14 / 33
14・一緒に死ぬ約束を
しおりを挟むコンコン。扉をノックする音が聞こえた。来たか。
「失礼します。フリドルフ王太子殿下が着御致しました。」
「ああ、どうぞご入室を」
扉が大きく開かれ背の高い、輝かんばかりの金髪をたなびかせたかなりの美丈夫が部屋へ入って来た。
「お初にお目にかかる。私はフリドルフ・ヴァン・リッヒハイム。この国の王太子だ。よろしく頼む」
「拝謁賜りまして恐悦至極に存じます。ガンドヴァ第五王子、ヴォルテル・セド・ガンドヴァでございます。本来であれば私が赴かなければならぬところ、わざわざお運びいただきまして恐縮にございます。またこのような身なりでのご挨拶となりましたことお詫び申し上げます。
そしてこちらは私の専属護衛を務めております、ディルク・ブリュセヴィッツでございます。敵国であるにも関わらず我々を保護していただきましたこと、心より感謝申し上げます」
「うむ。これからは協力関係となるのだ。堅苦しい挨拶はそこまでに致そう。…さ、掛けてくれ」
王太子の言葉で俺たちは椅子に腰かけた。はぁ~…緊張する~ぅ! 今まで他国の王族と会ったことなんてないから内心ドッキドキだ。
しかもなんていうか目が潰れそうなほどの美形だな。まさにザ・王族! といった風貌だ。…なんで俺は同じ王族なのにこんな貧相な見た目なんだ…くっそ!
「ガンドヴァの王族というが、そなたは噂と違い柔らかい御仁のようだ」
「…我々ガンドヴァの王族の悪質さは噂でお聞きの事と思います。ですが私はそのような王族の在り方に疑問を持っておりました。…今まで祖国が行ってきました悪逆な行動、心よりお詫び申し上げます」
俺とディルクは誠意が伝わればいいと立ち上がり頭を下げた。
「なるほど。報告にあった通りの方だ。そなたからの謝罪は受け取った。さ、頭を上げてくれ」
「感謝いたします」
俺たちは姿勢を正し改めて席に着いた。
「まずはそなた達のことを教えて欲しい。先日即位されたアドリアン陛下から逃れてきたと聞いているが間違いはないか?」
「はい。間違いございません」
それから俺たちの境遇を話した。ガンドヴァがガンドヴァでなくなることを望んでいることもだ。全て話終えてお茶で喉を潤す。
「…そなたは本当にガンドヴァが無くなってもいいのか?」
「はい。あの国が続くことは、あの国に住む民全てにとって悪でしかありません。もちろんどこかの国がガンドヴァを治めたとして国民を奴隷のように扱うことは望んでいません。もしそうなるのなら、私の命をもって交渉したいと思っています」
「そなたの命にそのような価値があると?」
「そ、れは…わかりません。ですが、ガンドヴァの王族の命が潰えればガンドヴァの歴史は終わります。そして新しい歴史を作るその一歩とするために命を捧げるつもりです」
「殿下…」
テーブルの下でディルクは俺の手を握って来た。お前の気持ちもわかってるよ。だけどこれはガンドヴァの王族としての責任だ。
「…なるほど。そなたの気持ちは分かった。…おそらく近いうちにガンドヴァはこの国へ侵攻するだろう。以前あったドラゴンの強襲や爆発の魔道具の一件はアドリアン陛下が指示されたことだということはわかっている。そのような人物が王になったのなら、直ぐにでも行動に起こしてくるだろう。
そうなれば我々は全力を持って迎え撃ち、ガンドヴァを潰すことになると思う。ということは我が国リッヒハイムがガンドヴァを落とし治めることになるが、その時はそなたの命を貰い受けることとする」
「はい。問題ありません。私の命が役に立つのなら、それで国民の命と尊厳が守られるのならばこんなに嬉しいことはありません」
死ぬのは怖い。殺されるのは怖い。だけど俺の使用人たちが残してくれたこの命は俺だけの物じゃない。使用人たちの家族の命や尊厳を俺は守りたい。だからこれでいい。これでいいんだ。
「恐れながら発言することをお許しください」
「ディルク…?」
「よい、許す」
おい、お前何を言うつもりだ?
「は、感謝いたします。…ヴォルテル殿下の命潰える時、私も共に逝きたいと思っております。どうかその時は私も一緒に処していただきたく」
「ディルク…」
「なるほど。2人は恋仲であったか。報告にあった通りだな」
「へ? 恋仲っ!? いや、違います! 俺たちはそんなっ…」
報告だと!? あれか!? 告白のあれか! ということは犯人はヴィンセントさんか!? 間違ったことを報告しないでくれ!
「そうです。そんな殿下と恋仲など恐れ多いことです。私は神の愛し子である殿下の僕です」
「…神の愛し子??」
うおい! ディルク! お前も何血迷ったこと王太子に言ってんだ!? やめろ! やめてくれ!
「あ、いや! なんでも! 何でもありませんっ!」
頼む! これ以上口を開かないでくれ! 俺を辱めないでくれぇぇ!!
「…まぁいい。ディルクといったか。そなたの望みも叶えよう」
「有難きお言葉」
今後ヴィンセントさんと宰相がここへ来ていろいろと話をするということを聞かされ王太子は帰っていった。
なんか緊張する場だったけど、最後の最後でいらん恥をかかされた。おかげで余計にどっと疲れたな…。ソファに背中も預けてぐったりとする。
『そなたの命にそのような価値があると?』
あの言葉は痛かったな…。こんな俺の命に国民全員を救えるほどの価値なんてないことくらいわかってる。俺の宮の使用人の命すら救えなかったんだ。
『死にたくない』 『もっと生きたい』 『なんでガンドヴァなんかに生まれたんだ』 『お前のせいで』 『人殺し』
…ごめん。皆ごめん。謝ってもお前たちの命が戻ってこないことはわかってる。
「いや、わかっていない。お前がもっと強かったなら。もっと力があったなら。俺たちは死ななかったのに」
本当にその通りだよ。俺が弱かったせいで皆を死なせてしまった。
「…お前は今のうのうと生きている。俺まで一緒に死ぬことになるんだ。なんでもっと力をつけなかった」
ディルク…?
「俺は王族に仕えるなんてしたくなかったのに。貴族の、王族の言いなりになるしか生きられないなんて」
…そうだよな。そんなことお前だって望んでいなかったよな。
「なぜ自由に生きることが出来ないんだ。なぜ俺はお前たちの言いなりなんだ。なぜこんなに苦しい思いをしなければいけないんだ。なぜお前を守らなければいけないんだ」
ディルク…ごめん。お前の人生を狂わせたのは俺だ。
「なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ」
ディルク…。お前はそんなにも俺を恨んでいたんだな。気が付かなくてごめん。俺の味方だと思っていたけどそれは俺の思い上がりだったんだ…お前にそこまで思わせていたなんて…。
「――お前なんてさっさと死ねばいいのに」
「…か…でん…!…殿下! 殿下!」
「はっ!」
「殿下大丈夫ですか!? かなりうなされていましたよ。…また悪夢をご覧になったのですね?」
「はっ、はっ…ディ…ルク?」
勢いよく気が付けば目の前にはディルクの顔。あれ? 俺は…?
「殿下、凄い汗です。お風呂に入りますか?」
「…ディルク。ごめん。ごめんな。俺のせいでごめん。お前の人生を狂わせたのも、お前が自由に生きられないのも、使用人皆が死んだのも、全部全部俺のせい」
「…殿下?」
「謝っても許してもらえないことはわかってるっ! でも、でもっ! 俺だって本当はこんなこと望んでなんかいないんだ! 信じてくれ! お前を救いたかったのに、お前だけは助けたかったのにっ! 俺は弱くて迷惑しかかけられなくてっ!」
「殿下!? 落ち着いてください! どうしたんですか!? 俺は貴方を恨んでなんかいません! しっかりしてください!」
いや本当は心のどこかで恨んでるはずだ。俺が弱いせいで皆が…皆が…。
「…俺を罵ってくれて構わない。本当にごめん。………ああ、そうか。俺が未だ生きているからいけないんだ。俺がさっさと死ねばいいんだ…ディルク、俺を殺してくれ…。お前の望むように、俺を殺して……っ!?」
俺の口はいつの間にか塞がれていた。
「もうそれ以上言わないでください。俺たちの、俺の思いをちゃんと受け取ってください」
また俺の口は言葉を発せられないように塞がれた。ディルクの唇によって。
32
お気に入りに追加
817
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、
ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。
そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。
元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。
兄からの卒業。
レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、
全4話で1日1話更新します。
R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる