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1章 後編

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 薬草を探して、太陽とは反対方向の北側へと歩き続けた。
 途中で小川にさしかかった。キーモク河とやらの支流らしい。川幅は約3メートルほどで、橋が架けられている箇所もある。
 この小川は、さほど深くない。下におりてバシャバシャ横断することも可能だ。
 だけど、わざわざ足を水で濡らす必要もない。普通に橋を渡ることにした。
 橋と言っても、6メートルほどの丸太2本が川の上に置いてあるだけだが。

 小川を超え、さらに北東へと数分ほど進んだ。
 500メートルくらい前方にジャングルのような光景が見えてきた。

 パイコイ森の付近まで辿り着いたのはいいのだけど、ブリッセンとかいう薬草がどこに生えているのかよく分からない。
 周辺をウロウロと徘徊していると、村外れにポツンと建つ一軒家を見つけた。
 このあたりに住んでいる人に聞いてみようと思い、その家を訪ねてみた。

「コンコン、ごめんください。消防署の方から来ました」

 ウッカリ言い間違えて、変なことを口走ってしまった。だが、まあいい。
 前世の日本では、税務署の方から来た者だと名乗って金を騙し取ろうとする詐欺師もいた。税務署の方から、と言っても税務署の職員ではない。そっちの方角から歩いて来たというだけなのだ。
 消火器の訪問販売員は、大抵が消防署のある方角から歩いてくる。

「なんじゃ? 防火水槽なら間に合っとるぞ」

「あ、こんにちは。すいません嘘です。ちょっと迷いまして。道を聞いてもいいでしょうか?」

 家の中から、高齢に見える白髭を生やしたホル族の男性が出てきた。
 地球人の感覚で言うと容姿は70歳くらいの、おじいさんだ。

「消防団なら、ここからずっと南だ」

「いえ、違います。ブリッセンを採集に来たんですが、群生地が見つからなくて」

「薬草採集か。うちから、もう少し北東に進んで森の手前あたりかの。何箇所か、わんさかと生えてる場所があるぞい。ここに来る途中にも、あちこちで見かけたのではないか」

「分かりません。見たことないので、気が付かなかったかもしれないです」

「そうかい。今、うちにも採って来たばかりのブリッセンがあるからの。見本として見せてやろう」

 おじいさんは家の中に引っ込むと、花びらのついた1本の植物を持ってきた。長さは20センチほどだ。

「これがブリッセンなんですか?」

「こんな感じで、星形の花がついているじゃろ。茎や葉っぱだけでなく花から根っこまで、全部に薬効がある。星はスターとも言っての。ホルスター族の由来にもなっているのが、このブリッセンじゃ」

 その植物の白い花びらは5枚に分かれていて、☆のような形をしている。

「へぇ。ホル族の名前って、ブリッセンから来ていたのかぁ」

「これをな軽く洗ってから丸ごと干しておき、乾燥したら湯に煎じるんじゃ。ワシも毎日ブリセン茶を飲んでるからの。見ての通り、この年でもピンピンじゃい」

「あの、おじいさんは何歳ですか?」

 パイサーチの魔法で年齢が見えるとは思うけれど、男への無駄撃ちはやめておこう。口頭で年齢を尋ねた。

「ワシは169歳じゃ。もう子供は作れないとは思うが。だが今でも、ばあさんと種付けを……」

「うわっー。そういう話を聞きに来たんじゃありません。それはいいです」

 さすがに169歳ともなると、ある程度は容貌に老化が生じてくるようだな。
 しかし、ブリッセンの効果は確かなようだ。下半身にも作用するのだろうか。

「ともかく。どこでも近くに、あちこち生えておるから自分で歩いて探すが良い。開花して種が落ちていれば、採取していいからの。花がついて無い茎や、つぼみの間は採ってはいかん」

「そうなんですか? てっきり、花が咲いていないのを採るのかと思いました」

「ブリッセンが成長して、最も大きくなった時点で開花するんじゃ。種が落ちたあとは枯れるだけなので、そしたら採ってかまわんぞ。開花前の茎は、まだ未成熟だから採ったらダメじゃ」

 この村では、未成年への種付けとか未開花のつぼみ刈りは強く規制されているのかもしれない。

「なるほど、分かりました。では、自分で探して来ようと思います」

「気をつけてな。よく森からミルビーが飛んで来るが、オスなら大丈夫じゃろ」

「ん? 蜂のことですか。男なら戦えっていう意味で?」

「そうではない。ミルビーは、ホル族のメスの臭いに惹かれて襲ってくることがあるんじゃ。あまりオスは刺されんから。もし針が刺さったら、水で濡らして傷口にブリッセンの花びらでも押し当てておけば治るぞ」

 薬草の花びらが絆創膏代わりになるのだろうか。飲んでも貼ってもいいとは、使い勝手が良さそうだ。

「はい。教えていただき、ありがとうございます。では行ってきます」

 年寄りは、話が長そうだ。早く切り上げて移動することにした。
 北東の方へと向かって進みながらブリッセンを探す。途中で10~20本くらい生えている場所がいくつかあった。開花し、背の高い茎をブチブチ何本か引き抜いてカゴに放り入れながら歩いていく。スター形の花を掘る掘るしている。
 しばらくすると、とんでもない量のブリッセンが群生しているのを発見した。
 100本や200本ではない。ブリッセンの花畑がビッシリ広がっている。

「パイサーチ!」

『ブリッセン:薬草 ONF』

 魔法でも、名前を鑑定したので間違いない。本物のブリッセンだろう。プリッセソとか似た名前でダミーの毒草が混ざっているわけではない。
 すごい、これなら取り放題だ。☆の花をターゲットに次々と引きちぎりまくる。
 何本になったか数えていないけど、カゴが満タンになったので帰ることにした。

 途中、森の方を振り返ると、何かが飛んでいるが目に入った。
 一瞬、小鳥かと思ったが、そうではなかった。
 体長5センチもあろうかという、スズメバチのような羽虫がブンブンと飛んでいたのだ。頭部や足は黄色いが、胴体の下側が白と黒の縞模様をしている。

 あれがミルビーだろうか。恐ろしや、恐ろしや。襲われないうちに、慌てて退散することにした。
 たぶん、森の中は蜂だらけなのかもしれない。俺は絶対に森なんて入らんぞ。

 それから特にトラブルは発生せず、真っ直ぐに南下し自宅へと向かって歩いた。
 怪我もせず、無事に帰還することができた。
 家の中に入ろうとすると玄関先に父親のグランがいた。

「おう、カイホ。帰ってきたのか。ちゃんとブリッセンを採集できたようだな」

「ただいま。たくさん生えてたよ」

「そうか、そうか。それを治療院まで持って行くんだろ? 今からミルクの納品に行くから、途中まで一緒に来いよ」

 結局、今日もまたグランと一緒にパイラマ街道まで行くことになった。
 ミルク樽1つと木箱を持たされている。

 行商人ボーデンの馬車まで到着すると、ミルク7リットルを納品した。グランが銀貨14枚を受け取った。

「おや、そのカゴの中身はブリッセンですな?」

「そうです。これを治療院まで届けるように頼まれていたんです。ちなみに、ブリッセンって売れないんですか?」

「それはできません」

 何だ、売れないのか。
 取り放題だから、売れれば小遣い稼ぎでも出来そうだと思ったのだけど。

「まあ、あんな草みたいにタダ同然で大量に生えているんだし売れないですよね」

「いえ、ブリッセンは貴重な薬草でして。町では結構な高値で取引されています。それでも供給が追いついていないので、すぐ売れますね。本音を言えば、喉から手が出るほど買い取りたいくらいです」

 うちの庭先で無限増殖しているホレンソと同じくらい、群生地で大量のブリッセンが生えていたぞ。そこまで貴重だとは、とてもじゃないけど信じられなかった。

「そうなんです? じゃあ買い取ってくださいよ」

「そんなことしたら、私が捕まってしまいます。バスチャー村に生えているブリッセンは、庄屋の派閥にだけ独占的に外部と取引する権利が認められているのです。一般の村人は勝手に販売できませんし、私にも取り扱えません。危ない橋を渡って、身を滅ぼしたくはないですからな」

「そんなルールがあったんですか。俺、知らなくて密漁して来ちゃったけど。ヤバイですかね?」

 ある日、急に警察が家宅捜索に押しかけて来ても困る。『ペロっ、これはブリッセンだな。貴様を逮捕する!』
 この世界は、黙秘権と弁護士(巨乳美女希望)に依頼する権利はあるだろうか。
 そんなことを心配してボーデンに確認してみた。

「村人には、共有林で自由に採集できる入会権(いりあいけん) があるはずです。家庭内で自家消費する程度なら合法になっています。バスチャー、南トリカン、北ツリクラの3村にホル族が住んでいますが、ホルスター集落圏内でブリッセンを所持していても何も問題はありません」

「ブリッセンの密売は重罪になる。だからカイホ、売ったりするなよ、絶対に売ったらダメだぞ」

 グランからも注意を受けた。それは、コッソリ町で売って来いという意味か?
 地球の大麻的な禁制品なのだろうか。なんだか、きな臭い話になってきた。

「密売すると捕まるって、どこかで摘発でもしてるの?」

「バスチャー村で採集したブリッセンは、売るとしたらリバーシブの町しかありません。下山する道はパイラマ街道1本だけです。販売現場ではなく、輸送ルートで不定期の検問をしているのです」

「そんな厳格なのか。検問というのは誰が実施してるんです? この世界に来てから、村で警察とか一度も見たことないし」

「南トリカンの四天王が雇っている私兵団です。時々、抜き打ちで馬車まで積荷のチェックに来ます」

「私兵団? 村の消防団みたいなもんなのかな?」

 それとも、自宅警備員を数名集めたホームセキュリティ会社があるのだろうか。

「南には、庄屋と有力な豪農の4つの家がありましてね。彼らが各自で2~3人の用心棒を雇っているのです。普段は自前の馬車の護衛をしているようですが、一斉検問のときには5人ほどで合同パーティを組んで調査に来ます」

「バスチャー村で採取した分まで、南トリカンの奴らが規制しているのか」

「3村には、それぞれ村長がいますが、庄屋は南トリカンにいますからな。ホル族全体を統括する首長のようなものなので、村人は誰も逆らえません」

 市町村と県知事のような関係なのだろうか。

「そんなに厳しく管理してるなんて、ブリッセンには中毒性でもあるの? 危険な物だから無闇に町に流通しないように規制してるんですかね?」

「ブリッセンそのものは薬草として、人々の健康に有効で害悪は全くありません。完全に利権の問題です。値崩れしないよう出荷量を調整して希少価値を維持しているのです。町では病気になっても、貧しい人は買うことができません。流行病の時期には、末端価格で1本が千エノムほどの値をつけたこともあります」

「そんなに高いのか。金持ち専用なんて、なんだか酷い話だなぁ。もし馬車で密輸しようとしてパイラマ街道で捕まると、どうなっちゃうんですか? こっそり小麦粉の下とかに隠しておけばバレないのでは?」

 俺のカゴの中には、何十本も摘んできたブリッセンの茎が入っている。
 もし、町に運んで売却すれば金貨何枚も稼げて、すぐ金持ちになれそうなのに。

「トリカン四家の私兵団の中に、何らかのサーチ魔法を使う者がいるんです。カイホ君が、臭いだけでオッパイのサイズを嗅ぎ分けられるのと同じことです。ブリッセンを所持しているだけで、どこに隠していても光に反応するんですよ」

「いや、俺はオッパイの嗅ぎ分けなんてできません。そんで密輸で捕まると、どんな罰があるんですか?」

「まあ、馬車の積荷は丸ごと全部が没収ですな。この村へも出入り禁止になるでしょう。つまり、商人としては破産に近いことになります」

 行商人としても、リスクを考えると密売になんか手を出したくないのだろう。

「なんて厳しいんだ。そういうことなら無理に買い取ってくれなんて言えないですね。すいませんでした」

「いえいえ。この話は、ホル族の南北間にある一種の闇のようなものですからな。なんとも難しい問題です」

「よく分かりました。とりあえずデソン先生の所に持って行かないといけないので。密売なんてやめておきますよ」

「んじゃカイホ、俺は小麦粉を買って先に帰るからな。お前は1人で治療院に行って来いよ」

「あいよ」

 グランは小麦粉1キログラムを購入した。空のミルク樽2個と木箱を抱え、北へと帰って行く。
 このあと俺は治療院まで行ってくる。その帰りに空樽1個を受け取るというような話になった。

「3時頃には、私もリバーシブの町に帰還しますので。もし時間までにカイホ君が戻らないときは、この辺り、草むらに樽を1つ置いておきます」

「どうも、すいません。でも、そんなことしてもらうくらいなら先に樽は受け取っておきます。治療院にも抱えて持ち歩きますよ」

 たぶんブリッセンを配達だけで、治療院での用事はすぐに済むと思う。
 でも、ボーデンに余計な気を使わせないため、樽を確保しておくことにした。

 街道を横断し、南へと向かう。治療院に到着した。

「こんにちは。俺です、オレオレ。カイホです。ブリッセンの配達に来ました」

 玄関のドアをノックして、中へと入る。

「あら、いらっしゃい」

 レモネさんが出迎えてくれた。

「先生は診察室でゴロゴロしているので、呼んできますね」

 なんだ、やっぱり暇なのか。

「おっ、カイホ君か。さっそく採集してきてくれたようだね。こりゃ大量だ」

 俺は背中のカゴを降ろして、デソン先生へと手渡した。
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