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2章 前編

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 ガラス吹きを途中で一時休憩した。
 外に出て、工房前の井戸まで直行する。水を汲んで、バシャーンと頭からかぶる。桶から手ですくってゴクゴクと飲んだりもした。
 ふひぃー。明日から着替えのシャツとタオルも持参した方がよさそうだ。

 その後、作業を再開して何とか10個のガラス吹きを終えることができた。
 出来高報酬は1割なので、10個単位で制作しないと俺に1個が支給されない。
 あと10個を作るかどうしようか迷ったが、疲れたのでやめておくことにした。

「これで10個です。もう体力の限界なので帰ります」

「今日も10個か。まあ、お前さんは初心者の割には筋もいい。今まで何十人か弟子を育ててきたけど、話にもならんド下手くそも居たからな」

「へぇ、どんな感じの人がいたんですか?」

「ああ、一番酷いのは物凄く不器用で1個も吹けなかったやつだ。その上、怖い熱いと言って1日で辞めてな。どうにもならんヘタレだ。他には、3個くらい吹いて次の日から来なくなった奴もいたんだ」

「色んな人がいたんですねぇ」

「かなり昔になるが、もっとおかしい奴もいたな。メス連れで工房に通ってきて、ガラスを吹かないでオッパイプで自分の手に焼き入れを繰り返してた」

 なんじゃそりゃ? どんなマゾの変態プレイだよ。

「俺は怪我しないよう、無理せず細々と続けるつもりです」

 人によって向き不向きというのもあるのだろう。
 この工房は特に汚くはないのが幸いだけど、危険でキツイ仕事だ。
 ビン(オッパイ)に対する特別な思いがないと務まらないはずだ。
 体を壊したりストレスを溜めないよう、気楽に長く取り組みたいと思っている。

「まだ子供だしプロのガラス職人になるわけじゃないなら、それでもいいだろう」

「俺の専門はオッパイです。ガラス製じゃなくて、本物の女性の方の」

 あくまでもビンはミルクを入れるための容器にすぎない。中身の方が重要だ。
 入れ物を制作するのにかまけて、搾乳が疎かになったら本末転倒だ。

「そんで、明日も来るんだろ?」

「はい。これからも、よろしくお願いします」

「おい、昨日に作ったお前の取り分のビンを持って帰るのを忘れるなよ」

「おっと、大事な物をウッカリした。コレは初制作の記念品なので大切にします」

 ラミックから1本のビンを手渡されたが、それと一緒にウズラの卵型でコロコロした物も受け取った。

「オマケで、それもくれてやろう。ビンには必要不可欠だ」

「コレは何なんですか? ピンク色ですね」

「それがコルクだ。ビンのフタになるよう、ピッタリのサイズに加工してある」

「ほほぅ。これが、この世界のコルクか。原料は何ですか? 不思議な色ですね」

 地球ではコルクは木の皮を剥いで作られていた。原料が木ならば、茶色だとばかり思っていた。
 ピンクのコルク栓を装着させたビンは何となくHな雰囲気がする。

「樹皮を加工して作られている。うちのオッパイビンのキャップに使うコルクはな、特別に全部この色に染めてもらっているんだ」

「えぇー? わざわざ着色しているんですか?」

「そうだ。グラスニップルに装備させるんだから、当たり前のことだ」

「まあ、それもそうですね。当然と言えば当然だ」

「ニップル・キャップを装着して2個ならべると、いい雰囲気が出ているだろ?」

「はい。これは、たまらないです。ありがとうございました。では、帰ります。お疲れ様でした」

 2個並べた乳瓶を眺め感嘆しつつ、自分の1本を手に取り工房を玄関から出た。
 オッパイ(ガラス)工房でのバイトを終え、帰宅することにした。

 家に着くと、真っ先に水汲みをして風呂場に入った。ジャブジャブと全身をすすぎ、タオルで拭いてから別のシャツに着替える。
 脱いだ服は洗濯用の桶に入れ、井戸で洗ってから絞り、ロープに干しておいた。

 昼下がり、午後2時くらいに差し掛かった頃だろうか。
 フックとブルッサが訪ねてきた。

「こんにちはカイボスさん」

「ボス、どうも」

「おっ、2人一緒か。パンは売れたの?」

 街道から帰ってきた途中で、俺の家に寄ったのだろう。フックの手には、空になった岡持ちが握られていた。

「ええ。今日も完売だったわ」

「それはよかった」

「ボス、昨日と一昨日に借りていた小麦粉代だけど。五百エノム返しておくよ」

「順調みたいだな。上手くいって何よりだ」

 フックから銀貨5枚を受け取った。パンを10個売れば1日分の売上に相当する金額だ。俺が少し胸をなでおろしていると、ブルッサが得意げに答えた。

「なんとか、おかげ様で。この調子なら2人でも続けられそうよ」

「そうか、そうか。まあ当分は1日に蒸しパン10個を作って、二百エノムずつ資金を稼いだ方がいいな。安定して売れるようなら、いずれ少し生産量を増やして一般客に販売も検討してみよう。5人の固定客だけじゃ売上も限られてるし」

「あ、ボス……。実はそのことなんだけど」

「カイボスさん。もう今日20個を完売したの」

「はあっ!? どういうことだ?」

 デリバリーのパン屋を開業するにあたって、売れるかどうか分からないので5人の固定客に対して合計で10個ずつ販売する計画だったはずだ。
 知らないうちに20個も売ったと告げられて、少しビックリしてしまった。

「いや、今朝になって急にブルッサが20個を作ろうって言って」

「パンを作る材料にも原価がかかるから、売れ残りのリスクを減らするため10個って説明したはずだぞ。最初は少量から始めて、当分は様子を見ようって」

「だって、小麦粉って1キロ単位で仕入れてくるでしょ。20個が作れるのに、半分ずつなんて面倒じゃない」

「まったく、呆れたな。とりあえず家に入れよ。お茶でも飲みながら話をしよう」

 どうやら話を聞いていると、昨日はフックがパンを蒸したのだけど、今日はブルッサに作らせようとしたそうだ。
 そしたら、分量も無視してボウル(木製の丼)にドバドバと小麦粉をぶちまけて、水もジャバジャバと注ごうとしていたらしい。
 仕方なく、20個のパンを作って販売することになったのだとか。

「怪我の巧妙ね。この調子で100個くらい作っても売れるんじゃないかしら」

「やめとけよ。こういうのって最初は物珍しくて買ってもらえても、そのうち客の方も飽きて急に売れなくなったりするんだぞ。大量生産を始めた途端に在庫の山を抱えることになってみろ。あっと言う間に破産しちまう」

「ボス、何だか商売の経験者みたいだな」

「別にパン屋の経験があるわけじゃないけどな。店と屏風は広げると倒れるっていう諺があるんだ。それに、あまり大っぴらにやると営業許可が必要になるらしいじゃないか。あくまでも副業なんだから、細々やっていこう」

「そうね。いずれ、ダンジョンでモンスター討伐する冒険者を本業にしましょう。兄さん、私はパン売りで一生を終えるつもりはないの」

「いや、ブルッサが20個も作ろうとしたんじゃないか。僕のせいにするなよ」

「それで、固定客の5人の他に誰が買ってくれたんだ?」

 行商人以外に、一般の村人もパンを買うような需要があるとは意外だった。そのあたりの話を詳しく伺ってみることした。

「えっとね。デソン先生とレモネさんが4個買ってくれて。やっぱり2個ずつ食べるって言って。あとの8個はボーデンさんの馬車の近くで待ち構えていたら、ミルクの納品に来た村の人達が買ってくれたわ」

「村人って行商人のところで小麦粉を買えば、自分の家でパンくらい作れるんじゃないのか。どうして金を出してパンを買ったんだ? 村の中でも少し経済的にゆとりのある家庭の人だったのかな」

「美味しそうだし、誰でもお金があれば買うわよ」

「そうだ……。たしか、ミルクを3リットル納品した人が僕達のパンを買って行ったんだ。小麦粉1キログラムを行商人から買って余ったお金で……」

「なるほど。ミルク3リットルの家は1日で六百エノムの収入になる。小麦粉を五百エノムで買うと、ちょうど手元には百エノムが残っているわけか」

「ホル族の村人って、あまり貯金とかしないの。お金が入ると、その日のうちに使い果たすことが多いのよ。あと、目の前に食べ物があると我慢できなくなるわね」

 腹が減っていると、家計も顧みず本能のままに食べたくなるのだろうか。

「おいおい、なんちゅう人種だよ。この村って、消費性向が高いのかな」

「僕がパンを売ってるとき、お客さんと少し話をしたんだけど。お腹すいた、眠い、料理するのが面倒って。買ってくれた人は、大抵がそんな感じだった」

「みんな怠け者だらけなのか。しょうもない村だなぁ。まあ分かったよ。安定して売れるなら20個ずつ作ってもいいと思う。だけど、フックも商業ギルドに登録してまでパン売りを大きくやるつもりはないだろ?」

「そこまではしないな。うちの家計は僕が管理しているけど、運転資金に当てるのは千エノム以下にしておくよ。いずれにせよ1日20個くらいしか作れない」

「それならいいや。まっ、その調子で2人でパンを続けてみてよ」

「了解。では、今日の報告はこれくらいかな。ブルッサ帰ろうか」

「待って、まだ肝心なことを聞いてないじゃない。カイボスさん、ダンジョンはいつ行くのよ?」

「また、それかよ。そうだなぁ。ダンジョンって、スニャックより強いモンスターがゴロゴロいるんだろ。万全を期するために、装備を揃えたいんだ。最低、三万エノムくらいの資金を貯めないと無理だな。まあ、月に五千エノムずつくらい積み立てていけば、半年後にはダンジョンに行けるようになるだろう」

 俺としては、別にダンジョンに行く気はあまりない。貧困状態から抜けだして人並みの生活をすることが目標ではあるが。
 家族にブラジャーやパンティに、新しい服も買ってあげたい。金はいくらあっても困ることはない。
 だからと言って、一発逆転を目指してダンジョンで稼ぎたいとは思わない。身の丈に合わないことをすると、破滅する未来が待っているだけだ。
 何度でもやり直せるヌルいゲームと違って、現実は1回でも死んだら終わりだ。
 家で毎日メイドさん達をオッパイ揉み揉みする生活を捨てるわけにはいかない。

 ブルッサがダンジョン・ダンジョンとうるさいので、行かない口実として資金稼ぎ中だと説明しておくことにした。
 そう言っておけば、金を無駄遣いせずに貯金するモチベーションになるだろう。

「分かったわ、来月にはダンジョンね」

 ブルッサは拳をグっと握りしめ、静かに立ち上がった。
 俺は半年後って言ったのになぁ。あと1ヶ月で三万エノムも貯める当てがあるのだろうか。

 そういえば、最近まで3人でずっとスニャックを狩り続けてきた。
 フックとブルッサ2人合わせた総収入は半年で四万エノム以上に達しているはずだ。もしかして、貯蓄していたのだろうか。
 てっきり、彼らは生活費に充当していたのだと思っていたのだけど。

「おい、ちょっと待てよ。多少は時間をかけて下積み修行をしておくことも大事だぞ。あっそうだ……、丁度いい物がある」

 俺は少しずつ暇を見つけては、木の棒をタナで削って加工する作業をずっと続けていた。何日か前に、バット4号機を完成させたことを思い出した。
 厳密には、バットではないが、それをブルッサに貸しておくことしよう。

「その棍棒、ずいぶん細いわね」

「これは木刀だ。剣みたいな形をしているだろ。これで練習をするんだ。外でやって見せるよ」

 3人で家の外へ出る。体育の授業で習った剣道の素振りを実演することにした。

「もしや、ボスは剣術もできるのか?」

「いいや、俺は素人だけど。こういう感じで構えて上から振り下ろすんだ」

 幕末の剣客漫画なら読んだことはあるが、剣道部に入っていたわけではないので本格的な剣術は修得していない。
 日本に居た時、学校の体育で剣道かダンスのどちらかを選択でやらされていた。
 宗教的理由から剣道に参加できない生徒に対し、武道を強制するのは違法だという判例が過去に出ている。それから剣道は必修ではなくなり、他の種目も生徒が選ぶことができる方式になっていた。

 別に俺は、非暴力主義とかの信条を持っているわけではない。それで普通に剣道の方をやっていた。
 人様に教えられるほどの腕前はないが、適当な素振りを披露してみた。

「包丁でトントンするのと同じかしら?」

「こうだ。面! 胴! 小手! メンドークセー! チェストー!」

 素人が、かじった程度の低レベルな剣道をブルッサに教えている。
 漫画で読んだ神速による9方向からの同時斬撃とか、両手と口に剣を装備する三刀流なんてものは俺にはできない。

「カイボスさん。ちぇすとーって、どういう意味なの?」

「ん? ああ、チェストーの掛け声の由来は諸説あるみたいだけど。この世界なら胸って意味しかないな。つまりオッパイを突いて攻撃するとき、そう言うんだ」

「へぇ、面白いわね。巨乳は敵よ」

「じゃあ貸してやるから、ちょっとやってみればいい」

 俺が木刀を手渡すと、ブルッサは一心不乱に突いて突いて突きまくり始めた。
 運が良くてラッキーという意味ではなく、木刀を手前から奥に向かって突き刺す動きを繰り返している。

「ちぇすとぉー、ちぇすとぉー! 巨乳しねぇぇぇ!」

「おいおい。練習の素振りならいいけど実際に人に向けてやったらダメだぞ」

「いくら私でも、そんな乱暴なことしないわよ。ちぇすとー! ちぇすとー! Dカップ潰れろー!」

 危険な物を渡してしまったようだ。既に掛け声の時点で、俺が教えてもいない狂気の言葉を含んでいる。
 ブルッサが素振りをする様子を見て、フックは顔が青ざめプルプル震えていた。

「ま、まあいいや……。とにかく、いつかダンジョンに行くなら慣れておいた方がいいから。毎日100回くらい素振りをして、腕を鍛えておくんだぞ。あとチェストばっかりじゃなくて、面と胴もやるように」

 ちなみに、俺は剣道の練習なんて一切やる気はない。毎日、乳道の修行だけで精一杯のイッパイ・イッパイだからな。

「分かったわ。これを借りている間、1ヶ月で100人斬りしておくわね」

「いや、村人を叩いたり突いたりだけは絶対に止めてくれ」

 誰を斬るつもりだ? 冗談だと思いたい。
 とりあえず木刀を渡しておいたので、当分はダンジョン・ダンジョンと騒がれずにすむ。時間稼ぎに程度にしかならないかもしれないが、少なくとも1ヶ月は延期できるだろう。

 せっかく生活が安定してきたのに、ダンジョンなんて気が重い。
 まあ観光がてら、入口付近だけチョロっと覗いて一番弱そうなモンスターの1匹か2匹でも倒してくればいいだろう。
 ブルッサさえ満足して気が収まればそれでいいのだから。

「ねぇ、この細い棍棒って値段はいくらするの?」

「それは俺が作った物だ。拾ってきた木の棒をナタで削っただけだから材料費もタダだし、手間賃だけだな」

「こんな暗殺具まで制作するなんて。さすがボスだ」

 単なる木刀で、別に暗殺用じゃないんだけどなぁ。

「大切に使わせてもらうわね」

 ブルッサは木刀を振り回しながら、ルンルンと帰っていった。その後ろを、フックがトボトボと付いて歩いている。
 玄関前で、2人の姿が見えなくなるまで見送ってから家の中に入った。
 俺の作った武器が何かの犯行に使われたりしないよう、あとは祈るのみだ。
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