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1章 後編

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 フックとブルッサが、大蛇の頭と尻尾に棍棒を食い込ませ動きを封じている。
 その間、俺はナタを二度、三度と振り下ろした。切れ味が悪く手こずっている。

「ボス、早くコイツを一刀両断にしてくれ」

「三枚おろしにして焼いて食べましょうよ」

 そんなこと言われてもなぁ。
 暴れるスニャックを押さえてもらいながら、薪割り作業をするのは骨が折れる。
 コイツ、血の気が盛んすぎるんだよ。ちょっと献血でもしてくればいいのに。

 待てよ……。
 一昨日の治療院で、俺はブルッサの傷口から血を抜いたことを思い出した。
 試してみるか。ナタを左手に持ち替え、俺は右手を蛇の横腹へと伸ばした。

「搾乳魔手:パイサック!」

 ギュイィィィン。
 青白く光る右手の指先を、さっきナタで少しだけ切った蛇の傷口へと当てた。

 ブシャァァァッー。途端に、そこから血しぶきが飛んだ。
 モンスターも搾乳魔法が効くのか。しかも、白ではなく赤いミルクが出ている。

 昨晩も、俺は家で3人のメイドから魔法による搾乳をしていた。彼女達には一晩で400ccしか採取していない。片乳に1回あたりでは200ccだ。
 今回、スニャックには量指定による制限をかけず魔法を使ったのだ。
 数倍もの血が噴出したと思う。
 蛇の動きが弱くなった。せっかくだから、もう1発くらい食らわせてやる。

「パイサック!」

 確認のため、ナタで切った傷口以外の部位を触ってみる。しかし、反応はない。
 指を横にスライドさせ、1回目と同じ噴出口に近づける。
 ビシュゥッー。
 またもや血の間欠泉が再開した。どうやら、切れ目を入れないとダメなようだ。

 おそらく、2回分を合わせると2リットルは出血したであろう。
 辺りの地面は血の水たまりが出来ている。蛇はグッタリとして動かなくなった。
 体内の血を全て搾り出せば、干からびて死ぬはずだ。ただ、そこまで至らずとも一定量の血液を失えば酸素供給が不足し普通の動物は生命を維持できなくなる。
 前世の日本で、スケスケなパイの麻雀漫画を読んでいたので何となく分かる。

「すごい血の量だ。倒したのか?」

「カイホボスさん。さっきのも魔法なの?」

 ブルッサから、変な呼び方をされた。
 バトル中、味方へ端的に指示を出せるよう短い呼称にする趣旨だったはずだ。
 余計な敬称がついて、逆に長くなっているじゃないか。

「まあ、一応は魔法だ。大量出血でスニャックは失神状態になったんだと思う」

「ボス、念のためトドメを刺しておくか?」

「少し様子を見たい。もし動き出しそうなら、頭を叩き潰してくれ」

 大蛇は巨大なものになると、体長5メートルで体重は100kg超にもなると聞いたことがある。
 このスニャックは体長3メートルほどで、体重は50~60kg程だと思う。
 パイサック1回では倒せないようだけど、2回で血液2000ccを急激に失わせたのだ。このサイズの爬虫類でも意識朦朧となるだろう。

 しばらく見ていると、スニャックの体から沸騰したような湯気が出始めた。そしてジュワーっと音を立てながら、みるみると体が縮んで行く。
 どうやら絶命したようだ。最後に、1枚の蛇皮が残された。
 モンスターは、コアの活動が停止すると骨や筋肉の大部分が消失するそうだ。
 それでも、血痕やら皮やら多少の部位は残留するようだ。
 何が消え何が残るかは、モンスターによっても異なるらしい。

「た、倒せた。やったね兄さん」

「ああ、ブルッサも良くやった」

「ふぅ、やれやれだ」

 ブルッサとフックは手を取り合って少し喜んでいる。生まれて初めてモンスターを倒した感動の余韻に浸るのかと思いきや、そうではなかったようだ。

「じゃあ、さっそく次の獲物を探しに行きましょう」

「おい、気が早いな」

「だって、スニャックを見つけるまで時間がかかるもの」

「そうなのか? 探すも何も、林に着いた途端いきなり襲われてたじゃないか」

「ボス、そんなことはないよ。普通はスニャックの索敵に結構な時間がかかるんだ。大体1匹を発見するまで3時間くらい必要なことも多い」

 パチンコみたいなものなのだろうか。出るときはタマタマすぐ出るが、出ないときはいつまでたっても出ないのかもしれない。

「カイホボスさん、今日の1匹目は、偶然だよ」

「ところで、その変な呼び方はやめてくれ」

 戦闘も終わったので、ブルッサが俺を変な名前で呼ぶのが気になってきた。

「だって兄さんが、カイホさんのことはボスって呼べって。さっき言ったから」

「もっと短く呼んでくれればいい」

「分かったわ、カイボスさん。早く次のスニャックを探しましょう」

 1文字しか減ってないぞ。

「こら、変な風に合成するな。まあいいか……」

 蛇皮1枚を拾い、背中のカゴに入れた。それから俺達3人は林の中を探索した。
 ……。
 歩きまわること1時間。見つからない。

「いないわね」

「狩るのも大変だったけど、探すのも一苦労か。これで1匹が百エノムなんて」

 時給換算したら、酷いブラックバイトだ。
 林の中を足がクタクタになるまで歩きまわって、咬まれると死ぬ危険のある毒蛇を探し出し退治するだけの簡単なお仕事です。完全出来高払いで、頑張れば最大で日当千エノムは稼げます(1日10匹は実質不可能)。

「でも、大人のメスがミルクを1日1リットル売っても二百エノムだから。日給ベースで考えれば悪くはない」

 フックにとっては、たとえ銀貨1枚でも貴重な収入源になるのだろう。
 我が家では、5人の女性から1日3回の搾乳をしている。女親1人だけの母子家庭と比べると、うちは恵まれている方なのかもしれない。

 適当に雑談をしながら、林の中を歩きスニャックを探し続けた。

「そうは言ってもなぁ。林をずっとグルグル動き回ってると、疲れ果てしまうぞ。おーい、スニャック出てこーい」

「音を立てると、昼寝中のスニャックが怒って襲い掛かってくるかも」

 村で、巨乳の女の子を探すのなら得意なんだけどなぁ

「そうかな? どこだースニャック。パイサーチで探せればいいのに……」

 ギュイィィィン。
 そんなことを言った途端、俺の右手から青白い光が木の上の方へ飛んで行った。
 そうか、ターゲットをスニャックにして探索魔法を使えばよかったのか。

『スニャック:蛇魔獣 ONF』

「うわっ、いるじゃん。木の上だ。けっこう近い」

「あんなところに」

 フックとブルッサにも、目視でも確認できたようだ。

「私が木の根本を叩いて、蛇を落としてくるよ」

「やめろブルッサ。そんなのバカのやることだ。上から襲われ首筋を咬まれるぞ」

 棍棒を構えたブルッサをフックが静止させた。そのセリフなぜか俺の耳が痛い。

「カイボスさん、どうするの? 木に登って戦うしかなさそうね」

「いや、登る必要はない。こっちから近づくのは危険だ。ヤツに下に降りてきてもらう。木から少し離れよう」

 遠くから石を投げつけることにした。
 約18メートル、野球のマウンドからホームベースくらいの距離をとった。
 近くから適当に拾い集め、投球を開始した。

 ヒューン。
 石は大きく左に外れた。うわっ、俺ってすごいノーコンだった。

 カサッ。コツンッ。
 何度か石を投じているうちに、少しずつストライクゾーンに近づく。木の枝をかすめたり、木の幹に命中している。
 厳密にはデッドボールを狙っているのだけど。

「ボコッ」

 フォアボール2回くらいの後、ついに木の上のスニャックに石が命中した。

「シャアァァッー」

 怒った蛇が、ドサっと地上へ飛び下りてきた。あの目つきは殺る気まんまんだ。
 昼寝を邪魔されたホル族の女性のように気を荒くしている。

「来るぞ。フック、ブルッサ頼む」

「了解した」

「ここで会ったが百年目ぇー!」

 ブルッサが棍棒を振りかぶって蛇に襲い掛かった。
 百年も探してはいないけどな。せいぜい1時間くらいだ。
 2人が、左右から挟撃体制に入る。俺は正面でスニャックを待ち構える。
 ヤツの球筋は見えている。内角高めに来るのは間違いない。

 これがサッカーなら、仮にシュートを撃たれたとしても、俺がゴールキーパーみたいにヤツの頭を棒で打つ準備はできている。遠距離攻撃を発射するのが撃つで、近距離攻撃で叩くことが打つだ。
 だが、その前にセンターバックの2人より、左右から挟んでボコボコにされ始めた。

「棒に食いついた」

「尻尾は押さえたよ」

「よし、今から俺もアタックする」

 スニャックの横腹、鱗と鱗の隙間を狙いナタのカドを突き立てた。
 刺すようにグリグリとねじ込む。ピシィッ。
 わずかな切り口をつけた。通常であれば1ダメージを与えたにすぎない。
 しかし、俺にとっては、それで十分だ。

