江ノ島の小さな人形師

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江ノ島の夏休み

木屑

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 羽香奈は葉織がこれまでに作った流木の人形を見るのが好きで、時間を持て余している隙を突いてはひとりで倉庫へ入り、眺めていた。

 自分の知らないこれまでの葉織が江ノ島で出会った人々との触れ合いが、彼の作った人形を見ていると想像できる。

 想像などしなくても葉織本人に訊いて確かめれば手っ取り早いのだが、

あえて「想像して」、勝手に考えることが楽しいのだから仕方がない。

 何でもかんでも本人に確かめれば良いわけではないのだ。

 今日も昼食後、自室で食休みしようという葉織とドアの前で別れて、羽香奈は倉庫に入った。

「あれ?」

 すぐに、普段との変化に気が付いた。

 棚の一番手前に置かれていたはずの人形が形を変えて、ただの木屑になっている。

 なぜすぐに気が付いたかといえば、この部屋に飾られている人形の中に限れば、それは葉織のごく最新に近い作品群であり、最前列に置かれていたから。

 そう、あの日。

 葉織と羽香奈が初めて会った日に、下の宮で出会った男性の人形。

 羽香奈はさっそく葉織の元へ向かい、疑問を解消する。

 彼は勉強机の椅子に座り、波雪の遺影と窓の外の景色を併せて眺めて物思いに耽っているらしかった。

「ああ、これ……」

 羽香奈と連れだって倉庫に来た葉織はひどく残念そうな顔になって、しゃがみ込み、棚の最下層の奥深くに手を伸ばす。

 そこから取り出したのは蓋のない木箱だった。

 お酒を飲むのに使う枡をかなり大きくしたような形で、底の方に浅く木屑が積もっている。

「こないだのおじさん、もう、亡くなったのかも……」

「えぇ……? 
どうしてそんなことがわかるの?」

 葉織は手のひらでやさしく木屑を寄せ集めて、木箱の中へそれを納める。

「この人形、その人の心を使って形にしてるからかな。
本人が亡くなると形が崩れるみたいなんだ。

だから崩れてるのを見つけたらこうやってためておいて、毎年お盆になったらお焚き上げしてる。
今年はじいちゃんと一緒にやるつもりだった」

「おじいちゃんと?」

「昔はばあちゃんもお母さんも一緒にしてたんだけどね。
ばあちゃん、最近物忘れがひどくなって、オレがこういうことしてるって忘れちゃったんだよ」

 木箱を元の位置に戻して、自室に戻る。

 波雪の遺影の前に置かれた小皿の中に納まった木屑を示す。

「これも元は、オレが作ったお母さんの人形だったんだ……
お盆になったらお別れだね」

「……お別れって、どうしてもしなきゃダメ?」

「え……?」

「お骨はお墓に納めなきゃいけないってわかるけど、お別れしたくないなら、その木屑は葉織くんが持ってたっていいんじゃないかな……」


 なんとなく、葉織がその木屑との別れを躊躇っているような気がしたから、羽香奈はそう提案してみた。

「……ありがとう。
お盆になるまで考えとく」

 お盆にはちょうど、波雪の四十九日が重なる日程なので、今はここにある彼女の遺骨も潮崎家代々の墓に納める約束になっている。

 同じ日にお焚き上げもしようと半蔵と話していた。


 事情を知った羽香奈はもう一度、倉庫に戻り、改めて人形を見て考えていた。

 作られた人形のご本人が亡くなると、形が崩れる。

 だとしたら、この人形を意図的に害したらその人に影響はあるのだろうか。

 だから葉織とその家族は、彼の作った人形を粗末には出来ず、こうして安置しているのだ。

 こんなにたくさんあっても、無闇に捨てることが出来ずにたまっていく……。

 人形の持ち主に事情を話して、ご本人に持ち帰ってもらえたらいいんじゃないかと思うけど、だったらその事情をどう説明する?

 考えても羽香奈にはわからなかった。

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