上 下
101 / 121
第21章

マリアベール、一つにする

しおりを挟む
 フィデーリスの人々が知り得る記憶のフィデーリスを探したが、ミセーリアは見つからない。
 まだ探していない場所は無いか必死の捜索を続けるが、隠し通路や奴隷牧場に使われてた空間にさえもミセーリアは、どこにもいない。

 アンフィスバエナも同時に探すが、どこを見ても多頭の竜等見つからず、タイムリミットが刻一刻と迫っていた。



 人は、どこに隠れる。
 追い詰められたら、どこに身を隠す。

「……もしかしたら」

 マリアベールは、ここまで探してもミセーリアが見つからない事で何かに気付いた様に、ある場所を目指す。
 セクレトは、安全地帯としてマリアベールとの思い出に守られていた。
 それならば、ミセーリアも……



 そこは、フィデーリス城。
 ただし、七百年前のフィデーリス城であった。

「ミセーリア……」

 当時、子供のミセーリアが使っていた部屋。

 美しい元の姿のミセーリアの姿は、そこにあった。
 紛れも無く本人である。

「マリア先生……」

 ミセーリアは、懐かしい自分のベッドで子供の様にシーツにくるまっている。

「逃げずに、話を聞くのだ。ソウル・イーターの自我が失われる前に、解体せねばならない。緊急時の安全装置があるなら教えてくれ。無いなら、アンフィスバエナはどこだ?」

「マリア先生、私怖いの……王様になんてなりたくない……私には、家の歴史もフィデーリスも背負えない……なんで私は王家に生まれたの?」

「ミセーリア?」

「マリアベール、やはりお前に頼ったのは正解だったな……こうして見つけてくれた……」

 マリアベールを追ってきた、ヴェンガンが部屋に現れた。

「ミセーリア様、このままでは現実のフィデーリスだけでなく、ここもいずれ崩壊してしまいます。どうか、フィデーリスの民の為、王としてご決断を……」

「ヴェンガン! あなたが私やマリアに嘘をついたから! マリア! あなたがヴェンガンの話を信じないから! 悪いのは家臣として未熟だったあなた達のせいよ! 私のせいじゃない……違う、違うわ、ごめんなさい……フィデーリスが滅ぶのは、セクレトのせい! セクレトとガモスが全部悪かったの! ごめんなさいヴェンガン! こんなにも、あなたを愛しているのに……マリアも、生きていて本当は、嬉しかったの! ああ、違う……マリアは四百年前に死んだ! 私のフィデーリスと一緒に死んだの! ああ何なのよ! 私は悪く無い! セクレトは苦しんで当然でしょ! なんでセクレトを鞭うったぐらいでマリアは私を責めようとしたの!? 私は悪く無いじゃない! 私は悪く無い!! 私は悪く無い!!! 私は悪く無い!!!! 私は悪く無い!!!!!」

 ミセーリアは明らかに混乱している様であった。
 まるで話が通じず、どうしてこのような事態になったのかも、見ようとさえしていない。

 話にならない。

「ヴェンガン、ミセーリアを任せられるか」

「それならば……あとの事は、お前に任せられるのか?」

「……せめて、お前が傍にいてやってくれ。ソウル・イーターは必ず解体する」

「マリアベール、お前のせいで、私は今日まで守ってきた全てを壊された。なのに、こんな事を言うのは、おかしいのかもしれないが……言わせてくれ」

「……なんだ?」

「フィデーリスを救ってくれ……私とミセーリア様には、民を導く事は出来なかった。四百年間、ゆっくりと腐っていくフィデーリスを、それでも維持するのがやっとだったよ……私自身、いくつもの外法に手を染めてしまった……」

「外法は我も同じ事……死を統べ、四百年もの間、我がお前の邪魔をしなければ、あるいは」

「ふふふ、それは無い。マリアベール、お前は外法でさえ、民を、民の意志を信じ、導いていた……ミセーリア様が王となるのに必要なのは、私では無くお前だった……私もミセーリア様も、民を救いたかった。だが、民の事を信じてなどいなかった……それだけだ」

「ヴェンガン……」

「力及ばなくてすまない……お前を、救えなかったのも、心残りだ……行ってくれ……マリアベール」



 * * *



 マリアベールは、彩芽達がミセーリアを探す時代のフィデーリスまで戻ると、全員をフィデーリス城に集めた。
 ミセーリアが壊れてしまった今、ヴェンガンが話を聞き出せるかに賭けて待つ余裕は無い。

 残す手段は、精神世界のどこかにいる、生物を生きたまま繋ぐ要の生物となった、アンフィスバエナと言う多頭の竜を見つける事。

 その方法の仮説は、小セクレトとミセーリアによって分かっていた。

 この精神世界に取り込まれた人々は、術者や侵入者の干渉が無い限りは例外無く最も心地の良い記憶領域の近くにいる。

「マリア、アンフィスバエナなんて竜見た事も聞いた事も無いぞ」

 エドワルドが聞くと、皆もうなずく。
 闘技場の獣の中にも、多頭の竜は見た事が無い。

 四百年余りの間、そのどのタイミングでアンフィスバエナがフィデーリスに持ち込まれたのかが日誌で分かっても、アンフィスバエナの心地良い記憶とやらが、何なのかが想像もつかない。

 頭が多い時点で、一ヶ所にいるのかも怪しい。

「フィデーリスのどこかにいるのは確かだ。城壁の外は、朧となっていて出る事が出来ない」

「ねえ、その竜って、頭良いの?」
 彩芽が聞いた。

「我も詳しい事は知らぬ。ミセーリアの資料によれば、強大な力を持った竜で、血を手に入れたと書いてあった。アンフィスバエナ自身は、フィデーリスを見た事も無い可能性が高い」

「血って事は、輸血したって事かな」

「……恐らくは」

 彩芽が小セクレトを抱きかかえる。

「もしかして、セクレトの中にいたりして……」

「えっ!? 僕!?」

「いや待て……ソウル・イーターのベースは、セクレトとラタの子孫……そこにセクレトを繋ぎ……亜人と獣人を犠牲にしてとあった……それならば……その中に、アンフィスバエナの血が流れているのに気付いていない者が?」

「それなら、逆もあるんじゃねえか? 取りこまれた全員が、アンフィスバエナって事は?」

 ストラディゴスが聞くと、マリアベールはとんだ考え違いをしていた事に気付いた。

 ソウル・イーターの身体のどこかに、アンフィスバエナの記憶があり、知性があるなら交渉し、無理なら居場所を特定してから物理的に切り離しが出来れば、ソウル・イーターが解体できる算段であった。

 だが、そうでは無くて、取り込まれた全員が、既にアンフィスバエナとなっているなら。
 アンフィスバエナの亜種としてのソウル・イーターの自我が分散し、失われ、無意志の本能だけの生物となりそうならば、解決策は別になる。



「全員、聞いて欲しい」

 マリアベールは、記憶のフィデーリスにいる全員に呼びかけた。



 * * *



 自我を取り戻した過去から今までのフィデーリス市民。
 その数は、十万人を優に超え、その中には、王墓からやって来た古の王や騎士達の姿までもがあった。

 バルコニーから姿を現すマリアベール。
 その姿は、終戦演説を行ったヴェンガンを彷彿とさせたが、告げられるのは戦いの合図であった。

「伝えたとおりだ。出来るもの達から始めて欲しい」

 マリアベールが言うと、人々は知り合いを見つけると、握手をしたり、抱き合ったりした。
 そうして二人は溶け合い、どちらでも無いが、どちらでもある存在へと記憶の中で変わる。

 全ての思い出を共有する、一心同体の存在へと昇華されると、また別の者と抱き合う。
 広場の人々は徐々に数を減らし、存在する精神体の名前は変化していく。

 小セクレトも、自分の子孫達の幼くして死んだ精神を全て統合し、セクレトの血族ともいうべき存在になる。

 個人から、親子や友人と言う関係の存在になり、関係から家族や仲間と言う大きな関係になっていくと、十万人を超えていたフィデーリス今昔の市民の数は、一千人程にまで目に見えて減っていった。



 マリアベールが外の光景を自分だけ一度身体に戻って見る。
 ソウルイーターの増殖速度は僅かにだが落ちていた。

 混沌としていた精神世界にまとまりが生まれ、十万を超える意志が、無意識に仲間を求め、飢えを癒す為に町を飲み込んでいたのが、一千の集合意識によって抑え込まれ始めているのだ。

 マリアベールは、もう一度精神世界に戻る。

 戻る頃には、時間の流れが違う為、一千の意識は二人にまで減っていた。

 マリアベールに連れて来られた者達が見守る中、十万を超える人々は一つの集合意識となり、フィデーリスと言う名の、人型のアンフィスバエナの意識が生まれた。

 バラバラだった意識が一つになる事で、無意志の増殖だけは速度が落ちた。

 フィデーリスその物となったソウル・イーターは、触れた物の生命力を吸い続け、自分を維持しようとしていた。
 これは、フィデーリスの意思では無く、生物としての本能である。

「これからどうするんだ?」

 エドワルドが聞く。

「完全な制御は出来ぬようだ……」

「ここまでやって制御できないって……マジでどうするんだよ……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

異世界災派 ~1514億4000万円を失った自衛隊、海外に災害派遣す~

ス々月帶爲
ファンタジー
元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。

大前野 誠也
ファンタジー
ー  子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。  しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。  異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。  そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。  追放された森で2人がであったのは――

悪行貴族のはずれ息子【第1部 魔法講師編】

白波 鷹(しらなみ たか)【白波文庫】
ファンタジー
★作者個人でAmazonにて自費出版中。Kindle電子書籍有料ランキング「SF・ホラー・ファンタジー」「児童書>読み物」1位にWランクイン! ★第2部はこちら↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/162178383/450916603 「お前みたいな無能は分家がお似合いだ」 幼い頃から魔法を使う事ができた本家の息子リーヴは、そうして魔法の才能がない分家の息子アシックをいつも笑っていた。 東にある小さな街を領地としている悪名高き貴族『ユーグ家』―古くからその街を統治している彼らの実態は酷いものだった。 本家の当主がまともに管理せず、領地は放置状態。にもかかわらず、税の徴収だけ行うことから人々から嫌悪され、さらに近年はその長男であるリーヴ・ユーグの悪名高さもそれに拍車をかけていた。 容姿端麗、文武両道…というのは他の貴族への印象を良くする為の表向きの顔。その実態は父親の権力を駆使して悪ガキを集め、街の人々を困らせて楽しむガキ大将のような人間だった。 悪知恵が働き、魔法も使え、取り巻き達と好き放題するリーヴを誰も止めることができず、人々は『ユーグ家』をやっかんでいた。 さらにリーヴ達は街の人間だけではなく、自分達の分家も馬鹿にしており、中でも分家の長男として生まれたアシック・ユーグを『無能』と呼んで嘲笑うのが日課だった。だが、努力することなく才能に溺れていたリーヴは気付いていなかった。 自分が無能と嘲笑っていたアシックが努力し続けた結果、書庫に眠っていた魔法を全て習得し終えていたことを。そして、本家よりも街の人間達から感心を向けられ、分家の力が強まっていることを。 やがて、リーヴがその事実に気付いた時にはもう遅かった。 アシックに追い抜かれた焦りから魔法を再び学び始めたが、今さら才能が実ることもなく二人の差は徐々に広まっていくばかり。 そんな中、リーヴの妹で『忌み子』として幽閉されていたユミィを助けたのを機に、アシックは本家を変えていってしまい…? ◇過去最高ランキング ・アルファポリス 男性HOTランキング:10位 ・カクヨム 週間ランキング(総合):80位台 週間ランキング(異世界ファンタジー):43位

処理中です...