19 / 121
第4章
彩芽、誘われる
しおりを挟む
同じ頃。
二人が廊下に出ていくと彩芽は、マイペースにも孤独にグルメを楽む事にした。
待っていては、料理がさめてしまう。
それは料理と料理を作った人に悪いってものだ。
昨日の魚に続いて、本日は肉である。
ストラディゴスに食べさせてもらった豚の丸焼きは、表面の皮は狐色に油でパリパリに焼きあげられ、身は柔らかく、ラーメン屋の焼き豚の中でも箸で崩せるほど長時間煮込んだタイプの物が中にぎっしりと詰まったような食感であった。
中でも油の旨味レベルが異様に高く、彩芽が脂身だけでももっと食べたいと思うクオリティである(本当にやったら確実に気持ち悪くなるが)。
そうなってくると、肉をパンにはさみたい衝動が沸き起こる。
だが、残念ながらスープに浸さないと噛む事も難しい皿代わりの、保存に特化させた黒パンしかない。
サンドイッチするには、あまり向いていないのは試さずともわかる。
そのパンを浸ける事を前提にしたスープを、テーブルに置かれたまだ熱々の鍋から、深い取り皿に、木のお玉で盛り付ける。
スープの具は、どうやら葉物野菜の様だが、細かく手でちぎられていて何の野菜に似ているかまでは分からない。
鍋の底をかき混ぜると、細く切られた透明なタマネギが浮き上がる。
沈殿していた何かの動物の肉片と、一口サイズにザクザクと切られたカブか大根みたいな根菜が、遅れて浮かびあがってきた。
肉片は、動物の骨に残った中落や脂肪のカスに見える。
木のスプーンですくって、一口飲んでみる。
動物の骨を煮込んだスープ、素材のままの味付けをされている事がうかがえる味。
彩芽の好きな豚骨スープに近いが、塩気が足りず少し物足りない。
何と言うか、上品なのだ。
もっと油ギトギトで構わないと彩芽は思う。
彩芽は、皿についでしまった分だけ飲み干すと、水を探す。
エルムが飲んでいたのは、確か透明な飲み物だったなと思い、同じものをコップについで飲もうとすると、口に運ぶ途中でフルーティな匂いが鼻に届く。
どうやら、アルコールらしい。
試しに一口だけ口に含むと、これは間違いなく白ワインである。
この後にゲームをやると言っていた事が頭の片隅に残っているが、このぐらいの量なら支障あるまいとグビグビと飲む。
口の中のリセットに飲むには、勿体ないぐらい美味い。
口がスッキリすると、今度は目についた何かのパイを一切れ。
甘いと思い込んで口に運ぶと、塩味がきいていて、他にピリッと辛い。
例えるなら、ミートパイの肉の部分を潰した芋に変え、唐辛子と胡椒で味付けした様な感じである。
これは、食べやすい上に程よく濃い味付けで、もう二切れを皿代わりのパンの上に確保する。
そんな意地汚い事をしていると、エルムが座っていた席に誰かが移動してきた。
見てみると、オルデンがそこにいて彩芽はビックリして食事の手が止まる。
「お口にはあいましたか? カスカポテトのパイです」
「あ……え、はい! すごくおい(こほっ)ひぃです」
急いでパイを飲み込もうとして、軽くむせてしまう。
「そんなに気を張らなくて良いですよ、キジョウアヤメさん」
「は、はい。あの、えと、何か私に用、ですか?」
「はい。あまりにも美味しそうに食べているので。こちらの豆もいかがですか?」
「あ、いただきます。あははは……」
彩芽は、そんな理由で来るわけないだろと、誤魔化し笑う。
「もちろんそれだけではありません、お客様を誰ももてなさないのでは、問題があると思いませんか?」
オルデンはニッコリと笑った。
「そんな、私なんかの為に領主様が」
正論。
だが、領主様が迷子の相手と言うのは、いくら何でもおかしい。
すると、オルデンは彩芽の心を読んでいる様に言葉を続ける。
「実は、親しい友人からあなたの事を聞きました。その事で、個人的にお話をしたくて」
「友人?」
「こちらに来てもらえますか? 静かな所で二人で話をしたい。お時間は取らせませんよ」
* * *
距離にして隣の部屋。
食堂の談笑が聞こえてくる。
人が払われた厨房の一角で、オルデンと彩芽は二人きりになる。
すると、オルデンから意外な人物の名前が出て来た。
「アコニー・キング、高級娼館の支配人と言えば分かりますよね。彼女とオルデン家は祖父の代からの付き合いがあります」
「アコニー、さん……昨日お世話になりました。けど、あの、話って言うのは?」
「実は……ストラディゴス・フォルサがあなたに、ハッキリ言えば酷い事をしていないか、彼女が気にしているのです」
「えっ」
「皆の噂によると、そのような事は無いようですが、噂を鵜呑みにするのは僕の主義に反します。アコニーに頼まれた手前、直接確かめたくこの様な場を設けさせてもらいました」
「あの、本当に大丈夫なので、とっても親切にして貰って、今日も私が二日酔いで倒れちゃったら一日中、付きっ切りで介抱してくれて」
「先ほど、彼があなたに食事を食べさせているのを見て、アコニーの考え過ぎだと思ったんですが、僕も彼の事を知っている手前、一応確かめようと。僕自身、フォルサの変わり様に、かなり驚いています。何も無いようならアコニーにはその様に伝えます。いらぬ不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ない」
「いえ、アコニーさんにありがとうと伝えください」
「実は、もう一つ」
オルデンは、こちらが本題という雰囲気で話を始めた。
「アコニーから気になる事を聞きました。あなたが別の世界から来たと」
「エルムさんにも……その事を相談しようと思っています。実は、帰り方が分からなくて」
「別の世界から来たと言う話、僕にも詳しく聞かせて貰えませんか?」
二人が廊下に出ていくと彩芽は、マイペースにも孤独にグルメを楽む事にした。
待っていては、料理がさめてしまう。
それは料理と料理を作った人に悪いってものだ。
昨日の魚に続いて、本日は肉である。
ストラディゴスに食べさせてもらった豚の丸焼きは、表面の皮は狐色に油でパリパリに焼きあげられ、身は柔らかく、ラーメン屋の焼き豚の中でも箸で崩せるほど長時間煮込んだタイプの物が中にぎっしりと詰まったような食感であった。
中でも油の旨味レベルが異様に高く、彩芽が脂身だけでももっと食べたいと思うクオリティである(本当にやったら確実に気持ち悪くなるが)。
そうなってくると、肉をパンにはさみたい衝動が沸き起こる。
だが、残念ながらスープに浸さないと噛む事も難しい皿代わりの、保存に特化させた黒パンしかない。
サンドイッチするには、あまり向いていないのは試さずともわかる。
そのパンを浸ける事を前提にしたスープを、テーブルに置かれたまだ熱々の鍋から、深い取り皿に、木のお玉で盛り付ける。
スープの具は、どうやら葉物野菜の様だが、細かく手でちぎられていて何の野菜に似ているかまでは分からない。
鍋の底をかき混ぜると、細く切られた透明なタマネギが浮き上がる。
沈殿していた何かの動物の肉片と、一口サイズにザクザクと切られたカブか大根みたいな根菜が、遅れて浮かびあがってきた。
肉片は、動物の骨に残った中落や脂肪のカスに見える。
木のスプーンですくって、一口飲んでみる。
動物の骨を煮込んだスープ、素材のままの味付けをされている事がうかがえる味。
彩芽の好きな豚骨スープに近いが、塩気が足りず少し物足りない。
何と言うか、上品なのだ。
もっと油ギトギトで構わないと彩芽は思う。
彩芽は、皿についでしまった分だけ飲み干すと、水を探す。
エルムが飲んでいたのは、確か透明な飲み物だったなと思い、同じものをコップについで飲もうとすると、口に運ぶ途中でフルーティな匂いが鼻に届く。
どうやら、アルコールらしい。
試しに一口だけ口に含むと、これは間違いなく白ワインである。
この後にゲームをやると言っていた事が頭の片隅に残っているが、このぐらいの量なら支障あるまいとグビグビと飲む。
口の中のリセットに飲むには、勿体ないぐらい美味い。
口がスッキリすると、今度は目についた何かのパイを一切れ。
甘いと思い込んで口に運ぶと、塩味がきいていて、他にピリッと辛い。
例えるなら、ミートパイの肉の部分を潰した芋に変え、唐辛子と胡椒で味付けした様な感じである。
これは、食べやすい上に程よく濃い味付けで、もう二切れを皿代わりのパンの上に確保する。
そんな意地汚い事をしていると、エルムが座っていた席に誰かが移動してきた。
見てみると、オルデンがそこにいて彩芽はビックリして食事の手が止まる。
「お口にはあいましたか? カスカポテトのパイです」
「あ……え、はい! すごくおい(こほっ)ひぃです」
急いでパイを飲み込もうとして、軽くむせてしまう。
「そんなに気を張らなくて良いですよ、キジョウアヤメさん」
「は、はい。あの、えと、何か私に用、ですか?」
「はい。あまりにも美味しそうに食べているので。こちらの豆もいかがですか?」
「あ、いただきます。あははは……」
彩芽は、そんな理由で来るわけないだろと、誤魔化し笑う。
「もちろんそれだけではありません、お客様を誰ももてなさないのでは、問題があると思いませんか?」
オルデンはニッコリと笑った。
「そんな、私なんかの為に領主様が」
正論。
だが、領主様が迷子の相手と言うのは、いくら何でもおかしい。
すると、オルデンは彩芽の心を読んでいる様に言葉を続ける。
「実は、親しい友人からあなたの事を聞きました。その事で、個人的にお話をしたくて」
「友人?」
「こちらに来てもらえますか? 静かな所で二人で話をしたい。お時間は取らせませんよ」
* * *
距離にして隣の部屋。
食堂の談笑が聞こえてくる。
人が払われた厨房の一角で、オルデンと彩芽は二人きりになる。
すると、オルデンから意外な人物の名前が出て来た。
「アコニー・キング、高級娼館の支配人と言えば分かりますよね。彼女とオルデン家は祖父の代からの付き合いがあります」
「アコニー、さん……昨日お世話になりました。けど、あの、話って言うのは?」
「実は……ストラディゴス・フォルサがあなたに、ハッキリ言えば酷い事をしていないか、彼女が気にしているのです」
「えっ」
「皆の噂によると、そのような事は無いようですが、噂を鵜呑みにするのは僕の主義に反します。アコニーに頼まれた手前、直接確かめたくこの様な場を設けさせてもらいました」
「あの、本当に大丈夫なので、とっても親切にして貰って、今日も私が二日酔いで倒れちゃったら一日中、付きっ切りで介抱してくれて」
「先ほど、彼があなたに食事を食べさせているのを見て、アコニーの考え過ぎだと思ったんですが、僕も彼の事を知っている手前、一応確かめようと。僕自身、フォルサの変わり様に、かなり驚いています。何も無いようならアコニーにはその様に伝えます。いらぬ不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ない」
「いえ、アコニーさんにありがとうと伝えください」
「実は、もう一つ」
オルデンは、こちらが本題という雰囲気で話を始めた。
「アコニーから気になる事を聞きました。あなたが別の世界から来たと」
「エルムさんにも……その事を相談しようと思っています。実は、帰り方が分からなくて」
「別の世界から来たと言う話、僕にも詳しく聞かせて貰えませんか?」
0
お気に入りに追加
560
あなたにおすすめの小説
【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる
ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。
私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。
浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。
白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
その場しのぎの謝罪なんていりません!
風見ゆうみ
恋愛
「貴様との婚約を破棄し、貴様の妹と俺は婚約する。国外追放などしてやるものか。貴様は俺とケイティが愛を育んでいく様子を、間近に見て苦しめばいいのだ」
元婚約者となった王太子殿下は邪悪な笑みを浮かべ、唖然としている私に向かってそう言った。
公爵令嬢である私、ソフィア・ミーデンバーグは幼い頃から王太子殿下の婚約者だった。
血の繋がらない妹のケイティは、私のことを嫌っていて、王太子殿下を私から奪い取ることに、何の罪悪感もなさそうだ。
しかも、二人共が私の処刑を望んでいた。
婚約破棄後は目の前でいちゃついたり意地悪をしてくる2人を、やり過ごしていた私だったけど、ある出来事により私の堪忍袋の緒が切れてしまい――
※かなり前に書いていたものの改稿版です。タイトルも変更しています。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法のある世界です。
R15は保険です。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
仲間を庇って半年間ダンジョン深層を彷徨った俺。仲間に裏切られて婚約破棄&パーティー追放&市民権剥奪されたけど婚約者の妹だけは優しかった。
蒼井星空
恋愛
俺はこの街のトップ冒険者パーティーのリーダーだ。
ダンジョン探索は文字通り生死をかけた戦いだ。今日も俺たちは準備万端で挑む。しかし仲間のシーフがやらかしやがった。罠解除はお前の役割だろ?なんで踏み抜くんだよ。当然俺はリーダーとしてそのシーフを庇った結果、深層へと落ちてしまった。
そこからは地獄の日々だった。襲い来る超強力なモンスター。飢餓と毒との戦い。どこに進めばいいのかも分からない中で死に物狂いで戦い続け、ようやく帰っていた。
そこで待っていたのは、恋人とシーフの裏切りだった。ふざけんなよ?なんで俺が罠にかかって仲間を危険に晒したことになってんだ!?
街から出て行けだと?言われなくてもこっちから願い下げだよ!
と思ったんだが、元恋人の妹だけは慰めてくれた。
あのあと、元仲間たちはダンジョンを放置したせいでスタンピードが起こって街もパーティも大変らしい。ざまぁ!!!!
と思ってたら、妹ちゃんがピンチ……。
当然助けるぜ?
深層を生き抜いた俺の力を見せてやるぜ!
そんなに私の婚約者が欲しいならあげるわ。その代わり貴女の婚約者を貰うから
みちこ
恋愛
小さい頃から親は双子の妹を優先して、跡取りだからと厳しく育てられた主人公。
婚約者は自分で選んで良いと言われてたのに、多額の借金を返済するために勝手に婚約を決められてしまう。
相手は伯爵家の次男で巷では女性関係がだらし無いと有名の相手だった。
恋人がいる主人公は婚約が嫌で、何でも欲しがる妹を利用する計画を立てることに
父親に会うために戻った異世界で、残念なイケメンたちと出会うお話【本編完結】
ぴろ
BL
母親の衝撃の告白で異世界人とのハーフであることが判明した男子高校生三好有紀(みよしあき)が、母と共に異世界に戻り残念なイケメン達に囲まれるお話。
ご都合主義なので気になる方にはオススメしません。イケメンに出会うまでが長いです。
ハッピーエンド目指します。
無自覚美人がイケメン達とイチャイチャするお話で、主人公は複数言い寄られます。最終的には一人を選ぶはずだったのですが、選べないみたいです。
初投稿なので温かく見守って頂けたら嬉しいです。
私が悪役令嬢? 喜んで!!
星野日菜
恋愛
つり目縦ロールのお嬢様、伊集院彩香に転生させられた私。
神様曰く、『悪女を高校三年間続ければ『私』が死んだことを無かったことにできる』らしい。
だったら悪女を演じてやろうではありませんか!
世界一の悪女はこの私よ! ……私ですわ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる