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3章 中編
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馬車の付近に、見覚えのあるホル族の男女の姿が目に入った。
この村で白衣を着ている人なんて他に見たことがない。
デソン先生と、レモネさんだった。なにやらボーデンと談笑している。
「どもー、こんにちわ。お世話になりまーす」
俺が声を掛けると、彼らもこちらに気がついたようだ。
「やあ、カイホ君。あと3秒遅れたら、置いていくところだったよ」
デソン先生から、そんなことを告げられた。間一髪だったのか。
「えー? 超ギリギリじゃないですか。どうも、すいませんでした」
「あ、大丈夫ですよ。デソンさんが、ちょっと用を足してくるから、5分ほど待っててくれと話をしていたところです」
ボーデンから、そう言われ一安心した。
用足しってトイレのことか? 自分は5分も待たせようとして、俺は3秒でアウトとはなんて酷い話だ。
「なんだぁ。っていうか、先生も町に行くんですか?」
「明日は土曜日で治療院は休診日だろ。僕らは週1日、町に行ってニンゲンの診療をするバイトしているんだ」
土曜日だと言われても家にカレンダーもないので、もはや曜日の感覚はあまりない。今が何月何日なのか知りもしない。
たまに、こうして人から聞いて思い出す程度だ。
「へぇ、そうだったのか。そんで、ボーデンさん。この馬車に俺を乗せて連れて行ってくれるんですよね。先生とレモネさんも一緒に乗るんですか?」
「いえ、そんなに大勢は乗れません。重量の問題があるので、私の馬車に同乗するのはカイホ君だけです」
「レモネさんは、どうするんですか?」
「私は、いつも4号馬車に乗せてもらいます」
街道に来ている馬車は、西から順に1号馬車、2号馬車などと呼び合っているようだ。ここの行商人達にも、縄張りが細かく決められている。
街道の南側には、比較的裕福なホル族が多く住んでいるトリカン村がある。そのエリアは1号馬車と2号馬車の行商人が担当している。
3号馬車のボーデンは街道北のバスチャー村を受け持っている。
4号馬車は経験の浅い新人的な行商人で、3村のうち最も人口の少ない北西のツリカン村を担当しているはずだ。
「朝に村まで来るときは1号馬車が先頭ですが、帰りは逆になって4号馬車が先頭ですからね。アクゼルの馬車は積荷がさほど満載ではありませんから。レモネさんのような巨乳が乗っても大丈夫でしょう」
「私、そんなに重くはありません」
「おっと、これは失礼した。決して、あなたが重いと言ったわけではありません」
「同じ意味よ。もういいです。私は先に4号に乗ってます」
レモネさんはGカップの巨乳なので、オッパイは間違いなく重いだろう。ただ、胸を含めたその人の全体が重いかどうかは別の問題だ。
彼女は東側に止まっている馬車に向かってスタスタ歩いて行った。
「ははは。ボーデンさんにしては珍しく、女性を怒らせてしまいましたね」
「いやー、口を滑らせてしまったようです」
「そんでデソン先生は、どれに乗るんですか?」
馬車は荷物も多く、積載量の関係で重量オーバーすると馬の負担が大きくなる。
俺が3号でレモネさんが4号に乗るとすると、デソン先生は1号か2号に乗るのかと思われた。ところが先生は、そのつもりはなかったようだ。
「ん? 僕は別に馬車はいらないよ」
「もしかして、魔法で空を飛んだりするんですか?」
「また、君は何を言ってるんだ? おとぎ話やファンタジーじゃないんだから、いくら魔法があっても人が空を飛べるわけないだろ。自分の足で走って行くんだよ」
魔術師のくせに普通に走るのか。地球ではヘリや飛行機が空を飛んでいたというのに、この世界は夢がないなぁ。
「大丈夫なんです? 町まで距離ありますよね。走ったら疲れちゃいますよ」
「僕は凡人とは鍛え方が違うんだ。魔法で足腰を強化もできるし。なんてったって、ウマナミだからね」
「馬と同じくらいなんですか?」
おそらく、足の速さが馬と同等という意味で言っているのだろう。余計なことは気にせず、スルーする方が無難かもしれない。
「そうさ。ま、ちょっと所用を済ませてから行くから、君達は先に出発していいよ。後からすぐに追いつくさ」
「ではデソンさん。後ほど合流しましょう」
「さあ、行った行った。僕の方もすぐ片付けてくる。強骨乳養:カルフット!」
ギュワワワァー。ドドドドッ、ダダダダッ。
デソン先生は妙な魔法を発動させ足元を光らせたと思うと、あっという間に猛スピードで何処かに走りさっていった。
初めて見た魔法だ。脚力にドーピングを付与する効果でもあるのだろうか。
本当に、馬並みの速度が出ているかもしれない。
「デソン先生、どこのトイレまで行ったんだろ?」
「さあ? それは分かりませんが、私達も出発しましょう。もう、前の4号馬車が発車しています。カイホ君も乗ってください」
この馬車の荷台部分はホロで覆われている。たとえるならキャンプ用テントみたいになっており、馬と繋がっている前部分から内部への入り口がある。
「お邪魔します」
玄関代わりのシートをめくって、荷台に乗り込んだ。
馬車の最前面、馬のすぐ後ろ部分には運転手が座るための1人用ベンチみたいな木製の座椅子が設置してある。
ボーデンは、そこに座ると鞭を振って馬を発進させた。
「ゴーアヘッド!」
ボーデンが掛け声を上げた。
それに対し、馬は特にヒヒーンとも鳴かず気だるそうに足を動かし始めた。
後ろを見ると、馬車の内部は木箱や樽などの積荷で一杯だ。
運転席のすぐ後ろに乗客が座る狭いスペースがある。俺は、そこにチョコンと体育座りで腰を下ろした。カタンカタンとそれなりに揺れるが、尻がエコノミー症候群になってしまうというほどではない。
カーテン、つまりホロシートの切れ目を少し広げて外を眺めながらボーデンと雑談することにした。
「あの。俺、初めて乗るんですが。馬車酔いとかって、あるんですか?」
「個人差がありますが、たまに酔う人もいますよ。慣れてないと、気持ち悪くなってゲーゲー吐いてしまいます。もし、そうなったら言ってください」
「馬車を止めて休憩にしてくれるんです?」
「車内を汚されたら困りますので、降りて歩いてもらいます」
流石は行商人だ。そういう面では案外とドライなようだな。
もしかしたら、ブラックジョークで言っただけかもしれないが。
「えー!? 酷いじゃないですか。ボーデンさんは酔わないんですか?」
「自分で操縦するときには酔いません。ただ、他人の馬車に乗せてもらうと少し酔うときもありますね。できるだけ進行方向を見ているといいですよ」
「ふーん、そうなんだ。ところで、町までの距離は何キロメートルでしたっけ?」
「そうですねぇ、町の入り口まで大体6キロほどです。町の中心市街地までだと、さらに1~2キロあります。馬の体調が良ければ飛ばすと30分で着くときもありますが、平均すると所要時間は40分くらいです」
時速10km弱ほどのスピードだろうか。バイクより遅いな。それどころか、自転車にも負けていると思う。
まあ、これだけの荷物を積んでいるのだから仕方ないだろう。
「ボーデンさん、毎日この道を往復しているんですよね。行きと帰りは、どっちが早いんですか?」
「そうですなぁ。往路は空樽で重量は軽いのですが上り坂なので、来るときの方が馬は辛いかもしれません。帰りはミルク満タンで重いですが下りは楽だと思います。でも時間的には行きも帰りも、そんなに大差はありません」
そうか、今は山の上にある村から低い方の町に向かって下っている最中だ。
これが帰り(行商人にとっては行き)となると、山登りとなる。
俺は登山部ではないので経験はあまりないが、自力では結構キツイだろう。
「馬も大変そうだなぁ」
「働いている私も大変なんですが。まあ、馬は文句も言わず良く動いてくれます」
ふーむ。馬車の先頭で黙々と足を進める馬の顔は見えないが後頭部を眺めてみる。もし、ペットとして飼ったとしても、なかなか可愛いかもしれない。
「あの、思ったんですけど。俺も馬を買えば、ボーデンさんに乗せてもらえなくても自分で町に行けるんじゃないですかね」
「それも結構ですが、買うとなると高いですよ。維持費の飼葉代もかかりますし」
初期費用だけでなく、ランニングコストも必要になるのだろうか。
庭には草が大量に生えている。それで賄えば餌代は節約できるかもしれない。
「馬って、いくらくらいです?」
「種類にもよりますな。血統書付きの名馬で五十万エノムとかもいます。私の馬車に使っている、この馬はケンタという品種で大体二十万エノム前後が相場です」
「うわー、ずいぶん高いなぁ」
というか、ホル族の村人より馬の方が高額なんじゃないのか。
以前、うちのメイドさんが売り飛ばされそうになったことがあるが3年契約で六万エノムだとか言っていたな。
「高いですが仕方ありません。ケンタはパワーが強いですから。馬車を引っ張るには、この馬を使うしかないです。ただ、乗馬用なら他に安い品種もいます」
「へぇ。馬って、あのタイプ以外にもいるんだ」
馬1頭で二十万だのと聞くと、目ん玉が飛び出そうになる。
もっとお手頃な品種でもいなければ、俺が購入するのは到底不可能だな。
「現在、畜産されていて購入可能な馬は4種類ほどです。ケンタ、ノロバ、ダラック、リャメあたりですね。安いノロバなら五万エノムもあれば買えるはずです」
「ケンタにノロバ……? それって、どこが違うんですか?」
名前だけ聞いても、イマイチ想像がつかない。できれば、あとで実物を見てみたいところだ。
「単純に言うと、ケンタは体格が良くてパワーとスピードがありますが、価格が高くて餌もたくさん食べるので維持費が嵩みます。ノロバは小型の馬で、パワーもスピードもイマイチですが、値段が安くて少食です。ただ、50~60キログラムくらいしか輸送力がありません」
ノロバとやらは、荷物を大量には運べないのか。人が乗馬しつつ、3リットルのミルク樽を1ダースとか積むのは無理そうだな。
「50キロって、俺が乗ったら後は少量の手荷物程度で終わりじゃないですか」
「そうですね。まあ、子供1人が乗るくらいなら問題ないでしょう。時速8キロメートルほどで走れます。大人が乗るにはダイエットしないと厳しいですが」
時速8kmなんて、走っていないだろ。せいぜい、早歩き程度だな。
でも、人が自力で移動するよりは大幅に楽になりそうだ。
「俺が町に行く用の足なら、そのノロバとやらでも十分そうな気がします。それで他のダラだかラメっていうのは、どんな馬なんですか?」
「ダラックは長距離輸送用ですね。スピードはケンタに劣りますが、かなりのスタミナがあります。荒野などの乾燥地帯にも強いです。リャメは、ケンタとノロバの中間くらいの能力でして、主に山岳輸送用に使われています」
「ふむふむ。色々と種類の違いがあって面白いですねぇ」
こちらの世界では、まだ馬が現役で陸上輸送を担っている。品種の細かい話を聞いていると、俺も何だかワクワクしてくる。
「良かったら、明日の朝にでも馬ディラーに見に行きます?」
「ディーラー? そんな店もあるんですか」
「はい。畜産をしている馬メーカーから、ディーラーが仕入れてきて町の郊外で小売販売しているんですよ」
生き物だけど商品でもあるから、物流の都合でブリーダーと販売者が分かれているのだろう。
「ボーデンさんの迷惑でなければ、見に行ってみたいです。ぜひ、お願いします」
「いいですとも。馬はオスのロマンですからな」
たしかにロマンはありそうだ。日本でも競馬ファンが沢山存在し、かなり熱狂している人もいた。
もっとも、馬が好きなのかギャンブルが好きだったのかは知らんけれど。
「あの、もしかしてなんですが……。どこかの旦那が黙って新しい馬に買い換えて、家に帰ると嫁さんにブツブツ文句を言われるとか。町に行くと、そういうの家庭があったりしないですか?」
「カイホ君、よく知っていますね。それは2号馬車の行商人タツオさんのことです。誰に聞いたんです?」
「アハハハハ。いや、知らないですけど。なんとなく、そういうこともあるんじゃないかなぁって」
「私は独り身だから何も問題ないですが、家庭を持つと大変のようですな。彼は勘違いした嫁さんに、よく殴られるそうです。この馬の走りの良さ。メスには分からんのですよ」
逆DVか。夫が妻に断りもなく高額な買物をしたら、怒られるのは当然だろう。
この世界で馬と言っても地球のバイクか自動車のような存在に該当するようだ。
俺とボーデンが雑談している間も、馬は休まずパカパカと足を進めている。
街道は、緩やかな下りが続いている。
既に通り過ぎた村付近のスライム出没エリアは、草むらの平原になっていた。
ところが、ほんの十数分で景色が大分変わっている。北側は急斜面の山になっており、南側は深い崖だ。街道は同じ道幅で続いているが、1メートルくらい踏み外したら馬車が転覆してしまいそうだ。
よく、こんな所に道路を開通させたものだと感心してしまうほどだ。山林伐採して、斜面を無理やりに削り取ったようにしか見えない。
もし対向車がやってきたら、すれ違うのが怖いくらいだろう。もちろん、こんな時間から村に向かって登ってくる馬車がいるはずもないが。
ボーデンと会話する話題も無くなり、黙って外の風景を眺めていた。とは言っても目に映るのは山ばかりだ。街道部分以外は、辺り一面に森が広がっている。
バスチャー村から出発して20分ほどが経過しただろうか。このあたりで中間地点になるはずだ。
「そろそろ、半分くらいになります?」
「2~3分前に、パイランド・ダーク入口前を過ぎていますからね。バスチャー村を10合目とすると、既に4合目くらいまで下りてきています」
「とすると、あと15分くらいかな。意外と町って近いんだなぁ」
それより、むしろダンジョンが自宅から近すぎる気がした。知らないうちに、ダンジョン前を通過していたなんて。
「ええ。おや……? ストップ、ストップ!」
ボーデンが、いきなり馬を停止させた。何かトラブルでも発生したのだろうか。
「どうしたんです?」
「いえ、前を走っていた4号馬車が止まっていましてね。このまま突っ込んだらオカマを掘ってしまいますから、ブレーキをかけました。こういうことは、たまにですがよくあるのです」
それは稀なのか頻繁なのか、どっちだろうか? 日本の某鉄道みたいに、人身事故や車両故障が毎日のように発生しているわけでもあるまいし。
「馬車だからエンジンの異常ってわけでもないし。馬が怪我したとか、タイヤがパンクでもしたんですかね?」
「今、確認してきます。ちなみにタイヤはゴムで詰まっていて、風船みたいには割れません。ノーパンクです。馬車の破損でなければ、あるいは検問か……?」
「飲酒運転の検問か何かです?」
「ブリッセンの密輸規制で、南トリカンの私兵団が積荷検査をしていることがあります。この付近は、左右に迂回できないですからね。とりあえず様子を見てきますので、カイホ君はお待ちください」
「はい」
順風満帆に、すんなりと町に辿り着けるものだとばかり考えていた。こんな所で急に足止めを食らうとは。原因も分からないと、不安になるばかりだ。
この村で白衣を着ている人なんて他に見たことがない。
デソン先生と、レモネさんだった。なにやらボーデンと談笑している。
「どもー、こんにちわ。お世話になりまーす」
俺が声を掛けると、彼らもこちらに気がついたようだ。
「やあ、カイホ君。あと3秒遅れたら、置いていくところだったよ」
デソン先生から、そんなことを告げられた。間一髪だったのか。
「えー? 超ギリギリじゃないですか。どうも、すいませんでした」
「あ、大丈夫ですよ。デソンさんが、ちょっと用を足してくるから、5分ほど待っててくれと話をしていたところです」
ボーデンから、そう言われ一安心した。
用足しってトイレのことか? 自分は5分も待たせようとして、俺は3秒でアウトとはなんて酷い話だ。
「なんだぁ。っていうか、先生も町に行くんですか?」
「明日は土曜日で治療院は休診日だろ。僕らは週1日、町に行ってニンゲンの診療をするバイトしているんだ」
土曜日だと言われても家にカレンダーもないので、もはや曜日の感覚はあまりない。今が何月何日なのか知りもしない。
たまに、こうして人から聞いて思い出す程度だ。
「へぇ、そうだったのか。そんで、ボーデンさん。この馬車に俺を乗せて連れて行ってくれるんですよね。先生とレモネさんも一緒に乗るんですか?」
「いえ、そんなに大勢は乗れません。重量の問題があるので、私の馬車に同乗するのはカイホ君だけです」
「レモネさんは、どうするんですか?」
「私は、いつも4号馬車に乗せてもらいます」
街道に来ている馬車は、西から順に1号馬車、2号馬車などと呼び合っているようだ。ここの行商人達にも、縄張りが細かく決められている。
街道の南側には、比較的裕福なホル族が多く住んでいるトリカン村がある。そのエリアは1号馬車と2号馬車の行商人が担当している。
3号馬車のボーデンは街道北のバスチャー村を受け持っている。
4号馬車は経験の浅い新人的な行商人で、3村のうち最も人口の少ない北西のツリカン村を担当しているはずだ。
「朝に村まで来るときは1号馬車が先頭ですが、帰りは逆になって4号馬車が先頭ですからね。アクゼルの馬車は積荷がさほど満載ではありませんから。レモネさんのような巨乳が乗っても大丈夫でしょう」
「私、そんなに重くはありません」
「おっと、これは失礼した。決して、あなたが重いと言ったわけではありません」
「同じ意味よ。もういいです。私は先に4号に乗ってます」
レモネさんはGカップの巨乳なので、オッパイは間違いなく重いだろう。ただ、胸を含めたその人の全体が重いかどうかは別の問題だ。
彼女は東側に止まっている馬車に向かってスタスタ歩いて行った。
「ははは。ボーデンさんにしては珍しく、女性を怒らせてしまいましたね」
「いやー、口を滑らせてしまったようです」
「そんでデソン先生は、どれに乗るんですか?」
馬車は荷物も多く、積載量の関係で重量オーバーすると馬の負担が大きくなる。
俺が3号でレモネさんが4号に乗るとすると、デソン先生は1号か2号に乗るのかと思われた。ところが先生は、そのつもりはなかったようだ。
「ん? 僕は別に馬車はいらないよ」
「もしかして、魔法で空を飛んだりするんですか?」
「また、君は何を言ってるんだ? おとぎ話やファンタジーじゃないんだから、いくら魔法があっても人が空を飛べるわけないだろ。自分の足で走って行くんだよ」
魔術師のくせに普通に走るのか。地球ではヘリや飛行機が空を飛んでいたというのに、この世界は夢がないなぁ。
「大丈夫なんです? 町まで距離ありますよね。走ったら疲れちゃいますよ」
「僕は凡人とは鍛え方が違うんだ。魔法で足腰を強化もできるし。なんてったって、ウマナミだからね」
「馬と同じくらいなんですか?」
おそらく、足の速さが馬と同等という意味で言っているのだろう。余計なことは気にせず、スルーする方が無難かもしれない。
「そうさ。ま、ちょっと所用を済ませてから行くから、君達は先に出発していいよ。後からすぐに追いつくさ」
「ではデソンさん。後ほど合流しましょう」
「さあ、行った行った。僕の方もすぐ片付けてくる。強骨乳養:カルフット!」
ギュワワワァー。ドドドドッ、ダダダダッ。
デソン先生は妙な魔法を発動させ足元を光らせたと思うと、あっという間に猛スピードで何処かに走りさっていった。
初めて見た魔法だ。脚力にドーピングを付与する効果でもあるのだろうか。
本当に、馬並みの速度が出ているかもしれない。
「デソン先生、どこのトイレまで行ったんだろ?」
「さあ? それは分かりませんが、私達も出発しましょう。もう、前の4号馬車が発車しています。カイホ君も乗ってください」
この馬車の荷台部分はホロで覆われている。たとえるならキャンプ用テントみたいになっており、馬と繋がっている前部分から内部への入り口がある。
「お邪魔します」
玄関代わりのシートをめくって、荷台に乗り込んだ。
馬車の最前面、馬のすぐ後ろ部分には運転手が座るための1人用ベンチみたいな木製の座椅子が設置してある。
ボーデンは、そこに座ると鞭を振って馬を発進させた。
「ゴーアヘッド!」
ボーデンが掛け声を上げた。
それに対し、馬は特にヒヒーンとも鳴かず気だるそうに足を動かし始めた。
後ろを見ると、馬車の内部は木箱や樽などの積荷で一杯だ。
運転席のすぐ後ろに乗客が座る狭いスペースがある。俺は、そこにチョコンと体育座りで腰を下ろした。カタンカタンとそれなりに揺れるが、尻がエコノミー症候群になってしまうというほどではない。
カーテン、つまりホロシートの切れ目を少し広げて外を眺めながらボーデンと雑談することにした。
「あの。俺、初めて乗るんですが。馬車酔いとかって、あるんですか?」
「個人差がありますが、たまに酔う人もいますよ。慣れてないと、気持ち悪くなってゲーゲー吐いてしまいます。もし、そうなったら言ってください」
「馬車を止めて休憩にしてくれるんです?」
「車内を汚されたら困りますので、降りて歩いてもらいます」
流石は行商人だ。そういう面では案外とドライなようだな。
もしかしたら、ブラックジョークで言っただけかもしれないが。
「えー!? 酷いじゃないですか。ボーデンさんは酔わないんですか?」
「自分で操縦するときには酔いません。ただ、他人の馬車に乗せてもらうと少し酔うときもありますね。できるだけ進行方向を見ているといいですよ」
「ふーん、そうなんだ。ところで、町までの距離は何キロメートルでしたっけ?」
「そうですねぇ、町の入り口まで大体6キロほどです。町の中心市街地までだと、さらに1~2キロあります。馬の体調が良ければ飛ばすと30分で着くときもありますが、平均すると所要時間は40分くらいです」
時速10km弱ほどのスピードだろうか。バイクより遅いな。それどころか、自転車にも負けていると思う。
まあ、これだけの荷物を積んでいるのだから仕方ないだろう。
「ボーデンさん、毎日この道を往復しているんですよね。行きと帰りは、どっちが早いんですか?」
「そうですなぁ。往路は空樽で重量は軽いのですが上り坂なので、来るときの方が馬は辛いかもしれません。帰りはミルク満タンで重いですが下りは楽だと思います。でも時間的には行きも帰りも、そんなに大差はありません」
そうか、今は山の上にある村から低い方の町に向かって下っている最中だ。
これが帰り(行商人にとっては行き)となると、山登りとなる。
俺は登山部ではないので経験はあまりないが、自力では結構キツイだろう。
「馬も大変そうだなぁ」
「働いている私も大変なんですが。まあ、馬は文句も言わず良く動いてくれます」
ふーむ。馬車の先頭で黙々と足を進める馬の顔は見えないが後頭部を眺めてみる。もし、ペットとして飼ったとしても、なかなか可愛いかもしれない。
「あの、思ったんですけど。俺も馬を買えば、ボーデンさんに乗せてもらえなくても自分で町に行けるんじゃないですかね」
「それも結構ですが、買うとなると高いですよ。維持費の飼葉代もかかりますし」
初期費用だけでなく、ランニングコストも必要になるのだろうか。
庭には草が大量に生えている。それで賄えば餌代は節約できるかもしれない。
「馬って、いくらくらいです?」
「種類にもよりますな。血統書付きの名馬で五十万エノムとかもいます。私の馬車に使っている、この馬はケンタという品種で大体二十万エノム前後が相場です」
「うわー、ずいぶん高いなぁ」
というか、ホル族の村人より馬の方が高額なんじゃないのか。
以前、うちのメイドさんが売り飛ばされそうになったことがあるが3年契約で六万エノムだとか言っていたな。
「高いですが仕方ありません。ケンタはパワーが強いですから。馬車を引っ張るには、この馬を使うしかないです。ただ、乗馬用なら他に安い品種もいます」
「へぇ。馬って、あのタイプ以外にもいるんだ」
馬1頭で二十万だのと聞くと、目ん玉が飛び出そうになる。
もっとお手頃な品種でもいなければ、俺が購入するのは到底不可能だな。
「現在、畜産されていて購入可能な馬は4種類ほどです。ケンタ、ノロバ、ダラック、リャメあたりですね。安いノロバなら五万エノムもあれば買えるはずです」
「ケンタにノロバ……? それって、どこが違うんですか?」
名前だけ聞いても、イマイチ想像がつかない。できれば、あとで実物を見てみたいところだ。
「単純に言うと、ケンタは体格が良くてパワーとスピードがありますが、価格が高くて餌もたくさん食べるので維持費が嵩みます。ノロバは小型の馬で、パワーもスピードもイマイチですが、値段が安くて少食です。ただ、50~60キログラムくらいしか輸送力がありません」
ノロバとやらは、荷物を大量には運べないのか。人が乗馬しつつ、3リットルのミルク樽を1ダースとか積むのは無理そうだな。
「50キロって、俺が乗ったら後は少量の手荷物程度で終わりじゃないですか」
「そうですね。まあ、子供1人が乗るくらいなら問題ないでしょう。時速8キロメートルほどで走れます。大人が乗るにはダイエットしないと厳しいですが」
時速8kmなんて、走っていないだろ。せいぜい、早歩き程度だな。
でも、人が自力で移動するよりは大幅に楽になりそうだ。
「俺が町に行く用の足なら、そのノロバとやらでも十分そうな気がします。それで他のダラだかラメっていうのは、どんな馬なんですか?」
「ダラックは長距離輸送用ですね。スピードはケンタに劣りますが、かなりのスタミナがあります。荒野などの乾燥地帯にも強いです。リャメは、ケンタとノロバの中間くらいの能力でして、主に山岳輸送用に使われています」
「ふむふむ。色々と種類の違いがあって面白いですねぇ」
こちらの世界では、まだ馬が現役で陸上輸送を担っている。品種の細かい話を聞いていると、俺も何だかワクワクしてくる。
「良かったら、明日の朝にでも馬ディラーに見に行きます?」
「ディーラー? そんな店もあるんですか」
「はい。畜産をしている馬メーカーから、ディーラーが仕入れてきて町の郊外で小売販売しているんですよ」
生き物だけど商品でもあるから、物流の都合でブリーダーと販売者が分かれているのだろう。
「ボーデンさんの迷惑でなければ、見に行ってみたいです。ぜひ、お願いします」
「いいですとも。馬はオスのロマンですからな」
たしかにロマンはありそうだ。日本でも競馬ファンが沢山存在し、かなり熱狂している人もいた。
もっとも、馬が好きなのかギャンブルが好きだったのかは知らんけれど。
「あの、もしかしてなんですが……。どこかの旦那が黙って新しい馬に買い換えて、家に帰ると嫁さんにブツブツ文句を言われるとか。町に行くと、そういうの家庭があったりしないですか?」
「カイホ君、よく知っていますね。それは2号馬車の行商人タツオさんのことです。誰に聞いたんです?」
「アハハハハ。いや、知らないですけど。なんとなく、そういうこともあるんじゃないかなぁって」
「私は独り身だから何も問題ないですが、家庭を持つと大変のようですな。彼は勘違いした嫁さんに、よく殴られるそうです。この馬の走りの良さ。メスには分からんのですよ」
逆DVか。夫が妻に断りもなく高額な買物をしたら、怒られるのは当然だろう。
この世界で馬と言っても地球のバイクか自動車のような存在に該当するようだ。
俺とボーデンが雑談している間も、馬は休まずパカパカと足を進めている。
街道は、緩やかな下りが続いている。
既に通り過ぎた村付近のスライム出没エリアは、草むらの平原になっていた。
ところが、ほんの十数分で景色が大分変わっている。北側は急斜面の山になっており、南側は深い崖だ。街道は同じ道幅で続いているが、1メートルくらい踏み外したら馬車が転覆してしまいそうだ。
よく、こんな所に道路を開通させたものだと感心してしまうほどだ。山林伐採して、斜面を無理やりに削り取ったようにしか見えない。
もし対向車がやってきたら、すれ違うのが怖いくらいだろう。もちろん、こんな時間から村に向かって登ってくる馬車がいるはずもないが。
ボーデンと会話する話題も無くなり、黙って外の風景を眺めていた。とは言っても目に映るのは山ばかりだ。街道部分以外は、辺り一面に森が広がっている。
バスチャー村から出発して20分ほどが経過しただろうか。このあたりで中間地点になるはずだ。
「そろそろ、半分くらいになります?」
「2~3分前に、パイランド・ダーク入口前を過ぎていますからね。バスチャー村を10合目とすると、既に4合目くらいまで下りてきています」
「とすると、あと15分くらいかな。意外と町って近いんだなぁ」
それより、むしろダンジョンが自宅から近すぎる気がした。知らないうちに、ダンジョン前を通過していたなんて。
「ええ。おや……? ストップ、ストップ!」
ボーデンが、いきなり馬を停止させた。何かトラブルでも発生したのだろうか。
「どうしたんです?」
「いえ、前を走っていた4号馬車が止まっていましてね。このまま突っ込んだらオカマを掘ってしまいますから、ブレーキをかけました。こういうことは、たまにですがよくあるのです」
それは稀なのか頻繁なのか、どっちだろうか? 日本の某鉄道みたいに、人身事故や車両故障が毎日のように発生しているわけでもあるまいし。
「馬車だからエンジンの異常ってわけでもないし。馬が怪我したとか、タイヤがパンクでもしたんですかね?」
「今、確認してきます。ちなみにタイヤはゴムで詰まっていて、風船みたいには割れません。ノーパンクです。馬車の破損でなければ、あるいは検問か……?」
「飲酒運転の検問か何かです?」
「ブリッセンの密輸規制で、南トリカンの私兵団が積荷検査をしていることがあります。この付近は、左右に迂回できないですからね。とりあえず様子を見てきますので、カイホ君はお待ちください」
「はい」
順風満帆に、すんなりと町に辿り着けるものだとばかり考えていた。こんな所で急に足止めを食らうとは。原因も分からないと、不安になるばかりだ。
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