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第17章
ストラディゴス、対峙する
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ストラディゴスは待っていた。
謁見の間に自身が入れられた木箱が運ばれ、周囲には同じ様に運ばれた檻に入れられた獣達が運ばれてくる。
ストラディゴスが入れられた木箱以外にも、布や木の板で目隠しされた檻があり、十分に溶け込めているが、いつバレるのではないかとヒヤヒヤする。
獣臭さに我慢しながら木箱の空気穴から外をのぞくと、そこには獅子や狼の類、肉食獣が見える。
それ以外にも、同じ様に檻に入れられた大勢の裸の奴隷達が見えた。
ヴェンガンにとっては、闘技場用の獣も奴隷も同列の扱いなのだろう。
しばらくすると、一人でヴェンガンが謁見の間へと入ってきた。
好都合だ。
「もっと檻に寄れ。身体を良く見せろ」
ヴェンガンが言うと、奴隷を一人、また一人とヴェンガンの傍へと檻の中で近づいていく。
ヴェンガンは奴隷を見るが、どんなに美しい女の奴隷を前にしても顔色一つ変えず、淡々と品定めをしていく。
ストラディゴスには、ヴェンガンがおおよそ女性と言う物に興味が無い様に映った。
そう言えば城内に飾られる肖像画には、ヴェンガンの妻と思しきエルフの女が描かれているが、あの性格で愛妻家なのだろうか。
ストラディゴスはそんな事を思いながらも好機をうかがう。
ヴェンガンは、早々と奴隷を見終えると、今度は檻の中の獣を品定めを始めた。
その目は、獣でろくでもない事をしようと考えているのが、ストラディゴスには分かった。
闘技場で、奴隷落ちや気に食わない奴隷達へとけしかけ、殺さずともいたぶろうとしているサディスティックな瞳がらんらんと輝いている。
ストラディゴスは思わず息を飲む。
隣の獣の檻にされていた布が外されると、首が二本の幼いヒドラがヴェンガンを威嚇した。
それを見て、ヴェンガンは不敵にほくそ笑む。
ヴェンガンが、ついにストラディゴスの入った木箱の前へとやってきた。
ここまで箱を運ばされてきた奴隷達が、木箱を開けようと動き出す。
ヴェンガンは待ちきれない様子で、視線が空気穴から中へと注がれるが、暗くて中が見えない。
「中身は何だ? 早く開けないか!」
刹那、ストラディゴの腕が木箱を突き破り、ヴェンガンの首を捕えた。
「全員動くな! 伯爵殿、貴様が盗んだモノを、俺のツレを返してもらいに来た!」
覆面で顔を隠したストラディゴス。
ヴェンガンは、声と巨体でストラディゴスだとすぐに気付く。
「これはこれは、丁度私も君に会いたかったのだ。探す手間が省けたな」
「どういう意味だ!?」
「この者を生かして捕えよ!」
ヴェンガンはストラディゴスの言葉などまるで気にせず、声を上げる。
謁見の間を囲む様に、様々な武器を持ったリーパーの群れが現れ、ストラディゴスに対して包囲網を作った。
「全員動くな、こいつを殺すぞ!」
「殺したければ、好きに殺せ!」
ヴェンガンが言うと、ストラディゴスの手の中でヴェンガンの姿がゆらりと蜃気楼の様に揺れて変わり、怯える奴隷が現れた。
「なっ!?」
ストラディゴスは、襲撃が読まれていたのかと思ったが、そうでは無い。
ヴェンガンは、彩芽と共にいる敵対するリーパーの襲撃にこそ、万全の態勢で備えていた。
「今度は、どうする?」
気が付けばリーパーの後ろにヴェンガンが現れ、窮地に立たされるストラディゴスを笑って見ていた。
ストラディゴスが剣を抜いて構える。
「そう来なくてはな……しかし、それにしても、頭から花を咲かせた、あの頭の悪そうな女を探しにノコノコ来たのか? はははははははは、そいつは、とんだ勘違いだ!」
「どういう意味だ!」
「あの女がここにいると? 違うよ。ストラディゴス君。私もあの女を探しているんだ。奴隷にする為にね。君には、餌になってもらう!」
一体のリーパーがヴェンガンの前に立ち、ストラディゴスの道を塞いだ。
「遊んでやれ。だが、忘れるなよ。ちゃんと生け捕りにしろ」
首切り斧を持ったリーパーがカラカラと笑うと、勢いよくストラディゴスに襲い掛かった。
剣で斧を防ぐが、まともに受けては手が痺れる程の剛力。
骨とは思えぬ力の前に、ストラディゴスは嫌な汗をかく。
こんな奴が、周囲に何体もいて、囲まれているのだ。
初見でヴェンガンを捕らえられなかった時に、既に勝負は決していた。
大剣、ハルバート、大槌、様々な武器を持つリーパーがストラディゴスに襲い掛かる。
一対一でも厄介なのに、それが全部で何体いるのか分からない。
状況は最悪。
ヴェンガンの言う事が本当ならば、彩芽はヴェンガンから逃げ延びた事になる。
だが、それならどこに?
ストラディゴスは分が悪すぎると、作戦を変更。
リーパーの攻撃を防ぎながら、エドワルドの仇はまた今度、絶対に取ると自分に誓い、城内を逃げ始める。
戦略的撤退とさえ言えない、作戦の失敗。
完全な敗走であった。
ストラディゴスがヴェンガンとリーパー軍団の前から、潔く撤退を始めると、ヴェンガンは癇癪を起して怒り叫んだ。
「何をやっている貴様ら! さっさと巨人を捕えろ! 絶対に逃がすな! 生かして捕らえるんだ! 私の前に引きずり出せ!!」
* * *
「カラカラカラ……!!!」
ストラディゴスの焦る顔を、逃げる背中を見て、首切り斧のリーパーは一人密かに歓喜していた。
彼は、気が付けば仲間と共に伯爵に引き渡され、訳も分からぬ内に凄惨な拷問に遭った末、無残にも殺されていた。
なのに、伯爵は死ぬ事も許しはしない。
与えられた肉体は伯爵の自由に操られ、城壁の外には出る事さえ出来ない。
だが、路地裏で逃亡奴隷と商売女を襲った時に現れた、なんともいけ好かない男には復讐する事が出来た。
その上、今は自分を殴った巨人を痛めつける機会に恵まれている。
拷問の末に殺されたと言うのに、死後に訪れたのは幸運ばかりである。
骨だけの存在となり、カラカラとしか笑えない事だけが残念でならなかった。
敵に暴言と罵詈雑言を、今までの様に浴びせてやりたい。
ヴェンガンと、同じ様に作られたリーパー同士でしか会話が出来ないのは、不便であったが、この身体はそれ以外では実に優秀に思えた。
魔法によって作られた見えず触れられない肉体には、生前の様な限界が無く、骨が折れようが裂けようが、城壁の中でならすぐに元の位置に戻ってしまう。
そこに痛みは無く、ヴェンガン以外には恐怖も感じない。
そのせいか、生前の強さを遥かに凌ぐ圧倒的な力と、疲れを知らないタフネスは、戦いの中で至上の喜びとなり、一方的に強者達を蹂躙出来る存在へと生まれ変わった事には、今では感謝さえしていた。
首切り斧のリーパーは、以前、彩芽を強姦しようとしてストラディゴスに大怪我を負わされた盗賊の大男であった。
* * *
暗闇の中、ライターの明かりを頼りに、彩芽はスケルトンが掘り進む通路を歩いていた。
「……あった」
彩芽は、通路に落ちていたエドワルドの手を拾うと、土を払い、リーパーに貰った布に包んで背中に背負った。
「落としちゃってごめんね……」
スケルトンの掘り進めるトンネルが、来た時には無かった横穴が追加で掘られており、その中を彩芽はしっかりとした足取りで進んでいく。
すると、トンネルは途中で道が無くなり、行き止まりとなる。
まだ力場を作る石での補強が全ては済んでおらず、スケルトン達は王墓の神殿周辺や出来上がった通路ほどは、自由に動き回れない。
彩芽は鼻と口を布で覆うと、スケルトンに渡されたツルハシで天井を崩し始めた。
土塗れになりながら掘っていくと、すぐに天井の上には真っ暗な空間が広がった。
そこは、ルカラのアジトに通じていたカタコンベへと繋がっていた。
彩芽がカタコンベに入っている間にも、スケルトン達の人海戦術で、新設される地下通路がどんどん完成していき、力場が強まっていく。
リーパーは、下水道の存在は知っていたが、後の時代に作られた忘れられたカタコンベの事は存在さえ知らなかった。
ヴェンガンや手下のリーパーも、覚えているとは思えなかったが、彩芽の読み通り、埋められる事は無くやはり忘れられていた。
彩芽は、カタコンベの中で安らかに眠る遺体達をライターで照らしながら、リーパーの髪の毛を纏めた真っ白な毛箒で埃を払っていく。
すると骨やミイラとなった死者たちが力場が強まるにしたがって次々と目を覚まし始めた。
味方でなければ恐ろしい光景だが、死者達はリーパーからの指示が飛んできている様で彩芽に一瞥すると、上の方からもカタコンベの床を素手で掘り始め、上下同時作業によって着々とカタコンベの中を石材で力場に満たされた通路へと変えていく。
疲れを知らず、崩落やら怪我を恐れない死者達の作業速度は驚異的で、力場を城壁内へと広げる太い道が出来上がっていく。
彩芽はルカラと一度使った廃墟の隙間を抜けると、再びフィデーリス城壁内に立っていた。
リーパーによって、ヴェンガンの呪いは解かれ、ヴェンガンや手下のリーパーからは一般人にしか見えていない。
このままカタコンベが奇襲の中継基地に改造されれば、リーパーは地下通路へとフィデーリスへの浸食を進め、ヴェンガンに総力戦を挑む筈である。
「お前の計画をするなら早い方が良い。通路を塞いで、今の奴は油断している筈だ。月が重なるまでは待つ。それまでに友人をカタコンベに連れて来るがいい。かくまってやる」
リーパーは、そう言っていた。
彩芽は空を見た。
二つの月は、近づきつつあった。
タイムリミットは、目算で三、四時間程度。
その後には、復讐に燃える死者の群れがフィデーリスに雪崩れ込み、ヴェンガンを倒してミセーリアを救おうとするだろう。
町が戦場となる前に、ストラディゴスとルカラを探さなければならない。
「えっ? 任せろって? 頼りにしてるからね、ほんとに」
彩芽は、そんな事を呟くと、エドワルドとその仲間がたまり場にしていた酒場へと、走り出したのだった。
謁見の間に自身が入れられた木箱が運ばれ、周囲には同じ様に運ばれた檻に入れられた獣達が運ばれてくる。
ストラディゴスが入れられた木箱以外にも、布や木の板で目隠しされた檻があり、十分に溶け込めているが、いつバレるのではないかとヒヤヒヤする。
獣臭さに我慢しながら木箱の空気穴から外をのぞくと、そこには獅子や狼の類、肉食獣が見える。
それ以外にも、同じ様に檻に入れられた大勢の裸の奴隷達が見えた。
ヴェンガンにとっては、闘技場用の獣も奴隷も同列の扱いなのだろう。
しばらくすると、一人でヴェンガンが謁見の間へと入ってきた。
好都合だ。
「もっと檻に寄れ。身体を良く見せろ」
ヴェンガンが言うと、奴隷を一人、また一人とヴェンガンの傍へと檻の中で近づいていく。
ヴェンガンは奴隷を見るが、どんなに美しい女の奴隷を前にしても顔色一つ変えず、淡々と品定めをしていく。
ストラディゴスには、ヴェンガンがおおよそ女性と言う物に興味が無い様に映った。
そう言えば城内に飾られる肖像画には、ヴェンガンの妻と思しきエルフの女が描かれているが、あの性格で愛妻家なのだろうか。
ストラディゴスはそんな事を思いながらも好機をうかがう。
ヴェンガンは、早々と奴隷を見終えると、今度は檻の中の獣を品定めを始めた。
その目は、獣でろくでもない事をしようと考えているのが、ストラディゴスには分かった。
闘技場で、奴隷落ちや気に食わない奴隷達へとけしかけ、殺さずともいたぶろうとしているサディスティックな瞳がらんらんと輝いている。
ストラディゴスは思わず息を飲む。
隣の獣の檻にされていた布が外されると、首が二本の幼いヒドラがヴェンガンを威嚇した。
それを見て、ヴェンガンは不敵にほくそ笑む。
ヴェンガンが、ついにストラディゴスの入った木箱の前へとやってきた。
ここまで箱を運ばされてきた奴隷達が、木箱を開けようと動き出す。
ヴェンガンは待ちきれない様子で、視線が空気穴から中へと注がれるが、暗くて中が見えない。
「中身は何だ? 早く開けないか!」
刹那、ストラディゴの腕が木箱を突き破り、ヴェンガンの首を捕えた。
「全員動くな! 伯爵殿、貴様が盗んだモノを、俺のツレを返してもらいに来た!」
覆面で顔を隠したストラディゴス。
ヴェンガンは、声と巨体でストラディゴスだとすぐに気付く。
