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同種
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ネアンデルタール人は、
喉の仕組みがヒトほどは発達していない。
だから発音がスムーズに出ない。
しかし、大きな声を出すことに関しては話が別だ。
その日の夜明けすぐ、
見張っていた仲間が大きな警告音を発した。
「ウウウォーーーーン!」
狼のようだ。
侵入者を告げている。
食料収集の手を止め、仲間たちが動き出す。
(平地人が襲ってきた!)
僕は咄嗟に思った。
それは恐ろしい戦慄だった。
勝てるだろうか。
見張りの声の方向に仲間たちが集まっていく。
集団戦の訓練は始まったばかり。
まだ実用段階ではない。
しかし、武器を使った戦闘訓練なら少しはできている。
集まっていく仲間も、
手に武器を持っている者が多い。
僕がたどり着く前に戦闘が始まったようだ。
けたたましい威嚇音が聞こえてくる。
しかし、味方の声…
というかネアンの声しか聞こえてこない。
平地人の声は、ネアンとは大きく違っている。
発音機能が発達しているからだ。
だから、この声が平地人のものでないことはわかる。
そして、味方がやられている声でないこともわかった。
そうか、これは同種、
つまり他のネアンデルタール人による襲撃だ。
ネアンデルタール人同士の争いは、
戦争というよりは完全に縄張り争いである。
豊かな森は、
遠くから見てもすぐにわかる。
すると、そこを巡って争いが起こる。
もちろん我々も動物だ。
強い方が勝つ。
先に居た、という領有権は通用しない。
ネアンデルタール人は、
本来は家族単位で行動しているとされてきた。
ただ、近い箇所から
たくさんの骨の化石が見つかる場合もある。
今の僕の仲間のように、
数家族が群れを作るパターンだ。
僕が現場にたどり着いた時には、
既に敵側の一人が打ち倒されていた。
「マフがやった!」
そこにいた仲間が、興奮しながら教えてくれた。
その倒れた敵に近づいてみる。
右の腕がなく、頭が割れていた。
昨日、マフに渡した石斧での一撃だろう。
平地人の村で見たものを真似て作ったのだ。
もう、その敵は息も絶え絶えであった。
間もなく死ぬに違いない。
平地人に襲撃された時は、
仲間の何人かを失った。
地を流して倒れているのも間近で見た。
ただ、あの時は夜、暗くてはっきり見えてはいない。
明るみの下、もうすぐ死ぬ人を見ている。
ネアンデルタール人とはいえ、
恐ろしい気持ちに変わりはない。
僕は身の底から震えていた。
闘いの様子を見るべきだったと思うが、
僕は恐怖のあまり最後まで動けなかった。
マフとゾマをはじめ、
闘った仲間たちが戦果を持って帰ってくる。
大勝利だった。
森の仲間たちは沸き立った。
マフですら興奮冷めやらぬ様子で
ゾマは完全にゴリラと化して胸を叩いていた。
なかなか状況を確かめることができなかったが、
樹上から闘いを見ていた見張りの仲間から、
おおよその様子を聞き込んだ。
敵はおそらく8人。
雄6人に雌2人。
刃を交えたのはもちろん雄のみで、
雌は森の外で待っていたようだ。
雄が侵入してきたことを見つけ、
声を出して味方を集めた。
真っ先に駆けつけたマフが一撃を与え、
(おそらく僕が見たアレだ)
ゾマが別の雄と取っ組み合っているのを、
他の仲間が三人一組で捕らえたという。
三人一組のくだりには驚いた。
まだ実戦には使えないと思っていたが、
集団戦の訓練を役立てていたようだ。
逃げ出しだ敵をマフなどが追いかけて、
森のはずれでもう一人、
森を出てすぐでもう一人倒す。
あと二人の雄と、一人の雌は逃げた。
もう一人の雌は一緒に逃げなかったらしい。
仲間の手で捕らえられた。
おそらく、森から出てこない夫を待っていたのだろう。
同種での争いは、
そんなに珍しいことではない。
そもそも、
二年前に僕らがこの森を襲い、
もとから住んでいたネアンの家族を追い出した。
いや、追い出した、というか逃げたのが二人で、
残りの五人は捕らえもしたし、
殺しもした。
捕らえられた者はどうなるのか。
希に、仲間に加えられる場合もある。
美しい雌は、
捕らえられてもすぐには殺されない。
妻にされる場合はマシだが、
