上 下
9 / 17

糸との格闘

しおりを挟む
 ヨナの手ほどきで、私は組み紐を始めた。

「刺繍用の糸だと、少々細いですから、まずは紐を作りましょう」

 ヨナはどこからか、古い厚紙と同じ長さの小枝を揃えて来た。
 厚紙は円筒の形にして、その周りに小枝を貼り付ける。

「お嬢様の好きな糸を、二色選んでくださいね」

 円筒に貼り付けた小枝に糸を掛けていく。
 少しずつ、ほんの少しずつ、円筒の内側には、二色の糸が紐のようになって生まれていく。

 なんだか、楽しい。
 指先を動かし、互い違いに糸を掛けていると、あっという間に時間がたつ。

「お嬢様。素敵な紐が出来ていますよ」

 ヨナの誉め言葉で、一層やる気が出る。

「ヨナ。こういうこと、何処で覚えたの?」

「私の育った場所では、皆小さい頃からやってます。組み紐は元々、私の祖国よりも東にある国で、大昔から作られていたようです」

 数日後、私の腕の長さ程の紐が数本出来上がった。
 
「上出来です。でもお嬢様。これからが本番ですよ」

 ヨナは一本の紐を手に取ると、曲げたり、そこに紐を通したりしながら、三つの輪の形を作った。
 凄い。
 魔術かしら?

「何を言っているんですか。コツが分かれば誰にでも出来ますよ」

 それから、私の紐との格闘が始まった。
 私はきっと、ヨナほどの器用さがない。
 何度も見本を見せてもらって、何度も同じ様にやってみた。

 ヘンなところに結び目が出来たり、ようやく輪が出来ても、形が不揃いだったりする。

 昼間は学園に通い、夜は遅くまでヨナの指導を受ける。
 そうして七日間たった。

「で、出来たあ!」

 ようやく、三つの輪が均等になる。

「スゴイスゴイ! 良く出来ましたね、お嬢様!」
「ヨナのおかげよ! ありがとう」

 これで、友人たちにも教えることが出来る。
 自分の手で何かを作っていくのって、こんなに楽しいことなんだ。
 もっと、上手く出来るようになりたいな。

「これは組み紐の基本的な結び方なんですが、これが出来ると、次はもっと華やかなものが作れるようになりますよ」

「そうなの? 私、頑張ってみるね」

 練習用の紐をカバンに入れて、私は翌日足取り軽く学園に向かった。
 晴れた空の下、心も軽い。

 軽い、はずだった。

 校門に立つ、マークスを見るまで……。

「オイ」

 ギロッとこちらを見るマークスに、私は息を止める。
 そして大きく息を吐くと、挨拶をする。

「おはようございます、マークス様」 

 マークスはいきなり、私の腕を取る。

「ちょっと来い!」
「やめて下さい!」

 私は腕を払う。

「なんで……」

 マークスのショックを受けている様な表情に、私も驚いてしまう。
 
「なんで俺と一緒じゃない! 一緒じゃないのに、なんでお前は楽しそうなんだ!」

 意味が分からない。
 いつも不機嫌だった相手と一緒にいて、楽しいわけないだろう。
 一緒じゃないから、楽しいのに。

「お、俺を、愛していないのか!」

「私たちの婚約は、貴族の義務のようなものでしょう?」
「え……」

 呆然とするマークスに、私も呆れてしまう。
 
「シュリー嬢。もう鐘がなるよ、急ごう」

 後ろから来ていたらしいダニエルが、私の肩を叩く。

「え、ええ。ありがとう」

 私は簡単に礼をして、マークスを置き去りにした。
 何か間違ったことを、私は言ってしまったのだろうか。

「いいえ、シュリー様は、至極真っ当なことしか言っていませんわ」
「そうそう。気にしなくて良いと思うわ」

 昼休みに、ライラとミオンには朝の出来事を話した。
 二人の言葉に、私はほっとした。

 良かった。

「そうそう、話は変わって、組み紐の作り方、少し出来るようになりました」

 私が言うと、ライラとミオンの顔が明るくなる。

「スゴイです、シュリー様」
「私も家で挑戦したけど、なかなか上手くいかなかったよ」

 放課後、私は二人に、三つの輪の作り方を教えることにした。
 二人は私より手先が器用なので、何回か練習すると、すぐに出来るようになる。

「「また、教えて下さいね」」

「ええ、私が覚えたら」

 朝の不愉快な出来事を、私はすっかり忘れていた。
 だが、邸に戻ると否応なしに、不機嫌な人たちに囲まれてしまう。

 それは婚約者(一応)のマークスと、母だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女様の生き残り術

毛蟹葵葉
恋愛
「お前なんか生まれてこなければ良かった」 母親に罵倒されたショックで、アイオラに前世の記憶が蘇った。 「愛され聖女の物語」という物語の悪役聖女アイオラに生まれて変わったことに気がつく。 アイオラは、物語の中で悪事の限りを尽くし、死刑される寸前にまで追い込まれるが、家族の嘆願によって死刑は免れる。 しかし、ヒロインに執着する黒幕によって殺害されるという役どころだった。 このままだったら確実に殺されてしまう! 幸い。アイオラが聖女になってから、ヒロインが現れるまでには時間があった。 アイオラは、未来のヒロインの功績を奪い生き残るために奮闘する。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

完結 DVモラハラ夫の壊し方 貴方は要らない人

音爽(ネソウ)
恋愛
モラハラ夫

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

死に戻るなら一時間前に

みねバイヤーン
恋愛
「ああ、これが走馬灯なのね」  階段から落ちていく一瞬で、ルルは十七年の人生を思い出した。侯爵家に生まれ、なに不自由なく育ち、幸せな日々だった。素敵な婚約者と出会い、これからが楽しみだった矢先に。 「神様、もし死に戻るなら、一時間前がいいです」  ダメ元で祈ってみる。もし、ルルが主人公特性を持っているなら、死に戻れるかもしれない。  ピカッと光って、一瞬目をつぶって、また目を開くと、目の前には笑顔の婚約者クラウス第三王子。 「クラウス様、聞いてください。私、一時間後に殺されます」 一時間前に死に戻ったルルは、クラウスと共に犯人を追い詰める──。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】婚約破棄からの絆

岡崎 剛柔
恋愛
 アデリーナ=ヴァレンティーナ公爵令嬢は、王太子アルベールとの婚約者だった。  しかし、彼女には王太子の傍にはいつも可愛がる従妹のリリアがいた。  アデリーナは王太子との絆を深める一方で、従妹リリアとも強い絆を築いていた。  ある日、アデリーナは王太子から呼び出され、彼から婚約破棄を告げられる。  彼の隣にはリリアがおり、次の婚約者はリリアになると言われる。  驚きと絶望に包まれながらも、アデリーナは微笑みを絶やさずに二人の幸せを願い、従者とともに部屋を後にする。  しかし、アデリーナは勘当されるのではないか、他の貴族の後妻にされるのではないかと不安に駆られる。  婚約破棄の話は進まず、代わりに王太子から再び呼び出される。  彼との再会で、アデリーナは彼の真意を知る。  アデリーナの心は揺れ動く中、リリアが彼女を支える存在として姿を現す。  彼女の勇気と言葉に励まされ、アデリーナは再び自らの意志を取り戻し、立ち上がる覚悟を固める。  そして――。

処理中です...