3 / 17
躾って何?
しおりを挟む
マークスの叔父さん、男爵のディックという男性。
バーランド伯爵の実弟で、男爵家に婿入りしたと聞いている。
見た目はマークスとよく似ていて、若い頃はいつもたくさんの令嬢に、囲まれていたらしいのだけど……。
マークスと婚約してすぐに、伯爵邸で会った。
「なんだよ、ローザン伯爵家の娘と婚約したって聞いたから来たのに、とんだ期待外れだな」
赤ら顔の男爵は、挨拶抜きにそう言った。
顔も体もたるんでいて、かつての美丈夫の面影は少ない。
「あらあら。飲みすぎですわよ、ディック。シュリーちゃんは語学も算術も得意で、ステキなお嬢さんなの」
「ふん。どんなに女が賢くても、可愛さと色気がなけりゃ、ダメだな」
マークスのお母様が一生懸命庇ってくれたけど、男爵は全く聞いていなかった。
マークスは私を庇うことなく、ニヤニヤと笑っていた。
叔父さんの前で照れている?
あの時はそう思った。
ううん……。
そう、思いたかった。
元々マークスは伯爵家のお父様やお母様よりも、妙にディック男爵に懐いていた。
多分、男爵が甘やかしてくれるからだ。
ハーランド家嫡男として、マークスは幼い頃から厳しい教育を受けていた。
「お土産だ、マークス。男はくだらん勉強よりも、やっぱり剣だよな」
ある年、マークスのお誕生日に、男爵は模造剣をプレゼントしたそうだ。
一番嬉しいプレゼントだったと、私は何度も聞かされたものだ。
これから男爵は、バーランド伯爵家に向かうのだろうか。
「聞き捨てならないことを言ってましたね、あの前を歩いている男」
男爵と直接の面識はないヨナが、ちょっとお怒りモードで囁く。
「そうね、確かに感じ悪いわ」
「躾って何ですか、全く! 犬や猫でも愛情持って育てる方がイイコに育つというのに!」
ヨナは動物好きだ。
それは私も一緒。
「あんなこと言う男に限って、奥様に軽く逃げられるんですよ、ホント」
ヨナが怒ってくれたおかげで、私は宥める側になった。
だから、ディック男爵との不愉快な想い出は、少しだけ薄らいだ。
翌週、いつものように、マークスが迎えに来た。
仏頂面の彼は、手を引くこともない。
ああ、今日もまた不機嫌。しかも重症だわ。
馬車の中でもムスっとした顔を崩さないマークスの機嫌を取る気はない。
ガタガタと馬車に揺られ、学園の門が見えて来た頃に、マークスは口を開いた。
「おい」
私は顔だけ動かした。
「はい、なんでしょう」
「なんでだ」
「え、何が?」
「なんでお祭りに俺を誘わなかったんだ!」
え?
私から、誘わなければいけなかったの?
「ホント気が利かないな。お前のせいで、俺が母上に怒られたじゃないか!」
「ご挨拶はいたしましたが……」
多分マークスのお母様は、私に対して怒ったのではないだろう。
気が利かない息子への、注意だと思うけど……。
「叔父さんが、豊穣祭には綺麗な令嬢がたくさんいたって言っていたのに……。それにお祭りの夜になったら……」
「お祭りの夜? 何かありましたっけ?」
ブツブツ文句を言っているマークスに訊いたら、彼は声を一層荒げた。
「なんでもない! と、とにかく次からは、気をつけろ!」
ぷりぷりしながら、マークスは馬車を降りて行った。
朝からドッと疲労したシュリーは、重い足取りで校舎へ向かった。
「おはようシュリー嬢。元気ないね。豊穣祭の女神様の御加護は、まだやって来ないのかな?」
ダニエルだ。
「おはよう。女神様はきっとお忙しいのね。一番後回しかも、私……」
そう言いながら私は、椅子に置いてあるダニエルのカバンから、赤紫色の紐が垂れているのを目にした。
恋の、おまじない?
「ねえ、ダニエル」
「何?」
「お祭りやパーティにパートナーと参加する時って、女性から誘うものなのかしら?」
ダニエルは顎に手を当てて答える。
「僕は自分で誘うかな。でも、相手から誘われるのも、きっと嬉しい」
ダニエルの白い歯が見えた。
そうか。
やっぱり、ダニエルには、組み紐に願をかけている相手がいるんだ。
「でも、どうしたの? 何かあった?」
私は軽く首を振る。
「なんでもないわ。ちょっと思っただけ……」
その日は、クラスの友だちと用事があると言って、マークスの送りを断った。
マークスは無言で背を向けた。
バーランド伯爵の実弟で、男爵家に婿入りしたと聞いている。
見た目はマークスとよく似ていて、若い頃はいつもたくさんの令嬢に、囲まれていたらしいのだけど……。
マークスと婚約してすぐに、伯爵邸で会った。
「なんだよ、ローザン伯爵家の娘と婚約したって聞いたから来たのに、とんだ期待外れだな」
赤ら顔の男爵は、挨拶抜きにそう言った。
顔も体もたるんでいて、かつての美丈夫の面影は少ない。
「あらあら。飲みすぎですわよ、ディック。シュリーちゃんは語学も算術も得意で、ステキなお嬢さんなの」
「ふん。どんなに女が賢くても、可愛さと色気がなけりゃ、ダメだな」
マークスのお母様が一生懸命庇ってくれたけど、男爵は全く聞いていなかった。
マークスは私を庇うことなく、ニヤニヤと笑っていた。
叔父さんの前で照れている?
あの時はそう思った。
ううん……。
そう、思いたかった。
元々マークスは伯爵家のお父様やお母様よりも、妙にディック男爵に懐いていた。
多分、男爵が甘やかしてくれるからだ。
ハーランド家嫡男として、マークスは幼い頃から厳しい教育を受けていた。
「お土産だ、マークス。男はくだらん勉強よりも、やっぱり剣だよな」
ある年、マークスのお誕生日に、男爵は模造剣をプレゼントしたそうだ。
一番嬉しいプレゼントだったと、私は何度も聞かされたものだ。
これから男爵は、バーランド伯爵家に向かうのだろうか。
「聞き捨てならないことを言ってましたね、あの前を歩いている男」
男爵と直接の面識はないヨナが、ちょっとお怒りモードで囁く。
「そうね、確かに感じ悪いわ」
「躾って何ですか、全く! 犬や猫でも愛情持って育てる方がイイコに育つというのに!」
ヨナは動物好きだ。
それは私も一緒。
「あんなこと言う男に限って、奥様に軽く逃げられるんですよ、ホント」
ヨナが怒ってくれたおかげで、私は宥める側になった。
だから、ディック男爵との不愉快な想い出は、少しだけ薄らいだ。
翌週、いつものように、マークスが迎えに来た。
仏頂面の彼は、手を引くこともない。
ああ、今日もまた不機嫌。しかも重症だわ。
馬車の中でもムスっとした顔を崩さないマークスの機嫌を取る気はない。
ガタガタと馬車に揺られ、学園の門が見えて来た頃に、マークスは口を開いた。
「おい」
私は顔だけ動かした。
「はい、なんでしょう」
「なんでだ」
「え、何が?」
「なんでお祭りに俺を誘わなかったんだ!」
え?
私から、誘わなければいけなかったの?
「ホント気が利かないな。お前のせいで、俺が母上に怒られたじゃないか!」
「ご挨拶はいたしましたが……」
多分マークスのお母様は、私に対して怒ったのではないだろう。
気が利かない息子への、注意だと思うけど……。
「叔父さんが、豊穣祭には綺麗な令嬢がたくさんいたって言っていたのに……。それにお祭りの夜になったら……」
「お祭りの夜? 何かありましたっけ?」
ブツブツ文句を言っているマークスに訊いたら、彼は声を一層荒げた。
「なんでもない! と、とにかく次からは、気をつけろ!」
ぷりぷりしながら、マークスは馬車を降りて行った。
朝からドッと疲労したシュリーは、重い足取りで校舎へ向かった。
「おはようシュリー嬢。元気ないね。豊穣祭の女神様の御加護は、まだやって来ないのかな?」
ダニエルだ。
「おはよう。女神様はきっとお忙しいのね。一番後回しかも、私……」
そう言いながら私は、椅子に置いてあるダニエルのカバンから、赤紫色の紐が垂れているのを目にした。
恋の、おまじない?
「ねえ、ダニエル」
「何?」
「お祭りやパーティにパートナーと参加する時って、女性から誘うものなのかしら?」
ダニエルは顎に手を当てて答える。
「僕は自分で誘うかな。でも、相手から誘われるのも、きっと嬉しい」
ダニエルの白い歯が見えた。
そうか。
やっぱり、ダニエルには、組み紐に願をかけている相手がいるんだ。
「でも、どうしたの? 何かあった?」
私は軽く首を振る。
「なんでもないわ。ちょっと思っただけ……」
その日は、クラスの友だちと用事があると言って、マークスの送りを断った。
マークスは無言で背を向けた。
10
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
初恋は実らなかったけれど、熱心に花壇のお手入れをしていたら、もっと大きな恋が向こうからやって来ました!
ウサギテイマーTK
恋愛
田舎の子爵令嬢のフローナは、隣の領地のウルスに淡い恋心を抱いていたが、ウルスはフローナの従姉に一目惚れし後に婚約する。その後、フローナは貴族の子女として王都の学園に入学し、勉学に勤しみつつ、なるべく目立たないような生活をおくる予定だった。ところが、なぜか高等部の高位貴族ご子息のアルバストに捕まり、アルバストらの仕事を手伝うはめになる。目立てば嫉妬や嫌がらせ。フローナとしては修学後は速やかに領地に戻りたいのだが……。
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
この誓いを違えぬと
豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」
──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる