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「ここがアルテの部屋か」

「何も物がない殺風景な部屋ですけど…」

 とりあえず、トレヴァーさんには椅子をすすめて俺はベッドに腰かけた。

「あの、さっきは本当にありがとうございました。俺が非力なせいでローディーを助けてあげられなくてどうなるかと…」

「ギリギリだったがな。本当に運に恵まれたとしか……あまりにも頭に血が上りすぎて一瞬殺しかけたが、何とか踏みとどまれた」

 殺しかけた!? 確かにトレヴァーさんに殴られたり蹴られたりした男たちは、手足を縛る必要がないほど動けない、というか気絶してたけど…。まぁその筋肉があれば素手で殺すことは可能だとは思うけど、騎士なんだから、いや騎士じゃなくてもダメだけど、どうにか踏みとどまってくれてよかった。うん、殺しダメ、絶対。

「でも、なんでこの村に来たんですか? この村に用事でも…?」

「アルテに会いに来たんだ」

「え…? なんで……ってそっか。別れ話、しにきたんですよね。早く別れたくてわざわざこんなところまで来なくていいのに。ちゃんと王都には戻りますし、というか明後日には戻る予定だったので。あ、そっか。そんなに待てなかったのか。それくらい、俺の事嫌いになって早く終わらせたかったんですね。あの女の人綺麗な人でしたもんね。トレヴァーさんとお似合いでしたし。大丈夫です、俺、別に泣いてわめいたりしないしちゃんと祝福しますよ。だから――」

「待て待て待て待て! 何を言ってる? 別れ話? 綺麗な女の人? お似合い? 一体何の話だ!?」

「なんのって、だから別れ話を…」

「別れるわけないだろ!? 何がどうしてそんな話に!?」

「嘘つかなくてもいいです。だって俺見たんです。トレヴァーさんが楽しそうに女の人とデートしてるの。あの人と腕を組んで歩いててトレヴァーさんも笑っててそれにその人も綺麗な恰好してて化粧もばっちりでそれに比べて俺なんて服を買う金もないほどみすぼらしくて力もないし貧弱で貧相で――」

「だから待て待て待て待て! 落ち着いて!」

 話せば話すほど悲しくなって、泣かないように我慢するためにノンブレスで一気に捲し立てたら止められてしまった。

「はぁ……アレを見られていたのか……」

 額に手を当ててガックリとうなだれるトレヴァーさん。うなだれたいのは俺の方だ…。

「……別れるわけないだろって言われても浮気、してたじゃないですか。俺とは遊びだってことなんですよね。そりゃそうですよね。元々は恋人のフリするだけの関係だったんだから…」

「……すまない」

 あぁ、認められてしまった…。本気になったのは、俺だけだったんだ…。せっかく俺の事を認めてくれて、それを求めてる人と出会えたと思ったのに…。
 我慢していたのに、とうとう堪えられなくなってぽろっと涙が頬を伝う。

「アルテ…そんな風に思わせるつもりはなかったんだ」

「っ!? やめてください! 俺はっ……!」

 いきなりトレヴァーさんに抱きしめられた。そんな慰めは要らない。必要ない。
 解いて欲しくて力一杯暴れるものの、この人の逞しい筋肉の前では意味がなかった。大好きな雄っぱいに包まれているとはいえ、今はそれを堪能する気は微塵もない。

「アルテ、話を聞いて欲しい。私は浮気をしていないし、遊びで付き合っていたつもりもない。アルテの事が好きだし、別れるつもりも一切ない」

「嘘…嘘だっ! そんな事言われてもっ…俺……」

「本当に私のしていたことが間違いだったんだな……。エリックに言われた通りだ。本当にすまないアルテ」

 エリック…? なんでここでエリックの名前が出てくるんだ?

「このままでいいから話を聞いて欲しい。実は――」

 俺が逃げられないようにするためなのか、俺を抱きしめたままトレヴァーさんは今までの事を話しだした。


 初めて俺たちが結ばれたあの日以降、自分がぶつかっている求婚問題を解決するために動いていた。

 まずはその女性と話をして解決しようとした。だが、何度話してもトレヴァーさんを諦めることはしたくないと平行線に。
 トレヴァーさんの両親にも事情を説明し、どうあってもその女性との結婚は出来ないと話した。心から愛する人を見つけ、今はその人と付き合っている。もしそれに反対し、無理にその女性との結婚を押し通すつもりなら絶縁するとまで言って。

 両親はそこまで言われたことで諦めてくれたそうだ。そこでトレヴァーさんの両親の問題は解決。残りは女性が諦めてくれること。

 その女性には、どうあっても女性に対し性的興奮を覚えることは出来ない。それでは白い結婚になるし、子供も当然出来ない。
 それは貴族の貴女にとって望ましい事ですか? 愛されないのに一緒に生活することに耐えられますか? 私は貴女を愛することはどうしたって出来ません。それでもいいと思えますか? 今一生を捧げたいほど愛した人がいる。心はその人から離れることはないし、貴女を見ることもしない。それでもいいですか? 
 そう問いただしたらしい。

 その女性は泣きじゃくってもう話が出来る状態じゃなくなった。それから数日後、女性の方から一度でいいからデートしてほしい、そうしてくれたら諦めると言われ、それで諦めてくれるなら、とデートをした。
 本当は嫌だったが、最後に満足してくれるならとピクニックに出かけたらしい。そこで女性が持ってきた食事や飲み物を一口、口にすると何か薬が入っていることに気が付いた。

 睡眠薬だったらしく眠気に襲われるも、味がおかしい事でほとんどを飲み込まず吐き出したことと、体が大きかったことで薬の回りが遅かったことと、短剣で自分の左手を傷つけ痛みで眠気を飛ばしたことで難を逃れた。
 口を割らせると、睡眠薬で眠らせてそのままトレヴァーさんを襲い既成事実を作るつもりだったとのこと。貴族女性は処女性が求められているから、処女じゃなくなればトレヴァーさんは責任をとるしかなくなるらしい。

 流石にそれは犯罪行為として突き出すことも出来る案件で、黙って欲しいならこのまま諦めて欲しい。もし諦めるつもりがないのなら、このまま騎士団の警邏隊に突き出すと言った。

 そうなると困るのはその女性と女性の家。犯罪者となってしまえば貴族としての未来は考えるまでもなく暗いものとなる。それで女性に諦めさせることに成功したそうだ。

「こっわ…その人、こっわ…」

「…流石に私も引いた。そこまでなりふり構わず来るとは思わなかったからな」

「左手の傷は? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。直ぐに治療もしたし、今はもう痛みもない。そもそもそんなに深く傷をつけたわけでもないからな」

 そっか。それなら良かった。

「それで私の問題は何とか解決したから、アルテに会いに行ってそのことを報告しようと店へ向かったんだ」

 だけどそこに俺の姿はなかった。それでエリックに聞いたが「あんなにアルテになんの連絡もなく放置していた奴に話す義理はない」と言われ、ぺっぺと追い返されたそうだ。やだエリック男前。

 それで翌日また店に行き、エリックに土下座。本当に申し訳ない事をした。だが求婚問題を解決して迎えに来るつもりだった、と懇々と説明。それでやっと俺が傷心で店を辞めて、この村に帰ったと話してくれた。それを聞いて慌てて溜まっていた休暇を申請し、馬に乗ってこの村へとやって来た。
 村へ着いて俺を探そうと村の人に俺の家を聞こうとしていたところ、丁度俺とローディーが男たちに捕まっていたところを発見して今に至る。

「傷つけてすまなかった。まさかそこまで追い込んでいるとは夢にも思わなかったんだ。同僚に伝言も頼んだし、大丈夫だと高をくくっていた。完全に私の落ち度だ。本当にすまない」

「……なんで自分一人で解決しちゃったんですか? 恋人ごっこするのも、一緒にその問題に解決する予定だったからじゃないんですか?」

「始めはそのつもりだった。だが、アルテに抱いてもらえた時初めて心が満たされた。こんな私を見て興奮して、好きだと言ってくれた。こんな人はこの先二度と出会えることはないと思った。
 だから私のこんな煩わしい問題は私1人で解決しなければ。そして堂々とアルテを迎えに行って、アルテにはなんの憂いもなく楽しく過ごして欲しいと思ったんだ」

 俺の事、そこまで想って考えてくれたんだ。嬉しい。嬉しいけど……。

「……そんなの、ちゃんと言ってくれなきゃわからないです。俺、会えなくて連絡もなくてすごく不安でした。そんな時、トレヴァーさんが女の人とデートしてるの見て…。
 俺の事嫌いになったのかな、遊びだったのかな、男しか無理だって言ってたのは嘘だったのかなって一杯考えたんです。そんな時、妹から母親が倒れたって手紙が届いて、それで慌てて村に帰って来たんです。結局それは嘘で、母親は全然元気だったんですけど…」

「ん? 私の事で傷ついて店を辞めて村へ帰ったんじゃなかったのか?」

 ぐいっと体を離されて俺の顔を見つめる。

「いえ? さっきも言いましたけど、明後日には王都に帰るつもりでした。店を辞めたんじゃなくて1週間お休みを貰ったんです」

「……そうか。エリックは私を試したのか。本当にアルテの事を想っているなら迎えに行くだろうと」

「たぶん? はは、なんかエリックらしいや」

「…やっと笑ってくれたな」

 え? と思ってトレヴァーさんの顔を見つめる。俺の頬に手を当てて親指で目元をなぞる。もう涙は止まっていたけど、泣いた後を消すように何度も撫でた。

「アルテの笑顔はなによりも私の活力となる。その顔が陰ると私も苦しい。もう二度とそんな思いをさせないようにする。好きだ。いや、愛してる。だからこれからも私と付き合って欲しい。別れたくない。もう私にはアルテしかいないと思う。
 …だけど私を許せないと、別れたいと思っているなら仕方ない。だけど、必ずまた振り向かせるように私は頑張るよ」

「…もう二度と俺をほったらかしにしないでください。寂しい思いもさせないでください。なんでも一人で解決しないで、ちゃんと俺に相談してください。
 ……それを守ってくれるなら、俺の側にいてください。俺もやっぱりトレヴァーさんのことが好きだから」

「アルテっ……ありがとう。不甲斐ない私を許してくれて。本当に心から、愛しているよ」

 そしてトレヴァーさんは俺にキスをしてくれた。今まで会えなかった分を取り戻すかのように、何度も何度も角度を変えて。

 俺も寂しいなら寂しいって言えばよかったんだ。会いたいって言えばよかったんだ。そうしたらこんなにこじれなくてよかったんだろう。

 俺達の仲直りのキスは、食事が出来たと呼ばれるまで続いたのだった。

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