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帰還
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ジェイの口にある筒と、
僕の首に走った激痛。
この二つが、僕の頭の中ではすぐに結び付かなかった。
「な、何をした…?」
僕はジェイを強く押さえつけ、
強い口調で詰問した。
「何のことだ?」
ジェイはこの期に及んで、
まだシラを切ろうとしていた。
「その筒は…まさか…?」
筒は既にジェイの口から離れ、
彼の横に転がっている。
僕はジェイを押さえつけたまま、
手を伸ばしてその筒を拾おうとした。
が…。
頭がクラクラして、バランスがうまく取れない。
「ど、毒…?」
僕の声は声にならず、
口からヨダレが糸を引いて流れ落ちるのが見える。
「ハ、ハハッ。うまくいった。」
押さえつけられたジェイは痛みに耐えながら、
それでも僕に向かって嘲笑的な笑みを見せつけた。
僕の身体は左右に揺れ始め、
真っ直ぐにジェイを押さえつけることができなくなった。
ジェイは下から力を込め、
僕の身体を横倒しに転がす。
僕は力なく仰向けにされた。
ジェイは逆に僕の上にのしかかると、
「吹き矢だ。毒をたっぷりと塗ってある。」
と告げた。
彼は悪魔のような微笑みを浮かべていた。
「き、貴様…。」
と呟く僕の口はヨダレで溢れ、
ほとんど言葉にならなかった。
この男は毒を使う。
元の村長を殺したのは毒だと聞いていたのに…。
迂闊だった。
ジェイは僕の口を右手で挟みつけた。
「憐れだな。もう命乞いもできない。」
振り払おうとするも、
僕の身体から少しずつ力が抜けていくのを感じていた。
「進んでこの世紀へ来ただと…。ふざけやがって!」
そう僕に語りかけるジェイの顔が怒りで歪む。
「借金のカタでこの世紀に送り込まれた俺を、憐れなやつだと思ってるんだろ?え?」
ジェイ。
この男は本来の人生で植え込まれてきた劣等感を、
この世界で晴らそうとしているのだ。
「しかし、おまえは終わりだ。ここで殺してやる。」
ジェイの冷酷な宣告はまだ続く。
「俺は逃げて、必ずおまえの仲間を皆殺しにしてやる。おまえがいなければ、やつらはただの山猿だ。」
ジェイが両手を僕の首にかけた。
僕はなすすべなく、
ジェイを下から見上げる。
そのジェイの後ろには崖が見えた。
その崖にかかる縄が、左右に激しく振れている。
ジェイの両手に力がこもり、
僕の呼吸は完全に止まった。
顔に血がとどまり、紅潮してくるのがわかる。
(ルネにもう会えなくなる…。)
彼女のお腹に宿る命はどうなるのだろう。
ジェイも
目の前の人を絞め殺すには勇気がいるのだろう。
振り絞るように
「死ねエェイ!」
と叫んでいた。
その自らの声が、
人の気配を察する邪魔をしたのは皮肉なことだ。
崖を伝って降りてきたマフの姿が、
叫びながら僕の首を締め続けるジェイの後ろに映っている。
マフがさらに近づき、
ジェイの後頭部に向けて石の斧を振り上げた姿を、
断末魔の僕の瞳はとらえていた。
ガコンッ!
マフはジェイの遺体を投げ捨て、
僕の身体を地面から抱き起こした。
「やっタな、ルイ。」
しかし、そのまま僕の身体を地面に寝かせた。
もう既に、僕の命がその身体を離れていたことに気がついたからだ。
「悪いがここに埋めテおく。平地人がこちらへくル。連れテはいけない。」
マフは仲間たちとともに、
僕とジェイの遺体の上から土をかけた。
魂が抜け出して祟るのを防ごうとする、
ネアンの風習の一つだ。
僕の魂は、その光景を空から見ていた。
(ああ、それで…。)
僕は納得がいった。
新人類のジェイの遺体と、ネアンである僕の遺体がともに化石となり、混ざった形で出土したんだろう。
(僕が転生に使った部分は、混じっていたネアンデルタール人の遺骨だったのか…。)
でも、それで良かった。
ネアンになれて、
ネアンの方で本当に良かった。
研究室の奥に隠し扉がある。
その奥にある暗い部屋で、僕は突如目覚めた。
(夢…?)
いや、こちらが本来の僕の世界だ。
脳波を計測する機械が僕の目覚めを察知したのだろう。
慌てて研究員が駆け込んできた。
「ルイネスト君!早く書いて!」
「えっ?」
ルイネスト…あ、そうか、僕の名前だ…。
研究員が僕にノートを渡し、覚えていることを全部書けと急き立てる。
転生先の記憶は夢のようなものだ、と聞いた。
目覚めてすぐははっきりと覚えているが、
時間が経つにつれて記憶から消えていく。
僕はボーッとした頭で、
思い浮かぶことを一つずつ書き連ねていった。
書き終わった後、
僕は精も根も尽き果てたように眠った。
「博士、ルイネスト君が目覚めました。」
研究員の報告を聞きながら、
ビクター博士は僕が書いた報告書に目を通していた。
「『ネアンデルタール人は鬼、悪魔』だと。ルイネスト君、そんなに怖い目に遭ったのか。」
研究員が笑みを浮かべながら頷く。
「あとは『ジェイは現代人』とか『マフは親友』とか、よくわからないですよね。」
「全くだ。」
ビクター博士はコーヒーカップを手に取り、
最後の一文を指で叩いた。
「特にこの最後の『ルネ、ルネ、ルネ』って何だ?」
その翌日、僕はようやく目覚めた。
手元にあるメモに目を通す。
昨日、眠る前に自分で書いたものだ。
「そうだ。」
一つ、確認しなければならない。
僕は博士のもとへ向かった。
ー続くー
僕の首に走った激痛。
この二つが、僕の頭の中ではすぐに結び付かなかった。
「な、何をした…?」
僕はジェイを強く押さえつけ、
強い口調で詰問した。
「何のことだ?」
ジェイはこの期に及んで、
まだシラを切ろうとしていた。
「その筒は…まさか…?」
筒は既にジェイの口から離れ、
彼の横に転がっている。
僕はジェイを押さえつけたまま、
手を伸ばしてその筒を拾おうとした。
が…。
頭がクラクラして、バランスがうまく取れない。
「ど、毒…?」
僕の声は声にならず、
口からヨダレが糸を引いて流れ落ちるのが見える。
「ハ、ハハッ。うまくいった。」
押さえつけられたジェイは痛みに耐えながら、
それでも僕に向かって嘲笑的な笑みを見せつけた。
僕の身体は左右に揺れ始め、
真っ直ぐにジェイを押さえつけることができなくなった。
ジェイは下から力を込め、
僕の身体を横倒しに転がす。
僕は力なく仰向けにされた。
ジェイは逆に僕の上にのしかかると、
「吹き矢だ。毒をたっぷりと塗ってある。」
と告げた。
彼は悪魔のような微笑みを浮かべていた。
「き、貴様…。」
と呟く僕の口はヨダレで溢れ、
ほとんど言葉にならなかった。
この男は毒を使う。
元の村長を殺したのは毒だと聞いていたのに…。
迂闊だった。
ジェイは僕の口を右手で挟みつけた。
「憐れだな。もう命乞いもできない。」
振り払おうとするも、
僕の身体から少しずつ力が抜けていくのを感じていた。
「進んでこの世紀へ来ただと…。ふざけやがって!」
そう僕に語りかけるジェイの顔が怒りで歪む。
「借金のカタでこの世紀に送り込まれた俺を、憐れなやつだと思ってるんだろ?え?」
ジェイ。
この男は本来の人生で植え込まれてきた劣等感を、
この世界で晴らそうとしているのだ。
「しかし、おまえは終わりだ。ここで殺してやる。」
ジェイの冷酷な宣告はまだ続く。
「俺は逃げて、必ずおまえの仲間を皆殺しにしてやる。おまえがいなければ、やつらはただの山猿だ。」
ジェイが両手を僕の首にかけた。
僕はなすすべなく、
ジェイを下から見上げる。
そのジェイの後ろには崖が見えた。
その崖にかかる縄が、左右に激しく振れている。
ジェイの両手に力がこもり、
僕の呼吸は完全に止まった。
顔に血がとどまり、紅潮してくるのがわかる。
(ルネにもう会えなくなる…。)
彼女のお腹に宿る命はどうなるのだろう。
ジェイも
目の前の人を絞め殺すには勇気がいるのだろう。
振り絞るように
「死ねエェイ!」
と叫んでいた。
その自らの声が、
人の気配を察する邪魔をしたのは皮肉なことだ。
崖を伝って降りてきたマフの姿が、
叫びながら僕の首を締め続けるジェイの後ろに映っている。
マフがさらに近づき、
ジェイの後頭部に向けて石の斧を振り上げた姿を、
断末魔の僕の瞳はとらえていた。
ガコンッ!
マフはジェイの遺体を投げ捨て、
僕の身体を地面から抱き起こした。
「やっタな、ルイ。」
しかし、そのまま僕の身体を地面に寝かせた。
もう既に、僕の命がその身体を離れていたことに気がついたからだ。
「悪いがここに埋めテおく。平地人がこちらへくル。連れテはいけない。」
マフは仲間たちとともに、
僕とジェイの遺体の上から土をかけた。
魂が抜け出して祟るのを防ごうとする、
ネアンの風習の一つだ。
僕の魂は、その光景を空から見ていた。
(ああ、それで…。)
僕は納得がいった。
新人類のジェイの遺体と、ネアンである僕の遺体がともに化石となり、混ざった形で出土したんだろう。
(僕が転生に使った部分は、混じっていたネアンデルタール人の遺骨だったのか…。)
でも、それで良かった。
ネアンになれて、
ネアンの方で本当に良かった。
研究室の奥に隠し扉がある。
その奥にある暗い部屋で、僕は突如目覚めた。
(夢…?)
いや、こちらが本来の僕の世界だ。
脳波を計測する機械が僕の目覚めを察知したのだろう。
慌てて研究員が駆け込んできた。
「ルイネスト君!早く書いて!」
「えっ?」
ルイネスト…あ、そうか、僕の名前だ…。
研究員が僕にノートを渡し、覚えていることを全部書けと急き立てる。
転生先の記憶は夢のようなものだ、と聞いた。
目覚めてすぐははっきりと覚えているが、
時間が経つにつれて記憶から消えていく。
僕はボーッとした頭で、
思い浮かぶことを一つずつ書き連ねていった。
書き終わった後、
僕は精も根も尽き果てたように眠った。
「博士、ルイネスト君が目覚めました。」
研究員の報告を聞きながら、
ビクター博士は僕が書いた報告書に目を通していた。
「『ネアンデルタール人は鬼、悪魔』だと。ルイネスト君、そんなに怖い目に遭ったのか。」
研究員が笑みを浮かべながら頷く。
「あとは『ジェイは現代人』とか『マフは親友』とか、よくわからないですよね。」
「全くだ。」
ビクター博士はコーヒーカップを手に取り、
最後の一文を指で叩いた。
「特にこの最後の『ルネ、ルネ、ルネ』って何だ?」
その翌日、僕はようやく目覚めた。
手元にあるメモに目を通す。
昨日、眠る前に自分で書いたものだ。
「そうだ。」
一つ、確認しなければならない。
僕は博士のもとへ向かった。
ー続くー
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