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取引
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今日は平地人との初の取り引きの朝だ。
部族を半分に分け、
半分は通常の食料収集を、
半分は食料を森の外に運びだし、
平地人が来るのを待った。
「長は後ろの見えないところで隠れていて下さい。」
僕は平地人との取引を担う。
この場では、僕がネアンの指揮をとった。
「どうしてだ?」
仲間の一人が尋ねる。
長はこの森のリーダーである。
平地人とまた争いが起こった時、
長の顔を知られていては真っ先に狙われる。
この四日間、
仲間には取引用の食料を多く集めてもらう一方で、
石を打ち欠いてたくさんの武器を用意させた。
「戦わないんだろう?」
仲間の多くが疑問に思う。
この素直さは、ネアンの愛すべき点だ。
しかし、ヒトとはそれほど信頼できるものではない。
彼らの後の二万年の歴史が、
それを何度も証明している。
「向こうの気持ちが変わるかもしれないから。」
僕がそういうと、仲間たちは怒りだす。
「こっちからやってやる!」
「平地人を食ってやる!」
僕は慌てて否定する。
「違う違う!そう決まったわけではなくて…。」
彼らとの会話は、
何かと面倒くさい。
でも、愛すべき僕の仲間だ。
考えられる万全の準備をして、
平地人が来るのを待った。
ジェイ、彼らの指導者の名前だが、
彼は来るだろうか。
ガサガサガサ!
と木の揺れる音がした。
森の外れの高い木の上で、
平野を見張っていた仲間からの合図だ。
「きた!」
平地人は、
思っていたよりも少ない人数で現れた。
警戒している様子が、
遠目からでもわかる。
こちらを探りながら、
ゆっくりと歩いてきた。
「のろいなあ。」
仲間の一人が言うと、
皆がドッと笑った。
その笑い声が聞こえたのだろう。
いくぶん警戒を解いた様子で、
平地人がすぐそこまでやってきた。
彼らが知っているのは
おそらく僕の顔だけだ。
彼らからよく見えるように、
僕は一歩、二歩前に進んだ。
そして、できるだけ優しい声で叫んだ。
「待っていた。ようこそ平地人。」
やってきた顔ぶれの中に、
前回とらえたエベという男はいなかった。
その代わり、
僕が平地人の村への道案内をさせた男がいた。
彼を手招いて近くに来させ、
「さあ、持っていけ。約束だ。」
と語りかけた。
平地人の一団、
10人あまりの男たちが食料を確認し始める。
例の赤い木の実、
緑色の実、現世でいうオリーブの先祖か。
川のサワガニ、
捕らえた鳥。
これらを見て、
平地人も満足そうな表情を浮かべる。
しかし、問題はこの他だ。
僕は反対したのだが、
「いや、この葉はうまいんだ。」
「平地人もきっと食う。」
と仲間たちが強く言い張った
緑色の大きな木の葉。
平地人はその葉を手に取り、僕に
「これは…何に使う?」
と尋ねてきた。
食べる、という度胸が僕にはなく、
ただ、
「棲みかに飾るといいのでは…。」
と言葉を濁した。
「何を言っている、ルイ!」
「平地人よ、それを食え。うまいぞ。」
仲間たちが口々に叫び出す。
実際、思っているよりも美味しい。
僕も食べている。
転生に目覚めるまでは…。
平地人はそんなネアンの反応を見て、
困ったような顔をした。
しかし、その困惑の下には、
ネアンたちを見下す感情が溢れていることに
僕は気づいた。
話題を変えたい意味もあって、僕は
「君たちが持ってきたものを見たい。」
と平地人へ話しかけた。
しかし、
彼らは明らかに聞こえないふりをして答えない。
やはり、僕たちは馬鹿にされているのだろう。
問いつめると、
「何も持ってきていない。行かなくてよいと言われた。」
と白状した。
「それはおかしい。」
僕は語気を荒げた。
こちらからは食料を提供するが、
その代わり平地人からも、
なんらかのものを渡してもらう約束だった。
しかし、彼らは知らないと首を振る。
僕の態度を見て、
平地人の一人が武器を掲げた。
それを見て、仲間たちも武器をとる。
「やめろ!」
僕は叫び、お互いに武器を降ろさせた。
「わかった。今回はいい。」
そう言うと僕は、
彼らに渡すはずの食料を指さした。
「今日、持って帰らせるのは半分だけだ。残りの半分は持って帰ってよい。」
僕は平地人に、持って帰ってよいものを指示した。
緑色の大きな木の葉は
「これは一枚もやらない。」
と宣言した。
「おおーっ!」
仲間たちの喜びの声が聞こえる。
良かった。お互いに。
しかし。
これらの食料をどうやって持ち帰るつもりなのか。
平地人は、我々と比べると腕力に劣る。
その点を尋ねると、
「これに乗せる。」
と木で作った手押し車のようなものを見せてきた。
木の幹を細く切断し、
丸く仕上げた車輪状のものに穴を開け、
そこに太い木の棒を通してある。
その上に板を重ね、
繋ぎ目は縄で補強がされていた。
仲間のネアンたちは歓声をあげ、
それを興味深く見ていた。
近づいて触ろうとする者もあった。
そんな無邪気な仲間の様子を見ながら、
僕は身震いする思いだった。
(この時代にこんなものが…。)
僕が学んだ考古学では考えられない。
平地人たちは僕を尻目に、
食料をどんどん車に積み上げた。
釘などがないので、強度はたいしたことがない。
しかし、ある程度の物を運ぶには十分だ。
積み終えると、
平地人はそそくさと立ち去ろうとした。
「待て!」
僕は呼び止めた。
「な、なんだ。」
平地人も怯えているのだろう。
早く帰りたい気持ちはわかる。
だが、
「ルネを…人質を確認しなくていいのか?」
僕の言葉で思い出したらしい。
「ああ、そうだな。」
平地人の一行は、
連れてこられていたルネの姿を確認すると、
特に言葉もかけずに去って行った。
とりあえず取引は無事に終わった。
ルネの表情は、どことなく悲しげだった。
ー続くー
部族を半分に分け、
半分は通常の食料収集を、
半分は食料を森の外に運びだし、
平地人が来るのを待った。
「長は後ろの見えないところで隠れていて下さい。」
僕は平地人との取引を担う。
この場では、僕がネアンの指揮をとった。
「どうしてだ?」
仲間の一人が尋ねる。
長はこの森のリーダーである。
平地人とまた争いが起こった時、
長の顔を知られていては真っ先に狙われる。
この四日間、
仲間には取引用の食料を多く集めてもらう一方で、
石を打ち欠いてたくさんの武器を用意させた。
「戦わないんだろう?」
仲間の多くが疑問に思う。
この素直さは、ネアンの愛すべき点だ。
しかし、ヒトとはそれほど信頼できるものではない。
彼らの後の二万年の歴史が、
それを何度も証明している。
「向こうの気持ちが変わるかもしれないから。」
僕がそういうと、仲間たちは怒りだす。
「こっちからやってやる!」
「平地人を食ってやる!」
僕は慌てて否定する。
「違う違う!そう決まったわけではなくて…。」
彼らとの会話は、
何かと面倒くさい。
でも、愛すべき僕の仲間だ。
考えられる万全の準備をして、
平地人が来るのを待った。
ジェイ、彼らの指導者の名前だが、
彼は来るだろうか。
ガサガサガサ!
と木の揺れる音がした。
森の外れの高い木の上で、
平野を見張っていた仲間からの合図だ。
「きた!」
平地人は、
思っていたよりも少ない人数で現れた。
警戒している様子が、
遠目からでもわかる。
こちらを探りながら、
ゆっくりと歩いてきた。
「のろいなあ。」
仲間の一人が言うと、
皆がドッと笑った。
その笑い声が聞こえたのだろう。
いくぶん警戒を解いた様子で、
平地人がすぐそこまでやってきた。
彼らが知っているのは
おそらく僕の顔だけだ。
彼らからよく見えるように、
僕は一歩、二歩前に進んだ。
そして、できるだけ優しい声で叫んだ。
「待っていた。ようこそ平地人。」
やってきた顔ぶれの中に、
前回とらえたエベという男はいなかった。
その代わり、
僕が平地人の村への道案内をさせた男がいた。
彼を手招いて近くに来させ、
「さあ、持っていけ。約束だ。」
と語りかけた。
平地人の一団、
10人あまりの男たちが食料を確認し始める。
例の赤い木の実、
緑色の実、現世でいうオリーブの先祖か。
川のサワガニ、
捕らえた鳥。
これらを見て、
平地人も満足そうな表情を浮かべる。
しかし、問題はこの他だ。
僕は反対したのだが、
「いや、この葉はうまいんだ。」
「平地人もきっと食う。」
と仲間たちが強く言い張った
緑色の大きな木の葉。
平地人はその葉を手に取り、僕に
「これは…何に使う?」
と尋ねてきた。
食べる、という度胸が僕にはなく、
ただ、
「棲みかに飾るといいのでは…。」
と言葉を濁した。
「何を言っている、ルイ!」
「平地人よ、それを食え。うまいぞ。」
仲間たちが口々に叫び出す。
実際、思っているよりも美味しい。
僕も食べている。
転生に目覚めるまでは…。
平地人はそんなネアンの反応を見て、
困ったような顔をした。
しかし、その困惑の下には、
ネアンたちを見下す感情が溢れていることに
僕は気づいた。
話題を変えたい意味もあって、僕は
「君たちが持ってきたものを見たい。」
と平地人へ話しかけた。
しかし、
彼らは明らかに聞こえないふりをして答えない。
やはり、僕たちは馬鹿にされているのだろう。
問いつめると、
「何も持ってきていない。行かなくてよいと言われた。」
と白状した。
「それはおかしい。」
僕は語気を荒げた。
こちらからは食料を提供するが、
その代わり平地人からも、
なんらかのものを渡してもらう約束だった。
しかし、彼らは知らないと首を振る。
僕の態度を見て、
平地人の一人が武器を掲げた。
それを見て、仲間たちも武器をとる。
「やめろ!」
僕は叫び、お互いに武器を降ろさせた。
「わかった。今回はいい。」
そう言うと僕は、
彼らに渡すはずの食料を指さした。
「今日、持って帰らせるのは半分だけだ。残りの半分は持って帰ってよい。」
僕は平地人に、持って帰ってよいものを指示した。
緑色の大きな木の葉は
「これは一枚もやらない。」
と宣言した。
「おおーっ!」
仲間たちの喜びの声が聞こえる。
良かった。お互いに。
しかし。
これらの食料をどうやって持ち帰るつもりなのか。
平地人は、我々と比べると腕力に劣る。
その点を尋ねると、
「これに乗せる。」
と木で作った手押し車のようなものを見せてきた。
木の幹を細く切断し、
丸く仕上げた車輪状のものに穴を開け、
そこに太い木の棒を通してある。
その上に板を重ね、
繋ぎ目は縄で補強がされていた。
仲間のネアンたちは歓声をあげ、
それを興味深く見ていた。
近づいて触ろうとする者もあった。
そんな無邪気な仲間の様子を見ながら、
僕は身震いする思いだった。
(この時代にこんなものが…。)
僕が学んだ考古学では考えられない。
平地人たちは僕を尻目に、
食料をどんどん車に積み上げた。
釘などがないので、強度はたいしたことがない。
しかし、ある程度の物を運ぶには十分だ。
積み終えると、
平地人はそそくさと立ち去ろうとした。
「待て!」
僕は呼び止めた。
「な、なんだ。」
平地人も怯えているのだろう。
早く帰りたい気持ちはわかる。
だが、
「ルネを…人質を確認しなくていいのか?」
僕の言葉で思い出したらしい。
「ああ、そうだな。」
平地人の一行は、
連れてこられていたルネの姿を確認すると、
特に言葉もかけずに去って行った。
とりあえず取引は無事に終わった。
ルネの表情は、どことなく悲しげだった。
ー続くー
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