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三日目。昼前

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 暫くして、呆れるほど大きな部屋もあれば、逆に驚くほど小さな部屋もあった。
不揃いな階層というのが最初に感じた言葉だろう。やがてその感想は致命的な間違いだと知らされるのだが、サラサたちは戦闘が増えたことでその事に気が付けないで居た。

何度か戦ってはサラサの為に休息し、再び歩き出しては戦闘に出くわすという有様である。

「すまん。取りこぼした!」
「我は先の口上を繰り返すものなり!」
 その部屋で出くわしたのは蜂の怪である。
無数に居る上、宙を舞うし素早いわと地に足を付けて戦う者の天敵である。もちろん魔蜂から見れば言いたいこともあるだろう。この塔の中では空を飛んで逃げられないのだから。

だが、白兵戦で倒し難い相手だが華奢なので魔術師向きであり、サラサならば簡単に倒すことが出来る。ただし、彼女の加護が問題になる。

「悪い、体は大丈夫か?」
「厳しいけど倒れる程じゃない、から、平気じゃない……けど、少し休めば大丈夫」
 ケンプが駆け寄るとサラサは心配させまいと手で押し留めた。
だが彼女の顔色は真っ青で、風の刃を操って魔蜂を真っ二つにした魔術師には見えない。おそらく生命力が減り過ぎて、体が悲鳴を上げているのだ。

休みながら進めば問題ないとはいえ、時間は刻一刻と過ぎていく。

「そろそろ行こうか……」
「もう少し休んでいけ。まだフラフラしているぞ。途中で倒れられる方が俺達も困る。だから今は休んでおくんだ」
 無茶をしようとするサラサの腕をケンプが掴んで止めた。
実際に『歩きながら回復すれば問題ない』と言って倒れた事がある。疲労困憊で少しずつ……という風情ではなく、意図が切れたように突然倒れる。

それは実に気分が悪いし、人を酷使していると思えば二重の意味で気分が悪い。

「兄ちゃんもうちょっと言いようはあるだろ? でも俺たち本気で姉ちゃん心配してるんだよ」
「うん。判ってるんだけどね……」
 このころに成るとジュートはサラサの雑嚢も背負っていた。
敵が来れば戦うのはケンプだし、槍の類を拾っても体の小さいジュートではゴブリンを牽制するのが精々だ。杖にしたり投げつけるために持っているだけで、穂先が折れればそのまま捨てていく。

このままでは次の試練に辿り着けるのか? そう思っていたところで一人の坊主に出くわした。

「兄ちゃん。坊さんが誰かに話をしたり、何か話を聞いてる!」
「俺たちが下でやったような伝言か? そろそろ次の試練が近いのかもしれんな」
 次のポイントが見つかったのもあるが、サラサが心配なので思わず声が弾む。
その先に強い魔物が居るのか、それとも下の様に何か問答でも待っているのだろうか? 面倒なのは問答の方だが、今はとにかくサラサを休ませてやりたかった。

そう思って話慣れたケンプが代表して前に出る。

「すまない。この先に祭壇へ至る難所があるのだろうか?」
「あるとも言えますし無いとも言えますのう。これ以上は試練の内容を教えてしまう事にもなりますので、心当たりがあるなら自分で体験された方が良いでしょうな」
 坊主の言葉は煙に巻くようだった。だが、ケンプには心当たりがある。
試練や啓示の内容を知っていると、それに挑む資格や受け取る資格を失うのだ。迂闊に聞いてしまったら試練そのものに挑めないし、それこそ行き詰まりであれば、誰かが『壁』を突破するまでここで足止めに成ってしまう。当然ながら啓示し従って加護を変更する権利を受け取ることも許されない。

その事に気が付いたケンプは静かに頭を下げて坊主の配慮に感謝を示した。

「ご配慮痛み居る。覚えがあるのでもう少し見てから判断したいと思う。時に御坊、治療の術なり薬草の宛はないだろうか? 連れが体を悪くしていてな。喜捨は行うので可能ならば治療を施していただきたい」
「そうされるがよろしかろう。どれ、診させていただきますかな」
 ケンプが財布ごと渡すと、坊主は口を開いて一部のみを受け取った。
寺院に奇跡を嘆願して喜捨を施すより余程に安い。この行いが奉仕であることもそうだが、そもそも寺院が神の奇跡を代行するのに手一杯だから、足切りの意味で高額の喜捨を求めているのだ。坊主たちはその一部を炊き出しなどに利用しているが、炊き出しをしない代わりに喜捨を安くしないのは、求める全員の治療が出来ないからである。

坊主がサラサの頭に触れると、ほどなくして顔色が良くなっていく。

「ジュート。何か気が付いたことはないか? 何でも良い」
「えっと、さっきから同じ人が行ったり戻ったりしてるんだけど……。もしかして、見つけられないんじゃないかな? おっきな壁があるんだったら動かないじゃん?」
 ケンプも言われて見回してみるが、同じ者たちが右往左往している。
この事を考えれば確かに道が塞がれているわけではないようだ。それを考えれば、入り口が見つからないというのは有り得そうな話だった。あるいは単純に、大きな壁の手前に鍵となるナニカを要求されている可能性もあるが……。

ケンプは首を振ってその考えを否定する。

「あの動きは確かにこの辺りを徘徊して居るな。壁に難問があって探して居るなら、あんな動きはせん。横壁に隠し扉でもあるのか、それとも下にあった試練の様に穴でも……どうした? 何かに気が付いたのか?」
「え? いや、別にそうじゃないんだけど……穴?」
(……完全に記憶がないのか。無駄に徹底して居るな)
 何処かに啓示を与える祭壇が隠されているのだろう。
そう思ってケンプは城に付き物の隠し扉や、穴の向こう側にあった祭壇の事を引き合いに出す。だが不思議な事にジュートはそこで何があったかを思い出せないようだ。

不信心の罰に彼に憑依し、試練の内容を見聞きできない様にすると神は告げていたが、どうやら事後に説明しても駄目らしい。

「そうだな。その件は忘れて良い。多分だが隠し扉が仕掛けてある。俺は足元を探すから、お前は壁を探せ」
「そう言う事か! あいよ! 俺に任せてくれよ!」
 話しても駄目だろうと判断したケンプはジュートに横穴を探させた。
床に穴があるタイプは、もし発見したとしても記憶が飛ぶ可能性がある。そう思って探し始めるのだが、おかげ様で判った事があった。

不思議な事がもう一つあり、右往左往する人々の身長が上下して見えるのだ。

「そう言う事か! 基本形は判ったぞ。だが……なんと難儀な……サラサ、宝石を一つ借りるぞ」
「ホント!? どんな謎なんだよ兄ちゃん!」
「ほう……」
 ケンプは何事かに気が付き、その検証のために更紗の荷物を取り出した。
ジュートが預かっている雑濃ではなく、商売道具である宝玉や宝石が入っている袋である。そこから真球の水晶を取り出した時、先ほどの坊主が僅かに唸った。

そして静かに小さな珠を床に置くと……。

「どういう事だよ!? 勝手に転がって行っちまうぜ!」
「塔と部屋の造りに騙された。ジュート、人を集めろ。この階層は全体が歪んでやがる。高い場所と低い場所を組み合わせて、祭壇の間を隠してやがるんだ」
 コロコロと転がる水晶球。それに追いつけたのは小さいからこそだ。
もしこれが良い重さの珠であったら、自重と径の問題でかなり転がっていたかもしれない。小さいからこそケンプが素早く動くだけで回収できたのである。

珠を袋に戻すと、ケンプは次に自分の荷物から染料と筆を取り出した。

「いいか? この床が傾いている様に、部屋を介して大胆に間取りが取られている。流石に塔の中にもう一つ塔があるとは言わんが、部屋が隠されて居ても判らんぞ。問題なのは強力な魔物や大がかりな罠と併用されたら危険だってことだ」
「判った。見つけても迂闊に飛び込むなという事だな?」
「可能な限り情報は集めよっか。ひとまず何処が怪しいかね」
 ケンプは簡単に四角を描き、その周囲に大小様々な資格を描いた。
実際には四角い部屋ではないが、集まった者へ簡単な説明をするにはこれで十分だ。要するに寄木細工の要領で、中に空洞を作って、そこに祭壇を収めているのだろう。

問題なのは迂闊に飛び込んでしまうと、大きな部屋の天井から落下だとか、暗闇の向こうに虎が待っているとか普通にあり得る事だった。

「そういう事なら私が何とか……」
「もうちょっと休んで居ろ。せめて場所が特定できるまで待て。何の術を使うか知らんが、多用して調べ回って居たらお前が持たんぞ? ここぞと言う時では頼りにしているから、今は安静にしているんだ」
 サラサを押し留めようとしてケンプは思い直した。
ジュートに注意されたのもあるが、無茶をするタイプは止めたくらいでは止まらない。ケンプ自身が国元ではそう言われており、随分と周囲に心配されたものだ。それでも止まるとしなかったのだから、彼自身がちゃんとした理屈でなければ止まらないと判っていた。もう少しだけ休んでいろと面えると、サラサは目を閉じて寝息を立て始める。

そんな二人のやり取りを見てずっと診ていた坊主が声を掛けた。

「相当に疲労しているようだが。もしや代償が大きな術なのかね?」
「いや。神の血や竜血玉と呼ばれる加護の反動で、命を減らして術を使うんだ。普通はここまで極端じゃ無い筈なんだが……かなり強い加護なのか、あるいは華奢な分だけ反動が強いのか……。俺は後者だと見ている」
 本来は他人に話すような事でもないが、心配しているがゆえに事情を話す。
いや、ある意味で期待しての事だろう。現在の状況は袋小路に詰まって居るのであり、これ以上はサラサに無茶をさせられない。仮にこの坊主が本格的に治療できるような奇跡の使い手であれば、今後に定期的に診せたいところだ。そうなればサラサも旅がし易いだろうし……もし近い場所に済んでいるのであれば、加護を取り換えずとも定期的に診療を頼めるかもしれない。

もちろん、その為の代償は払うとして、だ。

(いかんな。我ながら自分本位な物だ)
(サラサには才能がある。そう思えば手放すのが惜しく成って来る)
(術を使った回数から考えても、おそらく魔力を使用していない)
(生命力と魔力をその都度に併用しているのではなく、純粋に命だけを消耗しているからの反動だろう。適正に使いこなせば、サラサはそのままでも『化ける』訳だが……問題は本人がそんな事を望んでいない事か)
 サラサに関して言えば、加護を変えられずとも良いのではとケンプは思う。
知識の問題や彼女が仕えている国の問題もあるのだろう。宮廷魔導師団の規模が大きい様だが、単純に一人の術者としての才能であれば、術を使う前に時間を掛けることのできる宝玉魔術師は彼女の加護に見合っているのだ。人材コレクターの面があるケンプとしては、この点だけでも惜しいと思う。

だが、それ以上にケンプはこの事を彼女に伝えて雇いたいと言う気はなかった。

「惚れた弱みなんだろうな。自分が思う事の為に歩くなとは言えん」
「ほっほっほ。一目惚れとは……若い者は良いですのう。じゃが……そう言う事ならば拙僧が役に立てましょう。流石に万事解決とは行かぬでしょうがのう」
 ケンプは二日前、あの日に運命と出逢った。
空飛ぶ魔物に追われて困っていた旅の一行。己のルーツを投げ捨てねばならぬ旅に出た彼にとって、これ以上は何も捨てたくはなかった。家の取り決めにより当主候補以外が権能を持って生まれたならば、捨てねばならぬその力。その旅路の果てに魔物に食われて死ぬのか? そう思った時にサラサが現れたのだ。

彼女もまた自分の矜持を曲げたくなかっただけなのだろう。だが、それでも運命と出逢ったのだと思いたいケンプであった。

「この一揃いに成った紙人形をお持ち為され。右の紙を持つ者が受けた呪いや衝撃を、左の紙を持つ者が受け取りますでな。本来は相互に作用するのですが……そこはそれ、効能に比して率を下げておりまする。あまり過信は禁物ですぞ」
「……御坊。かたじけない」
 それは折り紙で作った二つの人形だった。
いわゆる形代人形というモノで、符蟲道やその系譜を引く神仙導師や陰陽師が用いる秘術の一つである。本来ならば白を黒とし、黒を白とする。右が受けた全てを左に移し、左が受けた全てを右に移すことで呪い殺したり、呪詛を引き受けるための呪術であった。

この力を使えば、サラサが失う生命力までは補えずとも、出血による朦朧くらいならば引き受けられるであろう。

「そう言う事なら最初は俺が引き受けるよ。兄ちゃんは戦う必要があんだろ」
「ジュート。お前はまだ小さい。痛みを引き受けてたらいつ死ぬか判らんぞ」
「……俺に限ればさ、どう考えてもこの旅でお別れじゃん? ならこの旅だけでも協力したいんだよ。この塔に登ってまで、何もしてないじゃつまらねえじゃんかさ」
 その時、不意に坊主の手から左の紙人形が消えた。
ジュートはすかさず懐にしまい、ケンプが取り返そうとするのを邪魔してしまう。そして少年が寂しそうに呟けば、ケンプとしても止めようがなかった。たかがスリの少年である、誰が役に立つと雇うのであろうか?

だが、スリにはスリの矜持がある。お恵みで生かされて何が嬉しいものか。そう思うからこそ、ケンプは取り戻せないで居た。もちろん、彼の様な出自を持つ者がスリを小姓にするなど許されまい。

「仕方ないな。そいつは限界が来るまでお前に任せよう。御坊、このケンプに何か出来る事があればお申し付けくだされ」
「これもご縁ですかの? まあ、試練を乗り越え啓示を受けてからです」
 坊主はあえて自分の名前を教えず、ケンプの名乗りに応じなかった。
もし、この場で判れるのであれば例など不要。手慰みの呪術で報酬を取る気が無いということだろう。もちろん、この後にもお互いが旅をするのであれば話は別だ。その時こそ報酬をもらう事になるだろう。

お互いにその事を理解した所で、再び人々が集まって来たのだ。
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