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しおりを挟むトレヴァーさんは酒も料理も気に入ったと言うのは本当の様で、あれからちょくちょく来てくれるようになった。もうすっかり常連さんだ。
来るときは1人だったり、2人だったり。誰かと来ている時は仕事の話をしているから、どうやら同じ騎士の人のようだ。
「アルテちゃーん! エールおかわりよろしく~!」
「はーい!」
今日も店は大忙し。あっちへこっちへ料理と酒を運び、夜も更けてきたころ。トレヴァーさんが同僚の人と一緒に飲みに来た。
「いらっしゃいませ! こちらへどうぞ~」
席へ案内するも、トレヴァーさんの様子がおかしい。なんていうか元気がなさげ。いつもにこっと笑いかけてくれるのに、今日はそれがなかった。ま、そんなこともあるよな、と思いいつも通り仕事をこなしていく。
でも元気がないことが気になってちらちら見てると、どうやらやけ酒をしているらしかった。いつも静かに飲んでるトレヴァーさんが、今日はやけっぱちと言わんばかりだ。仕事で嫌な事でもあったのかな?
そして閉店間際になってくると、お客さんも段々と減ってきてとうとうトレヴァーさん達だけになってしまった。そろそろ終わりですよーって声を掛けに行ったら、トレヴァーさんはぐでんぐでんに酔っぱらって机につっぷしていた。
「あれ? トレヴァーさん大丈夫ですか? こんな風になるなんて珍しい」
「ああ、なんていうかちょっとね。周りから見れば羨ましい事も、こいつにしたら無理難題だからなぁ…」
「羨ましいなら変わってやる……なんで私が…無理だ…嫌だ…どうしたって無理なんだぁ…」
「どうしたんです? って、俺が聞いてもいい話じゃないですね」
「いや、ここで話してる時点で別に問題ないよ。実は――」
トレヴァーさんはどうやら結婚を迫られているらしかった。それもかなりの美女から。
以前勤めていた砦から戻ってくる道中、襲われている馬車を見かけて助けたらしい。
馬車から無理やり引きずり降ろされている女性を助けたことで、どうやら惚れられたとのこと。その女性が王都へやってきて、トレヴァーさんを探し当てた。そして結婚を前提にお付き合いをしたいと言われ困っているらしい。
そりゃこんな男前なトレヴァーさんに助けられたら、惚れてしまうのも無理はないよな。しかもかなり綺麗な人だっていうし、周りから見れば羨ましいことこの上ない。しかも子爵家の人らしく、逆玉の輿だそうだ。
トレヴァーさんは平民出の騎士らしく、ご両親は「貴族の方に見初められるなんて!」と大喜び。今付き合っている人も好きな人もおらず、年齢も28歳とそろそろ結婚を考える時期なのもあって、両親は断ることはせずそのまま結婚してほしいと言っているそうだ。
「貴族の人なんですか!? 凄いですね」
「だろ? 普通は平民と貴族って結婚しないけど、トレヴァーがかなり優秀な騎士なのと、危ないところを助けたことと、変に浮いた噂もなく真面目なところと、なによりその娘さんがどうしてもトレヴァーと結婚したい、と強い意志を持っているみたいで。トレヴァーに良い人がいないのならぜひ、と職場に押しかけて来たんだ」
「職場まで……熱烈ですね」
「だがなぁ……。俺も今日初めて知ったんだが、トレヴァーは男にしか興味がないらしい。それだと、確かに結婚するのは無理だよなぁ」
「え!? そんなの大問題じゃないですか!」
男にしか興味ないのに、女性と結婚するとかその先の事を考えたら地獄でしかない。
「…両親にもそのことを言ったんだが、気合でなんとかしろ、と…。気合でどうにかなる問題なら私だって……いや、なんでもない」
「? どうしたんだよ。何かありそうだな」
「…いや、いい。言ったところでどうせ受け入れられることはないんだ……どうせ私なんか…」
「あー……こりゃ重症だな…」
普段はこんなにネガティブな人じゃないらしい。だけど今回の事は相当キツイらしく、ずっと落ち込んでいるんだそう。
「その女性に、男しか無理だって言わなかったんですか?」
「それが『私が女性を好きにさせます!』って言ってるんだよ」
「…すごい自信家ですね」
自分にかなり自信があるらしい。美人だっていうし、結構周りからちやほやされてきたのかな。だけど、そういう問題じゃないと思うんだよなぁ。俺だってそうだし。
「でもトレヴァーさんに恋人がいないって意外でした」
びくっと体が揺れたトレヴァーさん。ん?
「アルテちゃんもそう思うだろう? こいつ、ムカつくくらいモテるくせに恋人作ったことないの。男も女もより取り見取りなのに。何が気に食わないんだか…」
「……好きになっていないのに、付き合えるわけないじゃないか」
その言葉だけで物凄く誠実な人なんだとわかる。物凄くモテるなら、手あたり次第食い散らかしてもいいくらいだ。
「だけど恋人がずっといないからご両親もこの話に乗り気な訳だろ? あ。俺いい事思いついた!」
きゅぴん! と音がしそうな顔で、同僚の騎士は顔をキラキラさせた。いい事?
「恋人を作っちゃえばいいんだよ! 本当の恋人じゃなくて、恋人役の人を作るんだ。その相手にこのアルテちゃんなんかいいと思わないか?」
「「は?」」
思わずトレヴァーさんと声が被ってしまった。
「アルテちゃんは女に負けないくらい顔も凄く可愛いだろ? それに男だしお前の恋人だって言っても別におかしくないじゃないか!」
「いや、そんなことさせられるわけないだろう! アルテだって困るはずだ!」
「え? 俺は別にいいですよ?」
「は?」
やだ。トレヴァーさんの顔がめちゃくちゃ可愛くなってる。男前のきょとん顔最高か!
「俺の好みはトレヴァーさんみたいな筋肉ムキムキの男の人だし、周りの人も皆それ知ってるし、俺の恋人だって言ったら皆信じると思います。だから俺、恋人役やってもいいですよ」
むしろ、それでトレヴァーさんと仲良くなれるなら願ったり叶ったりだ!
「…本当にいいのか?」
「はい、もちろん! 俺、トレヴァーさんめちゃくちゃ好みなんで! あ、でもトレヴァーさんは俺が相手でも大丈夫ですか?」
「それは、問題ない……。君の事は結構、その…気に入っていたから……」
なんだと!? マジか!
「なるほどね。だからお前、昼も夜もここに来れる時は来てたのか」
「いや、それは…その…」
「じゃあちょうどいいじゃん。お前たち、今日から恋人になっちゃえよ。もちろん本当の恋人じゃなくて、恋人ごっこだけどな。まぁ今後本当の恋人になるのもいいだろうし、これでトレヴァーの問題が解決出来たら最高じゃん」
「まぁ、そうなんだが……。アルテ、申し訳ないんだが、恋人役をお願いしてもいいだろうか」
「はい! 喜んで! よろしくお願いします! トレヴァーさん!」
こうして俺とトレヴァーさんは恋人ごっこを始めることになった。
今後、本当の恋人になることはないだろう。俺は絶対抱かれるのは嫌だからだ。それが例えトレヴァーさんでも。
最初は我慢できると思う。だけどいつかは心が疲れる。そうなったら俺もトレヴァーさんも辛い未来しかない。
だけど恋人役として仲良く過ごすのは問題ないし、むしろ楽しそうな感じがしてわくわくする。
あとはその貴族の女の人が諦めてくれればいいんだけど。そこはトレヴァーさんと作戦会議だな。
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