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悪夢を喰らう者(3/3)
しおりを挟む真っ暗な部屋の隅に蹲っていた私が顔をあげると、窓際に置いた机の縁に座っているシロスズの姿が見えた。
散らかった本や衣類の中に転がっている目覚まし時計を見ると、ちょうど午前4時をまわったところだった。
――夢だったんだ……
私は言いようの無い失望感に苛まれていた。
そして今見ている光景のほうが現実なのだと理解した。
「あら、おはようございます。ずいぶんとうなされてたけど大丈夫?」
シロスズは心配そうな言葉をかけてきたが、その表情はどこか楽しげだ。
「大丈夫なわけないじゃない!」
私は押し殺しつつも抗議の声をあげた。
「落ち着いて、深呼吸をしてみて」
シロスズは優しく諭すような声で言った。
私はシロスズの顔は見ずに言われたとおり大きく息を吸い込んだり吐いたりしてみた。
心なしか少し気分が落ちついたような気がした。
「あんな男のことなんか、さっさと忘れてしまいなさいな」
シロスズが少し意地悪っぽく言ってきた。
「あなたに何がわかるっていうの!」
私はカッとなって思わず叫んでしまった。
「少しは判るけど。そうね、やはりあなたから話していただけると手っ取り早いわね」
シロスズは穏やかな口調でそういいながら、肩からかけていた巾着袋の中からひょうたんのような物を取り出した。
「これはね、『呪詛の徳利』という物よ」
そう言いながらポンッとその徳利の栓を抜くと小さな注ぎ口を私の方に向けてきた。
「ふふ……何がでてくるのかしらね」
すると突然私の口から勝手に言葉が流れ出てきた。
それは私を捨てた彼に対する恨みの言葉の数々だった。
その一つ一つの憎しみに満ちた言葉を吐き出していくうちに、自分の中にあった暗い感情が次々と湧き起こってくる。
やがてそれはあの女に対しての怒りの言葉へと変化していった。
「あいつさえ居なければ、こんな事にはならなかったのに……許せない」
私はそう言って唇を強く噛み締める。
――なんなの……これ?……私はそんなこと思っていない……
私は必死になって抵抗しようとしたけれど無駄だった。
ヒステリックな罵声は止めども無く噴き出してくる。
目からは涙が溢れ出し、頬を伝って流れ落ちた。
「可哀想に……ねぇ……」
それを見ていたシロスズは、うんうんと頷きながら何故か微笑んでいた。
あまりに酷い言葉を口にしたせいか次第に胸が悪くなってきた。
私は両手で口を押さえながらその場に蹲った。
頭の中で何かが脈打つような感覚に襲われる。
――気持ち悪い……
次の瞬間、目の前の景色がぐにゃりと歪んでいった。
いびつになったシロスズが私を見ていた。
「すっきりしましたか?……」
そんな声が聞こえた気がしたがよく分からない。
激しい頭痛とめまいを感じ、私は気を失ってしまった。
そうだった、私は彼に捨てられたんだ。
愛していたのに彼はあの女にあっさりと乗り換えたのだ。
やけになった私はお酒をしこたま飲んで……。
酔っぱらっていたので細かい事は覚えていないが、部屋の中で暴れた気がする。
そして目が覚めた時にはこの部屋の隅で蹲っていたのだ。
――ではあの夢はなんだったの?
――あれは私の願望が見せた幻?
そうなんだろうなと思った。
今にして思えば何故あんな夢を見たいと考えたのかよく分からないが。
私は彼が好きだった。
でも彼の浮気を知った時、私の中の黒い部分が一気に噴き出してきた。
彼を憎み、怒り、呪い、絶望した。
でも、いくらなんでも夢の世界で幸せに暮らしたいなんて考えた事は一度も無い……はずだ。
それとも心の奥底にはそういう思いがあったのだろうか……?
――あぁ、駄目だ。もう何も考えられない……
考えれば考えるほど頭の中が混乱していった。
私は頭を振って無理矢理思考を中断させる。
ただはっきりしていることがひとつだけあった。
私はもう彼のこともあの女性の存在もなんとも思っていないということだ。
それが分かっただけでも良かったと思うことにしよう。
それにしても昨日は散々な一日だったな。
そんなことを考えていると、不意に目の前が明るくなった。
目を開けると窓から差込む日差しが眩しい。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
私は慌てて飛び起きると、部屋の隅に転がっている目覚まし時計を見た。
ちょうど午前6時をまわったところだ。
「そういえば、今日は水曜日だから仕事はお休みだったわ」
私は大きなあくびをしてから、ゆっくりと散らかった部屋の片づけを始めた。
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