「これはこれは、丁度私も君に会いたかったのだ。探す手間が省けたな」
「どういう意味だ!?」
「この者を生かして捕えよ!」
ヴェンガンはストラディゴスの言葉などまるで気にせず、声を上げる。
謁見の間を囲む様に、様々な武器を持ったリーパーの群れが現れ、ストラディゴスに対して包囲網を作った。
「全員動くな、こいつを殺すぞ!」
「殺したければ、好きに殺せ!」
ヴェンガンが言うと、ストラディゴスの手の中でヴェンガンの姿がゆらりと蜃気楼の様に揺れて変わり、怯える奴隷が現れた。
「なっ!?」
ストラディゴスは、襲撃が読まれていたのかと思ったが、そうでは無い。
ヴェンガンは、彩芽と共にいる敵対するリーパーの襲撃にこそ、万全の態勢で備えていた。
「今度は、どうする?」
気が付けばリーパーの後ろにヴェンガンが現れ、窮地に立たされるストラディゴスを笑って見ていた。
ストラディゴスが剣を抜いて構える。
「そう来なくてはな……しかし、それにしても、頭から花を咲かせた、あの頭の悪そうな女を探しにノコノコ来たのか? はははははははは、そいつは、とんだ勘違いだ!」
「どういう意味だ!」
「あの女がここにいると? 違うよ。ストラディゴス君。私もあの女を探しているんだ。奴隷にする為にね。君には、餌になってもらう!」
一体のリーパーがヴェンガンの前に立ち、ストラディゴスの道を塞いだ。
「遊んでやれ。だが、忘れるなよ。ちゃんと生け捕りにしろ」
首切り斧を持ったリーパーがカラカラと笑うと、勢いよくストラディゴスに襲い掛かった。
剣で斧を防ぐが、まともに受けては手が痺れる程の剛力。
骨とは思えぬ力の前に、ストラディゴスは嫌な汗をかく。
こんな奴が、周囲に何体もいて、囲まれているのだ。
初見でヴェンガンを捕らえられなかった時に、既に勝負は決していた。
大剣、ハルバート、大槌、様々な武器を持つリーパーがストラディゴスに襲い掛かる。
一対一でも厄介なのに、それが全部で何体いるのか分からない。
状況は最悪。
ヴェンガンの言う事が本当ならば、彩芽はヴェンガンから逃げ延びた事になる。
だが、それならどこに?
ストラディゴスは分が悪すぎると、作戦を変更。
リーパーの攻撃を防ぎながら、エドワルドの仇はまた今度、絶対に取ると自分に誓い、城内を逃げ始める。
戦略的撤退とさえ言えない、作戦の失敗。
完全な敗走であった。
ストラディゴスがヴェンガンとリーパー軍団の前から、潔く撤退を始めると、ヴェンガンは癇癪を起して怒り叫んだ。
「何をやっている貴様ら! さっさと巨人を捕えろ! 絶対に逃がすな! 生かして捕らえるんだ! 私の前に引きずり出せ!!」
* * *
「カラカラカラ……!!!」
ストラディゴスの焦る顔を、逃げる背中を見て、首切り斧のリーパーは一人密かに歓喜していた。
彼は、気が付けば仲間と共に伯爵に引き渡され、訳も分からぬ内に凄惨な拷問に遭った末、無残にも殺されていた。
なのに、伯爵は死ぬ事も許しはしない。
与えられた肉体は伯爵の自由に操られ、城壁の外には出る事さえ出来ない。
だが、路地裏で逃亡奴隷と商売女を襲った時に現れた、なんともいけ好かない男には復讐する事が出来た。
その上、今は自分を殴った巨人を痛めつける機会に恵まれている。
拷問の末に殺されたと言うのに、死後に訪れたのは幸運ばかりである。
骨だけの存在となり、カラカラとしか笑えない事だけが残念でならなかった。
敵に暴言と罵詈雑言を、今までの様に浴びせてやりたい。
ヴェンガンと、同じ様に作られたリーパー同士でしか会話が出来ないのは、不便であったが、この身体はそれ以外では実に優秀に思えた。
魔法によって作られた見えず触れられない肉体には、生前の様な限界が無く、骨が折れようが裂けようが、城壁の中でならすぐに元の位置に戻ってしまう。
そこに痛みは無く、ヴェンガン以外には恐怖も感じない。
そのせいか、生前の強さを遥かに凌ぐ圧倒的な力と、疲れを知らないタフネスは、戦いの中で至上の喜びとなり、一方的に強者達を蹂躙出来る存在へと生まれ変わった事には、今では感謝さえしていた。
首切り斧のリーパーは、以前、彩芽を強姦しようとしてストラディゴスに大怪我を負わされた盗賊の大男であった。
* * *
暗闇の中、ライターの明かりを頼りに、彩芽はスケルトンが掘り進む通路を歩いていた。
「……あった」
彩芽は、通路に落ちていたエドワルドの手を拾うと、土を払い、リーパーに貰った布に包んで背中に背負った。
「落としちゃってごめんね……」
スケルトンの掘り進めるトンネルが、来た時には無かった横穴が追加で掘られており、その中を彩芽はしっかりとした足取りで進んでいく。
すると、トンネルは途中で道が無くなり、行き止まりとなる。
まだ力場を作る石での補強が全ては済んでおらず、スケルトン達は王墓の神殿周辺や出来上がった通路ほどは、自由に動き回れない。
彩芽は鼻と口を布で覆うと、スケルトンに渡されたツルハシで天井を崩し始めた。
土塗れになりながら掘っていくと、すぐに天井の上には真っ暗な空間が広がった。
そこは、ルカラのアジトに通じていたカタコンベへと繋がっていた。
彩芽がカタコンベに入っている間にも、スケルトン達の人海戦術で、新設される地下通路がどんどん完成していき、力場が強まっていく。
リーパーは、下水道の存在は知っていたが、後の時代に作られた忘れられたカタコンベの事は存在さえ知らなかった。
ヴェンガンや手下のリーパーも、覚えているとは思えなかったが、彩芽の読み通り、埋められる事は無くやはり忘れられていた。
彩芽は、カタコンベの中で安らかに眠る遺体達をライターで照らしながら、リーパーの髪の毛を纏めた真っ白な毛箒で埃を払っていく。
すると骨やミイラとなった死者たちが力場が強まるにしたがって次々と目を覚まし始めた。
味方でなければ恐ろしい光景だが、死者達はリーパーからの指示が飛んできている様で彩芽に一瞥すると、上の方からもカタコンベの床を素手で掘り始め、上下同時作業によって着々とカタコンベの中を石材で力場に満たされた通路へと変えていく。
疲れを知らず、崩落やら怪我を恐れない死者達の作業速度は驚異的で、力場を城壁内へと広げる太い道が出来上がっていく。
彩芽はルカラと一度使った廃墟の隙間を抜けると、再びフィデーリス城壁内に立っていた。
リーパーによって、ヴェンガンの呪いは解かれ、ヴェンガンや手下のリーパーからは一般人にしか見えていない。
このままカタコンベが奇襲の中継基地に改造されれば、リーパーは地下通路へとフィデーリスへの浸食を進め、ヴェンガンに総力戦を挑む筈である。
「お前の計画をするなら早い方が良い。通路を塞いで、今の奴は油断している筈だ。月が重なるまでは待つ。それまでに友人をカタコンベに連れて来るがいい。かくまってやる」
リーパーは、そう言っていた。
彩芽は空を見た。
二つの月は、近づきつつあった。
タイムリミットは、目算で三、四時間程度。
その後には、復讐に燃える死者の群れがフィデーリスに雪崩れ込み、ヴェンガンを倒してミセーリアを救おうとするだろう。
町が戦場となる前に、ストラディゴスとルカラを探さなければならない。
「えっ? 任せろって? 頼りにしてるからね、ほんとに」
彩芽は、そんな事を呟くと、エドワルドとその仲間がたまり場にしていた酒場へと、走り出したのだった。
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