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厄介な事故現場

狼が来る!

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 上流の方付けと、樹木の間伐や下生えなどの獣対策を同時に始めた。
暫くすれば大雨で上流が溢れても問題なくなるし、獣の危険も大きく減る……という所でいささか面倒な事態になったのだ。ボンボンの獣が人々に迷惑を掛けているという話だったが、もしかしたら向こうとこっちを往復して、好き勝手にやれる方に棲んでたのかもしれない。

何が言いたいかと言うと、対処に困った隣領は、こっちに押し付けてきたのである。

「向こうの領地で煙が上がってる? 本当なのか?」
「へい。それも火事って訳じゃあねえみたいです」
「あの色は生木か何かで燻してる感じですわ。野焼きかうちみたいに山刈りでもしてんですかね」
 最初に聞いたのは村人からだった。
隣の領地と没交渉と言う訳ではなく、基本的に身内限定ながら、向こうの領地に住んでる親族に会いに行ったり援助し合う事もあるらしい。まあ同じ場所だけで婚姻関係を繰り返すとヤバイという話もあるし、なんとなく分からなくもない。

だが、それが問題だと気が付いたのは、こちらと同じ下生えなどの獣対策ではないかという推論を聞いてからだった。

「向こうでも? いきなりだな……」
「タイミングを合わせるために煙を使ったのか?」
「もしそうなら獣の被害自体はあったんだろうな」
「領主の御子息さまが言ってたくらいだしな。それに獣に境は関係ない、邪魔しに出てこない場所を住処にして好き放題……ん? 待てよ」
 突如として獣対策を始めたこと自体は判らないでもない。
林や森がないわけでもないので上流か下流にあるだろう棲み処に潜み、そこから適当に荒らすことができる場所に出て行ったのだろうと思われる。狼ならば牧場であったり各家庭で飼ってる豚を狙い、猪や鹿ならば農園での野菜をいただくわけだ。人間を食いたいわけではなく、あくまで食い物を探す場所として認識し、対策が早くて危険な方には寄るのを避ければ良いだけの事だ。

こういうことは仲の悪い貴族間では盗賊問題として存在する。
盗賊の場合は露骨に討伐を避けて逃げ回ったり隠れ潜むわけだが、共同討伐なんか無いので隠れるのは簡単だ。それはそれとして片方が重い腰を上げて討伐を始めると、自分たちの領地に逃げ込ませたくないから、おっとり刀でそっちでも討伐準備を始めたりする。たいたいはポーズで『他の領地に行け!』という程度に過ぎないのだが。

「それだと無茶苦茶な数の獣が居るんじゃないか?」
「しかも群れてるって事は猪じゃなくて狼だ」
「領主の息子が押し付けようとするくらいだ。そのくらいの方が自然か」
「そして向こうは警戒させるだけじゃなくて、煙で燻すって事はこっち側に押し込むって事だよな? 馬鹿じゃないのか……」
 この辺りの貴族の派閥の上位者はいない。
だから睨み合っているし。行政府の後押しなしでエレオノーラへの婿入りはあり得ない訳だ。だが、逆に言えば同レベルの貴族が睨み合っている為、話し合いは堂々巡りになる。どっちが悪いとか遠因は抜きにして『お前が悪い。その証拠に直前に●●をやってた。そのせいだ』みたいな論理がまかり通ってしまう。本来ならばそれこそ決闘裁判の出番だが、こっちはそうもいかない。

何が言いたいかと言うと、狼の群れがこっちに襲いかかってくる可能性があり得るわけだ。

「狼の被害をこっちに押し付ける気かよ」
「猪と違って狼だと肉も採れねえし気分は判るが」
「んなもん、領地の境に結界張ってるダンジョンの……」
「まさか……そう言う事か? あっちもこっちもダンジョンの結界が機能してねえだと? するべき報告をしてねえのか!」
 ハッキリ言ってダンジョニアでは獣は恐ろしくない。
仮に百頭の狼が居たとして、その周辺全部を強制転移しちまえば良い訳だ。強制転移の魔法は範囲に掛けるものだから、コストに見合わない獣対策であろうとも、沢山いるならば釣り合ってしまうのだ。むしろ数が居るだけ魔力が得られるし、積極的に採りに行くよりも効率が良くなってしまう。

だが、ダンジョニアの常識が機能して居ないとしたらどうだろうか?
この際だが理由は気にしなくていい。領地の経営が厳しいとか、誰かが懐に入れてるとか、災害で困ってる場所に金を注ぐために限界まで魔力を売り払ってるとか理由は付くからだ。問題なのは、その報告がされてないという事だ。仮に領主の配慮だろうと落ち度であろうとも、強制転移が出来るように本家から魔力を回すだろう。それこそ一回分くらいならばエレオノーラの都合で何とかなる。

「くそっ! 暫く作業は中止だ!」
「この辺の住人達は家に戻れ!」
「残りの作業はホムンクルスにやらせるから隠れるんだ!」
「向こうの領主が狼をこっちに追い込みやがったぞ!」
 時間がないので大声で指示をする。
できるだけ急いで住民を家に籠らせる。冬には豚も一緒に家に籠って暖房にすることもあるくらいだから、一家が暫く暮らすくらいは問題ない。何もない場合はただ時間をロスするだけだが、ホムンクルスの能力ならばそれでも大雑把に仕事ができるだろう。

どうせやるべき事は穴を掘って土を移動させるだけだ。
だからここは安全第一で行く。百頭とは言わんが数十近い狼の群れが雪崩れ込んだら退治どころかパニックになるからな。普段は警戒しながら狩ることができる狩人も、そうなったらただの難民だ死ぬ以外の道がない。だから戦闘要員以外は逃がしておくべきなのだ。

「そ、それってホントけ?」
「その可能性が高いって話だ。煙で燻されたら狼だってこっちに来るだろうよ。もし家に穴の開いてる奴は、近くの家斉村長の家に匿ってもらえ! しかし参ったな結界不全かよ……」
 何が困るかと言って、村や町を守る結界は一朝一夕にはいかない。
もし機能していて強制転移に回す魔力が無いだけならば、何処からか魔力を持ってきて使えば良いだけだ。狼が転送されたところを一気に始末すれば良い。それが出来ないからこそこっとのボンボンも、向こうの貴族も馬鹿な事をしているのではないだろうか?

そして何がより困るかと言うと、フェーデを行うために私兵で乗り込まれたら困るという事だ。何しろ私兵たちを強制転移で呼び寄せて抹殺とか出来ないし、村が焼かれてしまうからな。

(ヤベエ。何がヤベエって時間がない)
(これから狼対策で動くとして、同時にフェーデ対策もだな)
(急に結界なんぞ再起動できんし、その権限もねえ)
(ここの領主が協力するにしてもしないにしても、不祥事だから知らぬ存ぜぬで通す可能性が高い。領内を見回りながら、適当な理由で結界を弄る理由をでっちあげるしかねえな)
 俺は黙って計算を始めた。ここでパニックを起こせない。
だから問われた事だけ答えつつ、ちゃんと計画があるのでございと言う顔をして指示を続けた。幸いにも俺の手元には戦力があるし、斥候はいないが、どうせ相手は大集団だから偵察する必要も無いのがいい。


後はホムンクルスの能力を見せつけて、領主が逆らったり向こうの領主がフェーデに挑むのを躊躇わせつつ、結界に手を入れる理由を作るしかないだろう。

「狼が出ると聞いたが?」
「ええ。どうも向こうの領主が馬鹿をやったみたいでしてね。ジャンさんの所の方は、一か所に留まってください。暫くはホムンクルスの講義としましょう。的の方からやって来てくれるなら都合がいい」
 できるだけ余裕こいてジャンたちを安心させる。
ここで『俺達も家に隠れさせてくれ!』なんて言われても困るからだ。それに集団でまとまって居たら狼は襲ってこない可能性があるし、ホムンクルスと一緒に迎撃も出来るからな。

こうして俺たちは予期せぬ狼の群れとの戦いを始めることになった。
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