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提案
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生木や草などは簡単に燃えるものではないが、
平地人の持っていたたいまつには、
何か発火性のものが含まれていたのだろう。
平地人が一本のたいまつを先頭に、
森から退いていった後、
ネアンも僕も(僕も見た目はネアンなのだけど)、
平地人を追うことをやめ、
消火をせざるを得なかった。
水もなく、水場も遠く、
しかもそこまでは暗く
水を運ぶすべもなく、
私たちは自分の足で(むろん、素足で)、
たいまつと、そこから燃え移った火を、
踏んで消すしかなかった。
幸いにして他のネアンも現れ、
大きくなる前に火を消し止めることができた。
しかし、その時に
平地人にまた襲撃されていたらどうなっただろう。
夜が明けると、
見張りに立つもの、食料を集めるもの、
そして亡骸にすがって泣くもの、
森にはネアンそれぞれの様々な事情が交錯した。
幸い、父の傷は浅かった。
大事をとって寝床に入っていたが、
一週間もすれば傷は癒えるだろう。
昼までは平地人の再襲撃の気配はなく、
食事を終えた雄のネアンたちは、
見張りの一部を除き、
森の奥の洞窟前に集合した。
この洞窟には部族の長が住んでいる。
長を中心に、
洞窟前に屈強なネアンたちが
輪を作って座った。
「みなのもの、寝るのは後にせヨ。今日はみなのもので話がしたイ。」
ネアンの寿命はヒトより短い。
人類で言うと、30年生きられれば長寿と言える。
ネアンの年齢はわかりにくいが、
もし人間ならば40くらいだろうか。
「その前に、オビの子よ。」
オビ…、そうだ、私の父の呼び名だ。
ネアンにも名前のようなものがある。
家族を持ち、自立すると呼び名ができる。
だから、名前は父母から与えられるものではない。
自立した時の、住処の様子などで決まる。
例えば、
オビというのは大木の意味。
長は、水辺という意味のスコという名で呼ばれている。
オビというのは父だから、
オビの子というのは私たち兄弟のことを指す。
ただ、兄はもう独立していて、
今ではシイ(茸の木、の意味)と呼ばれている。
妹はこの場にいないので、
今、呼ばれたのは私だ。
長は私を見つめて言った。
「よく戦っタ。礼を言ウ。」
周りのネアンたちは、
まるで拍手のように、
地面を両手で叩いて讃えてくれた。
ああ、強い雄として認められたんだ…。
誇りと喜びが、じんわりと体を温めてくれた。
長の表情が厳しいものに戻る。
「さて、聞きたイ。昨夜、平地人が来タ。」
みなの者の表情も引き締まる。
ネアンは、
研究していた以上に
流暢に意思疏通を行えていた。
語彙も不足しているし、
言葉の意味を理解できていない者も多いが、
手や体全体を使い、
器用にコミュニケーションを図っていた。
長がみんなに話したのは、
平地人の襲撃を受けて追い返したが、
また攻めてくるはずだから、
今後はどうすべきか、
ということであった。
昨日は追い返せた、大丈夫、また戦う、
という者。
いや、やつらはきっと火をつけにくる、そうなる前に移住をしよう、
という者。
この二つに意見が別れた。
私が手を上げたことに、
長が気づいてくれた。
「オビの子よ、なんダ?」
私は疑問をぶつけた。
「どうして彼らは…平地人は私たちを襲うのです?」
長は目を閉じた。
そしてネアンの言い伝えを語りだした。
私たちの父の父の父の父、
いやそれより遥か昔、
ネアンは森を支配した。
巨獣を追い、妖鳥を狩り、怪魚を捕らえた。
強き者が木と水場を奪った。
弱き者は木と水場を失った。
強き者は森に残った。
弱き者は森を出た。
強き者は我々の父である。
弱き者は平地にさまよう者の父である。
平地にさまよう亡霊は、
父の父の父の父に代わり、
森の恵みを奪いにくる。
平地人は恨みの亡霊なのである。
「そうダ!平地人は弱い。我々は強イ!」
ネアンの一人が叫んだ、
「やつらは弱い!そして醜イ!」
もう一人も立ち上がった。
そうだ、そうだ、負けるわけがない、とみんなが口々に叫び出すのを、
長が手で制した。
「しかし、やつラに勝つのは簡単ではなイ。」
森での争いに破れた弱者は平野に逃げた。
平野は森と違い、木が少ない。
木の実も少なく、茸も生えにくい。
獣も少なく、
隠れるところもないので狩猟も易しくない。
豊かな森を追い出された弱者は、
森での生活のように
四本の手足を使って移動することがなくなった。
平野は二本の足で移動が足りる。
余った二本の腕で、道具を使うことを覚えた。
ネアンは樹上で過ごし、
木と木の間を移動する。
四本の手足で移動するので、
道具を多く使えないし、使わない。
学説通りだ、と私は改めて感じた。
そんなことを考えている私を、
長がいつの間にか見つめていた。
「オビの子よ。我らの誇りよ。おまえの考えを聞かせてくレ。」
誇り…。
私は転生してきた身だ。
しかし、ネアンとして生きてきた長い記憶がある。
父と母、家族、
ともに過ごした部族への愛もある。
困った。
見捨てられない。
ネアンへの想いが沸々とたぎる。
「一つ提案があります。」
私は立ち上がった。
提案…、
ネアンの平均的な知性では、
おそらく提案という言葉の意味のわからない者もいるだろう。
それでもみんなが、
水を打ったように
静かに私の言葉をまってくれた。
ー続くー
平地人の持っていたたいまつには、
何か発火性のものが含まれていたのだろう。
平地人が一本のたいまつを先頭に、
森から退いていった後、
ネアンも僕も(僕も見た目はネアンなのだけど)、
平地人を追うことをやめ、
消火をせざるを得なかった。
水もなく、水場も遠く、
しかもそこまでは暗く
水を運ぶすべもなく、
私たちは自分の足で(むろん、素足で)、
たいまつと、そこから燃え移った火を、
踏んで消すしかなかった。
幸いにして他のネアンも現れ、
大きくなる前に火を消し止めることができた。
しかし、その時に
平地人にまた襲撃されていたらどうなっただろう。
夜が明けると、
見張りに立つもの、食料を集めるもの、
そして亡骸にすがって泣くもの、
森にはネアンそれぞれの様々な事情が交錯した。
幸い、父の傷は浅かった。
大事をとって寝床に入っていたが、
一週間もすれば傷は癒えるだろう。
昼までは平地人の再襲撃の気配はなく、
食事を終えた雄のネアンたちは、
見張りの一部を除き、
森の奥の洞窟前に集合した。
この洞窟には部族の長が住んでいる。
長を中心に、
洞窟前に屈強なネアンたちが
輪を作って座った。
「みなのもの、寝るのは後にせヨ。今日はみなのもので話がしたイ。」
ネアンの寿命はヒトより短い。
人類で言うと、30年生きられれば長寿と言える。
ネアンの年齢はわかりにくいが、
もし人間ならば40くらいだろうか。
「その前に、オビの子よ。」
オビ…、そうだ、私の父の呼び名だ。
ネアンにも名前のようなものがある。
家族を持ち、自立すると呼び名ができる。
だから、名前は父母から与えられるものではない。
自立した時の、住処の様子などで決まる。
例えば、
オビというのは大木の意味。
長は、水辺という意味のスコという名で呼ばれている。
オビというのは父だから、
オビの子というのは私たち兄弟のことを指す。
ただ、兄はもう独立していて、
今ではシイ(茸の木、の意味)と呼ばれている。
妹はこの場にいないので、
今、呼ばれたのは私だ。
長は私を見つめて言った。
「よく戦っタ。礼を言ウ。」
周りのネアンたちは、
まるで拍手のように、
地面を両手で叩いて讃えてくれた。
ああ、強い雄として認められたんだ…。
誇りと喜びが、じんわりと体を温めてくれた。
長の表情が厳しいものに戻る。
「さて、聞きたイ。昨夜、平地人が来タ。」
みなの者の表情も引き締まる。
ネアンは、
研究していた以上に
流暢に意思疏通を行えていた。
語彙も不足しているし、
言葉の意味を理解できていない者も多いが、
手や体全体を使い、
器用にコミュニケーションを図っていた。
長がみんなに話したのは、
平地人の襲撃を受けて追い返したが、
また攻めてくるはずだから、
今後はどうすべきか、
ということであった。
昨日は追い返せた、大丈夫、また戦う、
という者。
いや、やつらはきっと火をつけにくる、そうなる前に移住をしよう、
という者。
この二つに意見が別れた。
私が手を上げたことに、
長が気づいてくれた。
「オビの子よ、なんダ?」
私は疑問をぶつけた。
「どうして彼らは…平地人は私たちを襲うのです?」
長は目を閉じた。
そしてネアンの言い伝えを語りだした。
私たちの父の父の父の父、
いやそれより遥か昔、
ネアンは森を支配した。
巨獣を追い、妖鳥を狩り、怪魚を捕らえた。
強き者が木と水場を奪った。
弱き者は木と水場を失った。
強き者は森に残った。
弱き者は森を出た。
強き者は我々の父である。
弱き者は平地にさまよう者の父である。
平地にさまよう亡霊は、
父の父の父の父に代わり、
森の恵みを奪いにくる。
平地人は恨みの亡霊なのである。
「そうダ!平地人は弱い。我々は強イ!」
ネアンの一人が叫んだ、
「やつらは弱い!そして醜イ!」
もう一人も立ち上がった。
そうだ、そうだ、負けるわけがない、とみんなが口々に叫び出すのを、
長が手で制した。
「しかし、やつラに勝つのは簡単ではなイ。」
森での争いに破れた弱者は平野に逃げた。
平野は森と違い、木が少ない。
木の実も少なく、茸も生えにくい。
獣も少なく、
隠れるところもないので狩猟も易しくない。
豊かな森を追い出された弱者は、
森での生活のように
四本の手足を使って移動することがなくなった。
平野は二本の足で移動が足りる。
余った二本の腕で、道具を使うことを覚えた。
ネアンは樹上で過ごし、
木と木の間を移動する。
四本の手足で移動するので、
道具を多く使えないし、使わない。
学説通りだ、と私は改めて感じた。
そんなことを考えている私を、
長がいつの間にか見つめていた。
「オビの子よ。我らの誇りよ。おまえの考えを聞かせてくレ。」
誇り…。
私は転生してきた身だ。
しかし、ネアンとして生きてきた長い記憶がある。
父と母、家族、
ともに過ごした部族への愛もある。
困った。
見捨てられない。
ネアンへの想いが沸々とたぎる。
「一つ提案があります。」
私は立ち上がった。
提案…、
ネアンの平均的な知性では、
おそらく提案という言葉の意味のわからない者もいるだろう。
それでもみんなが、
水を打ったように
静かに私の言葉をまってくれた。
ー続くー
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