「パイサック!」

 ブシュアァッー。
 まず1発目。相変わらず血行が良い。数秒間、血が噴出し続けてから停止した。

「2発目だ。パイサック!」

 ビシュゥッー。
 2回目の方が、蛇の血圧が少し低下しているのかもしれない。俺の魔法が停止する頃に、蛇も身動きしなくなる。

「さすがボスだ。こんな簡単にモンスターを倒せるなんて」

「ずいぶん強烈な攻撃魔法ね」

 フックとブルッサが、感嘆している。
 いや、攻撃魔法じゃないんだけどな。俺の専門は、搾乳と豊胸マッサージだ。

「ボス、もしや……。触れただけで相手が死ぬという、伝説のデス・ハンドの使い手だったのか?」

「なに、それ怖い。俺の右手はそんな危険物じゃない」

 そんな手を持っていたら、日常生活にも差し支えそうだな。名前を書かれただけで死ぬノートより使い勝手が悪すぎる。
 俺は右手を突き出してブルッサの方に向けてみた。

「ひぃっ。触らないで」

「待て、待て。大丈夫だって。この前ブルッサの解毒をしたとき触ったけど何ともなかっただろ。ただ、変な噂になっても困るから他の誰にも言わないでくれよな」

 下手すると村で、他の女の子から握手もしてもらえなくなるぞ。
 みんなから避けられたら、オッパイ揉むどころじゃなくなる。

「それもそうね」

「もしボスが教会に異端者として捕まって裁判にかけられたら一緒に蛇狩りもできなくなってしまうじゃないか。ブルッサ、誰にも言ってはいけないぞ。絶対に口外するなよ」

 フックのその言い方だと、村中に吹聴されそうで心配だな。

「分かったわ、兄さん。うちのお母さんと、近所のおばさんと、仲良しのお友達5人くらいにしか言わないわよ」

「コラー、やめろって。お母さんも含めて一切、誰にも言わないでくれよ」

 近所のおばさん1人に言っただけでも、『ここだけの話』が村民全員に伝わってしまうではないか。
 あぁーあ、魔法なんて狩りに使うべきではなかったか。
 だけど、魔法を使わないと3人掛かりで袋叩きにしてもトドメを刺すまで10分以上はかかってしまうだろう。
 パイサックなら傷口に指を当てるだけで、抑えこんでから1分未満で倒すことができる。まあ、狩りの効率を考えると魔法の利便性が高いので仕方ないだろう。

 失神したスニャックをしばし眺めていると、やがて肉体が蒸発し皮が残された。
 それを回収し、カゴに入れておいた。

 俺とフックにブルッサの3人でパーティを組み、家を出発してからバスチャー西の林まで移動時間も含めて2時間近くは経過しただろうか。
 特に被弾もなく、既に2匹のスニャックを狩ることができた。
 1匹を倒すのに、パイサーチ1回とパイサック2回を使用している。
 夜に家のメイドさん達を搾乳するのにも魔力を消費するので、余力を残しておかなければならない。
 喉も渇いてきたし、1日3匹くらいにしておくのが無難だろう。

「俺の魔力にも限界がある。あと1匹だけ倒したら帰還しよう。林の出口に向かって歩きながらの索敵にする」

「えー? もっとたくさん狩りましょうよ」

「ブルッサのバカ。ボスの指示に従え。無理をすると危険だ」

 ブルッサにとっては不満なようだけど、それをフックがたしなめている。
 それから、俺は魔法を連呼しながら歩いた。

「スニャック、パイサーチ! スニャック、パイサーチ! スニャック……」

 どうやら、指定したターゲットが射程距離内に存在しないと魔法は不発する。
 その場合、魔力の消費もない。
 事情を知らない人に見られたら、頭のおかしい電波系の子供と思われそうだ。
 意味不明な言葉を、何度も繰り返し発しているように誤解されかねない。

 ギュイィィィン。
 突如、俺の手から青白い1本の光線が木の上へと飛んでいく。

『スニャック:蛇魔獣 ONF』

「いたわっ。また木の上よ」

「どうりで僕達が地面をいくら探しても、なかなか見つからなかったわけだ」

「それじゃ2人は少し離れていて。さっきみたく、また俺が石を投げつけるから」

 あとの狩り方は同じ繰り返しだ。必勝パターンにハメれば問題なく勝てる。
 1人で戦うのは大変だったけど、3人掛かりなら安全度が高くなっている。仲間が加乳、いや加入するというのも良いものだな。
 そして、本日3匹目のスニャック討伐を成功させた。
 3枚の戦利品を手に入れ、意気揚々と家まで凱旋したのであった。
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