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第十一章
『こじらせた行方の意図を絶つ』
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降って湧いたイル・カナンでの大騒動。
現地入りどころか軍団を編成しても無いのに起きた馬鹿馬鹿しい騒ぎである。しかも様々なうわさが飛び交っているそうで、こちらとしては困惑するしかない。
とはいえ座してみることもできないので、列車に飛び乗ってレオニード伯の元へ移動する事にした。
「確認するがお前の方では何もしてないのだな?」
「そもそも担当が違いますよ。ひとまず農業圏から食料を集めておく指示は出しました。現地を信じるよりはマシでしょう」
外交も諜報も俺の担当ではない。というか内政・軍政の補助役でしかない。
マジックアイテムの作成やら魔術師の訓練をやっていただけで、特に援軍関連では手を付けてないのだ。スパイを派遣して現地工作をしていたのかとでも言われても困る。というか一番やりそうなヨセフ伯でさえ、戦争に必要な物資が供給されなくなるようなことはしないだろう。
レオニード伯の方も念のために尋ねたという風情で、そもそもオロシャはその手の工作が得意ではないのだ。
「こちらも確認だけしますが、西国……特に勇者や聖女に連絡は?」
「一応はな。だが敗北どころか現地入りしても居ないのに援軍要請などしてみろ、弱腰と罵られるし向こうも調子に乗ろう。塩を売り歩く連中に任せて世間話を持たせたくらいだよ」
おおむね予想通りで、こちらの想像を超えるものではない。
諜報と並んで外交が得意とは言えないオロシャは、挨拶回りくらいでそれも有力貴族をはけんしてあれこれするという程ではないのだ。勝手な口約束で他国の戦力を引き入れてないだけマシと思うしかない。もちろん俺も得意ではないので放置しているのだが……。
こちらの予想通りということは、もし方向性が違ったらその場合も予測通りに進んだのだろう。
「ありえる推測としては、イル・カナンが少しずつ進めていた世論工作が暴発したってところでしょうかね」
「……無能な味方というのは有能な敵以上に度し難いな」
馬鹿馬鹿しい話だが、御前会議ではヨセフ伯が実験を握りそうだった。
時が来ればそのままオロシャ軍を編成して出征を宣言しそうな勢いであったし、なんなら国境の通行や大河の航行で無効を無視して進軍を強要しそうな雰囲気すらある。前線で兵士の暴走は良くある話だし、武将クラスでも『功績さえ上げれば何の問題もない』と罪を長兄どころか評価してもらえるという風潮がある。
戦争に関しては指導者はマッチョな方が頼もしいし、勝てば官軍と言う所だろう。
「とはいえ、あのまま『コト』が進めば巻き込まれていたのは事実か。複数犯の統制が出来なかっただけとして……ここからどう出る?」
「一番良いのは当初の予定通りに来た回りで島を攻める事ですが……」
策謀と言うのはあらかじめ用意しておく必要がある。
誰が実権を握るにせよ、素直に援軍を送ってきたら今回の事件には巻き込まれていた公算が高い。だから予め『油』を用意しておいて、こちらの動きに合わせて『火』を点けるつもりだったのではないだろうか? そこに別件で勝手に火が点いてしまい、そのまま暴走したと見えるべきだろう。本来ならば『オロシャはまだ来ない。難民を動かすな』という指示が間に合わなかったというか、意味がなくなったわけだな。
とはいえ、やるべきことは現状に対処するしかない。
「まず建造中の大型艦の艦名を変更しましょう。流石にオロシアの名前を戴いた船の一番艦に何かあったら問題です。一番艦は技術検証のために誰も知らぬ場所にある事にして、二番艦として徐々に前に出しながら実績を作ります」
「予定よりも早く出して北回りで行くと脅すのか? まあ悪くは無いな」
大型艦であれば大量の物資が輸送できる。
重要なのはその事をイル・カナン政府にも一目で判る事だ。二番艦ということは複数あってもおかしくはなく、魔族の島を直接攻撃するのだと想像できるだろう。そうなれば『お前たちの国内の事は知らん。援軍は叩くから勝手に掃除していろ』と告げることが出来る。その上で国内の魔族退治に駆り出すのであれば、食料鳴り金銭なり……それも難しいならば適当なナニカで補ってもらうしかない。
そうなればイラ・カナンの土地を切り取る際に、切り取り勝手自由の『言葉だけ』ではなく、証書として残る可能性があった(それでも偽書だと主張する可能性があるが)。
「し、失礼します。キーエル伯爵夫人が至急のお目通りを願っておられます。その、ゴルビー伯爵にもご一緒いただきたいと」
「「リュドミラ夫人が?」」
その時、こちらの対策を大きく狂わせる一報が追加された。
面倒くさい事に、今までの話を上書きする馬鹿馬鹿しい一報である。もしイル・カナンで噂されている様に魔族の陰謀なのだとしたら、『この策謀を企てた馬鹿は誰だ!?』と突撃してやらねば気が済まないレベルだった。
俺とレオニード伯は顔を見合わせて、頷き合うと呼吸を整えることにする。
「それで、急な話とは何かね? 良き貴婦人がそう取り乱すものではないよ」
「失礼いたしました。ですが、由々しき内容の手紙が夫から届いたのです。それも同時期に三通も。みな同じ方向性ですが、それぞれ内容が異なっておりますわ」
進まない交渉で経験を付けようとヴィクトール伯が向こうに残っていた。
その話は聞いていたのだが、今回の暴動で念の為に王宮で匿われているそうだ。何というか新しい噂の中には、起きている事態はオロシャの陰謀であるという。魔族がやったというよりはありえそうな話だが、イル・カナン領内に入る許可も出ていないのにどうする気なのだろうか?
問題なのは匿われている伯爵に面会できない事、そして三通も手紙が届いているということだ。
「内容は『魔族を倒すために至急進軍するように』、『進軍の為に食料を輸送するように』、そして『ゴルビー伯に決定権を委ねる』の三つですわ。おそらく最後の一通以外は偽物だと思いますけれど」
「要するに援軍を出せという方向に舵を切らせたいのでしょう」
「しかし、軟禁して勝手に命令を出すなど暴挙ではないか」
夫人が手紙を出し出しながら要約を話してくれるが酷いものだ。
どこの世界に越境許可も得ずに送り出す援軍が居るものか。既に許可を得ているならば、大々的に使者を送って来るだろう。内々で伝えているとしても、その場合は家臣たちなち他の貴族も居る場所で伝えなければ意味が無いのだ。王宮に匿うという理由で軟禁するとか下の下でしかない。
そう思って流されそうだったのだが、レオニード伯の怒りで思い直した。
「一度、正式に抗議でも送るべきではないか? 最低でも身柄を確保するべきであろう。人質として『病に罹った』とでも称すやもしれぬがな」
「もしかしたら全て偽物か、肝心な部分を切り取った本物かもしれませんね」
「え? まさか。全て偽物ならともかく本物などと……でも羊皮紙ですわね」
レオニード伯の『抗議を送る』という言葉で思う事があった。
もし、こちらが本当に抗議してまともな対応をされたらどうだろうか? その時にヴィクトール伯が普通に出て来て、『ちょっと立ち眩みしただけなのに、みんな過保護で』などと口にしたらどうだろうか? どのみち伯爵を回収する為には脅しの戦力も居るだろう。なし崩し的にこちらの方向へ魔物を追い出してくる可能性もあるだろう。
ここで問題となるのが、手紙というのが羊皮紙であることである。
「時系列を除いて全て本物だと仮定しましょうか。こちらに送る別件での手紙を書かせますが、その内容を見て改竄可能な部分だけを削り取って書き換えるんです。腕前の良い代書人でも、流石に全部は無理ですからね。そこで『困窮している難民へ施すために』と書かれた部分を、『部隊を進軍させるために』と書き換えるとかですかね。進軍の方も『条約が結ばれるので』という前提を、適当な内容に変えておけば良いでしょう」
「あぁ……伯爵にお任せする。というのがあり得そうで失念しておりました」
羊皮紙での手紙は削り取って書き直すことがある。
正式な物ならばそんな事はせずに一発で清書するように心がけるものだが、今回は身内への指示書なので少しくらい削っても違和感はない。ヴィクトール伯はまだ若いのだし、習性があったとしても判り難いだろう。電話やメールで話す現在でも『さっきの用事はなんだっけ?』みたいな事はあるのだ。この時代で手紙が往復する時間を考えれば、細かい文言を覚えていなくともおかしくはない。
さらに言えばキーエル伯爵家では彼の発言力は下から上がっている所であり、少しくらい強権的に言って自分の権威を増そうとしたり、逆に夫人が気を使う可能性もあった。
「仮に見抜かれて文句を言いに行くところまで織り込み済みという事か? まったく不快にさせてくれるものだな」
「俺が騙したわけじゃないんで堪えてくださいよ。さて、どうしましょうか」
「……」
レオニード伯が気が付かず、俺が気が付いたのはただの偶然だ。
もしかしに俺が先に『抗議すべきか?』みたいなことを言えば、逆にレオニード伯が『待て待て。そんなに底が浅い筈はあるまい』と止めていたはずだ。それはそれとして彼の機嫌が良くなる筈もなく、俺が当て馬にしたつもりはなくとも、自分の味方を下げた形で発言してしまったことで不機嫌になっているのだろう。
見抜けた筈のミスを他人の指摘で暴かれるのは結構恥ずかしい。
「大型艦で行うはずだった行動を就航したばかりの海洋船で行います」
「そしてアゼル国やバイザス国と正式な訪問を行っておきましょうか」
「合わせて物資を送ると使者をイル・カナンへ陸路で送ります」
「それも東部の国境からと、バイザス国からの両方で。そうですね、訪問の理由は魔族対策であると告げても良いでしょう。海から魔族の島へ送ることに成ったので、双方の行き違いを避けるために、今の内から交流して我々の船を見ていただきたいとしておくのです。同じことをイル・カナンの連中にも言うのはアリですね。大型船と違って隠すべき場所は特にない」
ひとまずやる事は予定の前倒しだ。『魔族の島へ行ってしまう』と見せる
その事が気が付かれている筈は無い。だって、本来ならばまだ不可能なのだから。慣熟航行中の新造船を用い、不慣れな状態で魔族の島を目指せる筈がない。どこかの浅瀬で座礁してしまうのが精々だろう。だが……イル・カナンの首都までならばどうだろうか? 少なくともハッタリを掛けることは可能だし、食料を始めとした物資があるならば、バイザス国の港を拠点に行けてしまうかもしれない。なんだったらイル・カナン領海を迂回して、イラ・カナン方面の港町だけ切り取っても良いだろう。
そういう可能性をイル・カナン政府の連中に見せてやる訳だ。
「手ではあるが今用意できるだけの戦力では何もできまい?」
「それに慣熟航行も不十分ですし、何より海図が出来て居ません」
「そこは水棲種族に頼みますよ。何でしたら彼らが良く上陸する場所を中心に援助を行いましょう。商売相手なり縁のある貴族なり居ない事もないでしょう。こちらを利用する気マンマンのイル・カナンより、交渉が通じる水棲種族の方が話が通じるかもしれません。イラ・カナン貴族だったら話がややこしくなるかもしれませんけど、その場合は『イラ・カナン貴族の頼みで領地を復興させる』とでも言えるでしょう」
援軍を派遣する事に成っているが、あくまで条約が結ばれてからだ。
だから魔族の島を落せるだけの戦力など十分に用意できない。だが、それこそ宣伝工作でありイル・カナンを焦らせるだけの準備はできる。それこそ彼らにオロシャから物資を送り、それに大して許可を出させるだけなら楽だろう。単に陸路ではなく、海路から送り込むだけの話である。もしそこで『海路で送るとは聞いていない!』とか『港への入港を許可した覚えがない!』という場合は、もう彼らの事を忘れて準備を初めても良いくらいである。
単純に言えば、今回は物資を送っての宣伝であり、拠点を作る為の準備でしかない。
「しかしな、我々だけでやって上手く行ったとしても功績を得るのはヨセフの奴だぞ? 海での経験をキーエル家が得たとしても、そなたには何も入るまい」
「面倒ですから色々と分けて考えましょう。まず魔族が倒せて次の時代が平和になるじゃないですか。それに、得るモノは得ました。これから儲けも出しますよ。一番避けたいのは泥沼の戦いですからね。スムーズに勝てば良し、ヨセフ伯が苦戦しても俺たちはおぜん立てをと問えた事で問題はないです」
こういってはなんだが、最大の功績は指揮官であるヨセフ伯が得るだろう。
現地を切り取ることに成功すれば、その利益もヨセフ伯の派閥が持って行くだろう。しかし、お膳立てを整えた時点で、俺たちに何も入らない訳ではない。軍政家なり軍師なりの名声は入るだろうし、王宮魔術師たちと知り合いに成ったので、彼らに職業やマジックアイテム販売の利益を還元するだけでも協力してくれるだろう。
だから下手に大成功とか大きな利益など追い求めず、平和で安定した未来を得ても良いのではないかと思うのだ。
降って湧いたイル・カナンでの大騒動。
現地入りどころか軍団を編成しても無いのに起きた馬鹿馬鹿しい騒ぎである。しかも様々なうわさが飛び交っているそうで、こちらとしては困惑するしかない。
とはいえ座してみることもできないので、列車に飛び乗ってレオニード伯の元へ移動する事にした。
「確認するがお前の方では何もしてないのだな?」
「そもそも担当が違いますよ。ひとまず農業圏から食料を集めておく指示は出しました。現地を信じるよりはマシでしょう」
外交も諜報も俺の担当ではない。というか内政・軍政の補助役でしかない。
マジックアイテムの作成やら魔術師の訓練をやっていただけで、特に援軍関連では手を付けてないのだ。スパイを派遣して現地工作をしていたのかとでも言われても困る。というか一番やりそうなヨセフ伯でさえ、戦争に必要な物資が供給されなくなるようなことはしないだろう。
レオニード伯の方も念のために尋ねたという風情で、そもそもオロシャはその手の工作が得意ではないのだ。
「こちらも確認だけしますが、西国……特に勇者や聖女に連絡は?」
「一応はな。だが敗北どころか現地入りしても居ないのに援軍要請などしてみろ、弱腰と罵られるし向こうも調子に乗ろう。塩を売り歩く連中に任せて世間話を持たせたくらいだよ」
おおむね予想通りで、こちらの想像を超えるものではない。
諜報と並んで外交が得意とは言えないオロシャは、挨拶回りくらいでそれも有力貴族をはけんしてあれこれするという程ではないのだ。勝手な口約束で他国の戦力を引き入れてないだけマシと思うしかない。もちろん俺も得意ではないので放置しているのだが……。
こちらの予想通りということは、もし方向性が違ったらその場合も予測通りに進んだのだろう。
「ありえる推測としては、イル・カナンが少しずつ進めていた世論工作が暴発したってところでしょうかね」
「……無能な味方というのは有能な敵以上に度し難いな」
馬鹿馬鹿しい話だが、御前会議ではヨセフ伯が実験を握りそうだった。
時が来ればそのままオロシャ軍を編成して出征を宣言しそうな勢いであったし、なんなら国境の通行や大河の航行で無効を無視して進軍を強要しそうな雰囲気すらある。前線で兵士の暴走は良くある話だし、武将クラスでも『功績さえ上げれば何の問題もない』と罪を長兄どころか評価してもらえるという風潮がある。
戦争に関しては指導者はマッチョな方が頼もしいし、勝てば官軍と言う所だろう。
「とはいえ、あのまま『コト』が進めば巻き込まれていたのは事実か。複数犯の統制が出来なかっただけとして……ここからどう出る?」
「一番良いのは当初の予定通りに来た回りで島を攻める事ですが……」
策謀と言うのはあらかじめ用意しておく必要がある。
誰が実権を握るにせよ、素直に援軍を送ってきたら今回の事件には巻き込まれていた公算が高い。だから予め『油』を用意しておいて、こちらの動きに合わせて『火』を点けるつもりだったのではないだろうか? そこに別件で勝手に火が点いてしまい、そのまま暴走したと見えるべきだろう。本来ならば『オロシャはまだ来ない。難民を動かすな』という指示が間に合わなかったというか、意味がなくなったわけだな。
とはいえ、やるべきことは現状に対処するしかない。
「まず建造中の大型艦の艦名を変更しましょう。流石にオロシアの名前を戴いた船の一番艦に何かあったら問題です。一番艦は技術検証のために誰も知らぬ場所にある事にして、二番艦として徐々に前に出しながら実績を作ります」
「予定よりも早く出して北回りで行くと脅すのか? まあ悪くは無いな」
大型艦であれば大量の物資が輸送できる。
重要なのはその事をイル・カナン政府にも一目で判る事だ。二番艦ということは複数あってもおかしくはなく、魔族の島を直接攻撃するのだと想像できるだろう。そうなれば『お前たちの国内の事は知らん。援軍は叩くから勝手に掃除していろ』と告げることが出来る。その上で国内の魔族退治に駆り出すのであれば、食料鳴り金銭なり……それも難しいならば適当なナニカで補ってもらうしかない。
そうなればイラ・カナンの土地を切り取る際に、切り取り勝手自由の『言葉だけ』ではなく、証書として残る可能性があった(それでも偽書だと主張する可能性があるが)。
「し、失礼します。キーエル伯爵夫人が至急のお目通りを願っておられます。その、ゴルビー伯爵にもご一緒いただきたいと」
「「リュドミラ夫人が?」」
その時、こちらの対策を大きく狂わせる一報が追加された。
面倒くさい事に、今までの話を上書きする馬鹿馬鹿しい一報である。もしイル・カナンで噂されている様に魔族の陰謀なのだとしたら、『この策謀を企てた馬鹿は誰だ!?』と突撃してやらねば気が済まないレベルだった。
俺とレオニード伯は顔を見合わせて、頷き合うと呼吸を整えることにする。
「それで、急な話とは何かね? 良き貴婦人がそう取り乱すものではないよ」
「失礼いたしました。ですが、由々しき内容の手紙が夫から届いたのです。それも同時期に三通も。みな同じ方向性ですが、それぞれ内容が異なっておりますわ」
進まない交渉で経験を付けようとヴィクトール伯が向こうに残っていた。
その話は聞いていたのだが、今回の暴動で念の為に王宮で匿われているそうだ。何というか新しい噂の中には、起きている事態はオロシャの陰謀であるという。魔族がやったというよりはありえそうな話だが、イル・カナン領内に入る許可も出ていないのにどうする気なのだろうか?
問題なのは匿われている伯爵に面会できない事、そして三通も手紙が届いているということだ。
「内容は『魔族を倒すために至急進軍するように』、『進軍の為に食料を輸送するように』、そして『ゴルビー伯に決定権を委ねる』の三つですわ。おそらく最後の一通以外は偽物だと思いますけれど」
「要するに援軍を出せという方向に舵を切らせたいのでしょう」
「しかし、軟禁して勝手に命令を出すなど暴挙ではないか」
夫人が手紙を出し出しながら要約を話してくれるが酷いものだ。
どこの世界に越境許可も得ずに送り出す援軍が居るものか。既に許可を得ているならば、大々的に使者を送って来るだろう。内々で伝えているとしても、その場合は家臣たちなち他の貴族も居る場所で伝えなければ意味が無いのだ。王宮に匿うという理由で軟禁するとか下の下でしかない。
そう思って流されそうだったのだが、レオニード伯の怒りで思い直した。
「一度、正式に抗議でも送るべきではないか? 最低でも身柄を確保するべきであろう。人質として『病に罹った』とでも称すやもしれぬがな」
「もしかしたら全て偽物か、肝心な部分を切り取った本物かもしれませんね」
「え? まさか。全て偽物ならともかく本物などと……でも羊皮紙ですわね」
レオニード伯の『抗議を送る』という言葉で思う事があった。
もし、こちらが本当に抗議してまともな対応をされたらどうだろうか? その時にヴィクトール伯が普通に出て来て、『ちょっと立ち眩みしただけなのに、みんな過保護で』などと口にしたらどうだろうか? どのみち伯爵を回収する為には脅しの戦力も居るだろう。なし崩し的にこちらの方向へ魔物を追い出してくる可能性もあるだろう。
ここで問題となるのが、手紙というのが羊皮紙であることである。
「時系列を除いて全て本物だと仮定しましょうか。こちらに送る別件での手紙を書かせますが、その内容を見て改竄可能な部分だけを削り取って書き換えるんです。腕前の良い代書人でも、流石に全部は無理ですからね。そこで『困窮している難民へ施すために』と書かれた部分を、『部隊を進軍させるために』と書き換えるとかですかね。進軍の方も『条約が結ばれるので』という前提を、適当な内容に変えておけば良いでしょう」
「あぁ……伯爵にお任せする。というのがあり得そうで失念しておりました」
羊皮紙での手紙は削り取って書き直すことがある。
正式な物ならばそんな事はせずに一発で清書するように心がけるものだが、今回は身内への指示書なので少しくらい削っても違和感はない。ヴィクトール伯はまだ若いのだし、習性があったとしても判り難いだろう。電話やメールで話す現在でも『さっきの用事はなんだっけ?』みたいな事はあるのだ。この時代で手紙が往復する時間を考えれば、細かい文言を覚えていなくともおかしくはない。
さらに言えばキーエル伯爵家では彼の発言力は下から上がっている所であり、少しくらい強権的に言って自分の権威を増そうとしたり、逆に夫人が気を使う可能性もあった。
「仮に見抜かれて文句を言いに行くところまで織り込み済みという事か? まったく不快にさせてくれるものだな」
「俺が騙したわけじゃないんで堪えてくださいよ。さて、どうしましょうか」
「……」
レオニード伯が気が付かず、俺が気が付いたのはただの偶然だ。
もしかしに俺が先に『抗議すべきか?』みたいなことを言えば、逆にレオニード伯が『待て待て。そんなに底が浅い筈はあるまい』と止めていたはずだ。それはそれとして彼の機嫌が良くなる筈もなく、俺が当て馬にしたつもりはなくとも、自分の味方を下げた形で発言してしまったことで不機嫌になっているのだろう。
見抜けた筈のミスを他人の指摘で暴かれるのは結構恥ずかしい。
「大型艦で行うはずだった行動を就航したばかりの海洋船で行います」
「そしてアゼル国やバイザス国と正式な訪問を行っておきましょうか」
「合わせて物資を送ると使者をイル・カナンへ陸路で送ります」
「それも東部の国境からと、バイザス国からの両方で。そうですね、訪問の理由は魔族対策であると告げても良いでしょう。海から魔族の島へ送ることに成ったので、双方の行き違いを避けるために、今の内から交流して我々の船を見ていただきたいとしておくのです。同じことをイル・カナンの連中にも言うのはアリですね。大型船と違って隠すべき場所は特にない」
ひとまずやる事は予定の前倒しだ。『魔族の島へ行ってしまう』と見せる
その事が気が付かれている筈は無い。だって、本来ならばまだ不可能なのだから。慣熟航行中の新造船を用い、不慣れな状態で魔族の島を目指せる筈がない。どこかの浅瀬で座礁してしまうのが精々だろう。だが……イル・カナンの首都までならばどうだろうか? 少なくともハッタリを掛けることは可能だし、食料を始めとした物資があるならば、バイザス国の港を拠点に行けてしまうかもしれない。なんだったらイル・カナン領海を迂回して、イラ・カナン方面の港町だけ切り取っても良いだろう。
そういう可能性をイル・カナン政府の連中に見せてやる訳だ。
「手ではあるが今用意できるだけの戦力では何もできまい?」
「それに慣熟航行も不十分ですし、何より海図が出来て居ません」
「そこは水棲種族に頼みますよ。何でしたら彼らが良く上陸する場所を中心に援助を行いましょう。商売相手なり縁のある貴族なり居ない事もないでしょう。こちらを利用する気マンマンのイル・カナンより、交渉が通じる水棲種族の方が話が通じるかもしれません。イラ・カナン貴族だったら話がややこしくなるかもしれませんけど、その場合は『イラ・カナン貴族の頼みで領地を復興させる』とでも言えるでしょう」
援軍を派遣する事に成っているが、あくまで条約が結ばれてからだ。
だから魔族の島を落せるだけの戦力など十分に用意できない。だが、それこそ宣伝工作でありイル・カナンを焦らせるだけの準備はできる。それこそ彼らにオロシャから物資を送り、それに大して許可を出させるだけなら楽だろう。単に陸路ではなく、海路から送り込むだけの話である。もしそこで『海路で送るとは聞いていない!』とか『港への入港を許可した覚えがない!』という場合は、もう彼らの事を忘れて準備を初めても良いくらいである。
単純に言えば、今回は物資を送っての宣伝であり、拠点を作る為の準備でしかない。
「しかしな、我々だけでやって上手く行ったとしても功績を得るのはヨセフの奴だぞ? 海での経験をキーエル家が得たとしても、そなたには何も入るまい」
「面倒ですから色々と分けて考えましょう。まず魔族が倒せて次の時代が平和になるじゃないですか。それに、得るモノは得ました。これから儲けも出しますよ。一番避けたいのは泥沼の戦いですからね。スムーズに勝てば良し、ヨセフ伯が苦戦しても俺たちはおぜん立てをと問えた事で問題はないです」
こういってはなんだが、最大の功績は指揮官であるヨセフ伯が得るだろう。
現地を切り取ることに成功すれば、その利益もヨセフ伯の派閥が持って行くだろう。しかし、お膳立てを整えた時点で、俺たちに何も入らない訳ではない。軍政家なり軍師なりの名声は入るだろうし、王宮魔術師たちと知り合いに成ったので、彼らに職業やマジックアイテム販売の利益を還元するだけでも協力してくれるだろう。
だから下手に大成功とか大きな利益など追い求めず、平和で安定した未来を得ても良いのではないかと思うのだ。
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けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~
笹原うずら
ファンタジー
獣人ばかりの世界の主人公は、炎を使う人間の姿をした少年だった。
鳥人族の国、スカイルの孤児の施設で育てられた主人公、サン。彼は陽天流という剣術の師範であるハヤブサの獣人ファルに預けられ、剣術の修行に明け暮れていた。しかしある日、ライバルであるツバメの獣人スアロと手合わせをした際、獣の力を持たないサンは、敗北してしまう。
自信の才能のなさに落ち込みながらも、様々な人の励ましを経て、立ち直るサン。しかしそんなサンが施設に戻ったとき、獣人の獣の部位を売買するパーツ商人に、サンは施設の仲間を奪われてしまう。さらに、サンの事を待ち構えていたパーツ商人の一人、ハイエナのイエナに死にかけの重傷を負わされる。
傷だらけの身体を抱えながらも、みんなを守るために立ち上がり、母の形見のペンダントを握り締めるサン。するとその時、死んだはずの母がサンの前に現れ、彼の炎の力を呼び覚ますのだった。
炎の力で獣人だらけの世界を切り開く、痛快大長編異世界ファンタジーが、今ここに開幕する!!!
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