33 / 44
三十二章 人の心が分かるというのは、霊能者、もしくは詐欺師なんだぜ
しおりを挟む
それは、スタイリッシュな篠宮の、心からの叫びだった。
『お前に何が分かる!』
「分かるわけないだろ。分からないから、互いに理解しようと努力するんだろ?」
加藤としては、割とまともな言い分だ。
しかし篠宮は口の端が上に向く。
「努力だと? 無駄だよ、そんなもの。お前、知ってるか? 電気とガスはすぐに止まるけど、水道だけは、しばらく止まらないって」
加藤も知っている。
特に集合住宅なら、尚更だ。
だが、水道すら止められて、近くの公園まで出向いたことなど、この場で流石に言えない。
「親って言っても、父は蒸発。母は宗教狂い。置き去りにされた子どもが、食べ物もない灯も点かない部屋で、どうやって過ごしていたか、お前に分かるのか」
加藤には、冬の木枯らしが聞こえた気がした。
真っ暗な部屋で、膝を抱えてじっとしている少年の姿が浮かんできた。
「俺は、親への恨みつらみで生きて来た。あいつらが殺されようが、行方不明だろうが、今更どうでも良い。せめて金でも残してくれればな」
「その金のために、母親に手をかけたのか?」
篠宮の目が大きくなる。
「な、何を」
「さっきも言ったけど、殺人をごまかすための、時限発火装置だろ?」
加藤は篠宮に一歩踏み込む。
「あんたが、放置された子どもだったことは分かった。今なら児相案件だ。親に恨みを抱えているのも、それは仕方ないことだ。
でも。それで殺人や放火を、正当化することは出来ない。」
「うるさいよ、お前! 俺は、やってない!」
篠宮はエアコンが効きすぎている室内で、額から大粒の汗を浮かべ、大声を出す。
音竹の母は、俯いて震えている。
あと一歩。
篠宮の心に入り込むことが出来たら……。
加藤が言葉を繰り出そうとした時。
ギーコ、ギーコ……。
重みを乗せた車輪の音が近づいて来る。
「わ、亘の……」
車輪の上の方から、声が聞こえる。
細く小さい老女が、車椅子に乗っていた。
「亘の言う通り……。亘は殺してない。……火も点けてない」
篠宮は口を開けたまま、立ち尽くしている。
「か、母さん!?」
ようやく振り絞った声を上げ、篠宮は車椅子に手を伸ばす。
車椅子に乗っているのは、篠宮亘の母、篠宮啓子だった。
「あなたは、刑事さんですか?」
篠宮啓子は加藤を見つめる。
「いえ、養護教諭です」
「そうですか。亘がお世話になっております」
車椅子から頭を下げる啓子の手を、篠宮が握る。
「ロウソクの火の不始末で、火事を起こしてしまいました。私のせいです。亘には、何の咎もありませんよ」
「なるほど、そういうことなら、確かに篠宮先生には、何の罪もないですね」
しれっと加藤は答える。
加藤の視野に、涙を流す篠宮の姿が映っていた。
「俺は刑事じゃないし、他人様を裁くつもりも権利もないです。俺は子どもの心と体を、守るためにここにいる」
啓子は目を細める。
「ふふ。変わった人だね。あなたの背後には、地蔵菩薩が見えるわ」
「そうですか。俺は毘沙門天の方が良いですけどね」
今野は篠宮啓子の背後から、顔を出す。
「兄さん、どうする? まだ探偵ゴッコ続ける?」
「いや、十分だ」
「そかそか。一応調書でも取っておくか?」
「任せるよ」
篠宮は、母の車椅子を押し、今野に案内されて別室へ移る。
すうっと篠宮の横に近付いた憲章が、ぼそぼそと何か言っている。
篠宮は憲章に、頭を下げた。
「さて、火事の話は今野の爺さんに任せるとして……」
加藤は音竹の横に座る。
「がっかりしたか? 主治医の篠宮センセのこと」
「いいえ。ただ……」
「ただ、何だ?」
「僕も、僕の亡くなった父のことを、きちんと知りたいと思いました」
音竹の母樹梨の体が、ビクっと跳ねた。
別室で、篠宮は今野にぽつぽつと、火事の起こった日のことを話していた。
「ほとんどは、先ほどの彼、なんでしたっけ、ああ、そうだ加藤。あいつの実験通りですよ」
ふんふんと聞きながら、今野は篠宮啓子に、金色の飲み物を渡していた。
「これ、何かしら?」
「ゴールデンアップルジュースだよ」
今回は普通のジュースであった。
「練習もしましたよ、アイツの言った通り。細いテグス使って、音竹の家から引っ張って、不燃布を取り出せるかって」
「なんで、そんなことを……」
今野の呟きに、啓子が答えた。
「ふふ。言っちゃあいけないコト、私がつい言ったのよ」
「なんて?」
「お前なんか、産むんじゃなかった、って」
篠宮は顔を横に向ける。
「それで亘が激怒して、私を殴ったの。私、気を失ってね」
「ああ、それで、息子さん、あんたが死んだと思ったのか」
それで誤魔化すための放火か。
殺人と放火だと、最高刑レベルだが……。
「どうする? 捕まえるの? 亘のこと」
今野は頭を振る。
「民事不介入でいいや」
それまで黙っていた篠宮が、今野に言う。
「あなたは警察関係の人ですか?」
「まあ、近い筋だな」
「公安に知り合いの方、いますか?」
今野は表情も変えずに訊く。
「何で?」
「母もわたしも関係していた、あの教団の情報を伝えておきたくて」
『お前に何が分かる!』
「分かるわけないだろ。分からないから、互いに理解しようと努力するんだろ?」
加藤としては、割とまともな言い分だ。
しかし篠宮は口の端が上に向く。
「努力だと? 無駄だよ、そんなもの。お前、知ってるか? 電気とガスはすぐに止まるけど、水道だけは、しばらく止まらないって」
加藤も知っている。
特に集合住宅なら、尚更だ。
だが、水道すら止められて、近くの公園まで出向いたことなど、この場で流石に言えない。
「親って言っても、父は蒸発。母は宗教狂い。置き去りにされた子どもが、食べ物もない灯も点かない部屋で、どうやって過ごしていたか、お前に分かるのか」
加藤には、冬の木枯らしが聞こえた気がした。
真っ暗な部屋で、膝を抱えてじっとしている少年の姿が浮かんできた。
「俺は、親への恨みつらみで生きて来た。あいつらが殺されようが、行方不明だろうが、今更どうでも良い。せめて金でも残してくれればな」
「その金のために、母親に手をかけたのか?」
篠宮の目が大きくなる。
「な、何を」
「さっきも言ったけど、殺人をごまかすための、時限発火装置だろ?」
加藤は篠宮に一歩踏み込む。
「あんたが、放置された子どもだったことは分かった。今なら児相案件だ。親に恨みを抱えているのも、それは仕方ないことだ。
でも。それで殺人や放火を、正当化することは出来ない。」
「うるさいよ、お前! 俺は、やってない!」
篠宮はエアコンが効きすぎている室内で、額から大粒の汗を浮かべ、大声を出す。
音竹の母は、俯いて震えている。
あと一歩。
篠宮の心に入り込むことが出来たら……。
加藤が言葉を繰り出そうとした時。
ギーコ、ギーコ……。
重みを乗せた車輪の音が近づいて来る。
「わ、亘の……」
車輪の上の方から、声が聞こえる。
細く小さい老女が、車椅子に乗っていた。
「亘の言う通り……。亘は殺してない。……火も点けてない」
篠宮は口を開けたまま、立ち尽くしている。
「か、母さん!?」
ようやく振り絞った声を上げ、篠宮は車椅子に手を伸ばす。
車椅子に乗っているのは、篠宮亘の母、篠宮啓子だった。
「あなたは、刑事さんですか?」
篠宮啓子は加藤を見つめる。
「いえ、養護教諭です」
「そうですか。亘がお世話になっております」
車椅子から頭を下げる啓子の手を、篠宮が握る。
「ロウソクの火の不始末で、火事を起こしてしまいました。私のせいです。亘には、何の咎もありませんよ」
「なるほど、そういうことなら、確かに篠宮先生には、何の罪もないですね」
しれっと加藤は答える。
加藤の視野に、涙を流す篠宮の姿が映っていた。
「俺は刑事じゃないし、他人様を裁くつもりも権利もないです。俺は子どもの心と体を、守るためにここにいる」
啓子は目を細める。
「ふふ。変わった人だね。あなたの背後には、地蔵菩薩が見えるわ」
「そうですか。俺は毘沙門天の方が良いですけどね」
今野は篠宮啓子の背後から、顔を出す。
「兄さん、どうする? まだ探偵ゴッコ続ける?」
「いや、十分だ」
「そかそか。一応調書でも取っておくか?」
「任せるよ」
篠宮は、母の車椅子を押し、今野に案内されて別室へ移る。
すうっと篠宮の横に近付いた憲章が、ぼそぼそと何か言っている。
篠宮は憲章に、頭を下げた。
「さて、火事の話は今野の爺さんに任せるとして……」
加藤は音竹の横に座る。
「がっかりしたか? 主治医の篠宮センセのこと」
「いいえ。ただ……」
「ただ、何だ?」
「僕も、僕の亡くなった父のことを、きちんと知りたいと思いました」
音竹の母樹梨の体が、ビクっと跳ねた。
別室で、篠宮は今野にぽつぽつと、火事の起こった日のことを話していた。
「ほとんどは、先ほどの彼、なんでしたっけ、ああ、そうだ加藤。あいつの実験通りですよ」
ふんふんと聞きながら、今野は篠宮啓子に、金色の飲み物を渡していた。
「これ、何かしら?」
「ゴールデンアップルジュースだよ」
今回は普通のジュースであった。
「練習もしましたよ、アイツの言った通り。細いテグス使って、音竹の家から引っ張って、不燃布を取り出せるかって」
「なんで、そんなことを……」
今野の呟きに、啓子が答えた。
「ふふ。言っちゃあいけないコト、私がつい言ったのよ」
「なんて?」
「お前なんか、産むんじゃなかった、って」
篠宮は顔を横に向ける。
「それで亘が激怒して、私を殴ったの。私、気を失ってね」
「ああ、それで、息子さん、あんたが死んだと思ったのか」
それで誤魔化すための放火か。
殺人と放火だと、最高刑レベルだが……。
「どうする? 捕まえるの? 亘のこと」
今野は頭を振る。
「民事不介入でいいや」
それまで黙っていた篠宮が、今野に言う。
「あなたは警察関係の人ですか?」
「まあ、近い筋だな」
「公安に知り合いの方、いますか?」
今野は表情も変えずに訊く。
「何で?」
「母もわたしも関係していた、あの教団の情報を伝えておきたくて」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる