25 / 37
ハッピーエンドへ sideグレス
本当の応援
しおりを挟む
ノア様からお申し出のあった翌日一日は、テラ様が剣闘場跡地にて催しを行う予定であると掲示するため空けることにして、二日後にお披露目することになりました。
「すみませーん、危ないのでこの縄の内側には入らないようにしてくださ~い」
ノア様は集まり始めた人々にそうお声掛けしながら、長い縄を芝生の地面に、テラ様を中心にかなりの広範囲を円で囲うように置いていきます。その間、テラ様は黙々と、自らの芸に必要な道具の組み立てをしています。
「皆様、お久しぶりです。何年か前にこちらの剣闘場で皆様のお目にかかっていた『傷なしランセル』がグランティスに帰ってきました! ボクのことは知らないって? 黒子みたいなものなんで、ボクの言うことはランセルが話してると思ってご傾聴くださいね~」
愛嬌たっぷりの笑顔でノア様が溌剌と述べますと、観衆から小さな笑いが起こりました。
「ではとりあえず、皆様にとっても懐かしいのではないでしょうか。こちら、グランティス独自のものとは異なる一般的なものですが、サーベルの模造刀でございます」
テラ様は両手に模造刀をぶら下げて、いたって気楽な調子でそれらを順番に、上空へ放りました。青空のただ中をくるくると回転しながら舞った双剣は、テラ様の手元に戻ってくると彼は難なくそれを受け取りました。
その芸はきっと、他国でも変わらず披露されてきたものでしょう。しかし、グランティスの剣闘場を愛した人々にとっては殊更に、感慨深く映ったはずです。テリア・ランセルの名を最初に有名にした百人抜き。剣闘場の中を百の武器を弾き飛ばし、舞わせた彼のサーベルさばきを想起したでしょうから……。
それから、竹馬の上に手を放したまま立ち、お手玉のように模造刀を投げて右へ左へカニ歩き。今度はご自身がそこからエビ反りの体勢で飛び降りて地へ着くまでに二回転もし、竹馬が倒れてしまう前に足で支えたあげく、先に投げたサーベルを両手で受け止めます。ノア様が縄で広く場所を確保したのは、竹馬の受け止めが失敗した際に観衆に当たってしまわないように、という配慮なのでしょう。
まだまだ習練の途上と言っていた通り、何かの上に乗って模造刀を投げるの繰り返しで単調さはありました。それでも、見事な技を見せていただきました。
最後には、剣闘士の試合終了直後には一度も見せなかったような満ち足りた笑顔で、ぺこりと頭を下げました。もちろん、観衆は立ち上がり、拍手喝采でした。
わたくしは観衆から少し離れた場所にてそれを見守っていて、目尻に浮いてきた水滴を指先でそっと拭いました。あんまりにも細くて、弱々しくて。懸命に生きる市井の女性方と違って整いすぎた指先。わたくしはその指先が、あまり好きにはなれません……。
彼が剣闘士として活動していたあの頃。わたくしは彼の心が少しでも楽になるような力添えが、何ひとつ出来ませんでした。それどころか……彼がその活動を心から楽しんでいないと知りながら……闘う彼を応援することをやめられませんでした。わたくしが、彼の闘う姿を愛していたから……それが、心から申し訳なくて、いたたまれなくて。
彼は今、本当に自分が楽しいと思える道を見つけて、あの頃よりずっとずっと輝いていました。これからわたくしは、新しい道で頑張る彼の歩みを応援することが出来る。勝手ですが、それが嬉しくてたまらなくて。思わず涙が出てきてしまったのでした……。
「すみませーん、危ないのでこの縄の内側には入らないようにしてくださ~い」
ノア様は集まり始めた人々にそうお声掛けしながら、長い縄を芝生の地面に、テラ様を中心にかなりの広範囲を円で囲うように置いていきます。その間、テラ様は黙々と、自らの芸に必要な道具の組み立てをしています。
「皆様、お久しぶりです。何年か前にこちらの剣闘場で皆様のお目にかかっていた『傷なしランセル』がグランティスに帰ってきました! ボクのことは知らないって? 黒子みたいなものなんで、ボクの言うことはランセルが話してると思ってご傾聴くださいね~」
愛嬌たっぷりの笑顔でノア様が溌剌と述べますと、観衆から小さな笑いが起こりました。
「ではとりあえず、皆様にとっても懐かしいのではないでしょうか。こちら、グランティス独自のものとは異なる一般的なものですが、サーベルの模造刀でございます」
テラ様は両手に模造刀をぶら下げて、いたって気楽な調子でそれらを順番に、上空へ放りました。青空のただ中をくるくると回転しながら舞った双剣は、テラ様の手元に戻ってくると彼は難なくそれを受け取りました。
その芸はきっと、他国でも変わらず披露されてきたものでしょう。しかし、グランティスの剣闘場を愛した人々にとっては殊更に、感慨深く映ったはずです。テリア・ランセルの名を最初に有名にした百人抜き。剣闘場の中を百の武器を弾き飛ばし、舞わせた彼のサーベルさばきを想起したでしょうから……。
それから、竹馬の上に手を放したまま立ち、お手玉のように模造刀を投げて右へ左へカニ歩き。今度はご自身がそこからエビ反りの体勢で飛び降りて地へ着くまでに二回転もし、竹馬が倒れてしまう前に足で支えたあげく、先に投げたサーベルを両手で受け止めます。ノア様が縄で広く場所を確保したのは、竹馬の受け止めが失敗した際に観衆に当たってしまわないように、という配慮なのでしょう。
まだまだ習練の途上と言っていた通り、何かの上に乗って模造刀を投げるの繰り返しで単調さはありました。それでも、見事な技を見せていただきました。
最後には、剣闘士の試合終了直後には一度も見せなかったような満ち足りた笑顔で、ぺこりと頭を下げました。もちろん、観衆は立ち上がり、拍手喝采でした。
わたくしは観衆から少し離れた場所にてそれを見守っていて、目尻に浮いてきた水滴を指先でそっと拭いました。あんまりにも細くて、弱々しくて。懸命に生きる市井の女性方と違って整いすぎた指先。わたくしはその指先が、あまり好きにはなれません……。
彼が剣闘士として活動していたあの頃。わたくしは彼の心が少しでも楽になるような力添えが、何ひとつ出来ませんでした。それどころか……彼がその活動を心から楽しんでいないと知りながら……闘う彼を応援することをやめられませんでした。わたくしが、彼の闘う姿を愛していたから……それが、心から申し訳なくて、いたたまれなくて。
彼は今、本当に自分が楽しいと思える道を見つけて、あの頃よりずっとずっと輝いていました。これからわたくしは、新しい道で頑張る彼の歩みを応援することが出来る。勝手ですが、それが嬉しくてたまらなくて。思わず涙が出てきてしまったのでした……。
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです
雨野六月(まるめろ)
恋愛
「彼女はアンジェラ、私にとっては妹のようなものなんだ。妻となる君もどうか彼女と仲良くしてほしい」
セシリアが嫁いだ先には夫ラルフの「大切な幼馴染」アンジェラが同居していた。アンジェラは義母の友人の娘であり、身寄りがないため幼いころから侯爵邸に同居しているのだという。
ラルフは何かにつけてセシリアよりもアンジェラを優先し、少しでも不満を漏らすと我が儘な女だと責め立てる。
ついに我慢の限界をおぼえたセシリアは、ある行動に出る。
(※4月に投稿した同タイトル作品の長編版になります。序盤の展開は短編版とあまり変わりませんが、途中からの展開が大きく異なります)
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
(完結)王家の血筋の令嬢は路上で孤児のように倒れる
青空一夏
恋愛
父親が亡くなってから実の母と妹に虐げられてきた主人公。冬の雪が舞い落ちる日に、仕事を探してこいと言われて当てもなく歩き回るうちに路上に倒れてしまう。そこから、はじめる意外な展開。
ハッピーエンド。ショートショートなので、あまり入り組んでいない設定です。ご都合主義。
Hotランキング21位(10/28 60,362pt 12:18時点)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる