44 / 54
第5章 廃病院に集まる悪霊たち
第44話 悪意あるものども ※ホラーあり
しおりを挟む
何回コールしてみても、晴高は電話にでなかった。
胸騒ぎがどんどん強くなる。
「元気……私、ちょっと晴高さんの家まで行ってみようと思うの」
千夏に起こった霊障が晴高と無関係には思えなかった。もし無関係だったとしても、今日の午前中、あんなに具合の悪そうにしていた彼のことが心配でもある。晴高は一人暮らしのはずなので、自宅で倒れていたりしたら危険だ。
「うん。それがいいかもね。住所ってわかるっけ」
元気に言われ、千夏は少し考える。
「職場に戻れば、職員のデータベースから見れるはず。たぶん、晴高さんもうちの会社の管理物件に住んでると思うんだよね。そしたら、マスターキーも職場の保管庫に保管されてるはずなの」
八坂不動産の物件だったら、社員割引で住宅補助がでるのだ。おそらく晴高も八坂不動産関連の物件に住んでいるだろうと千夏は考えていた。
早速職場に出かけると、幸い総務の人がまだ残業をしていた。事情を話すと、すぐに晴高の住所を教えてくれる。彼の住まいは、文京区にある賃貸マンションのようだ。予想通り、八坂不動産関係の物件だったため、マスターキーも会社で保管していた。場所もここからさほど離れていない。
「ありがとうございます!」
総務の人に礼を言うと、千夏と元気はすぐに職場を出て電車で晴高のマンションへと向かった。
そこは三田線巣鴨駅から少し歩いた閑静な住宅街にある、五階建ての賃貸マンションだった。
彼の部屋は、三階の301号室。表札は出ていなかったが、この部屋のはずだ。
千夏はインターホンを押す。しかし、何の反応も帰ってこない。室内でインターホンが鳴っていることはドア越しに聞こえてくるのだが、それ以外の物音はまったくしなかった。インターホンを何度か押すものの、やっぱり応答はない。
廊下に面した曇りガラスの窓からも室内の明かりは見えなかった。
千夏は、ドンドンとドアを叩く。
「晴高さん! 山崎です!」
やはり、何の反応もない。
「留守なのかな」
どこかにでかけているのだろうか。今はもう夜の十二時近く。あんなに体調が悪そうだったのに、こんな時間まで出歩いているとは思えないのだが。
一応マスターキーは持ってきているので、開けて中を確かめてみようか。でも、本当に留守だったら勝手に入ったことが知れたら怒られるだろうな。そう思って迷っていたら、元気がドアに手をあてて神妙な顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや……なんか、おかしくないか? この向こう。妙に霊的な力を感じる」
千夏にはよくわからなかったが、元気は霊的な何かを感じたらしい。
「そうなの……? え、それってどういうこと?」
「わからない。でも、良い状態じゃない。なんか、霊的に閉じられているというか、壁のようなものがあるというか。千夏。そのマスターキーで開けてみよう」
元気に言われて、千夏はすぐにトートバッグから借りてきたマスターキーを取り出した。
鍵穴に入れて回すが、なぜか鍵が回らない。
「あ、あれ? 間違えて違うキー借りてきちゃったかな」
焦っていると、千夏の手に元気が手を重ねてくる。一緒に回すと、何回かの試行の末、なんとかキーが回って鍵が開いた。
ドアを開けようとするが、なぜか妙に重たい。ねっとりと空気がまとまりついているようだ。それでも元気と一緒にドアを開けると玄関に入った。
室内は暗く、照明は一切ついていなかった。
しかし、廊下から漏れ入る光で、玄関に晴高のものと思しき黒の革靴が置いてあるのが目に入る。しかもその靴は脱ぎ散らかされていた。几帳面な晴高らしくない行動。よほど体調が悪かったのか、それとも……。
「晴高さん!?」
千夏は闇に沈む室内に声をかけるが、返答はない。玄関の壁を触って照明スイッチを探すとすぐに見つかった。押してみるが、カチッカチッと鳴るだけでなぜか照明がつかない。
千夏は靴を脱ぐと、家に上がった。
「晴高さんっ、いますか!?」
部屋は1LDKのようだった。千夏の家とよく似た内装だ。どちらも同じ八坂不動産施工の賃貸物件なのだから当たり前ではある。建てた年代によって多少違いはあるが、基本的な作りはよく似ている。
ただ、やたら昏《くら》かった。
リビングの奥にある掃き出し窓のカーテンは閉められていないのに、まったく外の光が入って来ていないかのような暗さだった。
千夏が開けた外廊下に続くドアから漏れ入る外の光だけが唯一の光源。
懐中電灯を持ってこなかったことを悔やみながら、千夏は室内に足を踏み入れる。
そのとき。
「……く、るな……」
呻き声のようなものが耳をかすめた。すぐに声のした方に目を向けると、リビングの壁際にひときわ闇の濃い場所があった。まるで、そこだけ墨でぬりつぶされたようだ。その中に、わずかに人の腕のようなものが見えていた。
「晴高!!!」
元気はその闇の方へと駆け寄ると、闇の一部を掴んだ。
「なんだ、これ!?」
強く引きはがすと、人の形のように闇が切り取られる。
「千夏! 塩!」
あっけにとられていた千夏だったが、元気の声で我に返るとトートバッグからお清めの塩を取り出した。こんな仕事をしている以上、念のために常備しているものだ。普段は小分けにして持ち歩いているのだが、今回は保存用のタッパーごと大量に持ってきた。そのタッパーを取り出すと、元気に引きはがされた人影のような闇に千夏は塩を投げつけた。
………アアアアアア………
影は悶え苦しむように身体をくねらせていたが、やがてスッっと闇に溶け込むように消えてしまった。
「こら。晴高にまとわりつくなよっ」
さらに、元気は晴高の身体にとりついている影を引っぺがしていく。黒い闇は明らかに何らかの霊体のようだった。霊体なんて普通は触れられるものではないが、同じ霊体である元気は人が人を掴むのと同じような容易さで霊体を掴んで晴高の身体から剥がしていく。
「きゃあああっ」
こっちに向かってきた黒い影に千夏はお清めの塩を鷲掴みにしてドンドン投げつけた。今度は呻き声を発する暇もなく、影は消えてしまう。
そうやって何体処理したのだろうか。はがしてもはがしても埒があかないくらい、何重にも闇のような人影が晴高にまとわりついていた。しかしそれも、ついにはすべて元気によって引きはがされ、千夏の塩で消えてしまった。
終わったと思った瞬間、バチバチと天井の照明が明滅して、パッと家中の明かりが点いた。部屋の空気も、すっかり正常なものに戻る。
晴高はリビングの床に四つん這いになっていた。黒髪も全身もぐっしょりと汗に濡れ、肩で大きく息をしている。苦しそうだ。ついでにいうと、千夏の撒いた塩まみれにもなっている。
「晴高……大丈夫か?」
元気が床に手をついて晴高をのぞき込むと、彼はまだ辛そうだったが小さく頷いた。
胸騒ぎがどんどん強くなる。
「元気……私、ちょっと晴高さんの家まで行ってみようと思うの」
千夏に起こった霊障が晴高と無関係には思えなかった。もし無関係だったとしても、今日の午前中、あんなに具合の悪そうにしていた彼のことが心配でもある。晴高は一人暮らしのはずなので、自宅で倒れていたりしたら危険だ。
「うん。それがいいかもね。住所ってわかるっけ」
元気に言われ、千夏は少し考える。
「職場に戻れば、職員のデータベースから見れるはず。たぶん、晴高さんもうちの会社の管理物件に住んでると思うんだよね。そしたら、マスターキーも職場の保管庫に保管されてるはずなの」
八坂不動産の物件だったら、社員割引で住宅補助がでるのだ。おそらく晴高も八坂不動産関連の物件に住んでいるだろうと千夏は考えていた。
早速職場に出かけると、幸い総務の人がまだ残業をしていた。事情を話すと、すぐに晴高の住所を教えてくれる。彼の住まいは、文京区にある賃貸マンションのようだ。予想通り、八坂不動産関係の物件だったため、マスターキーも会社で保管していた。場所もここからさほど離れていない。
「ありがとうございます!」
総務の人に礼を言うと、千夏と元気はすぐに職場を出て電車で晴高のマンションへと向かった。
そこは三田線巣鴨駅から少し歩いた閑静な住宅街にある、五階建ての賃貸マンションだった。
彼の部屋は、三階の301号室。表札は出ていなかったが、この部屋のはずだ。
千夏はインターホンを押す。しかし、何の反応も帰ってこない。室内でインターホンが鳴っていることはドア越しに聞こえてくるのだが、それ以外の物音はまったくしなかった。インターホンを何度か押すものの、やっぱり応答はない。
廊下に面した曇りガラスの窓からも室内の明かりは見えなかった。
千夏は、ドンドンとドアを叩く。
「晴高さん! 山崎です!」
やはり、何の反応もない。
「留守なのかな」
どこかにでかけているのだろうか。今はもう夜の十二時近く。あんなに体調が悪そうだったのに、こんな時間まで出歩いているとは思えないのだが。
一応マスターキーは持ってきているので、開けて中を確かめてみようか。でも、本当に留守だったら勝手に入ったことが知れたら怒られるだろうな。そう思って迷っていたら、元気がドアに手をあてて神妙な顔をしていた。
「どうしたの?」
「いや……なんか、おかしくないか? この向こう。妙に霊的な力を感じる」
千夏にはよくわからなかったが、元気は霊的な何かを感じたらしい。
「そうなの……? え、それってどういうこと?」
「わからない。でも、良い状態じゃない。なんか、霊的に閉じられているというか、壁のようなものがあるというか。千夏。そのマスターキーで開けてみよう」
元気に言われて、千夏はすぐにトートバッグから借りてきたマスターキーを取り出した。
鍵穴に入れて回すが、なぜか鍵が回らない。
「あ、あれ? 間違えて違うキー借りてきちゃったかな」
焦っていると、千夏の手に元気が手を重ねてくる。一緒に回すと、何回かの試行の末、なんとかキーが回って鍵が開いた。
ドアを開けようとするが、なぜか妙に重たい。ねっとりと空気がまとまりついているようだ。それでも元気と一緒にドアを開けると玄関に入った。
室内は暗く、照明は一切ついていなかった。
しかし、廊下から漏れ入る光で、玄関に晴高のものと思しき黒の革靴が置いてあるのが目に入る。しかもその靴は脱ぎ散らかされていた。几帳面な晴高らしくない行動。よほど体調が悪かったのか、それとも……。
「晴高さん!?」
千夏は闇に沈む室内に声をかけるが、返答はない。玄関の壁を触って照明スイッチを探すとすぐに見つかった。押してみるが、カチッカチッと鳴るだけでなぜか照明がつかない。
千夏は靴を脱ぐと、家に上がった。
「晴高さんっ、いますか!?」
部屋は1LDKのようだった。千夏の家とよく似た内装だ。どちらも同じ八坂不動産施工の賃貸物件なのだから当たり前ではある。建てた年代によって多少違いはあるが、基本的な作りはよく似ている。
ただ、やたら昏《くら》かった。
リビングの奥にある掃き出し窓のカーテンは閉められていないのに、まったく外の光が入って来ていないかのような暗さだった。
千夏が開けた外廊下に続くドアから漏れ入る外の光だけが唯一の光源。
懐中電灯を持ってこなかったことを悔やみながら、千夏は室内に足を踏み入れる。
そのとき。
「……く、るな……」
呻き声のようなものが耳をかすめた。すぐに声のした方に目を向けると、リビングの壁際にひときわ闇の濃い場所があった。まるで、そこだけ墨でぬりつぶされたようだ。その中に、わずかに人の腕のようなものが見えていた。
「晴高!!!」
元気はその闇の方へと駆け寄ると、闇の一部を掴んだ。
「なんだ、これ!?」
強く引きはがすと、人の形のように闇が切り取られる。
「千夏! 塩!」
あっけにとられていた千夏だったが、元気の声で我に返るとトートバッグからお清めの塩を取り出した。こんな仕事をしている以上、念のために常備しているものだ。普段は小分けにして持ち歩いているのだが、今回は保存用のタッパーごと大量に持ってきた。そのタッパーを取り出すと、元気に引きはがされた人影のような闇に千夏は塩を投げつけた。
………アアアアアア………
影は悶え苦しむように身体をくねらせていたが、やがてスッっと闇に溶け込むように消えてしまった。
「こら。晴高にまとわりつくなよっ」
さらに、元気は晴高の身体にとりついている影を引っぺがしていく。黒い闇は明らかに何らかの霊体のようだった。霊体なんて普通は触れられるものではないが、同じ霊体である元気は人が人を掴むのと同じような容易さで霊体を掴んで晴高の身体から剥がしていく。
「きゃあああっ」
こっちに向かってきた黒い影に千夏はお清めの塩を鷲掴みにしてドンドン投げつけた。今度は呻き声を発する暇もなく、影は消えてしまう。
そうやって何体処理したのだろうか。はがしてもはがしても埒があかないくらい、何重にも闇のような人影が晴高にまとわりついていた。しかしそれも、ついにはすべて元気によって引きはがされ、千夏の塩で消えてしまった。
終わったと思った瞬間、バチバチと天井の照明が明滅して、パッと家中の明かりが点いた。部屋の空気も、すっかり正常なものに戻る。
晴高はリビングの床に四つん這いになっていた。黒髪も全身もぐっしょりと汗に濡れ、肩で大きく息をしている。苦しそうだ。ついでにいうと、千夏の撒いた塩まみれにもなっている。
「晴高……大丈夫か?」
元気が床に手をついて晴高をのぞき込むと、彼はまだ辛そうだったが小さく頷いた。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。
尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。
完全フィクション作品です。
実在する個人・団体等とは一切関係ありません。
あらすじ
趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。
そして、その建物について探り始める。
あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が
要所要所の事件の連続で主人公は性格が変わって行くわ
だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー
めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう
読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。
もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。
大変励みになります。
ありがとうございます。
【完結】わたしの娘を返してっ!
月白ヤトヒコ
ホラー
妻と離縁した。
学生時代に一目惚れをして、自ら望んだ妻だった。
病弱だった、妹のように可愛がっていたイトコが亡くなったりと不幸なことはあったが、彼女と結婚できた。
しかし、妻は子供が生まれると、段々おかしくなって行った。
妻も娘を可愛がっていた筈なのに――――
病弱な娘を育てるうち、育児ノイローゼになったのか、段々と娘に当たり散らすようになった。そんな妻に耐え切れず、俺は妻と別れることにした。
それから何年も経ち、妻の残した日記を読むと――――
俺が悪かったっ!?
だから、頼むからっ……
俺の娘を返してくれっ!?
女だけど男装して陰陽師してます!ー只今、陰陽師修行中!!-
イトカワジンカイ
ホラー
孤児となった少女ー暁は叔父の家の跡取りとして養子となり男装をして暮らしていた。散財癖のある叔父の代わりに生活を支えるために小さな穢れを祓う陰陽師として働いていたが、ある日陰陽寮のトップである叔父から提案される。
「実は…陰陽寮で働かない?」
その一言で女であることを隠して陰陽寮で陰陽師見習いをすることに!?
※のべぷらでも掲載してます
※続編を「男だけど生活のために男装して陰陽師してます!ー続・只今、陰陽師修行中ー」として掲載しています。
→https://www.alphapolis.co.jp/novel/518524835/213420780
気になる方は是非そちらもご覧ください
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる