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9・隣国リッヒハイムへ
しおりを挟む翌日早朝。俺の目覚めは物凄く良かった。
理由は簡単だ。逃亡による疲れに更なる疲労が加わり、ぐっすり深~い眠りに落ちたからだ。しばらく溜まっていた欲望が2回も吐き出されすっきりしている。といっても疲れが残っているのは残っているが。
起きた時は服をちゃんと来ていて体も綺麗になっていた。べたつきなんて全くない。きっとディルクが綺麗にしてくれたんだろう。
…というか俺はディルクと。入れたり入れられたりはしていないがほぼほぼセックスだろあんなの。やってしまった感がすごい。
「おはようございます殿下。今日にはリッヒハイムに入りたいと思います。頑張りましょう」
なんでこいつは何もなかったように振舞えるんだよ…。俺は内心かなりどきどきしているというのに。
「お、はよう。もう俺の名前はラッセルだ。言葉遣いも気をつけろよ」
「…そうだった。気を付けるよ。さぁ行こう。時間は待ってくれない」
気にしてもしょうがない。今はそれどころじゃないしな。この状況が逆に良かった。昨夜のことを考え込まなくて済む。
村長に礼を伝えてすぐさま出発した。
馬に乗ってリッヒハイムの入り口へ。ガンドヴァの隣接地はリッヒハイムのスタンディング領だ。
ドヴァイアス・スタンディング辺境伯。リッヒハイムとの国境を守る熱き武人。鍛え上げられた体と研ぎ澄まされた感覚で、死地であろうと諦めることなく剣を振るい勝利へ導く国境の壁。
ま、ガンドヴァ流で言えば『脳筋の大猿』。酷い言い草だ。
ただこのスタンディング家の戦力が高いおかげで、今までガンドヴァは小競り合いしか出来なかったんだよな。そして俺たちはこのスタンディング領からリッヒハイムへと入国することになる。
いくら身分証があるとはいえ、ガンドヴァ国籍の身分証だからすんなり入れる保証はない。ある程度の縛りは覚悟の上だ。監視が付こうがリッヒハイムへ入国さえしてしまえば、アドリアンといえども簡単に俺たちに手は出せなくなる。
一番いいのは怪しまれつつも自由に動けるようになることだ。
村を出発して2日後、ようやくリッヒハイムの入り口が見えてきた。国境には外部からの侵入を防ぐための大きな壁が聳え立ち、門の側には背の高い物見櫓が見えている。
馬の速度を落としゆっくりと門へと近づいていく。いよいよだ。緊張する…。
「…ディーダ、行くぞ。入国だ」
「ああ。何があっても俺が守る。…行こう」
お互い気合を入れなおしゆっくりと馬を進めていく。物見櫓で見張りの兵が俺たちの姿を確認している。門の前には既に兵士が5人立って俺たちを待ち受けていた。
「止まれ! お前たちはガンドヴァの者で間違いないか? ここへ来た理由を述べてもらおう」
「そうだ。俺たちはガンドヴァからやって来た。俺たちは商人だ。上からの命令でこの国の商品を見に来たんだ。身分証もある。確認してほしい」
俺がそう伝えると兵士が2人剣を抜き前へ出た。その後ろに1人ついて俺たちの側へとやってくる。…ガンドヴァの人間というだけでこの警戒。最悪戦うことも想定しておかないとな。
「では身分証を確認させていただこう」
俺とディルクは素直に身分証を差し出した。兵士はそれを受け取り何かの魔道具? で身分証を確認していた。その間、剣を持った兵士はこちらから目を外すことなく警戒している。
「…ふむ。確かに正式な身分証のようだな。お前たちは間違いなく商人なのか? その割には荷物がかなり少ないように感じるが」
「…俺たちの雇い主は厳しい人でね。自分たちである程度金を稼ぎ商品を仕入れるよう言われている。だから余計な荷物なんてものは持たされていない」
おおお! さすがディルク! スラスラとさも本当の事のように嘘を並び立てている。
「ほう。それはまたなぜ?」
兵士もギラリと目を光らせその言葉に嘘はないのか警戒している。
「商人として少ない元手を増やし、良い商品を仕入れる。品の目利き、見極め、そう言ったことが出来なければ俺たちはクビになる。いわばこの旅は商人として正式に雇ってもらえるかの最終試験なんだ」
「ほう。噂ではガンドヴァはかなり住みにくい国だと聞いている。お前たちがこのままこの国に移住する可能性も考えられる。…だがリッヒハイムはガンドヴァ国籍の人間を移住させることは許可できない。もしそれを考えているのなら不可能だぞ」
「心配せずともこの国に移住はできない。…俺たちの家族が人質に取られているんだ。1年以内に帰らなければ人質は皆殺される」
ディルク、お前すげぇな。そんな話一体いつの間に考えてたんだ? 俺は話に入れずただ見守るだけだ。俺がしゃべるとボロがでかねん。ディルクに全部任せよう。
「…ガンドヴァではそれが当たり前なのか? 人質に取られるというのは」
「そうだな。割と多いと思う。…あの国では平民の命などないに等しいほど軽い物だからな」
…これは本当の事だ。平民というのは、貴族や王族に対し搾取されるだけの生き物。平民が死のうが関係ない。それで自分たちが良い思いが出来るのならどうだっていいのだ。
「…なるほど。本当の話らしいな。その小さい方の顔を見ればそうなんだろう」
ん? 小さい方っていうのは俺の事か? 確かに俺はディルクに比べれば背は低いけど。
「ラッセルは小さな弟を人質に取られている。親はもういない。たった1人の弟を人質に取られているんだ。表情に出るくらい、深い悲しみを堪えてここに来た」
…俺はそんな風に見えていたのか。知らぬ間に素晴らしい演技が出来ていたらしい。俺グッジョブ!
「わかった。とりあえず門の側にある小部屋へ案内しよう。そこで入国の許可が出るまで待っていてもらう。だが許可が出るかまではわからん。それでいいか?」
「ああ、感謝する」
ふう。とりあえずは第一関門突破、かな。ここで問答無用で追い払われることはなくなった。周りを兵士に囲まれながら門を潜る。馬を兵士に預け、すぐ側にある小さな建物へ案内され部屋へと入れられた。
ここでしばらく入国の許可が出るのを待つことになる。許可さえ出てくれれば俺達の命はとりあえずは保証される。
「…ディーダ」
「大丈夫。きっと上手くいく」
俺の隣に座り手を握ってくれた。部屋にはもちろん兵士が監視で付いている。その顔はちょっと同情するような顔だ。俺たちの境遇を知って不憫に思ってくれたのだろう。ならここで一芝居打っておくか。
「ディーダ。もし入国を断られたら弟が…」
「大丈夫。信じよう。俺たちは何も悪い事はしていないんだ。きっと大丈夫だよ」
「…うん」
不安を堪えるようにディルクに抱き着いた。ふふん、どうだ。俺の渾身の演技は。兵士の顔は見えないからわからないけど、さっきついた嘘が本当の事だと思ってもらわないといけないからな。
しばらくはそうしてディルクにしがみついていた。ディルクも俺を抱きしめてきて2人で身を寄せ合って健気に生きる平民を演じていた。
悲壮感を漂わせながら待つこと1時間。門で話をした兵士が戻って来た。
「待たせたな。審議の結果、入国を許可することとする」
「「!?」」
やった! 入国の許可が出た! よしっ! これで俺はアドリアンの手からしばらくは逃れることが出来る!
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
「喜ぶのはいいが、こちらとしても条件がある」
「条件、ですか。どういった内容で?」
条件と言われて一瞬ディルクがピリッとした空気を出した。が、すぐに抑え冷静に内容を聞いてくれた。
「一度王都へと行ってもらうことになる。そこでもう一度審議を行い、それから正式な許可証を発行することになる」
「王都…ですか」
「ああ。そこで本当にお前たちが入国しても問題ない人物なのか調べさせてもらう。それで問題がなければ正式に入国許可証の発行だ。…それに対して何か問題でも?」
「いいえ。隅々まで調べていただいて大丈夫です。よろしくお願いします」
俺は王族として何も功績を残したわけでも問題を起こしたわけでもない。名前くらいは他国に知られている可能性はあるが、外見の特徴なんかはわからないはずだ。
他国の使者なんてほとんど来ることなんてないし、俺自身他国の人間と接したことなんてないからな。
『俺=王族』とはわからないはずだ。大丈夫。大丈夫だ。
そう思っていても不安なのは変わらない。知らず知らずディルクの手をギュッと握る。ディルクもギュッと握り返してくれた。まるで大丈夫だと俺に言ってくれているかのように感じた。
本当にディルクの存在はとても大きい。俺がたった一人でここに来ていたら今頃は不安で押しつぶされていただろう。ディルクがいてくれる。それだけで俺は精神的に安定することが出来ている。
それからここで一泊することが決まった。狭いがベッドのある部屋へと案内され食事も用意してくれた。内容は質素だったが俺たちは全く問題ない。むしろ食事を用意してくれたことがありがたかった。
食事を運んでくれた兵士にお礼を伝え2人してありがたくいただいた。温かい食事というだけでとても美味しく感じた。野宿の時は携帯食しか食べられなかったからな。食べられるだけでもありがたいんだが、やっぱり質素であっても普通の食事が取れることに感謝せずにはいられなかった。
そしてシャワーだけだが身を清めることもできた。石鹸でしっかりと洗うことができて気分がいい。
まだ正式な入国は出来ていないが、それでも大きく前進している。今いるこの場所は『リッヒハイム』だ。部屋の外には兵士の監視が付いているとはいえ、リッヒハイムに居る安心感でまだ時間が早いとはいえ眠気が襲ってきた。
「ラッセル。連日の移動で疲れているだろう。今日はもう寝よう」
ディルクの言葉に異論はないから2人してベッドへ入る。いつもの態勢だ。
「…明日、王都へ行って調べられるけど大丈夫、だよな?」
ベッドに入るなり俺はぽろっとそんな言葉を零した。見張りの兵士に聞こえないよう小声で。
「大丈夫だ。俺たちは何も悪いことはしていないんだ。それに何があっても俺が命を懸けて守るから」
「…命は懸けないで。俺を1人にしないで。一緒にいてくれ。お願いだから」
――命を懸けて守るから。
その言葉がすごく恐ろしく聞こえた。もしディルクが俺を守るために死んでしまったら?
俺はディルクがいなくなったら生きていけない自信がある。実際こうして抱きしめてもらわないと眠れないし、俺の唯一残った味方はディルクだけだ。そのディルクがいなくなったら、なんて考えただけで震えてくる。
その震えを抑えるようにディルクにしがみ付いた。
「ああ。俺も簡単に死ぬつもりはない。ずっと側にいるから」
いつものように頭にちゅっとキスを落とされ腕に力が込められた。今日はディルクのキスが嬉しかった。もっとして欲しいと思うくらいに。
――もう俺にはディルクしかいないんだ。だから絶対に俺を1人にしないで。
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