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伏兵
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雲が出てきた。
晴れていたのだが、
雲の動きに伴って風の動きが変わる。
ヒューヒューと鳴る風の音が、
僕とマフの不安を余計にかきたてた。
村への道をしばらく進むと、
遠くに平地人の見張りがいる木が見えた。
「今もいるな。」
視力の良いネアンの中でも、マフは特に目が良い。
「ばれないように回り込みましょう。」
そう言って、僕はマフを遠くの茂みに誘った。
見張りの木を迂回するように進み、
また村への道へと戻る。
しばらく行くと、突然マフの呼吸が荒くなった。
何かが見えたのだ。
見たくないものが。
トビの子、シイ、タン。
三人は岩場を過ぎたあたりで死んでいた。
殺されていた。
槍で刺され、頭を石斧で砕かれていた。
現場には飛び散った血と、
多くの人間が踏み荒らしたような跡があった。
先ほど森にやってきた平地人は小さく、
大人しそうで武器も少なかった。
岩場の陰で待ち伏せしていた平地人が、
三人を襲い、
このような姿に変えたのだろう。
兄であるシイの死。
優しい兄だった。
ルネと僕の棲みかにやってきて、
よく食料を分けてくれた。
トビの子は、ルネによくなついていた。
ルネと二人でたくさんの道具を作った。
タンは勇敢な男だった。
奮戦したのだろう、
身体のいたるところに傷を負っていた。
平地人に裏切られたことと、
三人の死と、
その三人を選んだのは僕だということが、
僕の平常心を奪ってしまった。
泣き崩れる僕を引きずり起こしたのはマフだった。
「手伝え。」
とマフは言い、遺体が身に付けてある物を取り去り始めた。
三人の遺体は、さすがにマフでも持ち帰れない。
せめて遺品だけでも持ち帰ろうということだと、
僕は理解するまでに時間がかかった。
僕の涙は止まらなかったが、
ともかく森へ向かって進み出した。
平地人が敵対行動を起こした以上、
後ろからいつ彼らが襲ってきてもおかしくない。
足が急ぎ出した僕をマフが引っ張って止めた。
「早く逃げないと…。」
僕が言うと、マフは黙って前方の木を指さした。
それは平地人の見張りがいる木だ。
マフはその木を見ながらゆっくり静かに近づく。
見張りはおそらく森の方向を見ているはずだ。
自分の村の方から近づいてくる僕たちに気づいていない。
あと数メートルの位置まで来た時、
木の半ばから平地人の
「あっ!」
という声が聞こえた。
気付いたのだ。
マフはすかさずダッシュし、
慌てて降りようとする見張りの男に飛びかかる。
見張りの男は力任せに引きずり降ろされ、
マフの太い両腕に絡め取られた。
見張りはもう一人いる。
まだ木の上にいて、恐ろしさのあまり動けないようだった。
その間に、マフの両腕が、捕らえた男の首をへし折っていた。
「仲間が待ち伏せして、殺したんです。」
男は震えながら告白した。
マフが木に登り、引きずり降ろしてきたのだ。
もう一人の仲間の憐れな姿を見て泣き出したところを、僕が尋問にかけた。
「ジェイの指示だな。」
「はい…。」
こんなことを考えられるのは、やつしかいない。
僕はもうひとつ尋ねた。
血のついた飾りのことだ。
男はさらに恐るべきことを話してくれた。
「襲って殺した、他の森の山猿の持っていた物です。」
彼らの言う森の山猿はネアンのことを指す。
我々と取り引きをする一方で、
ジェイは他の集落を襲っていたのだ。
先日、我々の森に現れたネアンも、もしかしたら平地人に襲われて、森を追われたのかもしれない。
鋭い古傷を負っていたものは、その時に平地人によって傷つけられたのだろう。
マフが
「もう殺していいか?」
と僕に確認してきた。
それを聞いて見張りはさらに震え出した。
僕はその男に、
「他に言うことはないか。内容によってはおまえを助けてやる。」
と脅した。
「あなたを…殺せという命令だったのです、それで、三人を…。」
ああ。憐れな兄は僕と思われて殺されたのだ。
今までずっと、僕が村に行っていた。
姿の似る兄を、別種族の彼らが僕と間違えてしまった。
「命は助けてやってほしい。でも、喉を潰して声が出ないようにしてください。」
僕はマフに頼み、後ろを向いた。
すぐに呻き声が聞こえてきた。
「終わったぞ。行こう。」
マフが後ろ向きの僕の肩をたたく。
僕は振り返らず、そのまま森へ歩き出した。
男がどうなったのか、僕は知らない。
見ていない。
ずっと二人は無言だった。
陽が傾きかける頃、ようやく森が見えてきた。
ー続くー
晴れていたのだが、
雲の動きに伴って風の動きが変わる。
ヒューヒューと鳴る風の音が、
僕とマフの不安を余計にかきたてた。
村への道をしばらく進むと、
遠くに平地人の見張りがいる木が見えた。
「今もいるな。」
視力の良いネアンの中でも、マフは特に目が良い。
「ばれないように回り込みましょう。」
そう言って、僕はマフを遠くの茂みに誘った。
見張りの木を迂回するように進み、
また村への道へと戻る。
しばらく行くと、突然マフの呼吸が荒くなった。
何かが見えたのだ。
見たくないものが。
トビの子、シイ、タン。
三人は岩場を過ぎたあたりで死んでいた。
殺されていた。
槍で刺され、頭を石斧で砕かれていた。
現場には飛び散った血と、
多くの人間が踏み荒らしたような跡があった。
先ほど森にやってきた平地人は小さく、
大人しそうで武器も少なかった。
岩場の陰で待ち伏せしていた平地人が、
三人を襲い、
このような姿に変えたのだろう。
兄であるシイの死。
優しい兄だった。
ルネと僕の棲みかにやってきて、
よく食料を分けてくれた。
トビの子は、ルネによくなついていた。
ルネと二人でたくさんの道具を作った。
タンは勇敢な男だった。
奮戦したのだろう、
身体のいたるところに傷を負っていた。
平地人に裏切られたことと、
三人の死と、
その三人を選んだのは僕だということが、
僕の平常心を奪ってしまった。
泣き崩れる僕を引きずり起こしたのはマフだった。
「手伝え。」
とマフは言い、遺体が身に付けてある物を取り去り始めた。
三人の遺体は、さすがにマフでも持ち帰れない。
せめて遺品だけでも持ち帰ろうということだと、
僕は理解するまでに時間がかかった。
僕の涙は止まらなかったが、
ともかく森へ向かって進み出した。
平地人が敵対行動を起こした以上、
後ろからいつ彼らが襲ってきてもおかしくない。
足が急ぎ出した僕をマフが引っ張って止めた。
「早く逃げないと…。」
僕が言うと、マフは黙って前方の木を指さした。
それは平地人の見張りがいる木だ。
マフはその木を見ながらゆっくり静かに近づく。
見張りはおそらく森の方向を見ているはずだ。
自分の村の方から近づいてくる僕たちに気づいていない。
あと数メートルの位置まで来た時、
木の半ばから平地人の
「あっ!」
という声が聞こえた。
気付いたのだ。
マフはすかさずダッシュし、
慌てて降りようとする見張りの男に飛びかかる。
見張りの男は力任せに引きずり降ろされ、
マフの太い両腕に絡め取られた。
見張りはもう一人いる。
まだ木の上にいて、恐ろしさのあまり動けないようだった。
その間に、マフの両腕が、捕らえた男の首をへし折っていた。
「仲間が待ち伏せして、殺したんです。」
男は震えながら告白した。
マフが木に登り、引きずり降ろしてきたのだ。
もう一人の仲間の憐れな姿を見て泣き出したところを、僕が尋問にかけた。
「ジェイの指示だな。」
「はい…。」
こんなことを考えられるのは、やつしかいない。
僕はもうひとつ尋ねた。
血のついた飾りのことだ。
男はさらに恐るべきことを話してくれた。
「襲って殺した、他の森の山猿の持っていた物です。」
彼らの言う森の山猿はネアンのことを指す。
我々と取り引きをする一方で、
ジェイは他の集落を襲っていたのだ。
先日、我々の森に現れたネアンも、もしかしたら平地人に襲われて、森を追われたのかもしれない。
鋭い古傷を負っていたものは、その時に平地人によって傷つけられたのだろう。
マフが
「もう殺していいか?」
と僕に確認してきた。
それを聞いて見張りはさらに震え出した。
僕はその男に、
「他に言うことはないか。内容によってはおまえを助けてやる。」
と脅した。
「あなたを…殺せという命令だったのです、それで、三人を…。」
ああ。憐れな兄は僕と思われて殺されたのだ。
今までずっと、僕が村に行っていた。
姿の似る兄を、別種族の彼らが僕と間違えてしまった。
「命は助けてやってほしい。でも、喉を潰して声が出ないようにしてください。」
僕はマフに頼み、後ろを向いた。
すぐに呻き声が聞こえてきた。
「終わったぞ。行こう。」
マフが後ろ向きの僕の肩をたたく。
僕は振り返らず、そのまま森へ歩き出した。
男がどうなったのか、僕は知らない。
見ていない。
ずっと二人は無言だった。
陽が傾きかける頃、ようやく森が見えてきた。
ー続くー
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