そうだ。…ここに毒杯を用意した」
王太子の言葉の後に、ドミニクさんがスッと前に出てトレイにのった紫の液体が注がれたグラスが出てきた。
「これを今、この場で飲み干してもらいたい。私たちは未届け人だ」
なるほど。仲良くなったエレンさんに俺が死ぬところを見られるのは心苦しいが、エレンさんも納得済みでここにいるんだろう。
「かしこまりました。ここまで生かしていただきありがとうございました。また保護されている身にも関わらず、エレンさんと会わせていただいたことも感謝申し上げます」
俺とディルクは最上の礼を取った。
テーブルに置かれた毒杯を眺める。これを飲めば俺の命はここで終わる。
「…ディルク。今までありがとう。俺はお前と一緒に居られて本当に幸せだったよ。沢山の思い出をありがとう」
「殿下…俺もです。貴方と共にいられた今までの時間、心から幸せでした。本当にありがとうございました」
ディルクの目に光るものが見える。それを見た瞬間、俺の目からはとめどなく涙が溢れてきた。
心が苦しくて力一杯ディルクを抱きしめた。ディルクもそれに応えてくれる。
このぬくもりを感じられるのもこれが最後。
「お前を道連れにすることを許してくれ。…愛してる」
「俺が望んだことです。俺のヴォル、愛しい人。俺も愛しています。あの世でまた会いましょう」
抱きしめる力が解けたと思ったらディルクの顔が近づいてくる。そのまま口づけを交わしすぐに離れる。
毒杯を手に持つ。涙を流しながらもディルクと微笑み合って頷きを一つ。俺たちは一緒に、一気にグラスを煽った。
喉を熱くも冷たくもない液体が流れていく。そのまま胃へ流れ落ちていくのを感じていた。
目を閉じる。手はディルクの手を握ったまま。このまま毒が効いていくんだろう。その時を静かに待っていた。
………。
……………………。
あれ? 遅効性か? 苦しくなる気配がまだないんだが…。もうしばらく待ってみる。
………………………………。
おかしい。遅効性の毒だなんて意味あるか? すぐさま死ぬ必要があるならば即効性の毒を使うはずだ。
あまりの違和感にとうとう耐えられなくなって目を開けた。
「あの…これ、毒、ですよね? 遅効性? いつ効くんです?」
ディルクの顔をみれば同じく困惑した顔が。
「…そなたの覚悟をしかと見届けた。今ここでガンドヴァの第五王子、ヴォルテル・セド・ガンドヴァは死んだ」
「「は?」」
いや死んでないし。生きてるし。なんならまだぴんぴんしてるし元気いっぱいですけど何か?
「済まなかった。本当にそなたの覚悟が口だけではないのかを確認したかったのだ」
「…はい!?」
え、なにそれ。もしかして本番がこの先に控えてるとか言わないでくれよ!? 結構重い覚悟で臨んだのにもう一回同じことしろなんてことないよな!?
「軍議で敵国の王族を匿っていることに対して抗議が出たことは本当だ。今すぐ殺せと言われたことも。…だがな」
そう言って王太子殿下はエレンさんに目線を送る。
「ドラゴン討伐の英雄は、この国の中で無視できない存在でな。エレン殿の作戦に乗ることにしたのだ」
え? どういう事? エレンさんの作戦??
「ごめんな、試すようなことをして。だけど口だけじゃなく本当に命を差し出すことが出来るのかを見せないと他の人達が納得しなかったから、さ」
そう言ってエレンさんの手には何かの魔道具が握られていた。
「毒杯だとわかっていて飲むところまで撮影させてもらったんだ。これを軍議のメンバーに見せてヴォルテル君の覚悟を見せるよ」
「軍議ではそなたが素直に毒杯を仰ぐことが、作戦実行の条件なのだ。これでなんの反論もなく進めることが出来る。…もちろん納得しない奴らもいるだろうがそこは私に任せて欲しい」
「…え? じゃあ、俺たちはどうしたら?」
結局死ねばいいの? 死ななくていいの? どっちなの??
「2人の命は無くならない。さっき毒杯を飲んだことで死んだことにする。前に言っていただろう? そなたらガンドヴァの王族が全て死ぬことはガンドヴァの歴史が終わることだと。これからは新しいガンドヴァの王子として生きて欲しいということだ。いや、『王』として、だな」
「それは…生きていてもいいってこと、ですか?」
「そういうことだ」
それを聞いて俺はへなへなっと力が抜けて座り込んでしまった。
「殿下!」
「はは…ディルク、俺…俺達、生きてていいって…。死ななくてもいいって…。お前と、まだ生きてていいって…」
「はい、はいっ。なんて事でしょうか。まだ貴方と共に過ごせることが出来るなんて…。こんな夢のような…」
「ディルク…ディルクっ! うわあぁぁぁぁ! 良かったっ…お前を殺さなくてっ…ひっく…お前が生きててくれてっ…」
「はいっ! 俺も貴方が生きてくださることが本当に…嬉しいです…」
俺はしばらく人目も憚らず、ディルクと2人で抱きしめ合って泣き叫んでいた。
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