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第六章
『そして新時代へ』
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真面目な作戦会議では、地道な改良案に終始していた。
そこに遠慮のない闖入者が現れたことで話し合いは一気に進む。これは態度とか才能の問題よりも、思考が一定の方向に固まると問題だと言う事だろう。三人寄れば文殊の知恵と言うが、同じ考えの人間が三人居ても意見は一種類しか出ないような物だ。
東部国境での防衛網を敷設するためにゴーレムで穴を空け、間を繋ぐ伝達用ゴーレムの試験を繰り返しながら、俺たちは次の話に移行していた。
「地の魔力は主に保存性や防御だから不要と思ったが、割合を上げたら移動力も向上したんだったな。それはおそらく『質を上げる概念』が、『四つ足のゴーレム』としての機能を向上させた。ここまでは共通認識としても良いか?」
「ああ。動きを司る火や、混同され易い風でも駄目だったからな」
ゴーレム創造魔法にはランクによって注げる魔力に閾がある。
どんなに魔力を注いでもそれ以上は強くならないし、適当に作っても呪文が成立する限りは同じ様な能力になるのだ。つまり、後は注ぐ地・水・火・風の魔力バランスを崩し、特化する方向を変えてやるしかない。だが運動性を司る火の魔力を限界まで上げてもパワーの方が上がったのに、地も上げてみるとこれが速力を増したのである。
その時に出した結論をまとめたレポートをガブルールが読み、同じ認識に至ったという訳だ。
「アダマンティンが重装甲になったというところで察していたが、質の向上とは『象徴する能力』の向上という結論になる。他に試してみたか?」
「そこまで余裕は無……いや、第三の手が鈍かったな」
「第三の手ぇ? 相変わらず面白い事を考える奴だな」
「馬にしたら背中が手薄だったからな。尻尾で守ろうと思ったんだよ」
尻尾を蛇腹剣状にして守りを固めようと思ったんだがな……。
気が付けば流れ矢を喰らってしまっていた。特に能力を制限していないので機能する筈なのだが、優先事項を越えて動いていなかったらしい。俺が意識して防御モードを起動すれば別なのだが、瞬間強化として機能させないと大した能力を発揮できないのだろう。もしそうしたいならば、馬がハエを尻尾で追い払うような光景でも目撃して、改めてプログラムしてやる必要があるのかもしれない。
その例を詳細に説明する前に、自分でも色々と考えてみる。例えば、今自分で考えた『尻尾でハエを叩き落とす光景』という条件などだ。
「尻尾は第三の手として相応しくなかったからだろうな」
「改めて盾を持つ専用の手を付け足せば良いのか?」
「しかし、そうなるとプログラムもだが重量バランスがな……」
「待て待て、今はそう言うのは良いんだ。必要なのは検証する事、そして四つ足のゴーレムを安定して強く、速くすることだ。そうすれば余計な機能を排除して、その部分を他に回せる」
学生気分に戻ってぶつぶつと検証し始める。
同じアイデアでガブリールも考えて居るだろうから無駄にはならないが、普通なら良い迷惑だろう。もちろん秘儀を口にしているわけで、学院とかで他の門派に所属する連中の前では出来ない。あくまで同じ付与を操る創造門の仲間だから多少は遠慮が無いというだけである。
ともあれ、蛇腹剣と貫手の機構は削るべきだよな。その上で……貫手なあ。
「指・手・肘にも関節を入れてるんだが、それは上手く行ってるな。人間と言うかケンタウルスのイメージから離れてないからか。膝と足首も上手く行ってる」
「おーおー。よくもまあそこまで入れたな。原型が無え」
思えば竹で作ったフレームなのに、戦闘力は高い。
騎士隊長やエースくらいの戦闘力はあるので、やはり腕の機能も関節があるから……ではなく、『人体とは関節があるものだ』と言う概念を強化していたのだろうか?
ただ、そこからどう検証したものか思いつかない。
いや、無くはないのだろうが、出先で他に作業をしている状態でする程の事とは思えなかった。
「ひとまず手詰まりだな。何か良いアイデアがあれば検証するとして、そっちの研究はどうなんだ?」
「強化を混ぜて、基礎能力向上を試してたがやはり手詰まりだった。アダマンティンの話を聞いて、錬金術で特殊素材を目指してたんだけどな……それほど成果が上がらなかったんだよ。だが、今回、面白い話を聞いて、次の目途が立ったところだ」
俺が肩をすくめるとガブリールはニヤリと笑った。
魔術師にしてはいかつい大男が笑うと様になるというか、武器を持ち鎧でも着て居たら物騒な表情に見えなくもない。
だが、ここには俺達しかいないし、興味があるので先を促すことにした。
「象徴する能力を強化するのは判った。なら間の過程を無視して、象徴する姿の装備を似た系譜を持つ素材で作ったらどうだ? それも判り易すそうな……動きや威力に影響が出そうなモチーフでな」
「というと猫耳に猫の尻尾を付けたセット防具。籠手に爪を入れて……素材は虎あたりか?」
「おう、まさにそれだ。お前も何か思いついたら試してみてくれ」
ガブリールはセオリーを無視して、いきなり次の過程を目指す。
とりあえず同じような事を別の素材と別のモチーフでやってみて、凄いデータが出るかを検証してみたいという。普通ならケンタウルス型ゴーレムの簡略型で、バランス調整をして要望を満たしつつ、同時並行で質の強化が有効なのかを検証するところだ。しかし彼がそういうのをすっ飛ばして、結論あり気で検証する気なのである。大学時代はもっと怪しい仮定の元に動いていたので、これでまともになった方である。
その申し出を聞いた俺は、自分の目的を譲らない事を前提に考えることにした。やはり流されるのは楽しくないからだ。
(重要なのは何だろうな? 損が無いからやるのは駄目だ)
(俺がしたい事に絡むなら是非ともやる。すべき事ならやる。そうでないなら別だ)
(探知システムは二番目だが、うちの領地にも関わるから優先が高い)
(これがゴーレムを使ったタイプライターや活版印刷だったらやらなかっただろう。ゴルビーでは木が貴重過ぎて紙が作れないからな。じゃあ『象徴する力』を強化する呪文の開発のために、ワザワザ魔法の装備をこいつと一緒に作るのか? ゴレームならいざしらず……いや、特殊なゴーレムの為に利用すれば良いのか? 例えば……)
東部国境で予定外の時間を費やしている。
非常事態であることに加え、今後に同様の出来事が起き難くなるし、ゴルビー地方でも使える探知システムまでは問題はない。ゴーレムが見て判断する対象を何にするかを切り替えれば良いだけの事だからな。東部に街道を通しつつ魔物を狩って行く話も、この国が変な方向に走り出すと困るから率先してやっているわけだ。俺がコネを持っていない事もあり、コネ作りも目的みたいなもんだからな。
それはそれとしてマジックアイテム作成まで協力すべきだろうか?
話を聞いて相談するだけだとしても、熱意というものは分散してしまう物だ。冒険者ギルドも設立していない現時点でマジックアイテムを作っても、ちょっと『面白い装備』を試すくらいに成るだろう。それならば、あくまで俺は『ゴーレムを作るの見地』までで判断すべきだろう。どのみち、冒険者ギルドで素材を集めたら、この男に渡して研究を援助するのだから、これ以上無条件で協力すべきではない(塩用の魔法の鍋とか作ってくれるなら別だけどな)。
「領地にケイブワームが出たんで、先端の堅い部分だけを保存してある。今の話で行くと、顔面を守る装甲とか、ランスの先に使えそうだな。ゴーレムの頭を守る必要なんかないのと、ランスを使える程の速度は出せないのが難点だけどな」
「おっ。良い物を持ってんじゃねーか。そこはアレよ、アレもんよ。作ってから意味を見つけるんだよ」
こういうと何だが、ゴーレムに頭は必要ない。
人間の動作をフルコピーしているという問題で、頭が無いと上手く機能してくれない。だが移動しないなら、別に頭がある必要はないのだ。原初のゴーレムなど、目の前の敵を殴るだけの存在だったし、余計な機能はないと思われる。それこそ伝承みたいに心理を示す文字をうめこんで、それを守る為……そんな事をして、弱点を自分から作る意味はないよな。顔面に装甲を付けるとしたら、頭を守る意味が見つかったら添えつけるくらいだろう。
冒頭で口にした『思考の固定化』はここでも発揮されている。
俺が頭に顔と装甲を付けることに意味を見出したのは、後にゴーレム戦をする羽目になってからだった。この時の俺が知る由もない。
「アホか。タイプライターみたいお前らに『判らせる』ためだけに苦労する様な馬鹿な事はもうしないぞ。俺はもう暇じゃないんだ」
「あーやだやだ。年取って守りに入ると直ぐこれだ」
「何とでも言え。俺はもう魔王を倒したんだ。余計な事なら背負わねえ」
以前に活版印刷機とキーボードを繋げタイプライターを作ったことがある。
学院で一時期、俺が魔法も知らない未開の場所からやって来た扱いをされたことがあった。その時に売り言葉に買い言葉で『俺が技術偏重で魔法を使わなかっただけの国』出身だと説明するために、ゴーレムで代用するが機構自体は存在する『この辺りでは絶対に思いつかない文物』を作り上げるために苦労したのだ。活版印刷だけなら学院には概念が既にあったが、紙を作るのが面倒で羊皮紙で十分なのと、紙へ別の内容を印刷するためにワザワザ文字の配列を組み替えるのが面倒だから発達してなかったのである。
そこで俺は触った文字の板に対応したハンコを、ゴーレムが判断し中央に移動させて、それを紙に擦りあげるという画期的なシステムをガワだけ見せ付けた。もちろんそんな物を量産する意味は全くないので、疑った連中を黙らせることには成功したが、魔術的な発明とは全く見なされて居ない。実に馬鹿な事をして時間を浪費したものである。
「オートマターの弱さ克服に亜人の腕……グロイだけだな。大型のゴーレムにオーガの筋肉を取り付ける意味があるかは判らんが、そのためにゴブリンの筋肉を調達してみるか? そいつを鎧の腕部分に組み込むんだ」
「それならせめてホブゴブリンからだな」
フレッシュゴーレムの件に結び付ける為、別物から検証を始める。
人間代のオートマターは材料に比して注げる魔力の問題でワンランク閾値が低く、また命じたことをこなせるプログラムの為に戦闘力が低くなる。そこへ筋肉を搭載しても強くはならないことは確定しているのだが、そこからアイデアを繋げて、大型のゴーレムにオーガの筋肉を搭載するという案を混ぜておいた。実際にはフレッシュゴーレムにした方が早いのだが、ガブリール視点では妥当な流れに成るだろう。
そしてホブゴブリンだろうがゴブリンチャンピオンであろうが、それこそオーガであっても冒険者が倒す存在としてション職はないので話に絡めていける。
「こっちとしてはゴーレムにフィードバックできるなら協力するのはやぶさかじゃない。だが、暇じゃないからこっちに利がないなら冒険者ギルド計画で手に入る素材だけにしとけ。それともうちの領地で欲しいマジックアイテムでも一緒に作ってくれるのか?」
「素材はありがたいが興味ないアイテムは遠慮したいぞ。ちなみに?」
「海水を煮込み続ける鍋」
「パス。んなの弟子にやらせとけ」
ここで揉めているのは費やす時間の問題である。
マジックアイテムの作成は幾つか制限があるが、最大の問題が『誰かが覚えている呪文である事』だ。それを瞬間的に解放する使い切りタイプか、魔力を注ぐ必要があるが何度も使える物などバリエーションを決める必要があるのだが、ここまでは前提条件である。火を点ける呪文自体は火系統の魔術を覚える時にほぼ必須なので、俺も覚えているしガブリールも覚えている筈だ。しかし、そこからの作業が長いので、付与魔術が使える者の中には興味ないマジックアイテムを作りたがらない魔術師は多い。
仮に専念できる環境で一カ月前後、他に仕事しながらだと半年以上掛かるとして、有能だと自分を信じる研究者が地味で代わりの映えの無い作業に誰が関わりたいだろうか? それこそ人数が増えて、頭割りできる作業が増えない限りは(呪文を覚えておらず担当出来ない部分ばかりな事もよくある)。
「ならギルドの運営に一口噛むか、それとも特定の素材を割り増して依頼を出す形式だろうな。当面はギルドが成立するかどうかの私見だから、レポートさえ出してくれれば問題ない事にはしとくよ」
「そんな所か。お前のゴーレムで大物を倒してくれるんだろうしな」
「このくらいがお互いに後腐れない所だよ。何かあったら……」
「お互いに歩み寄って相手に協力するって事だな。了解だ」
こういう交渉は学院で旧知の間柄だったのでやり易い。
あの頃から無私の奉仕などありえず、他の知人込みで妥協しつつ協力し合ったものだ。それぞれに別の研究テーマを持っており、付与魔術の儀式でマジックアイテムを作るのに協力し合う仲。お互いにプライベートな研究を優先しているので、仕方なく妥協する以上では歩み寄る事は無かった。
唯一の例外がライバルであり友人だったあの女だが……。
皮肉なことにパクリ問題で自国の王子様にデータを流した後、奴隷扱いにして賠償を彼女の時間で払う事に成った時が、一番充実した研究時間だったような気がする。それくらい、魔術師が自分の研究時間を割いてまで、相手に協力するというのはやらない事なのだ。エロイ事? そりゃあお互いに若かったし友人の弱みにつけ込むとか背徳感に駆られて猿のようにしたが、今思えばあの頃の研究時間の方が貴重であったと、今にして思わなくもない。そのくらい……お互いの才能を認め合った相手だったと言っても良い。
この日はガブリールとの旧交を温めつつ、満足の行く交渉を行った。
その時に懐かしい思い出に浸る事も出来たし、あの頃に考えたことの中で実現化していない事も幾つか思い出すことに成功した。満足してその日を締めくくったからこそ、『彼女』がライバル関係の方で復縁を迫って数年越しにに挑んでくるなどとは、この時の俺は思いもしなかったのである。
真面目な作戦会議では、地道な改良案に終始していた。
そこに遠慮のない闖入者が現れたことで話し合いは一気に進む。これは態度とか才能の問題よりも、思考が一定の方向に固まると問題だと言う事だろう。三人寄れば文殊の知恵と言うが、同じ考えの人間が三人居ても意見は一種類しか出ないような物だ。
東部国境での防衛網を敷設するためにゴーレムで穴を空け、間を繋ぐ伝達用ゴーレムの試験を繰り返しながら、俺たちは次の話に移行していた。
「地の魔力は主に保存性や防御だから不要と思ったが、割合を上げたら移動力も向上したんだったな。それはおそらく『質を上げる概念』が、『四つ足のゴーレム』としての機能を向上させた。ここまでは共通認識としても良いか?」
「ああ。動きを司る火や、混同され易い風でも駄目だったからな」
ゴーレム創造魔法にはランクによって注げる魔力に閾がある。
どんなに魔力を注いでもそれ以上は強くならないし、適当に作っても呪文が成立する限りは同じ様な能力になるのだ。つまり、後は注ぐ地・水・火・風の魔力バランスを崩し、特化する方向を変えてやるしかない。だが運動性を司る火の魔力を限界まで上げてもパワーの方が上がったのに、地も上げてみるとこれが速力を増したのである。
その時に出した結論をまとめたレポートをガブルールが読み、同じ認識に至ったという訳だ。
「アダマンティンが重装甲になったというところで察していたが、質の向上とは『象徴する能力』の向上という結論になる。他に試してみたか?」
「そこまで余裕は無……いや、第三の手が鈍かったな」
「第三の手ぇ? 相変わらず面白い事を考える奴だな」
「馬にしたら背中が手薄だったからな。尻尾で守ろうと思ったんだよ」
尻尾を蛇腹剣状にして守りを固めようと思ったんだがな……。
気が付けば流れ矢を喰らってしまっていた。特に能力を制限していないので機能する筈なのだが、優先事項を越えて動いていなかったらしい。俺が意識して防御モードを起動すれば別なのだが、瞬間強化として機能させないと大した能力を発揮できないのだろう。もしそうしたいならば、馬がハエを尻尾で追い払うような光景でも目撃して、改めてプログラムしてやる必要があるのかもしれない。
その例を詳細に説明する前に、自分でも色々と考えてみる。例えば、今自分で考えた『尻尾でハエを叩き落とす光景』という条件などだ。
「尻尾は第三の手として相応しくなかったからだろうな」
「改めて盾を持つ専用の手を付け足せば良いのか?」
「しかし、そうなるとプログラムもだが重量バランスがな……」
「待て待て、今はそう言うのは良いんだ。必要なのは検証する事、そして四つ足のゴーレムを安定して強く、速くすることだ。そうすれば余計な機能を排除して、その部分を他に回せる」
学生気分に戻ってぶつぶつと検証し始める。
同じアイデアでガブリールも考えて居るだろうから無駄にはならないが、普通なら良い迷惑だろう。もちろん秘儀を口にしているわけで、学院とかで他の門派に所属する連中の前では出来ない。あくまで同じ付与を操る創造門の仲間だから多少は遠慮が無いというだけである。
ともあれ、蛇腹剣と貫手の機構は削るべきだよな。その上で……貫手なあ。
「指・手・肘にも関節を入れてるんだが、それは上手く行ってるな。人間と言うかケンタウルスのイメージから離れてないからか。膝と足首も上手く行ってる」
「おーおー。よくもまあそこまで入れたな。原型が無え」
思えば竹で作ったフレームなのに、戦闘力は高い。
騎士隊長やエースくらいの戦闘力はあるので、やはり腕の機能も関節があるから……ではなく、『人体とは関節があるものだ』と言う概念を強化していたのだろうか?
ただ、そこからどう検証したものか思いつかない。
いや、無くはないのだろうが、出先で他に作業をしている状態でする程の事とは思えなかった。
「ひとまず手詰まりだな。何か良いアイデアがあれば検証するとして、そっちの研究はどうなんだ?」
「強化を混ぜて、基礎能力向上を試してたがやはり手詰まりだった。アダマンティンの話を聞いて、錬金術で特殊素材を目指してたんだけどな……それほど成果が上がらなかったんだよ。だが、今回、面白い話を聞いて、次の目途が立ったところだ」
俺が肩をすくめるとガブリールはニヤリと笑った。
魔術師にしてはいかつい大男が笑うと様になるというか、武器を持ち鎧でも着て居たら物騒な表情に見えなくもない。
だが、ここには俺達しかいないし、興味があるので先を促すことにした。
「象徴する能力を強化するのは判った。なら間の過程を無視して、象徴する姿の装備を似た系譜を持つ素材で作ったらどうだ? それも判り易すそうな……動きや威力に影響が出そうなモチーフでな」
「というと猫耳に猫の尻尾を付けたセット防具。籠手に爪を入れて……素材は虎あたりか?」
「おう、まさにそれだ。お前も何か思いついたら試してみてくれ」
ガブリールはセオリーを無視して、いきなり次の過程を目指す。
とりあえず同じような事を別の素材と別のモチーフでやってみて、凄いデータが出るかを検証してみたいという。普通ならケンタウルス型ゴーレムの簡略型で、バランス調整をして要望を満たしつつ、同時並行で質の強化が有効なのかを検証するところだ。しかし彼がそういうのをすっ飛ばして、結論あり気で検証する気なのである。大学時代はもっと怪しい仮定の元に動いていたので、これでまともになった方である。
その申し出を聞いた俺は、自分の目的を譲らない事を前提に考えることにした。やはり流されるのは楽しくないからだ。
(重要なのは何だろうな? 損が無いからやるのは駄目だ)
(俺がしたい事に絡むなら是非ともやる。すべき事ならやる。そうでないなら別だ)
(探知システムは二番目だが、うちの領地にも関わるから優先が高い)
(これがゴーレムを使ったタイプライターや活版印刷だったらやらなかっただろう。ゴルビーでは木が貴重過ぎて紙が作れないからな。じゃあ『象徴する力』を強化する呪文の開発のために、ワザワザ魔法の装備をこいつと一緒に作るのか? ゴレームならいざしらず……いや、特殊なゴーレムの為に利用すれば良いのか? 例えば……)
東部国境で予定外の時間を費やしている。
非常事態であることに加え、今後に同様の出来事が起き難くなるし、ゴルビー地方でも使える探知システムまでは問題はない。ゴーレムが見て判断する対象を何にするかを切り替えれば良いだけの事だからな。東部に街道を通しつつ魔物を狩って行く話も、この国が変な方向に走り出すと困るから率先してやっているわけだ。俺がコネを持っていない事もあり、コネ作りも目的みたいなもんだからな。
それはそれとしてマジックアイテム作成まで協力すべきだろうか?
話を聞いて相談するだけだとしても、熱意というものは分散してしまう物だ。冒険者ギルドも設立していない現時点でマジックアイテムを作っても、ちょっと『面白い装備』を試すくらいに成るだろう。それならば、あくまで俺は『ゴーレムを作るの見地』までで判断すべきだろう。どのみち、冒険者ギルドで素材を集めたら、この男に渡して研究を援助するのだから、これ以上無条件で協力すべきではない(塩用の魔法の鍋とか作ってくれるなら別だけどな)。
「領地にケイブワームが出たんで、先端の堅い部分だけを保存してある。今の話で行くと、顔面を守る装甲とか、ランスの先に使えそうだな。ゴーレムの頭を守る必要なんかないのと、ランスを使える程の速度は出せないのが難点だけどな」
「おっ。良い物を持ってんじゃねーか。そこはアレよ、アレもんよ。作ってから意味を見つけるんだよ」
こういうと何だが、ゴーレムに頭は必要ない。
人間の動作をフルコピーしているという問題で、頭が無いと上手く機能してくれない。だが移動しないなら、別に頭がある必要はないのだ。原初のゴーレムなど、目の前の敵を殴るだけの存在だったし、余計な機能はないと思われる。それこそ伝承みたいに心理を示す文字をうめこんで、それを守る為……そんな事をして、弱点を自分から作る意味はないよな。顔面に装甲を付けるとしたら、頭を守る意味が見つかったら添えつけるくらいだろう。
冒頭で口にした『思考の固定化』はここでも発揮されている。
俺が頭に顔と装甲を付けることに意味を見出したのは、後にゴーレム戦をする羽目になってからだった。この時の俺が知る由もない。
「アホか。タイプライターみたいお前らに『判らせる』ためだけに苦労する様な馬鹿な事はもうしないぞ。俺はもう暇じゃないんだ」
「あーやだやだ。年取って守りに入ると直ぐこれだ」
「何とでも言え。俺はもう魔王を倒したんだ。余計な事なら背負わねえ」
以前に活版印刷機とキーボードを繋げタイプライターを作ったことがある。
学院で一時期、俺が魔法も知らない未開の場所からやって来た扱いをされたことがあった。その時に売り言葉に買い言葉で『俺が技術偏重で魔法を使わなかっただけの国』出身だと説明するために、ゴーレムで代用するが機構自体は存在する『この辺りでは絶対に思いつかない文物』を作り上げるために苦労したのだ。活版印刷だけなら学院には概念が既にあったが、紙を作るのが面倒で羊皮紙で十分なのと、紙へ別の内容を印刷するためにワザワザ文字の配列を組み替えるのが面倒だから発達してなかったのである。
そこで俺は触った文字の板に対応したハンコを、ゴーレムが判断し中央に移動させて、それを紙に擦りあげるという画期的なシステムをガワだけ見せ付けた。もちろんそんな物を量産する意味は全くないので、疑った連中を黙らせることには成功したが、魔術的な発明とは全く見なされて居ない。実に馬鹿な事をして時間を浪費したものである。
「オートマターの弱さ克服に亜人の腕……グロイだけだな。大型のゴーレムにオーガの筋肉を取り付ける意味があるかは判らんが、そのためにゴブリンの筋肉を調達してみるか? そいつを鎧の腕部分に組み込むんだ」
「それならせめてホブゴブリンからだな」
フレッシュゴーレムの件に結び付ける為、別物から検証を始める。
人間代のオートマターは材料に比して注げる魔力の問題でワンランク閾値が低く、また命じたことをこなせるプログラムの為に戦闘力が低くなる。そこへ筋肉を搭載しても強くはならないことは確定しているのだが、そこからアイデアを繋げて、大型のゴーレムにオーガの筋肉を搭載するという案を混ぜておいた。実際にはフレッシュゴーレムにした方が早いのだが、ガブリール視点では妥当な流れに成るだろう。
そしてホブゴブリンだろうがゴブリンチャンピオンであろうが、それこそオーガであっても冒険者が倒す存在としてション職はないので話に絡めていける。
「こっちとしてはゴーレムにフィードバックできるなら協力するのはやぶさかじゃない。だが、暇じゃないからこっちに利がないなら冒険者ギルド計画で手に入る素材だけにしとけ。それともうちの領地で欲しいマジックアイテムでも一緒に作ってくれるのか?」
「素材はありがたいが興味ないアイテムは遠慮したいぞ。ちなみに?」
「海水を煮込み続ける鍋」
「パス。んなの弟子にやらせとけ」
ここで揉めているのは費やす時間の問題である。
マジックアイテムの作成は幾つか制限があるが、最大の問題が『誰かが覚えている呪文である事』だ。それを瞬間的に解放する使い切りタイプか、魔力を注ぐ必要があるが何度も使える物などバリエーションを決める必要があるのだが、ここまでは前提条件である。火を点ける呪文自体は火系統の魔術を覚える時にほぼ必須なので、俺も覚えているしガブリールも覚えている筈だ。しかし、そこからの作業が長いので、付与魔術が使える者の中には興味ないマジックアイテムを作りたがらない魔術師は多い。
仮に専念できる環境で一カ月前後、他に仕事しながらだと半年以上掛かるとして、有能だと自分を信じる研究者が地味で代わりの映えの無い作業に誰が関わりたいだろうか? それこそ人数が増えて、頭割りできる作業が増えない限りは(呪文を覚えておらず担当出来ない部分ばかりな事もよくある)。
「ならギルドの運営に一口噛むか、それとも特定の素材を割り増して依頼を出す形式だろうな。当面はギルドが成立するかどうかの私見だから、レポートさえ出してくれれば問題ない事にはしとくよ」
「そんな所か。お前のゴーレムで大物を倒してくれるんだろうしな」
「このくらいがお互いに後腐れない所だよ。何かあったら……」
「お互いに歩み寄って相手に協力するって事だな。了解だ」
こういう交渉は学院で旧知の間柄だったのでやり易い。
あの頃から無私の奉仕などありえず、他の知人込みで妥協しつつ協力し合ったものだ。それぞれに別の研究テーマを持っており、付与魔術の儀式でマジックアイテムを作るのに協力し合う仲。お互いにプライベートな研究を優先しているので、仕方なく妥協する以上では歩み寄る事は無かった。
唯一の例外がライバルであり友人だったあの女だが……。
皮肉なことにパクリ問題で自国の王子様にデータを流した後、奴隷扱いにして賠償を彼女の時間で払う事に成った時が、一番充実した研究時間だったような気がする。それくらい、魔術師が自分の研究時間を割いてまで、相手に協力するというのはやらない事なのだ。エロイ事? そりゃあお互いに若かったし友人の弱みにつけ込むとか背徳感に駆られて猿のようにしたが、今思えばあの頃の研究時間の方が貴重であったと、今にして思わなくもない。そのくらい……お互いの才能を認め合った相手だったと言っても良い。
この日はガブリールとの旧交を温めつつ、満足の行く交渉を行った。
その時に懐かしい思い出に浸る事も出来たし、あの頃に考えたことの中で実現化していない事も幾つか思い出すことに成功した。満足してその日を締めくくったからこそ、『彼女』がライバル関係の方で復縁を迫って数年越しにに挑んでくるなどとは、この時の俺は思いもしなかったのである。
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グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
プロミネンス~~獣人だらけの世界にいるけどやっぱり炎が最強です~~
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