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三十二章 人の心が分かるというのは、霊能者、もしくは詐欺師なんだぜ

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 それは、スタイリッシュな篠宮の、心からの叫びだった。

『お前に何が分かる!』

「分かるわけないだろ。分からないから、互いに理解しようと努力するんだろ?」

 加藤としては、割とまともな言い分だ。
 しかし篠宮は口の端が上に向く。

「努力だと? 無駄だよ、そんなもの。お前、知ってるか? 電気とガスはすぐに止まるけど、水道だけは、しばらく止まらないって」

 加藤も知っている。
 特に集合住宅なら、尚更だ。
 だが、水道すら止められて、近くの公園まで出向いたことなど、この場で流石に言えない。

「親って言っても、父は蒸発。母は宗教狂い。置き去りにされた子どもが、食べ物もない灯も点かない部屋で、どうやって過ごしていたか、お前に分かるのか」

 加藤には、冬の木枯らしが聞こえた気がした。
 真っ暗な部屋で、膝を抱えてじっとしている少年の姿が浮かんできた。

「俺は、親への恨みつらみで生きて来た。あいつらが殺されようが、行方不明だろうが、今更どうでも良い。せめて金でも残してくれればな」

「その金のために、母親に手をかけたのか?」

 篠宮の目が大きくなる。

「な、何を」
「さっきも言ったけど、殺人をごまかすための、時限発火装置だろ?」

 加藤は篠宮に一歩踏み込む。

「あんたが、放置された子どもだったことは分かった。今なら児相案件だ。親に恨みを抱えているのも、それは仕方ないことだ。
でも。それで殺人や放火を、正当化することは出来ない。」

「うるさいよ、お前! 俺は、やってない!」

 篠宮はエアコンが効きすぎている室内で、額から大粒の汗を浮かべ、大声を出す。
 音竹の母は、俯いて震えている。
 あと一歩。
 篠宮の心に入り込むことが出来たら……。


 加藤が言葉を繰り出そうとした時。

 ギーコ、ギーコ……。
 
 重みを乗せた車輪の音が近づいて来る。

「わ、亘の……」

 車輪の上の方から、声が聞こえる。
 細く小さい老女が、車椅子に乗っていた。

「亘の言う通り……。亘は殺してない。……火も点けてない」

 篠宮は口を開けたまま、立ち尽くしている。

「か、母さん!?」

 ようやく振り絞った声を上げ、篠宮は車椅子に手を伸ばす。
 車椅子に乗っているのは、篠宮亘の母、篠宮啓子だった。

「あなたは、刑事さんですか?」

 篠宮啓子は加藤を見つめる。

「いえ、養護教諭です」
「そうですか。亘がお世話になっております」

 車椅子から頭を下げる啓子の手を、篠宮が握る。

「ロウソクの火の不始末で、火事を起こしてしまいました。私のせいです。亘には、何の咎もありませんよ」

「なるほど、そういうことなら、確かに篠宮先生には、何の罪もないですね」

 しれっと加藤は答える。
 加藤の視野に、涙を流す篠宮の姿が映っていた。
 
「俺は刑事じゃないし、他人様を裁くつもりも権利もないです。俺は子どもの心と体を、守るためにここにいる」

 啓子は目を細める。

「ふふ。変わった人だね。あなたの背後には、地蔵菩薩が見えるわ」
「そうですか。俺は毘沙門天の方が良いですけどね」

 今野は篠宮啓子の背後から、顔を出す。

「兄さん、どうする? まだ探偵ゴッコ続ける?」
「いや、十分だ」
「そかそか。一応調書でも取っておくか?」
「任せるよ」

 篠宮は、母の車椅子を押し、今野に案内されて別室へ移る。
 すうっと篠宮の横に近付いた憲章が、ぼそぼそと何か言っている。

 篠宮は憲章に、頭を下げた。

「さて、火事の話は今野の爺さんに任せるとして……」

 加藤は音竹の横に座る。

「がっかりしたか? 主治医の篠宮センセのこと」
「いいえ。ただ……」
「ただ、何だ?」

「僕も、僕の亡くなった父のことを、きちんと知りたいと思いました」

 音竹の母樹梨の体が、ビクっと跳ねた。



 別室で、篠宮は今野にぽつぽつと、火事の起こった日のことを話していた。
 
「ほとんどは、先ほどの彼、なんでしたっけ、ああ、そうだ加藤。あいつの実験通りですよ」

 ふんふんと聞きながら、今野は篠宮啓子に、金色の飲み物を渡していた。

「これ、何かしら?」
「ゴールデンアップルジュースだよ」

 今回は普通のジュースであった。

「練習もしましたよ、アイツの言った通り。細いテグス使って、音竹の家から引っ張って、不燃布を取り出せるかって」

「なんで、そんなことを……」

 今野の呟きに、啓子が答えた。

「ふふ。言っちゃあいけないコト、私がつい言ったのよ」
「なんて?」

「お前なんか、産むんじゃなかった、って」

 篠宮は顔を横に向ける。

「それで亘が激怒して、私を殴ったの。私、気を失ってね」

「ああ、それで、息子さん、あんたが死んだと思ったのか」

 それで誤魔化すための放火か。
 殺人と放火だと、最高刑レベルだが……。

「どうする? 捕まえるの? 亘のこと」

 今野は頭を振る。

「民事不介入でいいや」

 それまで黙っていた篠宮が、今野に言う。

「あなたは警察関係の人ですか?」
「まあ、近い筋だな」
「公安に知り合いの方、いますか?」

 今野は表情も変えずに訊く。

「何で?」
「母もわたしも関係していた、あの教団の情報を伝えておきたくて」 
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