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第2章

彩芽、二日酔いになる

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 翌日の昼、彩芽は知らないベッドで目を覚ました。
 二日酔いで、頭がヤバいぐらい痛い。

 そこは、領主の城の中にある、ストラディゴスが住む騎士用の個室だが、眠っている間に運び込まれた彩芽が知る由も無い。

 かなりの大部屋なのだが、置かれた家具のサイズが椅子とテーブル、そしてベッドだけストラディゴスに合わせて大きめに作られていて、本来の広さを感じない。
 中途半端にガリバー旅行記か不思議の国のアリスみたいな、小人の気分を味わえる部屋である。



 酒で記憶を飛ばす失敗を今までした事が無かったが、今回は酒場を出た後の記憶が曖昧で、覚えている事の方が少ない。
 何か、楽しかった事だけは感覚で残っているが、朝起きて夢を忘れる感覚に似ていて詳細が思い出せない。

 ベッドから出ようとすると彩芽は、なぜか全裸だった。
 気だるげな目のまま、ポリポリと頭と内股をかく。

「ふむ……」

 カチカチカチ……

 恐らく自宅の感覚で、服が煩わしくて自分で脱いだのだろう。
 身体中、どこにも怪我も痣も見当たらないのだが、なぜか全身が筋肉痛である。

 髪を触ると、サラサラになっている。
 それどころか、全身がむしろ昨日より綺麗になっていた。

「ふむむ……」

 とりあえず、どうした物か。
 まずは、二日酔いの薬が欲しい。



 何をするにも服が必要だと部屋の中を探す事にするが、当の服が落ちていそうな床には何も見当たらない。
 仕方が無くベッドのシーツにくるまっていると、扉をノックする音が聞こえた。

 返事をしていいのか分からないが、無視するのも変な気がするのでシーツにくるまったまま扉の方に向かう。

「ストラディゴスさん?」
 声をかけると扉の向こうから、扉を開けずに返事が返ってきた。

「おはよう。アヤメ、もしかして、まだ寝ていたのか? 起こしたのならすまない」
「おはよう、今起きたばかりだけど、あの、私の服は?」
「ああ、丁度着替えを持ってきたんだ、昨日着ていた服は、洗濯に出しておいた。持ち物はテーブルの上にまとめて置いてある。何か足りない物があったら言ってくれ」

 そう言って扉が少し開くと、大きな手に女物の服が握られてヌッと部屋に入ってくるが、受け取るのを待つだけで、それ以上入ってこようとしない。

 彩芽は、ストラディゴスの様子が少し変だと思った。
 どう言う心変わりかは知らないが、昨日の今日で急に紳士的と言うか、何と言うか。

 良い言い方で英雄色を好むを地で行きそうな、悪い言い方で悪びれなくセクハラをしてきそうなエロオヤジだと勝手に思っていた。
 だが、出会い方や出会った場所のイメージに引っ張られているのかもしれない等と考え、答えを出す事は保留にする。
 二日酔いで、今はそれ以上考えたくない。



 彩芽は大きな手から服を一式受け取ると、扉を閉じて、シーツを脱ぎ去り黙々と着替え始めた。

 一番上に置かれた紐パンを指でつまみ、距離を置いてにおいをかぐ。
 無臭。
 どうやら綺麗なようだ。
 布の面積は申し分無い。

 水着の要領で履こうとするが、腰を締め付ける形でゴムが入っていないせいで身体への締め付けが弱い。
 紐も結びやすい固さでは無い為に、日中に紐が解けて事故を起こしそうで不安を感じるが、借り物なので文句は言えない。

 なんとかパンツを着け、次を見てみる。

 昨日の彩芽の服装を見ていた人間が持ってきたとは思えない、落ち着いたデザインの水色のワンピースが畳んであった。
 服を広げて胸に当てて部屋にあった大鏡で見ると、そう言うコスプレにしか思えない。

「スカートなんて何年ぶりだろ」

 服が乾くまでの間、借りるだけと自分に言い聞かせて、試しに袖を通す。
 着るには着れるが、胸が少しキツイ。

 鏡の前に置いてあった櫛を拝借し、綺麗に髪を梳いていく。
 櫛についた毛を取ると、自分の金髪に交じって黒々とした剛毛がわっさりと取れる。

「……髪? 髭?」

 深く考えるのはやめて、構わず使う。
 櫛自体は良い物の様だし、シラミとかも無さそうだ。

 段々と着替えが楽しくなってくると、化粧もしたくなるが流石にストラディゴスの部屋には置いてない。

 そう言えばとテーブルを見に行くと、タバコの箱、ライター、携帯灰皿、スマホ、家の鍵、髪ゴムが並べて置いてある。
 髪ゴムを腕に巻き、それ以外を服のポケットにとりあえずツッコミ、猫缶だけ消えているのに気付くが、それは後で聞こうと思う。

 身だしなみを整え終え、ベッド脇に揃えて置いてある自分のサンダルを見る。
 服との相性が悪い。
 だが、違和感を覚えているのは、この世界では彩芽だけだろう。

 借り物とは言え、上下は揃えたいなと惜しく思いながら部屋を出ると、昨日に比べると明らかに仕立ての良い服に身を包んでめかしこみ、髭と髪をキッチリ整え、別人の様な清潔感を獲得したストラディゴスが部屋の前で待っていた。

「おおっ! とてもよく似合っているぞ。さあ、これも」

 部屋を出てきた彩芽に対して何故か緊張しながらも、抑えられない興奮がこもった賛辞を贈るストラディゴス。

 その手には、彩芽が着ている服と合わせても違和感の無い、革のロングブーツがちょんと指先につままれていた。
 トータルコーディネートの問題は無くなったが、ものすごく蒸れそうである。

「あ、ありがと」

 ブーツを受け取り、ストラディゴスの部屋に戻ると椅子に座って履く。
 もう服を着たのに、なぜかストラディゴスは部屋の外で待っていた。

 ブーツを履き終えると、ブーツのサイズが少し大きく指先に余裕があった。
 靴ひもを結び終えると履き心地自体は、かなり良い感じである。

 立ち上がって絨毯の上で踵を鳴らすと「カッ!」と、絨毯の下の石畳に響くこもった音がした。
 ただ、石畳では油断すると昨日の様に滑りそうで、少し怖い。



「着替えたよ」
 廊下に出ると、ストラディゴスが変わらぬ姿勢で待っていた。

「靴はどうだ?」
「うん、ありがと。いい感じ」
「そうか、それならよかった。痛かったらすぐに言ってくれ」
「ありがと……」

 なんなのだろう、違和感を彩芽は感じる。
 好意、の様ではあるが、異様に優しい。

「これから朝食のあと、魔法使いの部屋を訪ねようと思っていたんだが……アヤメ、大丈夫か? なんだ、顔色が良くないが」
「……大丈夫、二日酔いだから少し休めば……」

「それなら、部屋で待っていろ。魔法使いには、調子が戻ったら会いに行くと伝えておけばいい。それと、すぐに酔い覚ましを貰ってきてやる。多少楽になると思うぞ」

 やはり、昨日ブルローネで彩芽を部屋に泊める事を渋っていたとは思えない対応である。

「……なんか、ほんとごめんなさい」
「ははははは、そんな事で今更いちいち謝るな。酒を飲ませたのは俺だぞ? それに、昨日の事に比べれば全然大した事無いじゃないか」

「昨日? 私をブルローネに連れ込んだ事?」
「いや、あれはすまなかったが、それじゃなく」
「え、あ、ごめん。他に何かあった?」

 沈黙があり、ストラディゴスが急に言葉を選びだす。

「まさか……覚えていないのか? 昨日の夜の事」
「……お酒飲んだ後の記憶が……起きるまでほとんど無いです……」

 彩芽のカミングアウトに、ストラディゴスは、どう説明した物か考えながらしばらく目が泳ぐ。
 明らかに動揺している事が彩芽にも分かり、急に怖くなる。

「何か、あった?」
「夕食は? 覚えているか?」
「そこは覚えてるよ」
「じゃあ、店を出た時は?」
「なんとなく、確か私が気持ち悪くなって店を出た様な」
「じゃあ、タバコは?」
「タバコ? なにそれ?」

「……わかった。気にしないでくれ。酔い覚ましだったな」
 そう言ってストラディゴスは逃げようとする。
 彩芽は、逃すまいとストラディゴスの服の裾を捕まえた。
 彩芽の力で止められる相手では無いが、ストラディゴスはリードを引っ張られた躾けの良い飼い犬の様に戻ってくる。
 しかし、その顔は明らかに秘密を抱えていた。

「待って、ここまで言われたら気になるから! 何かしたの!? それともされたの!? もしかして酔った勢いで!?」
「いやいやいや、待て待て待ってくれ、一度落ち着け! 俺はお前に変な事は何もしていない! 先祖に誓っても良い!」

「何!? いいから教えて! 何があったの!?」
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