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一日目。夕方

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 サラサが目覚めた時、パチパチと言う火花の音を感じた。
天幕に満ちる暖気は薪をふんだんに使っているのだろう。雪道を行く旅の途中であることを考えればなんて贅沢……。

そう思った瞬間、弾ける様に飛び起きた。
いや、正確には起きようとした。だが、悲しいかなボロボロの体は思うように動いてはくれない。

「ヤバっ、あれからどのくらい……もう時間が……」
「起きたのか。少しゆっくりして行け」
 サラサは気絶する前に何をしたのか、自分の目的が何だったかを思い出す。
体力を使い果たして迂闊にも寝入ってしまったのだろう。『反動』を考えれば生きているのは幸いだが、ダルマの塔で使うための時間は無駄には出来ない。今の場所が何処なのかは知らないが、辿り着いている様には見えないので急ぐ必要があった。

天幕の外に見える太陽の傾きと力の戻り具合を勘案して、半日ほど寝入っていたという事実に歯噛みする。

「説明は必要か? 不埒な事はしてないぞ。これでも恩にはうるさいんでな」
「いい。時間が惜しいし、変な事をされてたら私はとっくに死んでるから。それじゃっ」
 サラサは首を振りながら商売道具である杖を探した。
彼女は宝玉と宝石を操る魔術師であり、旅するために加工してもらった専用の杖に頼っていたのだ。持ち歩きに便利なのだが、咄嗟の時に隠したり『術を変更』し難いのが偶に瑕である。

そして傍らにあった杖へ今更のように気が付くと立ち上がろうとした。

「止せ。お前さんは今まで倒れてたんだぞ。その顔色で送り出せるか」
「……そういう加護なのよ。準備も無く強い力を使うと命を激しく削られるの」
 男から見ると助けられた借りを返してるつもりだから強く出れない。
サラサから見ると借りを返すためとはいえ、自分も足を止めてまで看病してくれた相手だから下手に出ていた。しかし、これ以上は許容できない。微妙な加護を持つがゆえに王宮魔術師では居られなくなりそうなのだ。だからこんなところではちんたらやって居られない。本当は話す気のなかった加護の話をしたのは、せめてもの返礼のつもりだった。

だが、結果から見ればそれは失敗だった。男は自分の気に入った相手に対しては、おせっかいだったからである。

「だから、判るでしょ? 焦ってるの、わ・た・し・は!」
「なるほど『神血』イコルか。どうりで眠ってるだけには見えなかった筈だ。そしてお前さんが容易く天候を操った割りに焦ってる理由も判った。なら、俺が言うべき忠告は一つだけだ」
 サラサの故郷では『竜血玉』カーバンクルと呼ぶ、魔術師が使うと微妙な加護だ。
加護そのものは強い部類に入るのだが、生命力を消費するという点で扱い難いのだ。それでも先ほどの様に儀式も無しで強力な術を使えるという利点はあった。サラサが王宮魔術師団に選ばれたのも、そして同レベルの術者が集まると追放されかかっているのも、この微妙さ加減であった。もし神官戦士や魔法戦士ならば英雄に成れただろうと言われても、皮肉でしかない。

加護とは本来、容易く他人に話す事ではない。そして崖っぷちに居る彼女が恥を隠してまで告げたのだから、男としても何時までも足止めは出来なかった。彼女を助けたいのであって、邪魔したいわけではないからである。

「何? 言う事あるなら早めに言って。頭に登らせる血すら惜しいんだから」
「そうだな。だから一言で済ませよう。『どの塔』に登る気だ?」
「は……?」
 フラフラしながら杖を頼りに立ち上がったサラサに男は言葉を投げた。
ぶっきらぼうでありながら、サラサが立ち止まると確信して居る様な言葉の重みある。この時のサラサは身動きできないでいた。彼女の聡明な頭脳をしても、この重大な発言の終着点を見抜けなかったからだ。いや、真実かと聞かれたら事実なのだろう。だって、こんな所で嘘を言っても全く言いが無いのだから。

だから血走った目でサラサは問い返すことにした。

「ねえ、それってどういう事よ。まさかダルマの塔が幾つもあるって言うんじゃないわよね!? 世界に立った一つだって……」
「焦るな。三つで一つの三叉塔であるだけだ。そして座れ。俺が調べた貴重な情報をタダでやる。普通ならば現地ですら一日掛けて調べないと判らない詳細もつけてやる」
 それはサラサが呆然となるには十分な衝撃であった。
ダルマの塔が複数あるだなどと聞いたことはなかった。ただ、三叉塔というならばあり得る範囲だが……重要なのは先ほど『どの塔』なのかと問うたことだ。あれはサラサの注意を引くだけではないだろう。意味合いとして、塔ごとに意義の差があるのだと推測できてしまった。

そして彼が持ちかけた取引にサラサは応じるしかなかった。

「本当なんでしょうね? 嘘だったらぶっ殺してやるから」
「好きにしろ。お前に助けられた命と誇りだ。それに判ってるんだろう? 嘘を吐く意味が無いってな」
 投げつけられた反論にサラサは二の句が告げられないでいた。
悔しさのあまり顔が真っ赤になる。怒りの矛先を向けた相手に、何とでもしろと返されたらこうもなろう。何が悔しいかと言って、その言葉を疑う予知すらないという事だ。サラサとは全く関係ない人物が借りを返すためとはいえ世話を焼いてくれ、時間が惜しいからと断ろうとしたら、体を休めさせるためとはいえ重要な情報をくれると言ったのである。

それを疑うことも恥辱だが、何より情報が欲しいと強請りたい自分の浅ましさにサラサは恥ずかしくなった。

「……っ」
「俺の名前はケンプ。後でオマケをやるから今は大人しく聞いとけ。三つの塔は立場の違う三神が、世界を保つバランスの為に交渉して建てられたものだとされる。世界と全ての存在に法を与える、秩序と均衡の神。どちらかといえば魔族側である自由と活気の神。最後に人間を保護する大地と安寧の神だ。当たり前だが三柱の神ごとに重視するモノが違う」
 初めて聞く話だが、言われてみれば理解できることがある。
神々によって特性も相性もあるし、信仰や加護に関して思う事もあろう。いずれにせよ神々が『不利な加護を入れ替える』などを素直に許してくれるだろうか? 奉仕と義務の果てに越えるべき試練があり、そして与える試練の内容も許容できる変更のない様だって違うだろう。

サラサは黙ってその話を聞いていたが、一区切りしたところで続きを促した。

「塔ごとにどんな差があるわけ? もちろん現地でも調べるつもりだけど」
「そうしとけ。納得は何より重要だからな。まず全体的に言えるのは、世界の人々とって手に余る存在が神の力で倒すべき試練として集められている。どの魔物も現地の戦士や術師にとって手に一筋縄では行かない相手だ。だが、塔に集まった者が手を貸し合えば、倒せる可能性の高い相手ではある。中央の塔を除いてな」
 なんとなく判る事があった。大多数の人間は加護を変えようとは思わない。
そんな事を思うのは、徹底的に加護に苦しめられた人間であり、加護を取り替えるほどの努力をすればもっと大成できると信じている自信過剰で傲慢な……ある意味で切実な人間たちである。世界の中でも上澄みと言える連中では無いしろ、それに準拠した力を持っているだろう。判り易く言えば、サラサだって自分と同じ連中が十人居れば大概の問題を突破できると信じていた。

その上で忠告をするという事は中央の塔は余程に危険な場所なのだろう。

「中央の塔は純粋に神への奉仕を魔物退治で行う様な場所だ。残り二つの塔で何階も登って初めて得られる成果をたった一階で成し遂げる。それでいて、特に成果も報酬も無い……ただ神に認められるためだけの塔だ。登れたらそれだけで英雄だし、神様だってそこらの小神くらいなら話をしてくれるだろうよ」
「そこまでの事を求めてるわけじゃない。とりあえず中央はナシね」
 世の中には世界の矛盾を何とかしたい、神に問いたい者も居る。
そういう人物が命を懸けて神に奉仕し、言葉を届ける為だけの場所。それが中央の塔であり、加護の変更など求めないのに、それでもやって来る本当の意味で世界の上澄みの連中がやって来る祈りの場所なのだろう。生憎とサラサにはそこまでしたいという奉仕心などはない。神様と会話できるチャンスがあったとして、どうしてこんな加護を授けたのか? と文句をつけるだけの話だ。

だから必然的に残る二つの塔を尋ねる事になる。

「大分落ち着いて来たな? よし、ミルクでも飲みながら聞け。俺も一杯ひっかける。どうせ今からだと獣道を夜中には知ることになるからな。同じ事なら夜明け前から早朝に掛けて飛び込もうじゃないか」
「ちゃんと飲むから説明する前に眠らないでよ」
 口を湿らせる為に出されたのは羊かなにかのミルクだ。
ケンプと名乗った男が手にしたのは、同じものを酒にしたと思われる癖の強い酒である。焚火の上に置かれていた鍋から掬って啜り、傍らにあった羊の肉に噛り付いて一心地を付けた。

その間にケンプは地面に三叉の塔を描き、中央に大きなX印を付けているのが見え……その仕草に不思議と安心できるものを感じた。

「向かって右側とされる自由と活気の神が司る塔は、何でもありだが破天荒だ。まったく無関係な加護を要求しても、それが神にとって面白いならば与えられるらしいな。代わりに要求される試練も風変りで、魔物退治の他に謎解きやら宝集めを要求される。『この塔の何処かに居る燕の子安貝を見つけて来い』とかな」
「何よソレ。まあ竜王の玉飾りよりはマシでしょうけどね」
 魔物退治はあくまで基本形なのだろう。
二人が例えた燕の子安貝だとか竜王の玉飾りというのは、とある海域を中心に知られる海賊姫の逸話である。海賊の娘で新しい頭領に座った美しい娘が、潜伏先で貴族たちに求婚されて、せっかくだから世界のお宝を集めようと強請ったという逸話らしい。

それはそれとして、試練や加護の変更という意味では、この塔がもっとも世界で知られる内容に近いだろう。

「残りの一つは? さっきのが魔族の神なら、今度は人間の神さま?」
「いいや。秩序と均衡の神だ。この神は厳格で、基本的には加護の変更なんか認めてない。ただ加護の使い道を自分で磨かせ、理不尽だと言うに足る問題があるならば、僅かに修正を認めてくれるらしい。こちらは判り易く杓子定規で、倒した魔物の数や質、あるいは奉納する素材の類が象徴になるらしいな」
 こちらは地道だが、得られる成果も地道で、本当に意味があるか判らない。
数多くの魔物を倒して、得られた成果が『貴重な経験を得られて良かったね』では救いようがないと思う。もちろんそれで魔術の腕前が上がったり、世にも貴重な素材が手に入るならば望む者も居るだろう。それこそ一角獣の角であるとか……そこまでかんが得た時、サラサの頭によぎるモノが在った。

息を吞むと上目遣いに成りながら話を中断させる問いを放つ。

「ねえ。もしかして、もしかしてよ……三叉塔全体を『塔』って言うなら、さっきの秘宝集めとか……」
「おっ。自力で気が付いたなら答えても良いか。ご丁寧に『知識として知る者には得られない』と封印がされていた情報だから、お前さんは大丈夫だと思うぞ。俺はその本を読んだ時点で駄目だけどな」
 サラサが恥ずかしがりながら尋ねたのが気に入ったのかケンプは微笑んだ。
嫌味さがなく、からかっているというよりは微笑ましいというところだろうか。肩をすくめて自分には無理だと添える辺り、この情報をせっかくだから誰かに渡そうと思ったのかもしれない。

この時点での計画だが、最初は自由と活気の神の塔へ訪れるのも良いかもしれない。ある程度を登って神の啓示を得られたら、さっさと他の塔で素材を探していくわけだ。

「いけない……なんだか眠く……」
「お休み。早朝までに起こしてやるから今は寝ると良い」
 目指すべき答えに辿り着いた時、サラサは猛烈な眠気を感じた。
無理もあるまい、ずっと歩き続けた挙句、強力な魔術を使って疲労困憊どころか大量の生気を失ったのである。そこに大きな情報を得られ、一歩前進したと思ったら眠くなるのも仕方があるまい。

こうしてサラサは多くの情報と、共に旅する仲間を手に入れた。
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