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14・一緒に死ぬ約束を

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 コンコン。扉をノックする音が聞こえた。来たか。

「失礼します。フリドルフ王太子殿下が着御致しました。」

「ああ、どうぞご入室を」

 扉が大きく開かれ背の高い、輝かんばかりの金髪をたなびかせたかなりの美丈夫が部屋へ入って来た。

「お初にお目にかかる。私はフリドルフ・ヴァン・リッヒハイム。この国の王太子だ。よろしく頼む」

「拝謁賜りまして恐悦至極に存じます。ガンドヴァ第五王子、ヴォルテル・セド・ガンドヴァでございます。本来であれば私が赴かなければならぬところ、わざわざお運びいただきまして恐縮にございます。またこのような身なりでのご挨拶となりましたことお詫び申し上げます。
 そしてこちらは私の専属護衛を務めております、ディルク・ブリュセヴィッツでございます。敵国であるにも関わらず我々を保護していただきましたこと、心より感謝申し上げます」

「うむ。これからは協力関係となるのだ。堅苦しい挨拶はそこまでに致そう。…さ、掛けてくれ」

 王太子の言葉で俺たちは椅子に腰かけた。はぁ~…緊張する~ぅ! 今まで他国の王族と会ったことなんてないから内心ドッキドキだ。
 しかもなんていうか目が潰れそうなほどの美形だな。まさにザ・王族! といった風貌だ。…なんで俺は同じ王族なのにこんな貧相な見た目なんだ…くっそ!

「ガンドヴァの王族というが、そなたは噂と違い柔らかい御仁のようだ」

「…我々ガンドヴァの王族の悪質さは噂でお聞きの事と思います。ですが私はそのような王族の在り方に疑問を持っておりました。…今まで祖国が行ってきました悪逆な行動、心よりお詫び申し上げます」

 俺とディルクは誠意が伝わればいいと立ち上がり頭を下げた。

「なるほど。報告にあった通りの方だ。そなたからの謝罪は受け取った。さ、頭を上げてくれ」

「感謝いたします」

 俺たちは姿勢を正し改めて席に着いた。

「まずはそなた達のことを教えて欲しい。先日即位されたアドリアン陛下から逃れてきたと聞いているが間違いはないか?」

「はい。間違いございません」

 それから俺たちの境遇を話した。ガンドヴァがガンドヴァでなくなることを望んでいることもだ。全て話終えてお茶で喉を潤す。

「…そなたは本当にガンドヴァが無くなってもいいのか?」

「はい。あの国が続くことは、あの国に住む民全てにとって悪でしかありません。もちろんどこかの国がガンドヴァを治めたとして国民を奴隷のように扱うことは望んでいません。もしそうなるのなら、私の命をもって交渉したいと思っています」

「そなたの命にそのような価値があると?」

「そ、れは…わかりません。ですが、ガンドヴァの王族の命が潰えればガンドヴァの歴史は終わります。そして新しい歴史を作るその一歩とするために命を捧げるつもりです」

「殿下…」

 テーブルの下でディルクは俺の手を握って来た。お前の気持ちもわかってるよ。だけどこれはガンドヴァの王族としての責任だ。

「…なるほど。そなたの気持ちは分かった。…おそらく近いうちにガンドヴァはこの国へ侵攻するだろう。以前あったドラゴンの強襲や爆発の魔道具の一件はアドリアン陛下が指示されたことだということはわかっている。そのような人物が王になったのなら、直ぐにでも行動に起こしてくるだろう。
 そうなれば我々は全力を持って迎え撃ち、ガンドヴァを潰すことになると思う。ということは我が国リッヒハイムがガンドヴァを落とし治めることになるが、その時はそなたの命を貰い受けることとする」

「はい。問題ありません。私の命が役に立つのなら、それで国民の命と尊厳が守られるのならばこんなに嬉しいことはありません」

 死ぬのは怖い。殺されるのは怖い。だけど俺の使用人たちが残してくれたこの命は俺だけの物じゃない。使用人たちの家族の命や尊厳を俺は守りたい。だからこれでいい。これでいいんだ。

「恐れながら発言することをお許しください」

「ディルク…?」

「よい、許す」

 おい、お前何を言うつもりだ?

「は、感謝いたします。…ヴォルテル殿下の命潰える時、私も共に逝きたいと思っております。どうかその時は私も一緒に処していただきたく」

「ディルク…」

「なるほど。2人は恋仲であったか。報告にあった通りだな」

「へ? 恋仲っ!? いや、違います! 俺たちはそんなっ…」

 報告だと!? あれか!? 告白のあれか! ということは犯人はヴィンセントさんか!? 間違ったことを報告しないでくれ!

「そうです。そんな殿下と恋仲など恐れ多いことです。私は神の愛し子である殿下の僕です」

「…神の愛し子??」

 うおい! ディルク! お前も何血迷ったこと王太子に言ってんだ!? やめろ! やめてくれ!

「あ、いや! なんでも! 何でもありませんっ!」

 頼む! これ以上口を開かないでくれ! 俺を辱めないでくれぇぇ!!

「…まぁいい。ディルクといったか。そなたの望みも叶えよう」

「有難きお言葉」


 今後ヴィンセントさんと宰相がここへ来ていろいろと話をするということを聞かされ王太子は帰っていった。

 なんか緊張する場だったけど、最後の最後でいらん恥をかかされた。おかげで余計にどっと疲れたな…。ソファに背中も預けてぐったりとする。




『そなたの命にそのような価値があると?』

 あの言葉は痛かったな…。こんな俺の命に国民全員を救えるほどの価値なんてないことくらいわかってる。俺の宮の使用人の命すら救えなかったんだ。

『死にたくない』 『もっと生きたい』 『なんでガンドヴァなんかに生まれたんだ』 『お前のせいで』 『人殺し』

 …ごめん。皆ごめん。謝ってもお前たちの命が戻ってこないことはわかってる。

「いや、わかっていない。お前がもっと強かったなら。もっと力があったなら。俺たちは死ななかったのに」

 本当にその通りだよ。俺が弱かったせいで皆を死なせてしまった。

「…お前は今のうのうと生きている。俺まで一緒に死ぬことになるんだ。なんでもっと力をつけなかった」

 ディルク…?

「俺は王族に仕えるなんてしたくなかったのに。貴族の、王族の言いなりになるしか生きられないなんて」

 …そうだよな。そんなことお前だって望んでいなかったよな。

「なぜ自由に生きることが出来ないんだ。なぜ俺はお前たちの言いなりなんだ。なぜこんなに苦しい思いをしなければいけないんだ。なぜお前を守らなければいけないんだ」

 ディルク…ごめん。お前の人生を狂わせたのは俺だ。

「なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ」

 ディルク…。お前はそんなにも俺を恨んでいたんだな。気が付かなくてごめん。俺の味方だと思っていたけどそれは俺の思い上がりだったんだ…お前にそこまで思わせていたなんて…。


「――お前なんてさっさと死ねばいいのに」




「…か…でん…!…殿下! 殿下!」

「はっ!」

「殿下大丈夫ですか!? かなりうなされていましたよ。…また悪夢をご覧になったのですね?」

「はっ、はっ…ディ…ルク?」

 勢いよく気が付けば目の前にはディルクの顔。あれ? 俺は…?

「殿下、凄い汗です。お風呂に入りますか?」

「…ディルク。ごめん。ごめんな。俺のせいでごめん。お前の人生を狂わせたのも、お前が自由に生きられないのも、使用人皆が死んだのも、全部全部俺のせい」

「…殿下?」

「謝っても許してもらえないことはわかってるっ! でも、でもっ! 俺だって本当はこんなこと望んでなんかいないんだ! 信じてくれ! お前を救いたかったのに、お前だけは助けたかったのにっ! 俺は弱くて迷惑しかかけられなくてっ!」

「殿下!? 落ち着いてください! どうしたんですか!? 俺は貴方を恨んでなんかいません! しっかりしてください!」

 いや本当は心のどこかで恨んでるはずだ。俺が弱いせいで皆が…皆が…。

「…俺を罵ってくれて構わない。本当にごめん。………ああ、そうか。俺が未だ生きているからいけないんだ。俺がさっさと死ねばいいんだ…ディルク、俺を殺してくれ…。お前の望むように、俺を殺して……っ!?」



 俺の口はいつの間にか塞がれていた。

「もうそれ以上言わないでください。俺たちの、俺の思いをちゃんと受け取ってください」

 また俺の口は言葉を発せられないように塞がれた。ディルクの唇によって。



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