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「お。あの人、良いい体してんじゃん」

「アルテ、ぼーっとしてないで仕事しろ」

「はーい」

 いいじゃん、筋肉鑑賞のちょっとくらい。と思いたいが、今の店は大混雑中だ。「5番に持ってけ」と渡された皿を持って、俺はそのテーブルへと向かっていく。

「お待たせしましたー! 『悪魔と天使の熱愛フリット』でーす!」

「お、きたきた! ここのフリット美味いんだよな! 名前はダセーけど。 あ、アルテちゃんエールおかわり!」

「あざーす!」

 アルテ、ね。俺は男だっつーの。

「アルテちゃーん! 今日も可愛いね! いい加減俺とデート行こうよ~」

「え~? 俺ぇ、もっと筋肉ムキムキでぇ、強い人が好みなんでぇ、無理でーす」

 お前みたいなもやしは他所へどうぞ。

「出た出た。アルテちゃんの『マッチョ好き』! 強い男に組み敷かれたいんだもんなぁ。お前は鍛えてから出直してこい! がはははは!」

 ちげーわ。組み敷かれたいんじゃなくて、俺が、ムキムキ筋肉男を組み敷きたいんだっつの。
 いくら俺がそう言っても誰も信じてくれねぇ。おかしいだろ。

「うわっ! おい! また勝手に尻さわってんじゃねぇ!」

「いいじゃねぇかよ~。減るもんじゃねぇし。今日のアルテちゃんのお尻も可愛かったぜ」

 ざけんなクソが。俺の精神がすり減ってんだよ。

「アルテ! これ持ってけー! 6番だ!」

「はーい!」

 目の回る忙しさのお陰で抜け出せた。勝手に俺の尻にさわるなんざぶん殴ってやりたいが、一応ここの酒場の大事な客だ。あとちょっと、何かされたら手が出るところだったぜ。


 ここグラストル王国の王都、グラスターにある昼は食堂、夜は酒場の『太陽と月の星見亭』は、連日超満員になるほどの人気店だ。ここの息子が俺を助けてくれたことから、ここで世話になっている。

 俺は2年前、田舎から訳あって王都へとやって来たが、その時にこの見た目のせいで危ない目にあった。

 俺はあの両親から生まれたことが嘘なんじゃないかと思うくらい、整った見た目をしている。つややかな黒髪に、サファイヤのような瞳。肌の色は白く、体の線は細い。いくら食べても、いくら鍛えても、太りもしなければ筋肉もつかなかった。お陰で見た目だけなら儚い印象を持たれてしまう。

 お陰で田舎の村にいた時、女たちからは嫌われていた。「自分より綺麗な男ってムカつくわよね。しかもこの村の中で一番綺麗だって言われてるのあんただし」と俺は恋愛対象になることはなかった。

 男共からは「その辺の女より綺麗だし、付き合わねぇ? んで思う存分抱かせてくれよ」と、抱かれる側の人間として見られていた。

 一度、酔った勢いで村の女とヤッたことがあるが、正直違うな、という感想だった。
 なんていうか、とにかく柔らかくてふわふわしてて、おっぱいももちもちしてて気持ちいいは気持ちいいんだが、もっとこう、硬さが欲しいというか弾力が欲しいというか…。なんか違う。って思ったんだよな。
 中に挿れて腰振ってた時は、普通に気持ち良かったしアレはアレでいいんだけど。

 そんな時、村に立ち寄った旅人がめちゃくちゃいい体してたのを見て、コレだ! って思ったんだよな。
 逞しい筋肉に覆われた体、太い腕、見たことないけどきっと腹筋だって凄いに違いない。

 何より、服の上からでも分かるたわわな雄っぱい! アレを揉みしだけたらっ…と強く思ったものだ。

 それで俺の性的に興奮する相手は男で、かつ筋肉ムキムキのガタイの良い男。その男を組み敷きたいと分かったんだ。

 その旅人から声を掛けられてラッキー! と思ったのも束の間、俺を抱きたいと言われお断りした。俺は抱きたいのであって、抱かれたくはないのだ。いくら体がよくても抱かれるんじゃ無理だ。
 せめて体だけでも拝んどけばよかったかな、と思わなくもないが、力でねじ伏せられたら俺に勝ち目はない。無理やり突っ込まれるなんて絶対嫌だし、断ってよかったんだと思う。

 18歳になった時、どうしても金が必要になって村を出ることにした。こんな田舎じゃ金を稼げる仕事なんてない。だから王都に出稼ぎに出ることにした。

 初めて村から出た俺は、俺の見た目で危ない目に遭うなんて想像もつかなかった。王都に着いてしばらくは宿で泊まりながら仕事を探していた。学のない俺が出来る仕事なんて限られてて、良い金になる仕事には付けなかった。面接の時「君の見た目なら男娼なんかいいんじゃないか?」と言われた。相手にしたくない奴まで抱く気はなかったからそれは流石にない。確かに金は良いんだろうけど、キモいオヤジの相手は絶対嫌だ。

 体は貧弱な俺は力仕事も無理。そうなると学のない俺でも出来る仕事は、どこかの宿か食堂くらいか、と片っ端から声を掛けることにした。それで店を探して歩いていた時、いきなり数人の男に声を掛けられた。

「ちょっと俺達と遊ばねぇ? ってなんだ、お前男かよ。でも顔は良いから関係ないか。ちょっと一緒に来てくれよ」

「は? いや、俺仕事探してて忙しいんで無理です」

 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを張り付けた男たちが気持ち悪くて、俺はすぐさま断った。が、俺の腕を掴み無理やりどこかへと連れて行こうとした。

「おい! 放せよ!」

「いいからいいから。あっちで楽しいことしようぜ~」

 男の力はかなり強くて、貧弱な俺がどんなに振りほどこうとしても全く歯が立たなかった。そのままずるずると引きずられるようにして、男たちに連れていかれる。これは本気でヤバい! と思ったその時「おい! やめろ!」と一人の男が俺の掴まれた腕を放してくれた。

 それがこの『太陽と月の星見亭』の息子、エリックとの出会いだ。

 エリックは先手必勝とばかりに、近くの男を蹴りつけると俺の腕を取って走り出した。訳も分からず走り続け、目の前に警邏の騎士を見つけるとすぐさま事情を説明しだした。
 俺はただのナンパだろ? と思っていたがどうやら奴隷商の人間だったらしく、俺はあのまま連れていかれたら奴隷として売られていたらしい。それも性奴隷として。俺はそれを聞いて、背筋がぞぞぞっと寒くなった。

 なんで相手が奴隷商の人間なのかわかったかといえば、首のところに刺青があったらしい。俺が連れていかれそうになっているのを見たエリックが、慌てて助けに来てくれたんだ。
 まともな奴隷商らしいが、たまに下っ端が人攫いで連れていくことがあるらしい。それが問題となっていて、警邏の騎士に話をしてくれたということだった。

「お前ここの人間じゃないなら知らないのも無理はない。あの刺青はこの王都でも有名な奴隷商の印なんだ。今度から気をつけろよ」

「ありがとう。助かった。お礼に何かおごらせてくれないか? あんまり金はないから大したものは食わせてやれないけど…」

 それがきっかけでエリックと食事をしながら話をして、俺が仕事を探していることを知ったエリックが「じゃあうちに来いよ」と言ってくれて今に至る。しかも住み込みで働かせてくれて感謝しかない。
 店は昼も夜も忙しいから人手が足りなかったらしく、ちょうどいいと感謝された。感謝するのは俺の方なのに。

 店に出てくる料理の名前は、エリックの親父さんが考えているらしく、昼はまともなのに夜のメニューはへんてこな名前のものばかり。しかもダサい。なんでこんな名前にしたのか聞いたら「他と同じじゃ面白くないだろ?」と。それはわかるが、ネーミングセンスの欠片もなくて「そうっすか」としか返事を返せなかった。

 そんな経緯で仕事と住む場所を手に入れた俺は、恩を返すためにがむしゃらに働いている。給金も田舎の村よりかなり良くて、俺にとっていい事しかなかった。

 だから俺の尻を勝手に触ってきたり、ナンパされたり、抱かせろと言われても、笑顔で「無理でーす」と断っている。ここの親父さんとエリックに恩がなければ、早々に手が出ていたに違いない。
 だけどこの店のお客さんだから、と俺は笑顔でかわして我慢しているのだ。俺偉い。

 しかし王都はでかいだけあって、人の多さも尋常じゃない。田舎から出てきた俺はまずそれに驚いた。王都は人が多いと聞いてはいたが、聞くのと見るのとじゃ大違いだ。
 だからいろんな人がいるし、俺の大好きな筋肉ムキムキの男だって沢山いた。特に騎士。最高だ。あの体、鍛えてるだけあって素晴らしい体をしている。
 騎士だけじゃない。傭兵を生業にしている人や、冒険者だって負けていない。

 それにここの食堂は色んな人が来る人気店だ。俺の好きな筋肉ムキムキの男たちだって沢山やってくる。お陰で俺は目の保養が出来て最高だった。

 …一つ残念なことは、どいつもこいつも俺を抱きたいと思っていることだ。俺のこの見た目が恨めしい。

 せっかく王都へ来ても、結局はこうなってしまうことを俺は身に染みて痛感した。


 ま、王都に来た理由は男漁りじゃないから別にいいんだけどな。
 
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