3 / 32
一章:出会い
2.男の仕事
しおりを挟む
僕が平伏したまま沈黙が続き、頭を上げていいのかと悩んでいるところに声が降ってきた。
「いつまでも平伏してなくていい。こちら側においで」
落ち着いた感情の起伏の少ない声。だけど、なぜだか冷たいとは感じずに僕は立ち上がり、柵を潜って彼の側へと並んだ。
「あの馬の世話もしているというが、綺麗な毛並みだった。まだ幼いのに丁寧に世話をしているんだな」
「……世話をするのも、好きだから。ううん……馬が好きなのかも……」
父さんから言われた無礼な事をするんじゃないという言葉が頭に引っ掛かりながらも、どうしたらいいのかわからないまま答える。
「そうか」
頭の上に手が伸びてきて、叩かれると身を竦めたけど、叩かれる事は無く柔らかく頭を撫でられた。
「馬が好きで、馬に乗る才もある……平民である事が惜しいな」
残念そうにつぶやく彼に僕はその顔を見上げた。
「あの……?」
「ああ、気にしなくていい。独り言だ」
それだけ言って、彼は僕の頭から手をどけて、口の端を上げ笑みを浮かべる。
「それより、あの馬の事を聞かせてくれ」
「えっと……あの子は、他の子より体は小さいけど、凄く動きが軽くて……それと……」
話を変える様に訪ねてきた彼に、僕は悩みながらもあの子の良い所を話していく。拙い喋りだったと思うのだけど彼は、穏やかに僕の話を聞いてくれて嬉しかった。
6人兄弟の末っ子。両親は牧場の仕事で忙しく、兄弟達もすでに働いていたからこうやって話を聞いてくれる事は、ほとんどなかったからだ。
「えっと……それから」
「もう大丈夫。ありがとう」
何かもっと言わなきゃと思っていたところで彼に止められる。変な事を言ったかと思ったけど、左手で頭を撫でてくれたから怒らせたわけではないと安心した。
「君の馬が好きという言葉に偽りはないようだ。君の年齢を聞かせてもらえないか?」
「僕の歳?年明けに十になったよ」
「十か……今、連れ出すのは早いか」
彼の問いに答えれば、彼は考え込むように右手を口元に当て呟く。
「なんのこと?」
「……実は、私の厩舎で働く者を探していてな」
「厩舎?お兄さんも牧場やってるの?」
こんなに綺麗な人なのに牧場仕事は似合わないなぁ……と、思っていたら彼は笑った。
「はははっ、牧場ではない。私は調教師だ。競走馬のな」
「調教師……?競走馬……?」
父さんからうちの牧場で育てられた馬は全てが領主様の所有物だと言う事は聞いていたが、それらが何に使われるのかは知らなかった僕は首を傾げた。
「調教師っていうのは、君がしていた訓練を考えて、実行したり、させたりする仕事さ」
「父さんが、僕にどんな事を馬に教えておけって言うのと似てるね」
「ふむ……そういう所は似ているのかもしれないな。それ以外にも、競走馬として走れそうな馬を探したり、競走馬として調教した馬の走るレースを選んだりするんだが……」
僕の言葉に頷いた彼は、僕のわからない言葉を続けていたが、その表情はどこか楽しそうだった。
「っと、わかりにくかったな」
「ううん。お兄さん、楽しそうだった。わからない事も多かったけど、お兄さんが、馬の事好きってのはわかったよ」
長い銀髪と鋭い面影に薄紫の瞳。冷たい印象の人なのに、自分の仕事を話す横顔は仕事や馬に対しての熱量が僕にもわかるほどに熱く見えた。
「いつまでも平伏してなくていい。こちら側においで」
落ち着いた感情の起伏の少ない声。だけど、なぜだか冷たいとは感じずに僕は立ち上がり、柵を潜って彼の側へと並んだ。
「あの馬の世話もしているというが、綺麗な毛並みだった。まだ幼いのに丁寧に世話をしているんだな」
「……世話をするのも、好きだから。ううん……馬が好きなのかも……」
父さんから言われた無礼な事をするんじゃないという言葉が頭に引っ掛かりながらも、どうしたらいいのかわからないまま答える。
「そうか」
頭の上に手が伸びてきて、叩かれると身を竦めたけど、叩かれる事は無く柔らかく頭を撫でられた。
「馬が好きで、馬に乗る才もある……平民である事が惜しいな」
残念そうにつぶやく彼に僕はその顔を見上げた。
「あの……?」
「ああ、気にしなくていい。独り言だ」
それだけ言って、彼は僕の頭から手をどけて、口の端を上げ笑みを浮かべる。
「それより、あの馬の事を聞かせてくれ」
「えっと……あの子は、他の子より体は小さいけど、凄く動きが軽くて……それと……」
話を変える様に訪ねてきた彼に、僕は悩みながらもあの子の良い所を話していく。拙い喋りだったと思うのだけど彼は、穏やかに僕の話を聞いてくれて嬉しかった。
6人兄弟の末っ子。両親は牧場の仕事で忙しく、兄弟達もすでに働いていたからこうやって話を聞いてくれる事は、ほとんどなかったからだ。
「えっと……それから」
「もう大丈夫。ありがとう」
何かもっと言わなきゃと思っていたところで彼に止められる。変な事を言ったかと思ったけど、左手で頭を撫でてくれたから怒らせたわけではないと安心した。
「君の馬が好きという言葉に偽りはないようだ。君の年齢を聞かせてもらえないか?」
「僕の歳?年明けに十になったよ」
「十か……今、連れ出すのは早いか」
彼の問いに答えれば、彼は考え込むように右手を口元に当て呟く。
「なんのこと?」
「……実は、私の厩舎で働く者を探していてな」
「厩舎?お兄さんも牧場やってるの?」
こんなに綺麗な人なのに牧場仕事は似合わないなぁ……と、思っていたら彼は笑った。
「はははっ、牧場ではない。私は調教師だ。競走馬のな」
「調教師……?競走馬……?」
父さんからうちの牧場で育てられた馬は全てが領主様の所有物だと言う事は聞いていたが、それらが何に使われるのかは知らなかった僕は首を傾げた。
「調教師っていうのは、君がしていた訓練を考えて、実行したり、させたりする仕事さ」
「父さんが、僕にどんな事を馬に教えておけって言うのと似てるね」
「ふむ……そういう所は似ているのかもしれないな。それ以外にも、競走馬として走れそうな馬を探したり、競走馬として調教した馬の走るレースを選んだりするんだが……」
僕の言葉に頷いた彼は、僕のわからない言葉を続けていたが、その表情はどこか楽しそうだった。
「っと、わかりにくかったな」
「ううん。お兄さん、楽しそうだった。わからない事も多かったけど、お兄さんが、馬の事好きってのはわかったよ」
長い銀髪と鋭い面影に薄紫の瞳。冷たい印象の人なのに、自分の仕事を話す横顔は仕事や馬に対しての熱量が僕にもわかるほどに熱く見えた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
鬼神の刃──かつて世を震撼させた殺人鬼は、スキルが全ての世界で『無能者』へと転生させられるが、前世の記憶を使ってスキル無しで無双する──
ノリオ
ファンタジー
かつて、刀技だけで世界を破滅寸前まで追い込んだ、史上最悪にして最強の殺人鬼がいた。
魔法も特異体質も数多く存在したその世界で、彼は刀1つで数多の強敵たちと渡り合い、何百何千…………何万何十万と屍の山を築いてきた。
その凶悪で残虐な所業は、正に『鬼』。
その超絶で無双の強さは、正に『神』。
だからこそ、後に人々は彼を『鬼神』と呼び、恐怖に支配されながら生きてきた。
しかし、
そんな彼でも、当時の英雄と呼ばれる人間たちに殺され、この世を去ることになる。
………………コレは、そんな男が、前世の記憶を持ったまま、異世界へと転生した物語。
当初は『無能者』として不遇な毎日を送るも、死に間際に前世の記憶を思い出した男が、神と世界に向けて、革命と戦乱を巻き起こす復讐譚────。
いずれ男が『魔王』として魔物たちの王に君臨する────『人類殲滅記』である。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
スキル【コールセンター】では知識無双もできません。〜残念ヒロインとギルドシェア爆上げ旅〜
マルジン
ファンタジー
✩✩ファンタジー小説大賞✩✩
✩✩✩✩参加中です!✩✩✩✩
目次ページの、あらすじ上部(アプリは下部)に投票ボタンがありますので、何卒、ポチッとお願いします!
下ネタ(エロシーン含む)89%、ギャグ10%、残り1%は設定厨に贈る。
GL(百合)あり、BL(薔薇)あり、下ネタ満載のドちゃくそギャグファンタジーが花開く、アホのためのアホ物語。
〜あらすじ〜
残念すぎるヒロインたち。弱小ギルド。謎スキル。
召喚されたへたれ主人公が、世界の覇権を握る(ハーレムを作って童貞卒業)ために奔走する……。
けど、神の試練といたずらが、事あるごとに邪魔をする。
主人公は無事にご卒業できるのかッ!?(ムリ)
ハーレムを作れるのかッ!?(笑)
ちょっとグロめでそこそこエロめ。
百合やら薔薇やらSMやら。
なんでもござれのファンタジーギャグコメディ!
ぜひぜひ読んでくださいよぉッ!
【投稿時間】
毎日、夕18時投稿です。
基本的に一話投稿です。
(タイトル「第◯ー△話」の◯部分が話数です)
✩✩8/30まで毎日3話投稿します!✩✩
✩✩それ以降は毎日1話です!✩✩
※タイトルの「第◯ー△話」は、文字数調整の都合で分割するためのナンバリングです。気にしないでください。
※文字数1,500〜2,500ぐらいに調整してます。変な感とこで、1話がぶつ切りされるかもしれませんが、それはすみません。
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿しています。
※表紙画はAIで生成したものです。
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる