奴隷の花嫁

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第7話 歪み

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「ねぇ、どうだったのよ。この前の子爵次男の件」

「あ、それ私も知りたいわ。結構良い所の貴族で、顔も良かったんだよね。確かラッセ=ビロネン様」

「あの子かー。聞きたい?」

「聞きたいって言ってるでしょう」

「勿体ぶらないでよ」

「そうね。可愛かったわ」

「どこが?」

「顔は可愛かったわよね」

「そうじゃなくて、一生懸命でね」

「まさか」

「もう食べちゃったの?」

「正解! 一心不乱に腰振っちゃって、すっごく可愛かったわ」

「それ、可愛いね」

「羨ましい」

「あとね、果てる時ね、だめっ、いっちゃうって言っちゃってるのよ」

「男がそう言ったの?」

「あん、それ本当に可愛い。私に頂戴?」

「だめよ。もう振っちゃったけど、私のコレクションなんだから、まだまだ崇拝してもわらわなきゃ」

「しかし、本当に手出すの早いわねぇ」

「それなのに清楚なお嬢様で通ってるのって詐欺だと思わない?」

「うるさい。いいのよ。私は特別なんだから」

「しかし、よくやったわね、婚約決まりかけてた相手いたんでしょ?」

「確か、大人し目な男爵長女がようやく熱を上げた相手だっけ」

「それを、横取り。気持ちよかったわー」

「最低」

「悪女よ、悪女」

「何よ。あなた達も変わらないじゃない」

「スティーナほどじゃないわよ」

「今年に入って5人目だっけ?」

「まだ4人目よ」

「清楚なのに誰にも股を開く悪女」

「あなた達なんか複数人でする合同会に出てるじゃないのよ。しかもそれで処女だって設定じゃない。無理があるわ」

「清楚と言われてないからまだ平気よ。それに男なんて意外と簡単に騙せるじゃない」

「騙すの簡単。それに、若くて初めての子ばかりで初々しくて美味しいよ」

「私は一途だもん」

「その日だけね?」

「そう」

「やっぱり悪女じゃないの」

 庭園の中にある小さな屋根付きの休憩所。紅茶と軽いお菓子で談笑している3人の女性。各々の性的趣味を報告しあう会は毎月1回以上行なっていた。

 全く報告できないこともあるが、その時は普通に過去の男達の事で笑いあった。近くに使用人もおらず、聞き耳をたてている人も居ない。したがって、この様な下品な会話をしていても、外部に漏れることもない。彼女達は自由に過ごしていたし、過ごせるだけの権力を親が有していた。

「今はね、ウィット家の長男狙ってるのよ」

「長男ってアーロ様よね。大丈夫なの?」

「心配ないわ。男爵家だし、変なことにはならないわよ」

「珍しい。長男狙うなんて」

「社交界の噂になってるのよ。良い男だって。皆が注目しているのを横から奪っていくのって気持ちいいでしょう?」

「スティーナ、それはちょっとやり過ぎな気がするけど」

「大丈夫だって。なんと言っても男爵だもん、うちは伯爵家よ?」

「そうかな」

「次の会には何処まで行ったか報告できると思うわ。楽しみにしてて」

 スティーナは満足気に二人にそう宣言し、紅茶を飲み干した。



「アーロ様、本日はお招き大変恐縮でございます」

 アーロと呼ばれた若い男性は、社交界に出るようになってから毎回多くの女性が近づいてくる。未だに慣れずにあたふたしている所に、後ろから突然声を掛けられ、より慌てふためきながら振り返る。
 後ろから声を掛けられると言うのはマナー違反とは言わないが、小心者の彼にとっては正直遠慮してもらいたい行為だった。だが、今回ばかりはその遠慮をされないでよかったと思わざるを得なかった。
 振り返った先には、今まで見た女性の中では格別に美しい人がこちらの返事を待ちわびていたのだから。

「スティーナ様!」

「どうなさったのですか、その様に御慌てになって」

「い……、いえ、何でもございません。本日は私の主催する小さな社交界にご出席いただき、ありがとうございます。まさか、貴方様がこの会に出席していただけるとは思っていませんでしたので、少々驚いてしまいました」

 若い貴族はほとんどが体のラインが出る形のドレスを好んで着るが、この眼の前に居る女性は白を貴重としたゆったりとしたドレスに身を包んでいた。
 まるで白い一輪の花の様な彼女をまっすぐ見ることが出来ずに、彼は顔を背けてしまう。

「アーロ様、どうして顔を背けてしまいますの?」

「いえ、何でもございません」

「お答えになっていません。こちらを向いてくださいませ」

 そう言うと両手をアーロの顔に当て、ゆっくりと自分の顔に向くようにする。

「よかった。ようやくこちらを向いてくださいましたね。私の事がお嫌いなのかと思ってしまいましたわ」

「い……いえっ!! そんな事はございません!!」

「ふふっ、ありがとうございます。もう少しお話したかったのですが、怖そうな方々がこちらを眺めていらっしゃいますのでこれで失礼しますわ」

 そう笑いながら言うと、アーロの元から離れ、歩いて行ってしまった。



「スティーナ様、こちらにいらしたのですね。少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

 いつもの二人と社交界の参加者男性を物色している所に声をかけてきた男性、もちろんアーロだ。

「あら、アーロ様。どういったご用件でしょうか?」

「お二人には大変申し訳無いのですが、スティーナ様とふたりきりで話をしたいと思いまして」

「わかりました。喜んでお受けいたしますわ。ですが、少々お時間下さいませ」

 そう言うと3人で少し離れた辺りで会話を始めた。

「釣れた!」

「すごいね。今日は他の男にほとんど話しけて無かったのに」

「一本釣りって奴?」

「ふふー。これからちょっと遊んでくるわ」

「もう食べちゃうの?」

「淫乱」

「まだ食べないわよ。もっと私の価値を釣り上げて、そして相手が懇願するようになってからするのよ」

「あれ、ラッセ様の時は早かったよね?」

「あれは最初から懇願してきたから。でも、可愛かったわ。子犬が餌をお願いするような目で足にすがるのよ。ゾクゾクしちゃった」

「なるほどねー。ま、楽しんでらっしゃい」

「そうなると今日の合同会は誘えないのね。私一人になっちゃう」

「元々行かないわよ。パルリィなら行けるんじゃないの?」

「私は今日用事があってね。そこそこで家に帰らなきゃならないの」

「あら珍しい。どうしたの?」

「なんか父が今日は絶対に帰ってこいって。何の用だろうね?」

「ふーん。ティルダは独り占めよかったじゃない。今日も童貞だらけなの?」

「うん。と言っても二人だけどね」

「よく見つけるわ。その点感心しちゃう」

「秘密。アーロ様が焦れてる。行ったほうが良いよ」

「そうね。それじゃ行ってくる」



「話が膨らんでいたみたいですね。本当に私とふたりきりで良かったのですか?」

「おまたせしました。ええ、問題ございませんわ。この後の予定をキャンセルさせて頂きましただけですわ」

「それは申し訳ないことをしました。ご友人の配慮に報いるために、有意義な時間にしなくてはならないですね」

「お願いいたしますわ」

「それではこちらに」

 アーロは手を差し伸べてる。スティーナもその手を取り、二人は用意された部屋へと向かっていった。





「スティーナ、今夜話がある。私の部屋に来なさい」

「はい、お父様」

 アーロと初めて会った社交界を終えたあくる日、遅めの朝食を終え、紅茶を飲んでいる所にパレン伯爵家当主である自分の父親から言われる。
 今日は社交界もないし、特別懇意にしている男性の元に行くわけでもない。珍しく暇な日で何をしようかと悩んでいた所に言われたため、迷うことも忘れて即答してしまった。
 しかし、本当にすることが無い為、別に問題ないことだと思い、逆に夜まで何をして過ごそうかと短い時間で終わらすことの出来ることを考え始めた。

「スティーナ、今度診断を受けなさい」

 夜、父親の部屋に向かい、使用人にお茶を準備させた後すぐ、父親からこの様な事を切りだされた。

「診断とは如何様な診断なのでしょうか?」

「サーレラ子爵のインナ嬢はお前も知っていような」

「ええ、存じております」

「貴族平民関わらず、見た目の良い男と寝ると噂されているというのも知っているな」

「……はい、存じております」

「そのインナ嬢が、婚約したと言うのは知っているか?」

「いえ、存じておりませんでした」

「まだ表立った話ではないのだが、直接サーレラ子爵から聞いたのでな。間違いはない。あまりに男性遍歴が激しい彼女がどうやって婚約したのか気にはならないか?」

「ええ、気になりますわ」

「それが先ほどの診断とつながってくるのだが、アールトネン男爵のラウリ、彼の性診断というのがあってな。あれでかなり良い評価を得たそうなのだよ」

「えっ?」

「彼の診断は対奴隷で信頼を得ている。その彼の新しい診断の結果が広まったおかげで、男性からの縁談が一気に増えたそうだ。そして、その中から一人彼女を射止めたものが出たという事だ」

「そうですか……」

「男性遍歴がいくら多くとも、評価の高い女性と言うのは魅力的なものよ。今後浮気するかわからんし、どの様にして射止めたのかまだわからんがな。しかし、今後、彼の診断はより高い評価を受ける事になるだろう」

「そうかもしれませんね……」

「スティーナも幾人か私が紹介した男性が居たはずだが、一向に浮いた話が無い。兄が居るから好き勝手にさせてきたが、もう17歳なのだ。婚約を決めろとは言わん。だが、そろそろ浮いた話の一つくらい欲しい所なのだよ。そして、彼の診断は評価が高い。お前にそれを受けてもらいたいと思ってな」

「私はその様な経験などございません!! それに恥ずかしですわ!!」

 スティーナは叫ぶようにして拒否する。恥ずかしいのは一般的なことだろう。だれが性生活の点数をつけて欲しいと思うのだろうかと。しかし、本音は色々な男を釣り漁る事を続けたいと言う所だろう。
 だが、父親の一向に浮いた話のない娘を心配すると言うのも本心だろう。
 その為、熱意ある説得を最終的にはスティーナは避けることが出来ず、無理矢理承諾されることになってしまった。



「なんで私がそんな診断を受けなきゃならないのよ!!」

 寝室で苛立ちを枕にぶつける。あまり大きな声で叫ぶと使用人が来てしまうので、控えめにして。
 大声で叫ぶことの出来ない苛立ちが余計に先ほどの診断を受けなければならないという苛立ちに重なり、怒りに近い感情に変わっていた。
 その苛立ちは後日、別の形で発散される事になってしまう。



「あれ、今日パルリィは? 一緒の馬車で来なかったの?」

「あの子この所連絡取れ無かった。それで、今日突然手紙が来たけど、会には一人で行ってほしいと」

「あら、ティルダも連絡取れなかったのね」

「何かあったのかな?」

「前も似たようなことあったでしょ」

「あれは前日にした男のサイズが大きすぎてお腹が痛いから休むだったかと」

「今回もそんな事じゃないの?」

「そうだと良いんだけど……」

「そうそう、今度の社交界でアーロ食べちゃうわ」

「え、もう行くの?」

「なんか、ここの所色々と苛立つことが多くてね」

「それを発散するために彼は食べられるのね。可哀想に」

「可哀想って何よ。こんな良い女の処女頂けるのよ? 神に祈っても普通は無理だわ」

「その処女は何人に捧げたんだろうねぇ」

「うるさいわよっ。気づかない男が悪いの」




「今日もふたりきりでお話させて頂いて、ありがとうございます」

 別の貴族が催している社交界で、再び合うことが出来たアーロと部屋を借り、ふたりきりでまた話をすることになった。
 スティーナは、この社交界にアーロが出ることを既に知っており、スケジュールもわざとこの社交界を優先して組むようにしていたので、この部屋でふたりきりと言うのは予定通りと言えよう。

「私も、アーロ様とお会いできるのではないかと期待しながら今日足を運んでみましたの。お目見えした時は胸が一つ大きく跳ねたような気がしましたわ」

 しかし、その言葉が嘘であるかの様なことは少しも見せず、相手が喜びそうな言葉、相手が求めるような言葉を使い、自分の意図する方向へと仕向けていく。

「今日も綺麗です。ドレスも少々派手ですが、似あっております」

「ありがとうございます。今日は見つけて頂きたい一心でこの様な色を選ばせていただきましたの」

 真っ赤なドレスだが、デザインは上半身が体のラインを少し見せるようにしているが、下半身はラインを見せないタイプで飾り付けも豪華に。肩から胸にかけてストールを羽織っているので、体のラインが出てしまう上半身でも、隠せる様な形であった。

「なるほど、それで赤なのですね」

「はい」

 そう言うと、全身を見てもらうためにくるりと一回転した後、カーテシーを行う。そこで少しバランスが崩れ、倒れそうになる所をアーロは慌ててスティーナを助ける。

「恥ずかしい所を見られてしまいましたわ」

「間に合って良かった。それに美しいだけでなく、可愛らしい所もあるのですね」

 アーロは、正面から向い合って話せているかというとそうではない。
 社交界に出るために、対女性に関する事、もちろん男性もだが、年齢別や色々な事を想定して学んできている。逆に言えば、それらを学んで実行できるからこそ、社交界に出席できるというものなのだから。
 しかし、彼の頭の中に今その学んできた事が浮かんでいるかと言えばそうではない。
 初めての感情というわけではないのだろうが、浮つき、心が踊っている。更に、面と向かうには恥ずかしいので、若干視線も真っ直ぐではなく、逸らしながらスティーナを見ている。
 スティーナは、その様な行動を可愛らしいと思っている。だが、一般的な可愛らしいというわけではなく、もうすぐ罠に掛かるだろう餌を微笑ましく見ていると言う形でだが。

「ねぇ、連れて行ってくださいません?」

「え? あ、はい! わかりました」

 彼女の言う事がわからず、疑問の声が漏れでてしまう。だが、慌てて対面を整え、スティーナを多人数がけの椅子に連れていく。
 しかし、彼女は心の中では笑っていた。ここで隣にある寝室では無い所が可愛らしくて堪らないと。
 そんな心の感情を一切表に出さず、アーロに体を預け、抱きかかえられるようにして椅子に連れて行かれる。
 これまでの行動は彼女のシナリオ通り。そして、抱きかかえられるという事は、相手はこちらに対して無防備になるという事。
 アーロの胸に手を当て、そして顔を押し付けるような形で抱きかかえられる。顔を押し付けるついでに、少し跳ねた髪の毛を利用して、顎から喉の辺りをくすぐり、そして小さい声で微笑む。
 とても嬉しそうな演技で。
 アーロにとって、スティーナは抱きかかえられると言う事が、恥ずかしいがとても嬉しい事と見えてしまったことだろう。

 これも彼女の手段。
 紳士という社交界で造らなければならない精神の壁を、崩していくための手段。
 椅子に降ろされ、反対側の椅子に座ろうとするアーロの袖を掴み、上目遣いでこうつぶやく。

「行ってしまうのですか?」

 そう言われて反対の椅子に座ろうと思う男は既に紳士と言う壁をしっかりと構築してしまった者だけである。
 アーロも造ってきた筈の壁も、彼女の絡め手で既に崩れ始めていた。
 しばらく、隣り合った状態で談笑する。
 だが、その時も、手を肩に触れたり、腕に触れたり、足に触れたりと、少しずつこちらの体を意識させるように手を出していく。
 そして、いい頃合いかと判断し、彼の紳士という精神の壁を崩壊させることを実行する。