性欲の対象として、
死ぬより酷い目に合わされることもある。
その他の場合はどうか。
正直言って、
僕はあまりこの話をしたくない。
学術の話をしよう。
ネアンデルタール人の特徴の一つとして、
共食いがあげられる。
これも学術の話だ。
ネアンデルタール人の骨の化石のうち、
頭蓋骨が故意に叩き割られたものが見つかった。
どうやら、脳を食とするためらしい。
また、
肉を削ぎ落とす時に傷がついた骨も多く見られる。
ただ、食人行為自体は、
ホモ・サピエンスの歴史でも見られることを付け加えておく。
戦勝に仲間たちは意気揚々だ。
しかも今回は誰も傷つくことがなかった。
倒した相手、捕らえた相手は
森の長の洞窟の前の広場に運ばれていく。
今日はまさに謝肉祭だろう。
だが、僕は行かない。
マフやその取り巻きに、
僕は腹が痛いので参加できないと伝えておいた。
「なんの騒ぎでしたか。」
棲みかに戻ると、珍しくルネから話しかけてきた。
今朝はルネと魚を捕っていた。
罠を引き上げようという時に警告が響き、
慌てて棲みかにもどりルネを縛り付けた。
「戦いがあった。相手は平地人ではないよ。」
村の平地人の襲撃であれば、
人質たるルネの命はない。
まずはそう答えて、彼女を安心させた。
ルネがどう思うか不安で、
「同種で争うネアンを野蛮だと思わないでくれ。」
と、僕は懇願するように言った。
ましてや食べるだなんて、口が避けても言えない。
そんな僕の考えとは裏腹に、ルネは
「平地人どうしも争います。同種で。」
と平然と言った。
水は人が、いや生物が生きていく上で不可欠のもの。
それを巡る争いに、ネアンも平地人もない。
ルネが言うには、
村も指導者であるジェイを中心に現在の地を得たという。
僕と同じだとぼんやり考えた。
平地人の襲撃をきっかけに、
森の仲間の中で僕は発言権のようなものをえられた。
平和に現世を生きてきた僕より、
もしかしたらこの世界の住人たちの方が優れているのかもしれない。
いつ争いが起こるやもしれぬ世で、
生命を懸けて生きているのだから。
遠くから肉の焼けるにおいが漂ってきた。
なんの肉のにおいか考えないように、
僕は葉のついた枝を頭からかぶって眠った。
ー続くー
喉の仕組みがヒトほどは発達していない。
だから発音がスムーズに出ない。
しかし、大きな声を出すことに関しては話が別だ。
その日の夜明けすぐ、
見張っていた仲間が大きな警告音を発した。
「ウウウォーーーーン!」
狼のようだ。
侵入者を告げている。
食料収集の手を止め、仲間たちが動き出す。
(平地人が襲ってきた!)
僕は咄嗟に思った。
それは恐ろしい戦慄だった。
勝てるだろうか。
見張りの声の方向に仲間たちが集まっていく。
集団戦の訓練は始まったばかり。
まだ実用段階ではない。
しかし、武器を使った戦闘訓練なら少しはできている。
集まっていく仲間も、
手に武器を持っている者が多い。
僕がたどり着く前に戦闘が始まったようだ。
けたたましい威嚇音が聞こえてくる。
しかし、味方の声…
というかネアンの声しか聞こえてこない。
平地人の声は、ネアンとは大きく違っている。
発音機能が発達しているからだ。
だから、この声が平地人のものでないことはわかる。
そして、味方がやられている声でないこともわかった。
そうか、これは同種、
つまり他のネアンデルタール人による襲撃だ。
ネアンデルタール人同士の争いは、
戦争というよりは完全に縄張り争いである。
豊かな森は、
遠くから見てもすぐにわかる。
すると、そこを巡って争いが起こる。
もちろん我々も動物だ。
強い方が勝つ。
先に居た、という領有権は通用しない。
ネアンデルタール人は、
本来は家族単位で行動しているとされてきた。
ただ、近い箇所から
たくさんの骨の化石が見つかる場合もある。
今の僕の仲間のように、
数家族が群れを作るパターンだ。
僕が現場にたどり着いた時には、
既に敵側の一人が打ち倒されていた。
「マフがやった!」
そこにいた仲間が、興奮しながら教えてくれた。
その倒れた敵に近づいてみる。
右の腕がなく、頭が割れていた。
昨日、マフに渡した石斧での一撃だろう。
平地人の村で見たものを真似て作ったのだ。
もう、その敵は息も絶え絶えであった。
間もなく死ぬに違いない。
平地人に襲撃された時は、
