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3章 前編

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「なんだ、そんなことか。ダンジョンの情報が欲しいなら二千エノムもらおうか」

 ちゃっかりと、デソン先生は金を要求してきた。
 ダンジョンの様子を教えてもらうため、お礼の前払いのつもりで杏仁豆腐を提供したのに。タダ食いされて終わってしまったようだ。

「えー、俺から金取るんですか?」

「もし町の情報屋で頼んだら五千エノム以上に相当する内容を教えてやってもいいんだよ。それを、たったの二千エノムなら安いもんだろう?」

 俺は財布から銀貨10枚だけ出した。今日の午前中には一万八千エノムもの支払いをしたばかりで手持ちが寂しくなっている。

「あの、今日のところは千エノムで。この代金分まででいいので教えてください」

 情報の有益性がよく分からない。千エノムなら1日で稼げるので、この出費で破滅するということはない。
 ダンジョンは危険で命にかかわる所だ。死にたくないので予習は必須になる。
 少し話しを聞いてみてから、追加料金を払うか決めればいいだろう。

「千エノムねぇ……。まっ、いいか。それで何から話せばいいのかな?」

「右も左も分からないので基本中の基本から、お願いします。どんなモンスターがいて、俺にも倒せるのかどうか。あと1日いくらくらい稼げるかが知りたいです」

「そういうことかい。それじゃ順番に行こう。まず、この世界には4大ダンジョンっていうのがあってね」

「4つだけなんですか?」

「他に小さい洞窟とかも各地にあるけど、有名なのは4つだ。キリング・ダンジョン、ケツンジ・ダンジョン、クパーナル・ダンジョン。そして世界最大級のパイランドダーク・ダンジョンがある」

「それって、どこら辺にあるんです?」

「聞いたことあるんじゃないのか? パイランドは、ここから徒歩30分くらいだ。ダンジョンから最寄りの居住集落は、バスチャー村ってことになっている」

 村から町に行くよりダンジョンの方が近かった。
 どうりでブルッサも気軽にダンジョンに行こうなんて言っていたわけだ。
 学校の帰りにゲーセンに寄ろうよ、みたいなノリで誘われていたからなぁ。

「完全に地元じゃないですか」

「君の家ならパイランドまで、毎日でも自宅から通勤できるよ」

「ちょっと、ダンジョンを職場みたいな言い方するのはやめてくださいよ。1日8時間労働とかで攻略できるわけでもないだろうし」 

 どこのサラリーマン戦士だよ。勤務先はダンジョンです、ってか。

「まあ、時間を掛けて少しずつ進めれば数年で制覇できるんじゃないかな。パイランドは地上1Fから地下B6まで7層構造になっているんだ。下に行くほどモンスターも強く凶悪になっている」

 俺はフムフムと頷きならが話を聞き入る。
 こんなことならノートと鉛筆を持ってくれば良かった。

「1Fのモンスターなら、俺でも倒せますかね?」

「地表はスライムとハリネズミだね。スニャックより弱いから、君でも楽に勝てるはずだ。あと林より狭いエリアでモンスターの密集度が高くて、数を多く討伐できる。1日に千エノムから二千エノムは稼げると思うよ」

「ハリネズミって気になりますね。針が刺さったら痛そうだし」

「ハリネズミなんて、鼠に針が生えた程度のもんだ」

 そのまんまかい。
 スライムなら既に街道で大量に倒している。ハリネズミというのも、聞いた感じでは猫が鼠を捕まえるみたいに簡単に狩れる雑魚だろう。

「へぇ。ダンジョンでも最初はそんな程度ですか。意外と大したことなさそうだ」

「まあね。でも地下から少し手ごわくなるから、最初は1Fで十分に訓練を積んで進むんだ。もっと、フロアボスに勝てないと下に降りられないけどね」

「おお、ボスなんているんだ」

 ボスがいるとなると厄介だな。知らずに一直線に特攻して、段違いの強敵にやられてしまったら話にならない。

「そうだよ。各フロアの終点にボス部屋っていうのがあってね。そこを突破しないと奥に進めないんだ。まあ中ボスに勝てるくらいなら、次のエリアの雑魚を相手にしても問題なく戦えるだろう」

「あの、ダンジョンって他の冒険者は入ってないんですか? もうボスが倒されていても、おかしくないと思うんですけど」

 誰か別の人が既に駆除してくれているのなら、ありがたい。強い敵と戦闘なんぞしたくはないので、ボスが居ないなら俺としては大助かりになる。

「ああ、ダンジョンのボス部屋には特殊な魔法陣が設置してあるんだ。そんで中ボスを倒しても、次の日には復活する」

「えー? ボスモンスターが無限に湧いてくるなんて、そんなの危険じゃないですか。国をあげて、その魔法陣とやらを破壊しに行かないんです?」

 間違ってブルッサがボス部屋に入ろうとしたら困るな。俺が危険になる。
 イージーモードを選択できるなら、それにこしたことはない。

「んー。まあ、そういう主張をする人もいるようだけど。でも、フロアボスはボス部屋から出てこないから、今までダンジョン外に危害が及んだことがないんだ。それにボスを倒すとアイテムが手に入ったりして、貴重な資源とみなされている」

「なるほど。ボスにもメリットがあるんですねぇ」

 油田みたいな扱いなのだろうか。引火すると危険だから油田を埋め立ててしまおう、なんて言う馬鹿はいない。

「そんな感じで、とりあえず1Fくらいなら大したことはないさ」

「なんだぁ。今まで必要以上にビビリすぎたかも。仮に明日にでも俺が行ったとして、入ってすぐ即死なんてことにはならないですよね?」

「君はずいぶんと心配症だな。もしカイホ君が死んだら、僕が骨くらい拾ってきてやるよ。たぶん大丈夫だ、安心したまえ」

 いや、骨の心配をしているわけじゃないんだけど。
 絶対に死にたくないから「たぶん」じゃ何も安心できない。でも、先生がそんな冗談っぽく言うのだから、本当に大したことないのかもしれないな。

「じゃあ、いずれ暇を見て近いうちに行ってみようと思います」

「あ、そうだ。ダンジョンに入るには入場料と免許が必要だから、明日すぐは無理じゃないかな」

「え、入場料? あと免許って何です?」

「ほら、遊び半分で子供が入ってモンスターに襲われたら危ないだろ。それでダンジョン入口の前をゲートで封鎖してあって兵士が見張っているんだ。魔術師とか冒険者のギルドに所属していないと入場させてもらえないよ。料金は、僕が行ったときは1日フリーパスで五百エノムくらいだったかな」

 1日券でチケット販売でもしているのか。
 入るだけで金を取られるなんて。ダンジョン内で1日に千エノムを稼いでも、入場料を差し引くとあまり儲からないのかもしれない。
 少なくとも手ぶらで帰ったら赤字になってしまいそうだ。

「むーう。それで、冒険者ギルドっていうのは、どういう仕組みになんです?」

「ダンジョン入場資格が欲しいなら冒険者登録するのが最も手っ取り早いだろうね。たしか、3級冒険者くらいのライセンスでダンジョンに入れるようになるはずだ。リバーシブの町にもギルドがあるから、先に登録してくればいいよ」

「そうだったのかー。そしたら、まずは町に行かないとですね」

 俺は、町にも行ってみたいとは思っていた。入場資格がないとダンジョンに入れないのなら仕方ない。まずはリバーシブの観光を先にしよう。

「それに、装備もきちんと揃えないとダメだよ。そんなTシャツにサンダルなんて、ピクニック気分だと思われて入口で門前払いされかねないし」

「俺、どうせダンジョンに行くなら上から下まで防具をガチガチに固めて万全にしたいです。最低限の装備を揃えるには、いくらくらい金があれば足りますか?」

「そうだなぁ。金属系の鎧は重いし、乳魔術師ならスニャックレザーの防具がおすすめだよ。僕の知り合いの工房に頼めば、材料持込で安く製作してもらえるし。帽子からジャケットにズボンと靴までで二万エノムあればどうにかなると思う」

「に、二万か……」

 金を稼ぐためダンジョンに行きたいのに、ダンジョンに行くのに金がいる。
 この問題が、ずっと付いて回ってくるなぁ。仕方ない、しばらくは地道にミルビー狩りを続けるしかないだろう。

「ま、とりあえずダンジョンに関して基本的なことは、こんなところだ。他に何か質問はあるかね?」

「先生はダンジョンで何層まで潜ってたんですか。いくら稼いでたんです?」

「君は金の話ばかりだな。いつから金の亡者になってしまったんだ?」

 情報量として、さっきも金を取られたばっかりだ。
 ダンジョンに行って絶対に元を取ってやる。

「そんなことありませんよ。先生ほどじゃないですよ」

「僕は、パイランドなら4層のボスまで行ったことあるよ。1日で最高五万エノムくらい稼いでた時期もあったかな」

「1日で五万!? すごい高収入じゃないですか。ダンジョンに2ヶ月通えば家が建ちそうですね」

 なんてロマンのある話だろうか。異世界転生、借金(マイナス)から始まる目指せ夢の月収百万生活だ。

「うーん、あの頃は僕も若くて無謀だったからねぇ。かなり危険な狩り方をしていたんだ。君は絶対に真似しない方がいい」

「どうやってたんですか? それを是非とも教えてくださいよ。情報料の追加料金がいります?」

「いや、追加料金はいらないよ。よく考えたら他人には真似できないからね。前衛がモンスターに石をぶつけておびき寄せるんだ。それを魔法で倒しただけだよ」

 どこかで聞いたことのあるような狩り方だな。
 以前、俺とブルッサにフックの3人でスニャック狩りをしていたときのことを思い出した。木の上にいる大蛇に向かって投石して、ヤツが下りてきたところを3人でガシガシと叩いて倒していたのだ。

「意外と普通っぽいじゃないですか。それの何が危険なんです?」

「体長3メートル超の凶暴な熊のモンスターとかを20匹ほど掻き集めてきてね。最後にドカーンと一網打尽にするんだ。トレイン方式と呼ばれている。失敗すると大量の敵に囲まれ、袋たたきのボコボコにされる。地獄への直行便と紙一重だ」

「危ないじゃないですか。俺そんなのイヤですよ、絶対にやらないです」

 あまり意味のないことを聞いてしまった。
 ホームラン王にバッティングの秘訣を聞いたら「玉がビュっと来たらバットで、こうやってカーンって打つんだよ」と教えられたようなものだ。つまり、天才から情報だけ聞いても凡人にはどうにもならない。

「ハハハ。それじゃダンジョンの話は、もういいかな?」

「はい。あっそうだ。今日ここで話したことは、ブルッサには内緒にしておいてもらいたいんです」

 最後に、忘れずに口止めの依頼もしておいた。誰か1人にでも漏れたら、近所のおばさんルートで村人全員に伝播してしまうからな。

「ブルッサ君と一緒にダンジョンに行くんじゃないのかい? それともまさか、もう別の種フレとパーティを作ったのかね」

「違いますよ。いずれブルッサとダンジョンに行くつもりですけど。俺は準備を万全にしてから行きたいんです。ブルッサはすぐ行こうって急かすから。俺だけで先に下見したいから、しばらく黙っておこうかと」

「なるほど、そういうことか。まあプライバシーの問題があるから、治療院では患者の個人情報を漏らしたりはしないよ」

 それなら安心できそうだ。でも俺は患者じゃないけど。

「とりあえず今回はこれで大丈夫です。貴重なお話をありがとうございました」

「また何か聞きたいことがあれば、金さえ払ってくれれば何でも教えてあげるよ」

「結局、金かい!」

 それでも千エノム払ったことは無駄ではなかったと思う。塾に行けば授業料の月謝が必要になる。タダで物を教えてくれる先生はいない。
 俺がデソン先生に騙されているのでなければ、相場くらいの対価だろう。

「あと、今日は千エノムしか受け取ってないので、残りの千エノム分はあとで僕の仕事を手伝ってもらうよ」

「えー? さっきの情報で千エノム分相当じゃなかったんですか?」

「情報屋価格で五千エノム相当のところを、二千にまけてあげると最初に説明したじゃないか。まあ、お金はいらないから、少し仕事してもらうだけでいいんだ」

「仕方ないですね。何をすればいいんです?」

「それは当日に教えるよ。難しいことじゃない。君にもできる簡単なことで、数十分で終わるさ。とりあえず明日にでも、またここに来てくれ」

「はい、分かりました。では今日はこれで失礼します」

「じゃあ、またねぇー」

「お大事に」

 俺が玄関を出るとき、レモネさんからも挨拶して見送られた。
 後日、デソン先生の仕事を手伝うというのも、どうせ薬草の採集か、もしくは掃除程度の雑用だろう。千エノムを取られるくらいなら、そっちの方がマシだ。
 話は済んだので、日が暮れる前に治療院をあとにした。
 もしかしたら、まだ街道でブルッサが待っているかもしれない。
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