「少し暑いですわね」

 会話の切り良い所でそうつぶやき、羽織っていたストールを彼の方になびく様に取る。
 スティーナが長い時間羽織っていたストールは、アーロの鼻孔に香りとなって届き、嫌が追うにも彼女を意識させる。

 だが、それだけではなかった。
 ストールを取った彼女の姿は、両肩が見え、喉元の露出はもちろん、大きな真っ白の二つの柔らかい塊も半分ほど見えてしまうドレスに変わっていた。
 スティーナは視線をしっかりと感じ取っていた。アーロの両目がその二つの白い柔らかい塊に向いていること。そして、唾を飲み込む音が聞こえたと言う事も気づいていた。

 更に、勝利を確信した事がある。
 彼の下腹部に今まで無かった膨らみが出来てきたのだ。
 もう彼の壁が崩れ去るのは時間の問題。
 しかし、このまま何もしないと冷静になってしまうこともある。その為、もう一つ手段を取ることにした。
 抱きしめるようにして彼の腕を、その双丘で挟み込む。
 今まで感じたことの無い重量感ある触感が腕、そして勢い余って体に柔らかさを感じたアーロの理性は崩壊し、力任せにスティーナを押し倒し、強引に唇を奪っていく。
 長い乱暴で体の震えるくちづけの後、彼女はこう伝えた。

「アーロ様でしたら、初めてを捧げてもよろしいですわ。でも、隣の部屋でお願いいたします……」

 理性の働かないアーロは、乱雑にスティーナを抱き上げ、隣の部屋に向かっていった。
 彼女の表情にも気づかずに。





「どういうことよ!?」

 綺麗に整った庭園に紅茶が撒かれ、そして高価なティーセットが石畳に叩きつけられ壊れる。
 3人が憩いの場として使用していたいつもの場所だ。
 スティーナはその憩いの場で使用人に対し、容姿を整えること無くいらだちをぶつける。

「私に申されましても……、今朝、お二人が本日欠席するとの旨の手紙を頂きまして……」

 変な診断を無理矢理受ける事になる上に、仲の良い友人が今日は二人共来ない。何処でこの苛立ちを発散させれば良いのかわからなかったスティーナは、テーブルの上に残ったティーセットの残りも石畳に投げつけるが、少しも発散されることはなかった。



「初めまして、アールトネン男爵家嫡男、ラウリと申します」

 とうとうこの日が来てしまった。
 アーロを釣り上げ、食べた事により、二人に報告でき、すっきりした状態で今日を乗り切ろうと目論んでいたスティーナだが、絶対問題ないと思っていた報告が出来なかった事、しかも、その来られなかった理由が全くわからないと言う事がより苛立ちを加速させていた。

 両親は、愛想笑いをしながら彼、ラウリという男をもてなしている。
 見た目は悪くはないが、陰鬱とした雰囲気があり、自分の趣味ではない。趣味ではないが、もっと酷い容姿の者を釣り上げてきたので、実際は問題なかったりするのだが。
 そんな男に体を許さなければならない事を何故両親が許可したのかというと、良い評価をもらい、箔を付けたいと言う所だろう。

 しかし、この様な男が評価をすると言うのが信じることが出来なかった。
 大人びた感じはあるのだが、見た目は今まで相手にしてきた男達と何ら変わらなかったからだ。
 ただ、自分の父親くらいの者や、もっと上の年齢の男性で無い事は救いだったのかもしれない。
 何故ならば、同じような年齢の男達を幾人も釣り上げてきた自分の技があるからだ。この男も、自分の魅力で翻弄し、良い評価にさせてしまえば良い。いや、自然と良い評価になるだろう。そうなることを全く疑っていなかった。




「ハァッ……ッッ……ハァッ……ハァッ……」

 息も切れ切れに、うつ伏せになって悶えてしまっていた。
 何度果てたかわからない。
 相手に手を出そうとしても、快楽に身を委ねてしまい、手を出すことさえ出来なくなっていた。

 ラウリという男は始めからおかしかった。
 こちらの色仕掛けには全く乗ってこない。しかし、彼の腕、彼の手、彼の指。これらは自分の体が自分の精神と乖離し、喜んでしまっていた。

 濃厚な長い口づけ、一つ一つの動作が勝手に喜んでしまう愛撫、幾度も果ててしまった体に突き刺さる彼の分身。
 どのくらいの時間が経ってしまったのかわからないが、精神的にはもう限界が着ている。

 だが、体の方は未だに彼を受け入れて居ることに喜び、悶えている。
 しかも、彼は未だに一度も果てていない。今までの男なら入れてすぐ果てる者から、長くて紅茶を一杯、ゆっくりと飲み干す程度だった。

 だが、彼は今までの経験人数を足した時間よりは多くはないが、とても長く保っている。
 動きも本当に気持ちよくなるポイントだけでなく、これから気持ちよくなるであろうポイントまで様々に。
 喘ぎすぎて喉が乾いている。
 水が飲みたい。
 しかし、この快楽の波がその行動に移させて貰えない。
 いや、体がこの快楽に喜び、行動することを許可しないのだ。
 永遠と続くと思われたこの快楽の波、それ以上の海とも言えるモノは唐突に終わりを告げた。

「診断は終了です」

 唐突にそう言われ、彼の分身が体の中から抜け出る。
 その抜かれてしまう行為でさえ、快楽の波が押し寄せ、体は喜んでしまう。
 海の波が押し寄せては戻る様に、幾重にも快楽の波が押し寄せては戻る。

 ようやくこの快楽の渦から逃れることが出来ると言う安堵感と、その逆に終わってしまうという喪失感。
 相反する感情が渦巻いていたが、快楽の波が徐々に治まってくるとともに、思考も少しずつだが回復してきた。
 彼が当家の使用人に体を拭かれ、着替え終わっても快楽の波が押し寄せ続けていたのを彼が気がついて伝えたのか、使用人はすぐにスティーナに近寄ってくることはなかった。

 大きな深呼吸が出来た辺りで使用人がこちらに近づいてきて様子を聞いてくる。だが、まだ何を言っているのかさっぱりわからなかった。
 適当に頷くと、女性の使用人なのだが、全員が真っ赤な顔をして私の体を拭いている。
 だが、その拭いている布でさえ、まだ快楽の波を立たせるのに一役買ってしまう。
 使用人達がしばらくまた離れ、再度拭きに来るが、完全に拭けるようになるまであと2回繰り返さなければならなかった。

 使用人が二人ほど付き添いながら談話室に戻ると、ラウリと両親が既に待っていた。
 談笑と言う形ではなく、淡々とした報告の様な会話をしていた。

「おお、スティーナ。体は大丈夫か?」

 娘の体を心配する伯爵だが、娘としては人の性行為の状態を聞いてきてる様で非常に気持ちが悪かった。処女と言う事で通してあったので、体の心配をするのは致し方ないのだろうとも思うが、せめて父親ではなく、母親から小さな声で聞いて欲しかった。

 幸いだったのは、あれだけの快楽の波は足腰に影響を与え、破瓜の痛みにより歩きが困難になったと言う様にも見えなくもなかった事だ。
 なんとか椅子に座り、体裁を整えることは出来たが、恥ずかしさで両親の顔も、ラウリの顔も見ることが出来ない。

 両親の顔は自分の性体験を話すことなど拷問に近いことなので、当たり前だろう。
 しかし、ラウリは今まであの様な快楽の波を打ち立てる異性と言う意味で、恥ずかしさ以外に、あの快楽の海にまた沈んでしまうのではないかという恐れもあって見ることが出来なかった。
 使用人に用意された紅茶を一口のみ、ようやく心が落ち着いてきた所で唐突にラウリが話し始める。

「それでは、診断結果を申し上げます」

「なぬ? もう言うのかね?」

「体裁を整うようなことでもございませんし、スティーナ様もお疲れのようですので」

「そうかね……、それではお願いする」

「はい。まず、スティーナ様は処女ではございませんでした。幾人もの男性との経験があるように見受けられます」

「なっ!! それは嘘ではないのかね?!!」

「はい。入り口だけでなく、中もこなれており、様々な大きさの者と経験したと思われます」

 スティーナはいきなり今まで隠し通していた嘘が暴露され、真っ青な顔をしてうつむく。両親から視線が向いていることはわかっていた。しかし、その視線を正面から受けきる事も今の彼女には出来なかった。そして、ラウリは続けて話し始める。

「肌の張りは年齢相応の物でしたが、特に何もしていないようなので、加齢とともに下がっていくでしょう。胸の大きさは見た目通りに大変良いものでしたが、ふくよかな腹や尻と同じで加齢とともに下がるものと思われます。
 そして、性体験があるという形での診断に移りますが、男性を喜ばせるための行為はほとんど出来ませんでした。全てが受け身で相手を受け入れることしか今までしてなかったのかと思われます。更に、締りも悪く、今までは未成熟な者ばかり相手にしてきたように思えるので問題はなかったのかもしれませんが、経験豊富な男性には大変な作業になるでしょう。
 感度は良好で、濡れ具合は良い方ですが、元々濡れ安かったのか、下手な者を相手にして濡れやすくなったのかは正直判別することができません。それと、未経験なので評価はできませんでしたが、後ろの方も素質があるように見受けられます。男性側としては果てること以外は満足する結果になるでしょう。しかし、果てる事こそ男性の基本的最終目標であることを考えれば、この点の評価もさほど高く付けることはできません。
 全体的に運動をしてない者の体をしており、相手を思いやること、体での対話ができておりません。
 そして、最終評価になりますが、総合的に低いと言う評価になります」

 一気に早口で言われたわけではなく、淡々としていたがそこまで早く伝えてきたわけではなかった。だが、3人は処女ではなかったと言うショックから脱せず、更に酷評を立て続けに聞かされてしまったので、口を挟む思考までたどり着くことが出来なかったのだ。
 青い顔した伯爵夫人がゆっくりと部屋から何も言わずに出ていってしまった。
 残されたのはスティーナと、伯爵とラウリ、そして使用人が数名。得にすることのないラウリはそのまま紅茶を飲み進めるのであった。



「ラウリ君。この件は公開しないと約束して貰えるだろうか」

 今回の診断費用を取りに戻った伯爵が、戻ってきて椅子に座るなりラウリにそう聞く。

「問題ございませんが、公開してない例は今までに2例しかございません。その為、公開しないことで悪く取られるかもしれませんが、よろしいでしょうか」

「問題ない。この恥が公開されるより良い」

「承知いたしました」

「謝礼金はこちらに用意してある。持って行ってくれ」

「少し重いようですが」

「気にするな。礼だ」

「はい。ありがたく頂戴致します」

 用事が終わったラウリは外に停めてある自分の乗って来た馬車にのり、伯爵家を出ていく。
 伯爵家を出た辺りで中に乗っている者が話し始めた。

「今回はありがとうございました。これはお礼です」

 そう言うと片手で持てるが、重そうな袋をラウリに手渡す。

「ご依頼でしたから。しかし、少々重くありませんか、ラッセ様?」

「これは他言無用でお願いすると言ったじゃありませんか、予想以上の結果が得られましたので追加しておきました」

「そういうことですか。それでは遠慮なくいただきます」

「ふふふ……、これでスティーナは他の者達の注目を受けなくなる。そこで私が名乗りあげれば……」

 ラウリはそれ以上の事を全て聞き流す。聞こえていたとしても覚えている必要が無いので忘れることにした。

 街中でラッセが馬車から降り、雑踏に消えていく。
 そして、そのまま自分の屋敷に戻った時、コラリーが出迎えてきた。

「旦那様が、コスティ様が御倒れになられました」

「そうか、とうとう来たか……。5年、長かったな……」

 そうつぶやくとコラリーの後ろに付きながら父親であるコスティの私室に向かっていった。



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