仲間の何人かを失った。
地を流して倒れているのも間近で見た。
ただ、あの時は夜、暗くてはっきり見えてはいない。
明るみの下、もうすぐ死ぬ人を見ている。
ネアンデルタール人とはいえ、
恐ろしい気持ちに変わりはない。
僕は身の底から震えていた。
闘いの様子を見るべきだったと思うが、
僕は恐怖のあまり最後まで動けなかった。
マフとゾマをはじめ、
闘った仲間たちが戦果を持って帰ってくる。
大勝利だった。
森の仲間たちは沸き立った。
マフですら興奮冷めやらぬ様子で
ゾマは完全にゴリラと化して胸を叩いていた。
なかなか状況を確かめることができなかったが、
樹上から闘いを見ていた見張りの仲間から、
おおよその様子を聞き込んだ。
敵はおそらく8人。
雄6人に雌2人。
刃を交えたのはもちろん雄のみで、
雌は森の外で待っていたようだ。
雄が侵入してきたことを見つけ、
声を出して味方を集めた。
真っ先に駆けつけたマフが一撃を与え、
(おそらく僕が見たアレだ)
ゾマが別の雄と取っ組み合っているのを、
他の仲間が三人一組で捕らえたという。
三人一組のくだりには驚いた。
まだ実戦には使えないと思っていたが、
集団戦の訓練を役立てていたようだ。
逃げ出しだ敵をマフなどが追いかけて、
森のはずれでもう一人、
森を出てすぐでもう一人倒す。
あと二人の雄と、一人の雌は逃げた。
もう一人の雌は一緒に逃げなかったらしい。
仲間の手で捕らえられた。
おそらく、森から出てこない夫を待っていたのだろう。
同種での争いは、
そんなに珍しいことではない。
そもそも、
二年前に僕らがこの森を襲い、
もとから住んでいたネアンの家族を追い出した。
いや、追い出した、というか逃げたのが二人で、
残りの五人は捕らえもしたし、
殺しもした。
捕らえられた者はどうなるのか。
希に、仲間に加えられる場合もある。
美しい雌は、
捕らえられてもすぐには殺されない。
妻にされる場合はマシだが、
性欲の対象として、
死ぬより酷い目に合わされることもある。
その他の場合はどうか。
正直言って、
僕はあまりこの話をしたくない。
学術の話をしよう。
ネアンデルタール人の特徴の一つとして、
共食いがあげられる。
これも学術の話だ。
ネアンデルタール人の骨の化石のうち、
頭蓋骨が故意に叩き割られたものが見つかった。
どうやら、脳を食とするためらしい。
また、
肉を削ぎ落とす時に傷がついた骨も多く見られる。
ただ、食人行為自体は、
ホモ・サピエンスの歴史でも見られることを付け加えておく。
戦勝に仲間たちは意気揚々だ。
しかも今回は誰も傷つくことがなかった。
倒した相手、捕らえた相手は
森の長の洞窟の前の広場に運ばれていく。
今日はまさに謝肉祭だろう。
だが、僕は行かない。
マフやその取り巻きに、
僕は腹が痛いので参加できないと伝えておいた。
「なんの騒ぎでしたか。」
棲みかに戻ると、珍しくルネから話しかけてきた。
今朝はルネと魚を捕っていた。
罠を引き上げようという時に警告が響き、
慌てて棲みかにもどりルネを縛り付けた。
「戦いがあった。相手は平地人ではないよ。」
村の平地人の襲撃であれば、
人質たるルネの命はない。
まずはそう答えて、彼女を安心させた。
ルネがどう思うか不安で、
「同種で争うネアンを野蛮だと思わないでくれ。」
と、僕は懇願するように言った。
ましてや食べるだなんて、口が避けても言えない。
そんな僕の考えとは裏腹に、ルネは
「平地人どうしも争います。同種で。」
と平然と言った。
水は人が、いや生物が生きていく上で不可欠のもの。
それを巡る争いに、ネアンも平地人もない。
ルネが言うには、
村も指導者であるジェイを中心に現在の地を得たという。
僕と同じだとぼんやり考えた。
平地人の襲撃をきっかけに、
森の仲間の中で僕は発言権のようなものをえられた。
平和に現世を生きてきた僕より、
もしかしたらこの世界の住人たちの方が優れているのかもしれない。
いつ争いが起こるやもしれぬ世で、
生命を懸けて生きているのだから。
遠くから肉の焼けるにおいが漂ってきた。
なんの肉のにおいか考えないように、
僕は葉のついた枝を頭からかぶって眠った。
ー続くー
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