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第7章
ストラディゴス、騎士を辞める
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ネヴェルの船団が町に戻ると、城の屋根の上に巨大なフィリシスの姿が見えた。
自分達が留守の間に、城が陥落していた事実に、騎士団員も兵士達も動揺を隠せない。
戻る城を失い、城に掲げられたカトラスの旗印を目に、敗北を実感する。
エルムが船舵のある甲板に上り、深刻そうな顔をして柵にもたれかかった。
「オルデン公……申し訳ありません……」
エルムの悲痛な表情。
それを間近で見ていたストラディゴスもまた、自分の元恋人達によって受けた手痛い敗北を受け入れるしかない。
「エルム、俺は」
「ストラディゴス、もうお前を責めたりしない。これは騎士団長である俺の責任だ」
「でもよ……」
「総員、聞いてくれ! これより王都へと向かう! 一度体勢を整え、それから城を奪還するぞ!」
「団長! 竜の手を見て下さい!」
マストの上で監視していた兵士の声。
一同が竜の手に注目する。
エルムが単眼望遠鏡で見ると、竜の手には人が握られていた。
「あれは、アヤメか!? 人質のつもりか」
エルムは苦虫を噛み潰したような顔をし、苦渋の決断を下す。
「……一時撤退だ! 舵を切れ!」
「待ってくれ!」
ストラディゴスはエルムに食い下がった。
「なんだ」
「アヤメをあのままにしていく気か!?」
「今の戦力じゃどのみち助けられない。船同士の砲撃戦や白兵戦ならともかく、竜相手に攻城戦を挑む気か。冷静になって考えてみろ。竜に有効な攻撃を出来る者がこの中に何人いる。犬死だ」
「頼む」
「いいや、駄目だ」
「俺が囮になる」
「それで何になる。提案するつもりならちゃんとした作戦を考えろ。無いならお前も船を手伝え」
船員や兵士、騎士達は、エルムの命令通りに既に船の操舵を始めている。
ストラディゴスは必死に考えた。
エルムの言う事は、どれも最もであった。
それでも、目の前で大切な人が捕まっていて、見捨てていく事など出来ない。
「突っ立ってるつもりか?」
「……りる」
「なんだ、ハッキリ言え!」
「船を降りる」
「そんな事の許可はできない」
「許可なんているか! 俺は一人でも行くぞ!」
「命令に逆らうつもりなら、今すぐ騎士を辞めろ!」
「辞めてやる! そんなもの!」
ストラディゴスは騎士章を海に投げ捨てると、荒波の中に飛び込んでしまった。
想定外の行動にエルムや乗組員達が海を見ると、巨人が鎧の重さも物ともせずに陸地に向かって泳いでいる姿が見えた。
「あのバカ」
そう言いつつも、エルムの表情は少し嬉しそうであった。
* * *
「来ると思うか?」
「さあ」
フィリシスの質問に、彩芽は答える。
「来なかったら、どうするよ」
「どうするんですか?」
「元の計画に無いシナリオだからな。知らん」
彩芽は溜息をついた。
「あの、なんで私なんですか?」
「だから、言ってるだろ、あのエロ巨人がお前にぞっこんなんだよ」
彩芽は、納得出来ない。
計画の全貌をアコニーとオルデンに聞かされた彩芽は、計画の仕上げの協力を依頼された。
フィリシスに捕まって、囚われの姫を演じて欲しいと言うのだ。
ストラディゴスが自分の事を好いているのは、薄々わかっていたが、ぞっこんと言うのには違和感があった。
仲の良い飲み友達が、実は自分に片思いだった事を他人に知らされたのだ。
正直、どうすれば良いのか分からない。
ストラディゴスの事は好きだが、彩芽の中での好きは、あくまでも友人、良くても親友としてである。
自分に対して父親の様に接する巨人は、共にいて居心地は良かった。
だが、それが恋愛感情ではないのはわかっている。
わかっているのだが、彩芽の中にもストラディゴスに対して、何か思うところがあった様な感覚もあるにはある。
しかし、それの原因がどうしても思い出せない。
「あの、フィリシスさん」
「フィリシスで良い。なんだ」
「昔、付き合ってたんですよね?」
「ああ」
「今も好きなんですか?」
「このタイミングで……そう言う事聞くか?」
竜の表情は読めなかったが、聞きにくい事を聞いてくれるなと言う顔をした。
「あ、いや、ごめんなさい」
「……」
「まだ好きなのに、こんな事してて良いんですか」
「続けるのかよ!」
「大事な事なので」
フィリシスは仕方が無いと話を始める。
「俺は良いんだよ。結局、惚れた弱みってのかな。あいつの好きなようにしてやりたいんだ」
「あの」
「まだ聞くのか?」
「一緒に飲んだ時に、ストラディゴスさん、殺されかけたって言ってたの、本当ですか?」
「ああ、それは本当だよ。あの野郎、俺が一番って言いながらアスミィ達三人と同時に」
「付き合ってたんですよね」
「いんや。寝てやがった」
「想像以上に最低だった!?」
それは修羅場にもなるわと彩芽は思う。
だが、それを聞くと別の疑問が頭をよぎる。
「そんなことされて、今でも好きって、ストラディゴスさんのどこが好きなんですか?」
「どこがって、そりゃお前、一言じゃ言えないだろ。顔も好きだし、性格だって、それに、その……身体の相性も……(ごにょごにょ)」
彩芽は、照れながら話す竜の話を聞きながら、フィリシスの言葉が頭の中のどこかに引っ掛かった。
「お、噂をすれば最低野郎のご登場だぜ」
フィリシスは竜の口角をあげて凶悪な笑みを浮かべた。
自分達が留守の間に、城が陥落していた事実に、騎士団員も兵士達も動揺を隠せない。
戻る城を失い、城に掲げられたカトラスの旗印を目に、敗北を実感する。
エルムが船舵のある甲板に上り、深刻そうな顔をして柵にもたれかかった。
「オルデン公……申し訳ありません……」
エルムの悲痛な表情。
それを間近で見ていたストラディゴスもまた、自分の元恋人達によって受けた手痛い敗北を受け入れるしかない。
「エルム、俺は」
「ストラディゴス、もうお前を責めたりしない。これは騎士団長である俺の責任だ」
「でもよ……」
「総員、聞いてくれ! これより王都へと向かう! 一度体勢を整え、それから城を奪還するぞ!」
「団長! 竜の手を見て下さい!」
マストの上で監視していた兵士の声。
一同が竜の手に注目する。
エルムが単眼望遠鏡で見ると、竜の手には人が握られていた。
「あれは、アヤメか!? 人質のつもりか」
エルムは苦虫を噛み潰したような顔をし、苦渋の決断を下す。
「……一時撤退だ! 舵を切れ!」
「待ってくれ!」
ストラディゴスはエルムに食い下がった。
「なんだ」
「アヤメをあのままにしていく気か!?」
「今の戦力じゃどのみち助けられない。船同士の砲撃戦や白兵戦ならともかく、竜相手に攻城戦を挑む気か。冷静になって考えてみろ。竜に有効な攻撃を出来る者がこの中に何人いる。犬死だ」
「頼む」
「いいや、駄目だ」
「俺が囮になる」
「それで何になる。提案するつもりならちゃんとした作戦を考えろ。無いならお前も船を手伝え」
船員や兵士、騎士達は、エルムの命令通りに既に船の操舵を始めている。
ストラディゴスは必死に考えた。
エルムの言う事は、どれも最もであった。
それでも、目の前で大切な人が捕まっていて、見捨てていく事など出来ない。
「突っ立ってるつもりか?」
「……りる」
「なんだ、ハッキリ言え!」
「船を降りる」
「そんな事の許可はできない」
「許可なんているか! 俺は一人でも行くぞ!」
「命令に逆らうつもりなら、今すぐ騎士を辞めろ!」
「辞めてやる! そんなもの!」
ストラディゴスは騎士章を海に投げ捨てると、荒波の中に飛び込んでしまった。
想定外の行動にエルムや乗組員達が海を見ると、巨人が鎧の重さも物ともせずに陸地に向かって泳いでいる姿が見えた。
「あのバカ」
そう言いつつも、エルムの表情は少し嬉しそうであった。
* * *
「来ると思うか?」
「さあ」
フィリシスの質問に、彩芽は答える。
「来なかったら、どうするよ」
「どうするんですか?」
「元の計画に無いシナリオだからな。知らん」
彩芽は溜息をついた。
「あの、なんで私なんですか?」
「だから、言ってるだろ、あのエロ巨人がお前にぞっこんなんだよ」
彩芽は、納得出来ない。
計画の全貌をアコニーとオルデンに聞かされた彩芽は、計画の仕上げの協力を依頼された。
フィリシスに捕まって、囚われの姫を演じて欲しいと言うのだ。
ストラディゴスが自分の事を好いているのは、薄々わかっていたが、ぞっこんと言うのには違和感があった。
仲の良い飲み友達が、実は自分に片思いだった事を他人に知らされたのだ。
正直、どうすれば良いのか分からない。
ストラディゴスの事は好きだが、彩芽の中での好きは、あくまでも友人、良くても親友としてである。
自分に対して父親の様に接する巨人は、共にいて居心地は良かった。
だが、それが恋愛感情ではないのはわかっている。
わかっているのだが、彩芽の中にもストラディゴスに対して、何か思うところがあった様な感覚もあるにはある。
しかし、それの原因がどうしても思い出せない。
「あの、フィリシスさん」
「フィリシスで良い。なんだ」
「昔、付き合ってたんですよね?」
「ああ」
「今も好きなんですか?」
「このタイミングで……そう言う事聞くか?」
竜の表情は読めなかったが、聞きにくい事を聞いてくれるなと言う顔をした。
「あ、いや、ごめんなさい」
「……」
「まだ好きなのに、こんな事してて良いんですか」
「続けるのかよ!」
「大事な事なので」
フィリシスは仕方が無いと話を始める。
「俺は良いんだよ。結局、惚れた弱みってのかな。あいつの好きなようにしてやりたいんだ」
「あの」
「まだ聞くのか?」
「一緒に飲んだ時に、ストラディゴスさん、殺されかけたって言ってたの、本当ですか?」
「ああ、それは本当だよ。あの野郎、俺が一番って言いながらアスミィ達三人と同時に」
「付き合ってたんですよね」
「いんや。寝てやがった」
「想像以上に最低だった!?」
それは修羅場にもなるわと彩芽は思う。
だが、それを聞くと別の疑問が頭をよぎる。
「そんなことされて、今でも好きって、ストラディゴスさんのどこが好きなんですか?」
「どこがって、そりゃお前、一言じゃ言えないだろ。顔も好きだし、性格だって、それに、その……身体の相性も……(ごにょごにょ)」
彩芽は、照れながら話す竜の話を聞きながら、フィリシスの言葉が頭の中のどこかに引っ掛かった。
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