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第7章

彩芽、吊るされる

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「今頃になって騎士様のお出ましか、遅かったじゃないか」

 フィリシスが、ずぶ濡れのストラディゴスを挑発した。
 ところが、ストラディゴスからは思わぬ返事が返ってくる。

「俺はもう騎士じゃない。フィリシス、頼めた義理じゃないのは分かっている。どうか、その人を放してくれ」
「騎士じゃないだぁ? 一人でのこのこ出てきて、面白い事を言う様になったじゃねぇか。騎士はお前の目標だったろう……そんなに、こいつの事が大事なのか!?」
「そうだ!」

 ストラディゴスの言葉に、フィリシスはイラついた。

「あの時の私よりも……ルイシーよりもか……」
「……」
「答えろ浮気野郎!」
「そうだ!」
「こいつと私の何が違う!」

 フィリシスは、明らかに熱くなっていた。
 まだ未練のある好きな相手との久々の再会。

 ストラディゴスの為にと頭で思っていても、本心ではまだ自分を見て欲しい気持ちは変わっていない。

「アヤメは、俺を救ってくれたんだ!」

 ストラディゴスの言葉を聞いても、彩芽はどの事を指しているのか分からない。

「お前が、お前とルイシーが俺を救ったんだろうが! 俺は、それを返そうと……俺じゃお前を救えなかったって言うのかよ! どうすれば良かったんだ! くそっくそっ……ああぁダメだ。気が変わった。こいつは、自力で取り戻してみな!」

 フィリシスは巨大な翼で飛び立つと、見張り塔の上にとまり、尖塔に彩芽を縛っていた縄を引っかけた。
 塔の頂上では、宙吊りにされた彩芽が「計画と違う!」と文句を言っているが、その声は誰にも届かない。



 ストラディゴスは、やるしか無いのかと巨大な剣を鞘から引き抜く。
 フィリシスが、ようやくやる気になったかと、城の中庭に降り立った。

 イライラする。
 フィリシスは思った。
 胸糞の悪さは、浮気をされた時の方がいくらかマシにさえ思えた。

 ストラディゴスは剣を静かに構える。

 対峙する二人、巨人と竜。
 フィリシスが先に仕掛ける。
 空に飛び上がると上空を旋回し始める。

 城内にいた人々は、ただ一人戻ってきた巨人が、竜と戦い始めるのを見ると、一目散に城下町へと逃げだした。
 その光景を塔の頂上で見ている彩芽は「話が違う!」と叫ぶ事しか出来ない。



 当初の予定では、ストラディゴスが彩芽を助けに来たら、彩芽を助けて欲しければ捕虜になれと言って捕え、四人の元カノに対して謝る機会を作り、そこで計画をバラシて協力させる筈であった。

 ところが、彩芽の見下ろす城の中庭は早くも火の海になり、フィリシスとストラディゴスは本気でやり合っている。

 彩芽は、どうして計画通りに動かないかなと思いつつも、フィリシスが今でもストラディゴスの事が好きなら付き合えば良いのにと思った。

 ストラディゴスも、フィリシスの事が嫌いではないのは、今の状況になる前の態度で分かる。
 一体、こんな自分のどこにストラディゴスが惚れているのだろう。

 彩芽が考えると、思い当たる節が一つだけあった。
 急にストラディゴスが優しく感じた二日酔いの日。
 その直前にあった空白の時間。

 リバースしたあの時、何かがあったとしか思えない。

「そりゃお前、一言じゃ言えないだろ」と言ったフィリシスの言葉が、印象に残った事を想い出す。
 何を、一言では言えないのか。



 その時、ストラディゴスの剣が、フィリシスを薙ぎ倒し、見張り塔の壁へと激突させる。
 塔を揺らす強い衝撃。
 尖塔の上で振動と強い風に吹かれる彩芽は、デジャヴュを覚える。
 一度、経験したことがある感覚。



 塔の下では、ストラディゴスがフィリシスに剣を突きつけ、話をしていた。
 ストラディゴスの剣が、竜の指にある指輪を傷つける。

 フィリシスの竜の身体の全身から、鱗の色と同じ黒い煙が出て来る。
 その煙が指輪に吸い込まれていくが、煙を全て吸い込めずに周囲に散っていく。
 黒い煙の中で竜の身体が萎む様に小さくなり、最後には裸のフィリシスが姿を現した。

 フィリシスはストラディゴスに殴りかかる。
 ストラディゴスは、その拳を避けず、身体に受けた。

「俺じゃ……ダメなのかよ……」
 フィリシスの拳から力が抜ける。

「すまないと思ってる」
「お前が望むなら、何だってする……もっと女らしくなれって言うなら努力するから……」
「そう言う事じゃ……ないんだ」
「じゃあ、どういう事なんだよ!」

 フィリシスの目には涙が浮かんでいた。
 ストラディゴスは、剣を手放した。

「フィリシス、俺の事は煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない。一生お前にだけ尽くしてもいい。だから、あの人の事は助けて欲しい」
「なんなんだよ、もう……」
「自分よりも、大事な人なんだ。お前の気が済むなら、俺の事は殺してくれてもいい。頼む」

「なんで、それが俺じゃないんだよ……」

 フィリシスの戦意を失わせたのは、ストラディゴスが自分以外に本当に大切な人を見つけてしまった事実であった。
 浮気をされ、怒って別れた時では無く、今この時に初めてフィリシスは失恋したのだ。

 フィリシスはその場でべそをかき始め、ストラディゴスは胸を貸す。



 からっ、みしみしみし……



 見張り塔の壁が、悲鳴を上げていた。
 竜の巨体で塔の根本が抉られ、塔全体に緩やかな傾斜が付き始める。
 このまま倒壊すれば、城に激突する事は避けられない。

「たすけてーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 塔の頂上では、彩芽が叫んでいた。

 フィリシスが竜になって彩芽を回収しようと思ったら、今さっき指輪を壊された事を想い出す。

「アヤメエエエェーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ストラディゴスは、フィリシスが止める間もなく、傾いてく塔の中へ飛び込んでいった。
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