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1章 後編

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 治療院で、俺はデソン先生に魔法を教えてくれるよう頼んだ。
 しかし、あっけなく断られてしまった。

「そんなぁ、お願いしますよ。魔法を覚えるためなら何でも、はしませんけど」

 どんな厳しい修行でも受けます、と言いたい場面ではある。
 だが、ここは地球とは文化の全く異なる異世界だ。ウッカリ変なことを言ったら、何をされるか分からない。

「君の間違いは3つだ。まず1つ目。魔法が1つしか使えないと言ったね。メスの胸ばかり追い掛け回して、自分自身へのリサーチが不足してんじゃないかな?」

「どういう意味ですか? たしかに自家発電ジェネレートなら、まだですけど」

 俺自身を研究しないと、魔法を覚えられない仕様なのだろうか。

「自分の胸に手を当てて、聞いてみるといい」

「ん? ちょっと分かりません。コンコン入ってますかー?」

 冗談っぽく自分の胸をノックしてみせた。当然ながら返事はない。

「そうじゃない。掌を胸に当てて、目をつぶって自分の名前を言ってみなよ」

 俺はデソンから言われるまま、自分の心臓の鼓動を確認するように手で押さえ目をつぶった。そうか、そういうことか。

「ターゲット:カイホ。パイサーチ!」

 家族全員には魔法をかけていたが、自分自身に試したことはなかったのだ。
 今までのパイサーチでは見たこともなかった情報が、脳内に表示されている。

『カイホ:牛人種オス 10歳 ONF』
『乳魔術師:ニューメイジ LV5』

『修得済魔法』
『乳房測定:パイサーチ』
『搾乳魔手:パイサック』
『乳房洗浄:パイキュアー』

 パイサーチは既に何度も使っているから分かるが。
 搾乳に洗浄だの、何だこりゃ?

「どう? 見えたかい?」

「はい、見えました」

「他人をサーチするのと違って自分自身にかけると、もう少し詳細なステータスが表示されるんだよね」

「どうして、自分以外にかけたときと違う表示が出るんですか?」

「他人から個人情報を盗み見られないように、誰でも魔法的に防御する力が働いているんだと考えられている。初級の探索魔法では、プライバシーレベルの低い情報にしかアクセスできないんだ」

 そんなこと、家族の誰も教えてくれなかったな。自分にパイサーチするなんて、グランも知らなかったのではないだろうか。
 それに、この世界のプライバシーの概念は一体どうなっているのだ。

「あの、女性のバストカップが俺の魔法でもモロ見えなんですが」

「それは魔法を使わなくても、専門のオッパイ鑑定士なら服を着ている上から見ただけでも分かる情報だからね。メスのカップサイズは、プライバシーレベル0のオープン・ソースだ」

 魔法も使わずオッパイのサイズを鑑定できたら、そんなのチートみたいだな。

「はぁ? なんかおかしくないですか、それ」

「オッパイは芸術であり、世界を照らす太陽のようなものだ。乳房が隠されてしまったら、世界は闇に閉ざされてしまう。この星が存立するためにも、常にカップサイズは公表されている必然性があるんだ。乳魔術学会で証明済みの物理法則だ」

 俺とデソンが会話をしている間、隣にいるグランは腕を組んだまま黙って聞いていた。オッパイ云々の話になると、やたらウンウンと大きく頷いて感心している。
 俺にはイマイチついていけない。この類の話は気にせずスルーすることにした。

「それしても、俺は知らないうちに3つも魔法を覚えていたなんて。いつのまにか勝手に乳魔術師とやらになっているし」

 どうせならチート魔術師とかに転生して、俺つえー無双したかったのに。チーチ魔術師でオッパイつねってモムゾー人生か。
 まあ、乳と書いてチチではなくニューと読むようだけれど。

「そうだね。それから、2つ目だ。魔法っていうのは教わるものではないんだよ。レベルを上げると覚えていることもあるし、あるとき急に閃くこともあるんだ。だから、僕は君に魔法を教えることはできない」

 魔法の1つも教えてくれず、なんてケチな人だと逆恨みするところだった。
 自力で習得していくしかないのなら仕方ない。

「そういうものだったんですか。すいません、知りませんでした」

「まあ、何かヒントになるような助言はできるかもしれないけど。同じ乳魔術師でも、覚えられる魔法には個人差があるんだ。君は君の個性を伸ばして、自分自身の力で魔法を覚えていくんだよ」

「あの、家に魔法スクロールがあってサーチを覚えたんですけど。他の魔法も、そういうのを読めば覚えられるんじゃないですか?」

「ああ、スクロールか。あれは魔力に反応するインクで書かれていてね。素質がある者だけが読めるようになっている。だけど、書いてあることを読んだからと言っても、必ず覚えられるものではないんだよ。魔法の名前と効能の説明が書いてあるだけで習得条件が不明なことも多いんだ。まあ、スクロールをきっかけとして頭に閃くということはあるようだけれどね」

 資産家が金に物を言わせてスクロールを買い漁り、チート級の強力な魔法を覚えまくるなんてこともできないのだろう。
 どうせ、うちに金はない。世の中の仕組みが、そういうことになっているのなら、逆に俺にとっては悪い条件ではないのかもしれない。

「スクロールって意外とショボいんですねぇ」

「今まで使えなかった魔法でも、かなりレベルを上げたら後から急に使えるようになるということもあるよ」

「レベルって、どう上げるんです? やっぱモンスター倒して経験値を……」

 林に篭って蛇狩りを繰り返し、危険なレベリングをする必要があるのだろうか。
 転生前の地球では、RPGゲームでモンスターを倒すのがスタンダードだった。

「君は何を、意味不明なこと言っているんだ? 乳魔術師がレベルを上げるにはメスのオッパイを揉むしかないだろう。それ以外ありえないし。常識で考えれば分かるじゃないか。モンスターとなんか戦ってレベルが上がるわけがない。現実は、おとぎ話やファンタジーとは違うんだよ」

「えぇー? それが、この世界の常識だったんですか? そんなら死ぬ思いして魔獣と戦わなくても、家で女の子のオッパイ揉むだけでよかったのか」

「当たり前だ。それと、同じメスばかり揉んでいても経験値が増えないからね。複数の色々なメスを次々と相手を変えて揉んでいれば上がりやすいはずだ。バスチャー村だけでメスが100人以上いるだろ? レベル50くらいまでは楽勝だ」

 レベル上げの難易度が高すぎる。そんなことならモンスターを倒して経験値がもらえるシステムの方がよっぽどマシなのに。
 村娘をナンパしてきて1人1人に『オッパイ揉ませてください』と頼んで回らないといけないのだろうか。
 友達100人作るのとは次元が違う。下手したら、レベル5のままで一生を終える可能性だってある。はっきり言って無理ゲーだ。

「ちなみに、先生はレベルいくつですか?」

「あんまり大っぴらに言うもんじゃないけど、81だ」

「ずいぶん高レベルですね。そこまで上げるのに大変だったんでしょう?」

「乳魔術師になって1ヶ月もかからず50になったけどね。その後は、好みのタイプが見つからなくて苦労してるよ。51以降はメス1人を種付けするごとに、1ずつしかレベルアップしないから。同じ相手に何回繰り返しても意味がないし」

 なんだってー!? 一体どれだけの女性を相手にしてきたのだろうか。
 男女関係がもつれて泥沼になってもおかしくない。たしかに、あまり人前で公言しない方がいいと思う。

「そんなことしないといけないんですか? 倫理的に問題がないか不安です。俺に出来るかなぁ」

「この村では普通のことだし何も問題ないよ。まあ、大いに精進してくれたまえ」

「はい、大変勉強になりました。ありがとうございます」

 情報として参考にはなったが、レベル上げできる自信が全くない。
 俺の気持ちなんて気にする様子もなく、先生はさらに話を続けている。

「それから3つ目だ。君には残念なことだけど、乳魔術師というのは戦闘向きではないと思うよ。ミルクを搾るのに最適化されたジョブだからね。あ、サックについては注意事項があるから、これから説明するよ」

「そうですか。生産系の職業ってことなんですかねぇ」

 実はダンジョンに潜って、モンスターをバッタバッタと倒すことに憧れていた。
 ミルクを搾るしか能が無いみたいなことを宣告され、少しショックではあった。

「それで、サックのことだけど……」

 そのとき、治療院の入口の方でバタバタ音がした。誰か人が来たようだ

「先生、急患です!」

 玄関に出向いて対応したレモネさんが声を上げた。
 まあ、治療院だから患者くらい来ることもあるのだろう。

 ホル族の2人組みが治療院の待合室に入ってきた。
 1人の少女がグッタリしていて、もう1人の少年が肩を抱いて連れて来ていた。
 この2人は俺よりは少し年上のようだが、何かの病気だろうか? 

「どうしたんだい?」

「スニャックに咬まれたんだ。林で蛇狩りをしていたんだけど、ウッカリやられてしまって……」

「やっぱり毒蛇の被害者が出たようだねぇ。とりあえず診察室に運んでベッドに寝かせて。カイホ君も一緒に来るがいい。グランは邪魔だから、ここで待ってな」

「おう分かった。カイホ、デソンが魔法で治療するなら、よく見学して覚えろよ」

 レモネさんが診察室のドアを開いたまま手で押さえている。
 先にデソン先生が部屋の奥に入って行き、付き添いの少年が患者の少女を抱えて中に運んだ。
 最後に俺が入ると、レモネさんが室内から入口のドアを閉じた。

  ベッドに寝かされた怪我人の少女が苦しそうに唸っている。あどけなさの残るこの子は、うちの姉ハルナと同じくらいの年頃ではないだろうか。
 この少女は、どこかで見たようが気がしていた。
 どうやら昼前に林で柴刈りをした帰りに、すれ違った2人組みだったようだ。

 少女の右腕の手首の上あたりと、右足の膝下が少し腫れ上がって血も出ている。見るからに痛々しい。
 それぞれの出血箇所には、アイスピックで刺したような2本の穴が空いていた。
 スニャックの牙で咬まれると、こうなるのだろう。
 恐ろしい……。昨日の俺は、被弾せずに済んで運が良かった。

「スニャックって、毒とか持っているんですか?」

「あるよ、毒蛇だからね。解毒しないと高確率で1日も持たずに死ぬ」

「どうするんです? ブレストキッスで治せるんですかね?」

「ブレストキッスは傷を塞ぐだけだから、毒は消えないよ」

 事態は深刻だと思われるのにデソン先生は落ち着き払っていて、俺の質問にも淡々と答えてくれた。

「マズイじゃないですか。解毒薬とか何か無いんですか?」

「まあ、在庫は少ないけれど一応あることはある」

「先生お願いします。こいつは妹なんです」

 患者を連れてきた少年は、デソン先生に頭を下げて頼み込んでいる。
 2人は若いカップルかと思っていたが、兄妹の関係だったようだ。

「咬まれてから時間はどれくらいだ?」

「さっき咬まれて。おんぶして、僕がここまで全速力で連れてきたので、まだ15分くらいです」

「そうかい。ちなみに、解毒剤は1本三千エノムだ」

 この世界は健康保険も無いし、毒なんか食らったら大変なことになるようだ。

「僕達、金がなくて蛇の皮で稼ごうと思って林に入ったんです。今は三千エノムなんて大金は持ってないけど、後で必ず払いますから。治療してください」

「そんなこと言われたってねぇ。薬も仕入原価がかかっていることだし、こっちは慈善事業じゃないんだよ」

「三千エノムなんて無理です、酷いじゃないですか。先生、助けてくださいよ。何でもしますから!」

 患者の兄の方は涙目になっている。
 三千エノムは、けっこうな大金だ。ミルク換算すると15リットルになる。
 金なら立て替えてやるぜ、と言いたいところだけど生憎と俺も一文無しだ。

「あのー、部外者の俺が言うのも何ですけど。どうにかならないんですか?」

「まあ、どうにかなるかもしれない」

「どうするんですか? 薬代は先生のポケットマネーで貸しておくんですかね」

「カイホ君がするんだよ」

 仮に、相手が巨乳の成人女性であれば保証人になることも考えてもいい。
 女ならミルクというチチブツ、いや質物を持っている。売却すれば返済してもらえる見込みがある。

 ところが、まだ未成年の子供に金を貸すとなると話は別だ。
 あの患者の兄さんから、取り立て可能だろうか? この世界にショタ男娼とかあるのかどうかも分からないし、希望の船に乗せられて命を張ったギャンブルをさせられる展開になっても困る。

 俺だって我が身が可愛いのだ。
 こういうときは心を鬼にして、はっきりNOと言える日本人になるべきだろう。

「えぇー、何で俺が? 他人の借金を肩代わりなんてしません。絶対お断りです」

「そうじゃない。君が解毒するんだ」

「もしかして、口で毒を吸い出すとか? イヤですよ、そんなの汚そうだし。俺まで毒に汚染されたくはない」

「うーん、この傷の深さなら50ccくらいかねぇ。とりあえず消毒でもしてもらおうか。さあカイホ君やって」

 どうやら保証人にさせられる話ではなかったようだ。
 治療の練習をさせてくれるのだろうか。ここでも、何の事前研修もなく急に実技指導をさせられるのは困ったものだけど。

「しょうがないですねぇ。消毒液と布巾とかありますか? 貸してください」

「そんなものは必要ないだろ。君が素手でやるんだ」

「どうしてですか? 俺は医者じゃないし、ゴッドハンドは持っていません」

「おいおい、冗談はそれくらいにしな。君のジョブは何だ? 言ってみなよ」

「いずれ俺はオッパイ星人になる、今はただのパイマニア……。あぁー、そうか」

 さっき、自分にパイサーチをしたとき、他に2つの魔法がリストに表示されていたことを思い出した。
 たぶん、解毒と言えばキュアだろう。効くのか分からないけど試してみるか。

「やっと気づいたようだね」

「あの、患部がオッパイじゃないけど使えるんですかね?」

「うーん、対象はオッパイの方が気分的に効果が3倍くらいありそうだけど。まあ、他の部位でも発動するよ」

「やってみます。乳房洗浄:パイキュアー!」

 ギュイィィィン。
 俺が魔法を唱えると、パイサーチと同じように右手から青白く細い光が出た。
 なんか掌が熱いぞ。まるでスチームアイロンみたいに、プシューっと蒸気を吹き始めた。射程距離は5センチほどだろうか。
 アイロンがけする要領で、患者の傷口を撫でていった。

 そうか、この魔法には心当たりがある。
 昨日と一昨日、家で3人のメイドに熱いオシボリでオッパイを拭き回していた。
 熱湯にタオルを浸して、それを絞った。俺は手を火傷しかけたな。
 自分でも気づかないうちに、魔法修得フラグを立てていたのだろう。

 今は、タオルは無く素手だ。でもやることは大差ない。
 患者の腕と足、二箇所の傷口から血が洗い流された。蛇の咬み跡らしき、ポッカリとした黒い穴がよく見えている。

「綺麗になったみたいだね。あとは、毒を吸いだしてみてよ」

「俺が口でチューチューするんですか? 追加オプションは別料金になります」

「口で吸う必要はないだろう。もう1つの魔法があるじゃないの。サックだよ。レモネ、搾乳樽を取ってカイホ君に渡してあげて」

 レモネさんから、どこか見覚えのある樽を渡された。
 うちでも行商人から搾乳用にレンタルしている、3リットルの標準的な樽だ。

「こんな緊急事態に搾乳しろって言うんですか。ちょっと先生、何を考えているんです? この子のお兄さんが見ている前では、気分的にやりにくいですよ」 
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